時価純資産法とは?簿価純資産法との違いと修正貸借対照表の作り方

最終更新: 2026-09-20

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時価純資産法(修正純資産法)は、貸借対照表(B/S)の純資産をベースに、資産・負債を時価へ評価し直して株式価値を求めるコスト・アプローチの代表的な手法です。「いまこの会社を解散したら株主にいくら残るか」に近い、静的な(ストックの)価値を表します。計算根拠が分かりやすく客観性が高いため、中小企業の評価や他手法の検証に広く使われます。

ただし、多くの解説は「資産と負債を時価に直す」で終わってしまい、実際に自社のB/Sを前にすると手が止まります。売掛金はいくら落とすのか、土地は路線価でよいのか、退職金の未計上分はどう見積もるのか、含み益から税金を引くのか引かないのか——実務で迷うのはこうした一つひとつの判断です。

本稿では、簿価純資産法との違いという入口から、勘定科目ごとの洗い替え手順、税効果の考え方、調整前から調整後までを一枚にまとめた修正貸借対照表の作り方、そして年買法DCF法との併用と限界までを、自社の時価純資産を実際に組み立てられる粒度で整理します。手を動かしながら読みたい方は、時価純資産の調整シートに数字を入れながら進めると理解が早まります。なお、本稿の数値はすべて計算の仕組みを示すための例示・目安であり、特定の会社の評価額や税務上の取扱いを保証するものではありません。税務・会計・法務にかかる判断は、必ず税理士・公認会計士等の専門家に確認してください。

時価純資産法とは:簿価純資産法との違いとコスト・アプローチでの位置づけ

企業価値評価の手法は、大きくインカム・アプローチ(将来の収益力から測る)、マーケット・アプローチ(市場での取引と比べる)、コスト・アプローチ(保有している純資産から測る)の3つに分かれます。時価純資産法はこの3つ目にあたります。全体像は株式評価の3つのアプローチ比較で整理しています。

コスト・アプローチの中にもいくつか段階があります。もっとも簡便なのが帳簿の純資産をそのまま使う簿価純資産法、資産・負債を時価に洗い替える時価純資産法(修正純資産法)、そして解散・換金を前提に処分価格で見る清算価値です。名前が似ているため混同されやすいので、まず3つの違いを押さえます。

種類考え方前提使いどころ
簿価純資産帳簿上の純資産の部の金額をそのまま使う会計帳簿がそのまま実態を表しているとみなす簡便な概算。ただし含み損益・簿外債務が反映されずズレやすい
時価純資産(修正純資産)資産・負債を時価に評価し直して純資産を求め直す事業の継続(ゴーイング・コンサーン)非上場株式の評価の基本形。他手法の検証や下限の目安にも使う
清算価値処分価格で換金し、処分費用や退職金まで差し引く解散・廃業・事業停止清算・廃業を検討する場面、再生局面での比較基準

通常「時価純資産法」というときは、事業の継続を前提に資産・負債を時価評価する2番目を指します。清算を前提とする場合は、在庫の投げ売り価格、不動産の早期売却による値引き、従業員への退職金、原状回復費用、賃貸借契約の解約違約金などを見込むため、同じ会社でも時価純資産より保守的な金額になります。廃業という選択肢と比較したい場合は黒字廃業もあわせてご覧ください。

簿価純資産法と時価純資産法の違いを一言でいえば、「帳簿を信じるか、帳簿を疑って確かめるか」の差です。日本の中小企業の帳簿は税務申告を主目的に作られていることが多く、取得原価で据え置かれた土地、税法上の限度額で計算された減価償却、損金算入できないために計上されていない引当金など、実態と乖離する要因が構造的に組み込まれています。簿価純資産をそのまま価値とみなすと、含み益のある会社は過小に、簿外債務を抱えた会社は過大に見えてしまいます。

時価純資産を組み立てる5つのステップ

実務では、おおむね次の順序で進めます。この流れを頭に入れておくと、どの資料を集めればよいかが見えてきます。必要な資料の全体像は企業価値評価に必要なデータにまとめています。

