医療法人・クリニックの価値評価|出資持分の有無で変わる承継とM&Aの実務
最終更新: 2026-09-12
医療法人やクリニックの価値評価は、一般の事業会社と同じ物差しをそのまま当てることができません。理由は大きく2つあります。1つは、医療法人が非営利法人として位置づけられ、剰余金の配当ができないこと。もう1つは、法人の「持ち主」にあたる概念が、設立時期によってまったく異なることです。株式会社であれば株式を買えば会社の支配権が移りますが、医療法人ではそもそも株式が存在せず、出資持分がある法人とない法人が併存しています。この違いを理解しないまま価格の話を始めると、議論が噛み合いません。
本稿では、医療法人・クリニックの承継とM&Aを検討する方に向けて、制度上の特殊性、持分あり法人と持分なし法人で承継の設計がどう変わるか、実際に使われる4つの手法、価値の見方(時価純資産+営業権、EBITDA倍率、DCF)、院長への依存度をどう評価に織り込むか、バランスシート側の論点、税務論点、許認可・行政手続きまでを順に整理します。業種横断の視点は業種別の評価ポイント、隣接する分野は介護・福祉事業の評価もあわせてご覧ください。
医療法人の特殊性:非営利・社員・理事という三つの前提
まず、評価の土台になる制度の前提を押さえます。ここを飛ばすと、あとの話がすべてずれてしまいます。
剰余金の配当ができない
医療法人は、一般に剰余金の配当が認められていません。利益が出ても、株式会社のように出資者へ配当として分配することはできず、法人内部に留保されるか、役員報酬・給与という形で支払われることになります。この点は評価に2つの影響を与えます。第一に、配当割引モデルのような配当を起点とする評価手法がそのままでは機能しません。第二に、利益が法人内に積み上がっていくため、長く続いた法人ほど純資産が大きく膨らんでいることが珍しくありません。持分あり法人では、この積み上がった純資産が出資持分の評価額を押し上げ、承継のときに大きな論点になります。
また、実務上は院長(多くの場合は理事長)の役員報酬の水準が、利益の出方を大きく左右します。報酬を高く設定していれば利益は小さく見え、抑えていれば利益は大きく見えます。評価の場面では、この報酬水準を第三者の医師を雇った場合の相場に置き換えて正常収益力を求めるのが基本的な考え方です。
社員と理事は別のもの
医療法人社団には「社員」と「理事」という2つの立場があります。社員は社員総会を構成する構成員で、法人の重要事項の意思決定に関わる立場です。理事は業務執行を担う役員で、そのなかから理事長が選ばれます。株式会社にたとえるなら、社員が株主総会の構成員に近い立場、理事が取締役に近い立場、と考えると理解しやすくなります。
重要なのは、社員としての地位は出資額に比例しないという点です。一般に社員総会の議決権は一人一票とされており、多く出資したから議決権が増えるという仕組みではありません。ここが株式会社と決定的に違います。つまり、出資持分を多く持っていることと、法人の意思決定を握っていることは、必ずしも一致しません。承継の設計では、この「出資持分の移転」と「社員・理事の入替え」を別々に考える必要があります。
持分あり医療法人と持分なし医療法人
医療法人は、出資持分の有無で大きく2つに分かれます。一般に、平成19年(2007年)施行の医療法改正以降、出資持分のある医療法人を新たに設立することはできなくなりました。それ以前に設立された持分あり法人は、当分の間存続が認められる「経過措置型医療法人」として現在も多数残っています。したがって、いま承継やM&Aの対象になる医療法人には、持分あり(経過措置型)と持分なしの両方が混在しています。
| 項目 | 持分あり医療法人(経過措置型) | 持分なし医療法人 |
|---|---|---|
| 新規設立 | 一般に不可(改正前設立の法人が経過措置として存続) | 現在の新設はこちらが基本 |
| 出資持分の性質 | 財産権としての持分がある。退社時の払戻しや解散時の残余財産分配を請求できる旨が定款に定められていることが多い | 財産権としての持分がない。拠出しても返還を請求する権利は原則ない |
| 「買う」対象 | 出資持分そのもの(株式譲渡に近い感覚で移転できる) | 買う対象となる財産権が存在しない |
| 経営権の移し方 | 出資持分の譲渡に加え、社員・理事の入替えも必要 | 社員・理事の交代によって移す |
| 対価の設計 | 出資持分の譲渡代金として整理しやすい | 何に対する対価かの整理が難しく、慎重な設計が必要 |