  • ステップ1:直近の決算書を起点に置く … 決算期末のB/Sを土台にします。決算から時間が経っている場合は、直近の試算表で補正します。
  • ステップ2:資産側を時価に洗い替える … 勘定科目を上から順に見て、簿価と実態が離れている項目に印をつけ、根拠資料を集めます。
  • ステップ3:負債側と簿外債務を拾う … 計上されていない債務(退職給付、賞与、未払残業代、保証債務など)を洗い出します。
  • ステップ4:税効果を反映する … 含み益・含み損に対応する税金相当額をどう扱うかを決め、調整します。
  • ステップ5:修正貸借対照表にまとめる … 調整前・調整項目・調整後を一枚の表にして、各調整の根拠を注記します。
時価純資産法の精度は、計算式ではなく根拠資料の質で決まります。「土地を時価に直した」という一行より、「どの資料にもとづき、いくらと見て、なぜその水準にしたか」が書かれている一行のほうが、交渉でも税務でもはるかに強い。調整項目ごとに根拠を一行添える習慣をつけてください。

資産を時価に洗い替える:勘定科目ごとの具体手順

ここが本稿の中心です。B/Sの資産の部を上から順に見ていきます。すべての科目を厳密に時価評価する必要はなく、金額的に重要で、かつ簿価と時価が離れやすい科目に手間をかけるのが実務的です。

勘定科目簿価とズレる主な理由時価の考え方(目安)必要な資料の例
現金・預金基本的にズレない原則そのまま。拘束性預金(担保差入・定期の見合い)は注記残高証明書、通帳
売掛金・受取手形回収不能先が残っている回収可能額まで減額。長期滞留分は個別に判定売掛金年齢表、取引先別残高、入金履歴
棚卸資産(在庫)滞留・型落ち・季節外れ正味売却価額(見込販売額から処分費用等を控除)まで減額在庫明細、滞留期間、最終出庫日
有価証券・投資有価証券取得原価のまま据え置き市場価格があれば市場価格。非上場株式は実質価額・純資産等証券会社残高報告、投資先の決算書
土地取得原価主義で何十年も動かない路線価・固定資産税評価額・取引事例・不動産鑑定を使い分け登記簿、公図、固定資産税課税明細、路線価図
建物・構築物税務上の償却と実際の経済的価値がずれる再調達価額から経過年数分を控除、または収益性から判断固定資産台帳、修繕履歴、建築時図面
機械装置・車両償却が進み簿価がほぼゼロでも稼働中中古市場の実勢価格。遊休設備は処分価額固定資産台帳、中古査定、稼働状況
ゴルフ会員権・リゾート会員権バブル期の取得価額のまま取引相場から名義書換料等を控除。相場がなければ預託金の回収可能性会員権証書、取引相場資料
保険積立金積立額と解約時の受取額が一致しない評価基準日時点の解約返戻金相当額保険証券、解約返戻金額証明書
繰延資産(創立費・開発費等)換金価値がない原則ゼロ評価(全額控除)繰延資産明細
役員・従業員への貸付金回収予定が立っていない回収可能性を個別判断。実質的に役員報酬なら減額金銭消費貸借契約書、返済実績
差入保証金・敷金原状回復費用が控除される返還見込額(原状回復費用相当を控除)賃貸借契約書、償却条項

売掛金・受取手形:回収可能性で落とす

売掛金は、額面どおりに回収できるとは限りません。売掛金年齢表(エイジングリスト)を作り、通常の回収サイトを大きく超えて滞留している残高を抜き出します。一般的な進め方は、滞留期間が長いもの、すでに取引が停止している先、法的整理に入った先を個別に判定し、回収見込みのない部分を減額するというものです。金額の小さい売掛金が大量にある業種では、過去の貸倒実績率を使って一括で見積もる方法もとられます。

注意したいのは、税務上の貸倒引当金と評価上の減額は別物だという点です。税法上は損金算入の要件が厳しく、実際には回収できない売掛金でも帳簿に残り続けることがあります。評価の目的は「いま第三者が買うとしていくらの価値があるか」なので、税務上の処理にかかわらず実態で判断します。買収監査(デューデリジェンス)では、この売掛金の質が必ず論点になります。

棚卸資産:滞留と評価損を見る

在庫は、数量が合っているかという問題と、値段が妥当かという問題の2つがあります。前者は実地棚卸の実施状況、後者は滞留状況で判断します。実務では、在庫明細に最終出庫日や仕入日を紐づけ、一定期間(たとえば1年、2年といった区切り)を超えて動いていない在庫を抜き出し、正味売却価額まで落とします。

業種による差も大きく、アパレルや食品のように陳腐化が速い業種では滞留在庫の評価減が大きく効きます。一方、汎用の原材料や規格品を扱う業種では、長く保管していても価値がほとんど落ちない場合もあります。業種ごとの見方は業種別の評価ポイントで整理しています。

有価証券:市場価格と実質価額を分ける

上場株式や投資信託は、評価基準日の市場価格に置き換えます。難しいのは非上場株式で、市場価格が存在しないため、投資先の決算書をもとに実質価額(1株当たり純資産など)で評価するのが一般的です。投資先が債務超過であれば、簿価を全額落とす判断になることもあります。取引先との持ち合い株式や、業界団体への出資金のように、そもそも自由に売却できない性質のものは、その制約も含めて評価します。

土地:路線価・固定資産税評価額・不動産鑑定の使い分け

時価純資産法でもっとも金額インパクトが大きいのが土地です。日本の会計は取得原価主義なので、数十年前に取得した土地は当時の価額のまま据え置かれており、含み益(または含み損)が大きくなりがちです。土地の時価には複数の「ものさし」があり、目的と手間に応じて使い分けます。

ものさし公表元・入手方法水準の目安向いている場面
相続税路線価国税庁が毎年公表する財産評価基準書地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途(国税庁)簡便に概算したいとき。0.8で割り戻して公示水準に近づける使い方も
固定資産税評価額固定資産税の課税明細書・評価証明書宅地は地価公示価格等の7割を目途(平成6年度評価替え以降)路線価が付されていない地域、手元資料だけで概算したいとき
地価公示価格・都道府県地価調査国土交通省・都道府県が公表標準地・基準地の正常な価格近隣に標準地がある場合の水準確認
取引事例・不動産会社の査定近隣の売買事例、仲介会社の査定書実際の売買に近い水準売却を具体的に検討している場合
不動産鑑定評価不動産鑑定士に依頼個別要因を織り込んだ鑑定評価額金額が大きい、争いになる可能性がある、第三者への説明責任が重い場合

路線価と固定資産税評価額はいずれも公表資料から手間なく拾えるため、初期検討では重宝します。ただしどちらも公示価格より低い水準を目途に設定されているため、そのまま使うと時価を低めに見積もることになります。逆に、0.8や0.7で機械的に割り戻せば実勢価格になるというものでもありません。土地の形状(間口が狭い、不整形、無道路)、接道条件、用途地域、借地権・貸宅地の別、土壌汚染や埋設物の有無といった個別事情で、実際の売買価格は大きく動きます。

実務上の落としどころとしては、初期検討では路線価や固定資産税評価額をもとに概算し、金額が大きい物件や交渉が具体化した段階で査定・鑑定に切り替えるという二段構えが現実的です。不動産の比重が高い会社の評価については不動産会社・REITのバリュエーションも参考になります。

建物:減価償却と実際の価値のズレ

建物は、税務上の法定耐用年数で償却が進み、簿価がゼロに近いのに実際にはまだ十分使えるという状態がよく起こります。逆に、特殊な用途に特化した建物や、立地に対して過大な建物は、帳簿価額ほどの価値がないこともあります。

考え方は2つあります。1つは再調達原価アプローチで、いま同じ建物を建てるといくらかかるかを見積もり、そこから経過年数分の価値減少を控除します。もう1つは収益性からの判断で、その建物が生み出す賃料や事業利益から逆算します。賃貸物件であれば後者、自社利用の工場・倉庫であれば前者が使われやすい傾向です。土地と建物を一体で査定・鑑定してもらい、内訳を按分するという進め方も一般的です。

ゴルフ会員権・保険積立金・繰延資産・役員貸付金

ゴルフ会員権は、取得時の価額と現在の取引相場が大きく乖離していることが多い科目です。取引相場のある会員権は相場から名義書換料等を控除した金額で、相場が形成されていない会員権は預託金の返還可能性で判断します。事業と関係のない会員権は、後述する非事業用資産として切り出して扱うのが通例です。