| 解散時の残余財産 | 定款の定めにより出資者へ分配される建て付けが多い | 国・地方公共団体等に帰属するのが原則 |
| 主な論点 | 純資産の積み上がりによる持分評価額の高騰、相続税・贈与税の負担 | 対価の適正性、譲渡側が受け取れる経済的利益の設計 |
表のとおり、両者は「同じ医療法人」という名前でありながら、承継の設計思想がまったく異なります。持分あり法人は、財産権が存在するぶん株式会社に近い感覚で扱えますが、そのぶん評価額が高くなりやすく、税負担が重くのしかかります。持分なし法人は、税負担の問題は小さくなる一方、譲渡側が対価をどう受け取るかという難問が残ります。最初に確認すべきは、対象法人がどちらなのか、そして定款に何が書かれているかです。
承継・M&Aの4つの手法
医療機関の承継には、大きく4つの型があります。どれを選ぶかは、法人形態(持分の有無)、譲る範囲(法人全体か一部の診療所か)、そして買い手が誰かによって決まります。全体の進み方はM&A・会社売却の流れと共通する部分が多いので、あわせて確認しておくと見通しが立ちます。
| 手法 | 対象 | 移転の仕組み | 主な注意点 |
|---|---|---|---|
| ①出資持分の譲渡 | 持分あり医療法人 | 出資持分を譲り受け、あわせて社員・理事を入れ替える | 持分の評価額が高額になりやすい。譲渡側に譲渡所得課税。社員の入替えが認められる定款か確認 |
| ②社員・理事の交代 | 持分なし医療法人 | 既存の社員が退社し新社員が入社、理事も交代して経営権を移す | 移転する財産権がないため対価の根拠づくりが最大の難所。手続きの順序と議事録が重要 |
| ③事業譲渡 | 法人が運営する一部の診療所など | 対象の診療所の資産・契約・スタッフを個別に移す | 契約・許認可を一つずつ移す手間。診療所の廃止・開設手続きが必要になる |
| ④個人クリニックの譲渡 | 法人化していない個人開業医 | 設備・のれん・賃借権などを個別に譲渡 | 開設者が代わるため廃止届と新規の開設許可・保険医療機関指定が必要 |
①持分あり医療法人:出資持分の譲渡
持分あり法人では、出資持分を譲渡することで財産的な権利が移ります。感覚としては株式譲渡に近く、法人格がそのまま残るため、許認可や契約、スタッフの雇用関係が原則として継続する点が大きな利点です。診療報酬の請求先である保険医療機関の指定も、開設者である法人が変わらなければ維持されるのが一般的です。
ただし、持分を買っただけでは経営権は移りません。前述のとおり社員総会の議決権は出資額に比例しないため、旧社員が社員として残っていれば意思決定は移らないままです。実務では、持分譲渡と同時に、旧社員の退社・新社員の入社、理事の改選、理事長の交代を一連の手続きとして進めます。定款に社員の入退社に関する定めがあるため、事前に定款を精査し、必要な社員総会・理事会の決議と議事録を漏れなく残すことが重要です。
価格面では、出資持分の評価額が積み上がった純資産に引きずられて高くなりやすいのが難点です。買い手が支払える金額と、譲渡側が想定する持分の価値が大きく乖離することも珍しくありません。この乖離をどう埋めるかが、持分あり法人のM&Aの本質的な交渉ポイントになります。
②持分なし医療法人:社員・理事の交代
持分なし法人には買い取るべき財産権がありません。そのため、経営権を移す方法は「人を入れ替える」ことになります。具体的には、既存の社員が退社して新しい社員が入社し、理事も交代して新しい理事長が就任する、という流れです。法人格は維持されるため、許認可や契約が継続しやすい点は持分ありと同じです。
最大の難所は、対価の設計です。持分がない以上、「持分の代金」という形で支払うことはできません。実務では、退任する理事長への役員退職金として整理する、譲渡側が保有する不動産や医療機器を法人または新経営陣が買い取る、MS法人の株式を譲渡する、といった組み合わせで経済的な精算を行う例があります。ただし、これらはいずれも金額の妥当性や実態との整合が問われる領域であり、退職金の水準や資産の売買価格が不相当と判断されれば、税務上の問題が生じ得ます。設計の段階から税理士・弁護士に入ってもらうことが前提になると考えてください。
③事業譲渡:一部の診療所を譲る
複数の診療所を運営している法人が、そのうちの一部だけを譲る場合は事業譲渡の形になります。対象となる医療機器・内装・在庫・賃借権・スタッフの雇用契約などを個別に移転させるため、手続きは煩雑です。診療所そのものは、譲渡側が廃止し、譲受側が新たに開設するという扱いになるのが一般的で、開設許可や保険医療機関の指定を取り直す必要があります。指定が空白になると、その期間の診療報酬請求ができません。切替えのタイミングは行政と事前に相談しながら組むのが実務です。
一方、譲受側から見れば、必要な部分だけを取得でき、簿外債務を引き継ぐリスクを抑えられるという利点があります。買い手にとっての使いやすさと、手続きの重さを天秤にかけて選ぶことになります。
④個人クリニックの譲渡
法人化していない個人開業のクリニックでは、譲渡の対象は医療機器・内装造作・のれん(営業権)・賃借権といった個別の資産になります。開設者が個人である以上、承継とは実質的に「前の開設者が廃止し、新しい開設者が開設する」ことです。保険医療機関の指定も新たに受け直します。患者のカルテの引継ぎについては、個人情報の取扱いや患者への説明を含めて慎重な配慮が必要です。
価格の考え方は、個人事業の売却相場と共通する部分が多く、設備の時価に営業権を上乗せする形が中心になります。営業権の考え方はのれん・営業権とはで整理しています。
価値の見方:3つのアプローチと使い分け
評価手法の枠組み自体は一般の事業会社と変わりません。資産をもとにする方法、他社と比べる方法、将来収益をもとにする方法の3つです。詳しくは非上場株式の評価方法で整理しています。医療機関では、規模と属人性の度合いによって、どれを軸にするかが変わります。
| 手法 | 考え方 | 医療機関で向く場面 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 時価純資産+営業権(年買法的な考え方) | 資産負債を時価に直した純資産に、正常利益の数年分を営業権として上乗せする | 無床診療所・小規模クリニック。院長依存度が高く、将来予測が置きにくい場合 | 営業権の年数は交渉次第で幅が出る。院長依存が強いほど年数は短く見られやすい |
| EBITDA倍率(類似会社比較法) | 類似する事業の倍率を実態EBITDAに掛けて事業価値を求める | 複数拠点を運営し、雇用医師で回る体制ができている場合 | 上場している医療関連企業は事業内容が異なることが多く、そのままの倍率は使いにくい |
| DCF法 | 将来のフリーキャッシュフローを割引率で現在価値に直して合計する | 建替え・増床・新規開設など具体的な投資計画がある場合 | 診療報酬改定や医師確保の前提の置き方で結果が大きく動く |
一般論として、院長ひとりで回している無床診療所では時価純資産法に営業権を加える年買法的な考え方が使われやすく、雇用医師で運営できる体制が整っている規模ではEV/EBITDA倍率による比較が、投資計画を価値に織り込みたい場合はDCF法がなじみやすい傾向があります。実務では単独の手法に頼らず、複数で試算してレンジで捉えるのが基本です。年買法の計算ツールやEV/EBITDA倍率の計算ツールで、前提を変えたときの動きを試してみると感覚がつかめます。
最大の論点は院長への依存度
医療機関の評価で最も重く効いてくるのが、院長個人への依存度です。患者が「この病院だから」ではなく「この先生だから」通っているのであれば、院長が退いた瞬間に外来数が落ちます。買い手はこのリスクを価格に織り込みますし、実際に承継後に患者数が減る例もあります。
依存度を測る手がかりとしては、次のような点が挙げられます。
- 診療の分担状況: 院長以外の常勤医・非常勤医がどれだけ診ているか。院長の診療枠が全体の何割か
- 診療科目の性質: 定期通院が中心の内科系か、術者の技量が結果を左右する外科系・自由診療系か
- 紹介・集患の経路: 院長個人の人脈・評判によるものか、立地や地域の医療連携によるものか
- 引継ぎの可否: 承継後に院長が一定期間残って診療や紹介元への挨拶を行えるか
- スタッフの定着: 看護師・医療事務が残るか。院長と一緒に辞める前提になっていないか
依存度が高い場合、評価では営業権の年数を短く見る、割引率を高めに置く、といった形でリスクを反映させます。売り手側としては、承継の数年前から雇用医師を増やして診療を分散させておく、紹介元との関係を法人としての関係に置き換えておく、といった準備が価値を守ることにつながります。この考え方は売り手側の準備・磨き上げで整理しているものと共通です。
収益の中身を分解して見る