保険積立金は、支払保険料のうち資産計上した累計額が載っていますが、いま解約したときに戻ってくる金額(解約返戻金)とは一致しません。保険会社に解約返戻金額証明書を発行してもらい、その金額に置き換えます。返戻率がピークを過ぎている契約では含み損に、逓増定期などピーク前の契約では含み益になることがあります。また、被保険者が経営者本人である契約は、M&A後に契約者変更するのか解約するのかで扱いが変わるため、交渉の中で整理が必要です。役員退職金の原資として積み立てている場合、役員退職金と自社株の論点とあわせて検討します。

繰延資産(創立費、開業費、開発費、社債発行費など)は、会計上は資産に計上されていても、売却して換金できる財産ではありません。時価純資産の計算では、原則としてゼロ評価、つまり全額を控除します。同様に、実態のない前払費用や長期前払費用も、換金価値の有無で判断します。

役員貸付金・関係会社貸付金は、中小企業のB/Sに残りやすい項目です。返済実績があり、返済計画が明確なものは資産として認められますが、何年も残高が動いていない、実質的に役員の生活費に充てられている、といった場合は回収可能性を疑って減額します。買い手側から見れば、クロージングまでに解消してほしい項目の筆頭です。実務では、役員貸付金を役員退職金や賞与と相殺して整理する、オーナーが個人資産で返済する、といった対応がとられます。

非事業用資産の切り出し

事業に使われていない資産——遊休の土地、別荘、社長の自家用車、事業と無関係な投資有価証券、ゴルフ会員権など——は、事業価値とは別に管理するのが原則です。企業価値と株式価値の違いで整理しているとおり、インカム・アプローチやマーケット・アプローチでは事業価値に非事業用資産を加算して企業価値を求めます。時価純資産法では非事業用資産も含めて純資産を計算するため、二重計上や計上漏れが起きやすい箇所です。

実務では、非事業用資産を一覧にして別建てで集計し、「事業に必要な資産だけで見た純資産」と「非事業用資産を含めた純資産」の両方を出しておくと、交渉で議論しやすくなります。非事業用資産をM&A前にオーナーへ払い出す(現物分配や売却をする)という整理も、よく検討される選択肢です。

負債と簿外債務:計上されていないものを拾い上げる

資産側の洗い替えに比べて見落とされやすく、しかも価格への影響が大きいのが負債側です。日本の中小企業の帳簿は、税法上損金にならないものを計上しない傾向があるため、「あるのに載っていない債務」が構造的に生まれます。

項目なぜ載っていないか見積もりの考え方確認資料
退職給付引当金(退職金の未計上分)税法上損金算入されないため、中小企業では計上していないことが多い全社員が評価基準日に自己都合退職したと仮定した要支給額を目安に退職金規程、従業員名簿(勤続年数・等級)、中退共等の加入状況
役員退職慰労金支給が確定していないため未計上役員退職慰労金規程がある場合は要支給額を、ない場合は支給の蓋然性で判断役員退職慰労金規程、株主総会議事録
賞与引当金税法上の要件が厳しく計上していないことが多い期末から支給日までの期間に対応する支給見込額賞与規程、過去の支給実績、支給対象期間
未払残業代実際には発生しているが集計・計上されていない労働時間記録と実際の支給額の差から試算。時効期間分を見込むタイムカード、勤怠システム記録、給与台帳、36協定
未消化の有給休暇日本基準では引当計上が求められていない未消化日数 × 日額。買い手が論点化することがある有給休暇管理簿
リース債務(オペレーティング・リース)賃貸借処理のため貸借対照表に載らない将来のリース料総額を把握し、実質的な負債として注記または加算リース契約書一覧、支払明細
保証債務・連帯保証偶発債務のため計上されない主債務者の支払能力から履行の可能性を評価保証契約書、被保証先の財務状況
係争・クレーム結果が確定していない敗訴・支払いの可能性と見込額を弁護士見解も踏まえて見積もる訴訟資料、顧問弁護士の見解
土壌汚染・アスベスト等の除去費用発生時まで計上されない調査結果があれば除去費用見積額。なければリスクとして注記土壌調査報告書、建物の建築年・仕様
社会保険の未加入・過少納付適正に処理されていない遡及して加入した場合の追加負担額社会保険加入状況、賃金台帳

退職給付引当金の未計上がもっとも大きい

中小企業では、退職金制度があるにもかかわらず退職給付引当金を計上していない例が少なくありません。税法上、退職給与引当金の損金算入が認められていないためです。しかし、退職金規程が存在する以上、従業員が退職すれば支払義務が生じます。第三者に会社を譲渡するという場面では、この債務は確実に引き継がれます。