医療機関の収益は「外来単価 × 患者数」に分解できます。単価は診療科目・処置内容・自由診療の比率によって決まり、患者数は立地・診療圏の人口動態・評判・診療時間によって決まります。評価にあたっては、この2つを直近だけでなく複数期の推移で見ることが重要です。単価が上がっているのは処置が高度化したためか、それとも一時的な検査の増加によるものか。患者数が減っているのは競合の開業によるものか、院長の診療日数を減らしたためか。原因まで踏み込まないと、将来の収益力を見誤ります。
加えて、収益の大部分が公定価格である診療報酬に基づいている以上、報酬改定の影響を無視できません。改定によって特定の点数が引き下げられれば、その処置に依存している医療機関の収益は直接的に減ります。逆に、施設基準の取得によって加算が得られる場合もあります。評価の前提として、自院の収益がどの点数に依存しているか、施設基準の維持要件(人員配置など)を承継後も満たせるかを確認しておく必要があります。EBITDAの水準そのものより、その持続性が問われる領域です。
バランスシートの論点
医療機関の貸借対照表には、一般の事業会社とは違う独特の論点があります。デューデリジェンスでも重点的に確認される項目です。
| 項目 | 何を確認するか | 評価への影響 |
|---|---|---|
| 医療機器の時価 | 簿価と実際の中古市場価値の差。稼働状況と残存耐用年数 | 簿価が実態と離れやすい。古い機器は価値がほぼないこともある |
| 更新投資の必要額 | 近い将来に更新が必要な機器はあるか。その概算額 | 承継直後に大きな支出が見込まれるなら、価格から差し引く交渉材料になる |
| リース契約 | オペレーティング/ファイナンスの別、残債、中途解約条項、支配権変動条項 | 実質的な負債として扱うか、承継に貸主の承諾が要るかを確認 |
| 建物・土地・賃借契約 | 自己所有か賃借か。賃借なら残存期間、更新条件、支配権変動条項、原状回復義務 | 立地が価値の中心にあるため、契約が継続できるかが評価の前提を左右する |
| 退職給付 | 職員の退職金規程の有無、引当の状況、未計上の債務 | 未計上なら実質的な負債として純資産から控除する |
| 未払残業代・労務 | 看護師・医療事務の勤務実態と記録の整合、宿日直の扱い | 潜在債務として価格交渉の論点になりやすい |
| MS法人との取引 | 取引内容と価格の妥当性。役員構成・資本関係 | 取引条件が実勢から離れていれば、正常収益力の算定で調整が必要 |
MS法人(メディカルサービス法人)の扱い
医療法人の周辺に、院長やその親族が実質的に支配する別会社(一般にMS法人と呼ばれます)が置かれているケースは少なくありません。不動産の賃貸、医療機器のリース、事務や清掃の受託、医薬品・材料の仕入れなどを担っている形が典型です。
評価の場面でMS法人が問題になるのは、医療法人とMS法人の間の取引価格が実勢から離れている場合です。たとえば、MS法人に支払う賃料や委託料が相場より高ければ、医療法人の利益は実態より小さく見えます。逆に低ければ、医療法人の利益は実態より大きく見えます。承継後にMS法人との関係が解消されるのであれば、その前提で収益を組み直さなければ、買い手が引き継ぐ実力を見誤ります。実務では、取引内容を洗い出し、第三者と取引した場合の水準に引き直したうえで正常収益力を算定します。
また、MS法人が不動産や高額な医療機器を保有している場合、医療法人だけを承継しても事業を継続できません。MS法人の株式もあわせて譲渡対象に含めるのか、賃貸借を継続するのかを、早い段階で整理しておく必要があります。MS法人の設置や取引条件については、法令上の位置づけや行政の指導の観点もあるため、専門家への確認が欠かせません。
持分あり医療法人の税務論点
持分あり医療法人では、税務が承継の成否を左右することがあります。ここでは一般的な論点の所在だけを示します。具体的な取扱いは必ず税理士にご確認ください。
出資持分の評価額が膨らみやすい
配当ができないため利益が法人内に留保され続け、長く続いた法人ほど純資産が積み上がります。出資持分の相続税評価は、一般に取引相場のない株式に準じた考え方で算定されるとされており、純資産が大きいほど評価額も大きくなります。その結果、後継者が持分を相続・贈与で引き継ぐ際に多額の相続税・贈与税が発生し、納税資金を確保できないという問題が生じます。法人から配当を受けられない以上、納税資金を法人の利益から直接引き出すこともできません。ここが持分あり医療法人の承継における最大の構造的な難所です。
相続税評価額と譲渡価額は必ずしも一致しない
第三者へM&Aで譲渡する場合の価格は、買い手が支払える金額、すなわち収益力に基づいて決まります。一方、相続税評価額は純資産をベースにした算定になります。両者が乖離することは珍しくなく、「相続税評価額は高いのに、実際に買い手が提示する金額はそれより低い」という状況が起こり得ます。逆に、収益力が高い医療機関では譲渡価額のほうが高くなることもあります。どちらの数字を前提に話しているのかを常に意識しないと、交渉が混乱します。価格水準の一般的な考え方は会社売却の相場も参考になります。
持分なしへの移行という選択肢
持分あり医療法人が、持分の定めのない医療法人へ移行するための制度(認定医療法人制度)が設けられています。一定の要件を満たして認定を受けたうえで移行した場合に、税負担の面で配慮が講じられる仕組みがあるとされています。持分の評価額が高く、相続・贈与での承継が現実的でない法人にとっては、検討に値する選択肢のひとつです。
ただし、この制度には運営に関する要件や認定後の期間にわたる要件が定められており、移行すれば出資者は財産権を失うことになります。将来のM&Aで対価を受け取ることも難しくなるため、家族への承継を前提とするのか、第三者への譲渡の可能性を残すのかによって、判断はまったく変わります。制度の適用期限や要件は改正されることがあるため、最新の内容は必ず税理士および所管の行政庁にご確認ください。
許認可・行政手続き
医療機関の承継では、行政手続きが実務のスケジュールを決めます。手続きが整わなければ、契約上の条件を満たしていても診療を続けられません。
- 開設許可・開設届: 開設者が変わる場合、原則として従前の医療機関を廃止し、新たに開設する扱いになります。病床を有する場合は特に、事前の相談と審査に時間がかかります
- 管理者(院長)の変更届: 法人が開設者のまま管理者だけが代わる場合は、変更の届出で対応します。開設者が変わらない分、手続きは軽くなります
- 保険医療機関の指定: 開設者が変わると、原則として新たに指定を受ける必要があります。指定日と診療開始日の間に空白が生じると、その期間の診療報酬を請求できません
- 定款変更の認可: 医療法人の名称・所在地・事業内容などを変更する場合、所管の行政庁の認可が必要になることがあります
- 役員変更の届出: 理事・監事の変更は届出の対象です。理事長の資格要件についても確認が必要です
- 施設基準の届出: 加算を算定している場合、人員配置などの要件を承継後も満たすか。満たせなければ収益が減ります
- その他の許認可: 麻薬施用者免許、エックス線装置の届出、医療廃棄物の契約など、施設ごとに必要な手続きがあります
重要なのは、これらの多くが「事前相談」を前提としている点です。所管の行政庁や地方厚生局と早めに接触し、想定するスキームとスケジュールが成立するかを確認してから、契約の条件を詰めるのが実務の順序です。行政の判断によっては、想定していた手法自体を変更しなければならないこともあります。買い手・売り手のどちらの立場でも、この確認を後回しにしないことが、案件を止めないためのポイントです。
よくある質問(FAQ)
Q. クリニックはいくらで売れますか?
A. 一律の相場を示すことはできません。金額は、診療科目、立地と診療圏、患者数と単価、院長への依存度、法人か個人か、持分の有無、設備の状態、賃借契約の残存期間などの組み合わせで決まります。実務でよく使われる考え方は、時価に直した純資産に営業権として正常利益の数年分を上乗せするもので、この「数年分」の年数が、承継後の収益の続きやすさによって上下します。院長が残って引継ぎを行える、雇用医師で診療が回っている、賃借契約が長期にわたって安定している、といった条件が揃うほど年数は長めに見られやすく、逆に院長個人の評判で成り立っている場合は短くなります。まずは自院の数字で複数の手法を試算し、レンジで把握するところから始めるのが現実的です。
Q. 院長が引退したら、価値はゼロになりますか?
A. ゼロになるとは限りません。院長が退いても残る要素はあります。立地と診療圏、通い続けている患者との関係、看護師・医療事務のスタッフ体制、医療機器と内装、地域の医療機関との連携、そして保険医療機関としての運営実績です。買い手にとっては、ゼロから開業するより初期投資と立ち上げ期間を節約できるという価値があります。一方で、院長個人の技量や評判に強く依存する診療内容であれば、その部分の価値は引き継げません。実務では、引継ぎ期間を設けて院長に一定期間残ってもらう、紹介元へ同行して挨拶するといった手当てを条件に組み込み、承継後の患者離れを抑える工夫がなされます。