中小企業の評価実務では、評価基準日に全従業員が自己都合で退職したと仮定した場合の要支給額を目安として用いることが一般的です。従業員数が多い会社や、給付水準の高い制度を持つ会社では、数千万円から億単位の調整になることもあります。中小企業退職金共済(中退共)や特定退職金共済に加入している場合は、外部に積み立てられている資産が要支給額をどの程度カバーしているかを確認し、不足分だけを負債として加算します。

未払残業代は買い手が必ず見るところ

未払残業代は、買収監査で指摘されると価格そのものより交渉の空気を悪くする論点です。固定残業代(みなし残業)の設定が不適切、管理監督者の範囲が広すぎる、勤怠記録と実際の在社時間が一致していない、といった状況があると、遡及して請求されるリスクが残ります。売り手側としては、指摘される前に実態を把握し、必要であれば制度を是正しておくことが望ましい対応です。

簿外債務については、「金額を精緻に当てる」ことより「存在を把握して交渉の俎上に載せる」ことのほうが重要です。金額が確定しないものは、負債として加算するのではなく注記にとどめ、表明保証や価格調整条項で手当てするという整理もよく使われます。契約上の取扱いは弁護士に、税務上の影響は税理士・公認会計士等の専門家に確認してください。

税効果:含み益に税金相当額を差し引くかどうか

含み益のある資産を時価評価すると、将来それを売却したときに売却益に対して課税される可能性があります。そこで、評価差額(含み益)に対応する税金相当額を控除してから純資産に反映するのが一般的です。これを税効果といいます。含み益をそのまま全額価値に加えると過大評価になるため、この調整を行います。

控除する税率としては、法人税・地方法人税・住民税・事業税を合わせた法定実効税率が使われます。水準は会社の規模や所在地、適用される税制によって変わるため、実際の税率は税理士に確認してください。概算では30%前後を置くことが多いのが実情です。自社の実効税率を確認したい場合は実効税率の計算ツールが使えます。

控除するか、しないか、どこまで控除するか

実務では、税効果の扱いに幅があります。代表的な考え方は3つです。

  • 全額控除する … 含み益 × 法定実効税率を控除する。もっとも保守的で、買い手が主張しやすい立場です。いずれ売却するなら課税は避けられない、という理屈になります。
  • 一部だけ控除する … 売却の蓋然性が低い資産(事業に不可欠で当面売却予定のない本社土地など)については、控除率を法定実効税率より低く置く。株式譲渡であれば資産は会社に残るため、直ちに課税されるわけではない、という考え方です。
  • 控除しない … 株式譲渡を前提とし、資産の売却を想定しないケースで、税効果を反映しないという整理。売り手が主張しやすい立場です。

どの立場を取るかで評価額は変わります。重要なのは、どの考え方を採用したかを明示し、同じ前提を交渉の両側で共有することです。前提を書かずに結論の金額だけを提示すると、後から「そちらは税効果を引いていないのではないか」という争点が発生します。なお、含み損がある場合は逆に、税金相当額を加算する(将来の売却損が税負担を減らす効果を織り込む)かどうかが論点になりますが、その繰越欠損金を実際に使い切れるかどうかは会社の収益状況次第であり、慎重に見るのが通例です。

税効果の取扱いや繰越欠損金の使用可能性は、個別の税務判断を伴います。ここでの説明は考え方の整理であり、実際の適用にあたっては税理士・公認会計士等の専門家に確認してください。

修正貸借対照表の作り方(調整前→調整項目→調整後)

洗い出した調整項目は、一枚の表にまとめます。調整前(簿価)、調整額、調整後(時価)の3列を並べ、各行に根拠を紐づける形が標準です。以下は、簿価純資産1.5億円の会社を想定した例示です。