Q. 持分なし医療法人でも譲渡できますか?
A. 「出資持分を売る」という形はとれませんが、経営権を移すことはできます。既存の社員が退社して新しい社員が入社し、理事・理事長を交代することで、法人の意思決定と運営を引き継ぐ形です。法人格が残るため、許認可や契約、職員の雇用は継続しやすくなります。難しいのは対価の設計で、持分という財産権がない以上、何に対して支払うのかを整理する必要があります。役員退職金、個人所有の不動産や機器の売買、MS法人株式の譲渡などを組み合わせる例がありますが、いずれも金額の妥当性が問われます。設計の初期段階から税理士・弁護士に関与してもらうことを強くおすすめします。
Q. MS法人はどう扱えばよいですか?
A. まず、MS法人が何を担っているかを洗い出します。不動産の賃貸、機器のリース、事務受託、仕入れなど、医療法人の事業継続に不可欠な機能を持っているなら、承継後もその関係を続けるのか、解消するのかを決めなければなりません。次に、取引価格が第三者との取引と比べて妥当かを確認します。価格が実勢から離れていれば、医療法人単体の損益は実態を表していないため、正常収益力の算定で引き直す必要があります。MS法人が重要な資産を保有している場合は、その株式も譲渡対象に含めることを検討します。医療法人とMS法人を一体で見ないと、承継後に事業が回らないという事態が起こり得ます。
Q. 医師以外の人が医療法人を承継できますか?
A. 論点が2つに分かれます。1つは医療機関の管理者、すなわち院長です。これは医師(歯科医院であれば歯科医師)である必要があります。もう1つは医療法人の理事長です。理事長は原則として医師または歯科医師である理事から選ぶこととされていますが、一定の場合に都道府県知事の認可を受けて医師以外の者が就任できる取扱いがあるとされています。認可の運用は行政庁の判断によるため、事業会社や個人が医師以外の立場で承継を検討する場合は、必ず事前に所管の行政庁へ相談してください。いずれにせよ、診療そのものを担う医師の確保は別途必要になります。
Q. 承継にはどのくらい期間がかかりますか?
A. 案件によって大きく異なりますが、相手探しから始めると年単位で見ておくのが現実的です。準備(資料整理・数字の把握)、相手探しと初期の面談、条件のすり合わせ、デューデリジェンス、契約、そして行政手続きという順に進みます。医療機関に固有なのが最後の行政手続きで、開設許可や保険医療機関の指定の切替えには相応の期間が必要です。事前相談を含めれば数ヶ月を要することもあり、ここを織り込まずにスケジュールを組むと、契約はできたのに診療を始められないという事態になりかねません。後継者が見つからない状況での選択肢は後継者不在の場合の選択肢で整理しています。
まとめ
医療法人・クリニックの価値評価は、制度の理解から始まります。剰余金の配当ができないこと、社員と理事が別の立場であること、そして持分あり法人と持分なし法人で承継の設計が根本から変わること。この3点を押さえたうえで、対象がどちらの法人形態なのか、定款に何が定められているかを最初に確認してください。
承継の手法は、持分ありなら出資持分の譲渡、持分なしなら社員・理事の交代、一部の診療所なら事業譲渡、個人開業なら設備・のれん・賃借権の譲渡が基本形です。価値の見方は、小規模なら時価純資産+営業権、体制が整っていればEBITDA倍率、投資計画があればDCF法を軸に、複数手法でレンジを取ります。最大の論点は院長への依存度で、診療の分担状況、診療科目の性質、集患経路、引継ぎの可否、スタッフの定着が価値を左右します。
バランスシートでは、医療機器の時価と更新投資、リース、賃借契約、退職給付、そしてMS法人との取引の適正性を確認します。持分あり法人では、積み上がった純資産による評価額の高騰と、相続税評価額と譲渡価額の乖離が論点になり、認定医療法人制度による持分なしへの移行という選択肢もあります。そして、開設許可・管理者変更届・保険医療機関の指定といった行政手続きが、実務のスケジュールを決めます。いずれの論点も、行政庁および税理士・弁護士への確認を前提に進めてください。
「M&Aバリュークラウド」では、財務データを入力すると、DCF法・類似会社比較法・純資産法で株式価値のレンジを算定し、PDF報告書にまとめます(簡易版2,200円・詳細版5,500円、税込)。登録と試算は無料です。無料で登録して試算する