項目調整前(簿価)調整額調整後(時価)調整の根拠(例)
現金・預金3,000万円3,000万円残高証明書どおり
売掛金6,000万円△400万円5,600万円1年超の滞留先を回収不能と判定
棚卸資産4,000万円△600万円3,400万円2年以上動きのない在庫を正味売却価額へ
有価証券2,000万円+1,000万円3,000万円上場株式を評価基準日の市場価格へ
土地8,000万円+5,000万円1億3,000万円路線価をもとに概算、後日査定で検証
建物5,000万円△500万円4,500万円用途が限定的で再調達価額から減価
保険積立金1,500万円△200万円1,300万円解約返戻金額証明書の金額へ
ゴルフ会員権800万円△600万円200万円取引相場が取得時から下落
繰延資産300万円△300万円0円換金価値がないため全額控除
役員貸付金1,200万円△1,200万円0円返済実績がなく回収可能性なしと判定
資産合計3億1,800万円+2,200万円3億4,000万円
借入金・買掛金等1億6,800万円1億6,800万円帳簿どおり
退職給付引当金(未計上)0円+2,500万円2,500万円自己都合退職時の要支給額
賞与引当金(未計上)0円+500万円500万円期末から支給日までの対応分
未払残業代(未計上)0円+300万円300万円勤怠記録との差から試算
負債合計1億6,800万円+3,300万円2億100万円
税効果控除前の純資産1億5,000万円△1,100万円1億3,900万円
税効果(含み益分)△1,800万円含み益6,000万円 × 実効税率30%(目安)
時価純資産1億5,000万円△2,900万円1億2,100万円

この例では、土地と有価証券の含み益(合計6,000万円)だけを見れば純資産は増えるはずでしたが、滞留債権・不良在庫・回収不能な役員貸付金の減額と、退職給付・賞与・未払残業代の未計上分の加算が効いて、結果として簿価純資産を下回りました。「含み益があるから時価純資産は簿価より高いはず」という思い込みが外れる典型例です。

上表はあくまで計算の仕組みを示す例示・目安であり、特定の会社の評価額を示すものではありません。旧版で示していた簡易例(簿価純資産1.5億円、土地の含み益5,000万円と有価証券の含み益1,000万円の合計6,000万円に実効税率30%を織り込み、時価純資産は約1.92億円)は、資産側の含み益だけを見たケースにあたります。同じ会社でも、負債側の洗い出しまで行うと結論が逆向きに動くことがある、という点が実務の勘どころです。

実際に自社の数字で試したい場合は、時価純資産の調整シートに入力すると、調整前後の一覧、1株当たりの時価純資産、年買法での参考値までまとめて確認できます。あわせて財務指標の計算ツールで自己資本比率や流動比率を確認しておくと、B/Sの健全性を一緒に把握できます。1株当たりへの割り戻しの考え方はBPS・EPSとは、純資産倍率としての見方はPBRとはで扱っています。自分で一通り計算してみたい方は自分で企業価値を計算する方法もあわせてご覧ください。

年買法(時価純資産+営業権)と、他アプローチとの併用

時価純資産法は将来の収益力を反映しないため、収益力のある会社では実態より低く出がちです。そこで中小企業のM&Aでは、時価純資産に数年分の利益(のれん・営業権)を上乗せする折衷的な方法がよく使われます。これが年買法(年倍法)の考え方で、「時価純資産 + 営業利益 × 2〜3年分」といった形で目安を出します。

営業権をどう乗せるか

営業権の上乗せで実務上のポイントは2つです。1つは分子に置く利益をどう決めるか。決算書の営業利益をそのまま使うと、オーナー企業特有の要素で歪みます。過大または過小な役員報酬、オーナー個人に紐づく私的経費、一時的な損益、本来必要な設備投資の先送りなどを調整した正常収益力を使うのが基本です。減価償却の影響を除いたEBITDAをベースにする場合もあります。

もう1つは年数をどう置くか。この年数は、その会社の超過収益力が何年続くと見込めるかの代理変数です。経営者への依存度が低く、取引先が分散し、継続的な収入構造を持つ会社は長めに、その逆は短めに置かれる傾向があります。年数の置き方や計算例は年買法の計算ツールで前提を変えながら試せます。買収後の会計処理まで見据えるならのれんの償却も押さえておくとよいでしょう。

3つのアプローチをどう組み合わせるか

  • 時価純資産法(本稿)… いま保有する純資産というストックを測ります。他の手法の土台であり、下限の確認にも使えます。
  • 年買法 … 時価純資産に数年分の営業権を加えます。時価純資産をそのまま土台として使うため、本稿の作業がそのまま活きます。
  • DCF法 … 将来キャッシュフローの現在価値を測ります。時価純資産との差が、理論上ののれんに相当します。
  • 類似会社比較法 … 上場している類似会社の倍率から市場目線を測ります。純資産とは別軸からの検証になります。

DCF法では将来キャッシュフローをWACC(加重平均資本コスト)で割り引きます。3つのアプローチの結果を並べると、時価純資産法が下限側、DCF法や類似会社比較法が上側に来ることが多いのですが、必ずそうなるとは限りません。収益力が乏しく資産だけが厚い会社では、時価純資産法がもっとも高く出ることもあります。どの手法が高いか低いかではなく、なぜその差が生じているのかを説明できることが評価の要点です。

なお、非上場株式には市場での換金性がないため、DCF法や類似会社比較法の結果には非流動性ディスカウント(DLOM)を適用する扱いが一般的である一方、時価純資産法の結果には適用しないという整理がよくとられます。実際の算定書でこれらがどう並ぶかは評価レポートのサンプルと見方で確認できます。算定書が必要になる場面は株価算定書が必要になる場面にまとめています。

コスト・アプローチが効く局面と、時価純資産法の限界

効く局面

  • 資産保有型の会社 … 不動産賃貸業、投資会社、遊休資産を多く抱える会社など。価値の源泉が保有資産そのものにあるため、コスト・アプローチが主役になります。
  • 赤字・債務超過の会社 … 将来キャッシュフローの見通しが立たず、インカム・アプローチが機能しない局面。まず資産の裏付けを確認することから始めます(赤字・債務超過会社の売却)。
  • 清算・廃業を視野に入れる場合 … 事業を続ける場合と畳む場合のどちらが有利かを比較するとき、処分価格ベースの試算が判断材料になります。
  • 他手法の検証・下限の確認 … DCF法や倍率法で出た数字が妥当かを、資産の裏付けという別の軸から確かめる用途。
  • 少数持分や事業承継の価格検討 … 収益力の議論に入る前の土台づくりとして(事業承継における株価算定)。

限界

  • 将来の収益力を反映しない … これが最大の限界です。ブランド、顧客基盤、技術、人材、営業ネットワークといった無形の価値は、原則としてB/Sに載っていません。収益力のある事業会社では、時価純資産法だけでは実態より低く出ます。
  • 継続企業価値との差が説明できない … 会社が実際に稼いでいる利益と、保有資産の価値の間には、通常ギャップがあります。そのギャップこそが営業権であり、時価純資産法はそれを測る仕組みを持ちません。
  • 清算価値とは別物 … 継続前提の時価純資産は、清算価値より高くなるのが通常です。清算では、在庫の投げ売り、不動産の早期売却による値引き、従業員への退職金、原状回復費用、契約解除違約金、廃棄費用などが上乗せで発生します。「時価純資産が1億円だから、畳んでも1億円残る」とは限りません。
  • 評価基準日の一点しか見ていない … 季節変動の大きい業種では、基準日をいつに置くかで在庫や売掛金の水準が変わります。
  • 調整の主観性が残る … 滞留在庫をいくら落とすか、土地をどのものさしで見るか、税効果をどこまで引くか。いずれも幅があり、立場によって結論が動きます。

ありがちな間違いと、相続税評価との区別

実務でよく見る7つの間違い

  • 1. 簿価のまま使ってしまう … 「純資産◯◯万円だからこの値段」と決算書の純資産をそのまま持ち出す。含み損益も簿外債務も反映されていない数字であり、出発点にすぎません。
  • 2. 資産側だけ洗い替えて負債側を見ない … 土地の含み益は喜んで反映するのに、退職給付引当金の未計上や未払残業代は見ない。本稿の数値例のとおり、負債側の調整で結論が逆転することもあります。
  • 3. 税効果を無視する(または前提を書かない) … 含み益をそのまま全額加算すると過大になります。控除するかしないかの立場自体は選択の余地がありますが、前提を明示しないことが問題です。
  • 4. 非事業用資産の扱いが整理されていない … 他の手法と併用するとき、事業価値に非事業用資産を加算する処理と、時価純資産法での取扱いが混ざり、二重計上や漏れが起きます。
  • 5. 少数株主持分を考慮しない … 時価純資産法で求めるのは会社全体(100%)の価値です。30%の株式を譲渡する場面で、単純に純資産の30%を価格とするのは、支配権がないことの影響を無視しています。支配権の有無や換金性の差は、非流動性ディスカウント(DLOM)や支配権プレミアムの議論として、純資産の按分とは別に整理する必要があります。
  • 6. 連結すべき関係会社を見落とす … グループ会社がある場合、単体のB/Sだけを見ると実態を捉え損ねます。関係会社株式を実質価額で評価するか、実質的に一体として見るかを決めておきます。
  • 7. 土地の「割り戻し」を機械的にやる … 路線価を0.8で割れば時価になる、という計算は目安にすぎません。個別要因で実勢価格は大きく動きます。

相続税評価(財産評価基本通達)とM&Aの評価は別体系

もっとも誤解が多いのがこの点です。相続税・贈与税における「取引相場のない株式の評価」は、国税庁の財産評価基本通達にもとづく体系であり、会社規模に応じて類似業種比準方式・純資産価額方式・その併用方式を使うといったルールが定められています。課税の公平を図るための、一律の計算ルールです。

一方、M&Aにおける株式価値の評価は、当事者が納得できる取引価格を探るためのものであり、将来の収益力や市場環境、買い手ごとのシナジーまで織り込みます。目的も前提も手法も異なる別の体系であり、どちらが正しいというものではありません。同じ会社でも両者の金額は一致しないのが通常です。

紛らわしいのは、財産評価基本通達の「純資産価額方式」も、資産を相続税評価額に置き直して純資産を求めるという点で、本稿の時価純資産法と外形が似ていることです。しかし、そこで使う土地の評価額は路線価ベースであり、含み益に対する控除割合も通達で定められています。本稿で説明した時価純資産法とは前提が異なるため、混同しないでください。両者の違いは事業承継における株価算定で詳しく整理しています。

相続税・贈与税の株価評価、時価純資産の計算における税効果の取扱い、役員退職金の損金性、組織再編にかかる税務の判断は、いずれも税理士・公認会計士等の専門家に確認が必要な領域です。本稿は評価の考え方を整理したものであり、税務上の助言ではありません。

よくある質問(FAQ)

Q. 純資産がそのまま会社の価値になりますか?

A. なりません。純資産は価値を測る1つの目安にすぎず、収益力のある会社では実態より低く出ます。逆に、資産を多く保有し収益力が乏しい会社では、純資産ベースの評価が最も高く出ることもあります。会社の性格によって、純資産という物差しがどれだけ有効かは変わります。

Q. 簿価純資産法と時価純資産法はどちらを使うべきですか?

A. 実態を反映するのは時価純資産法です。簿価のままでは含み損益や簿外債務が反映されずズレが生じます。ただし、ごく初期の概算や、含み損益が小さいと分かっている会社では、簿価純資産を出発点として見ることもあります。相手に金額を提示する場面では、簿価のままではなく調整後の数字を使うのが原則です。

Q. 相続税の株価評価と同じですか?

A. 別物です。相続税・贈与税の「取引相場のない株式の評価」は財産評価基本通達にもとづく課税のための計算ルールであり、M&Aの評価とは目的も前提も計算方法も異なります。金額が一致しないのが通常です。詳しくは前章および事業承継における株価算定をご覧ください。実際の税務上の取扱いは税理士に確認してください。

Q. 決算から時間が経っている場合、どの時点のB/Sを使えばよいですか?

A. 原則として、評価基準日に最も近い時点の財政状態を反映させます。実務では直近の本決算を起点にし、その後の試算表や大きな取引(不動産の売買、多額の借入・返済、増減資など)を反映させる形が一般的です。M&Aの実行が決算から半年以上先になる場合は、クロージング時点で価格を調整する条項を契約に入れることもあります。

Q. 債務超過でも価格がつくことはありますか?

A. あります。時価純資産がマイナスでも、正常収益力がプラスであれば、そこに営業権を加える考え方が成り立ちます。マイナスの純資産と営業権が相殺され、結果としてプラスの株式価値になることもあります。ただし負債の重さが営業権を上回れば価値はゼロ以下となり、その場合は価格ではなくスキーム(事業譲渡、会社分割、私的整理など)の議論に移ります。詳しくは赤字・債務超過会社の売却をご覧ください。

Q. どこまで精緻にやれば十分ですか?

A. 目的によって変わります。自社の目線を作るための初期検討であれば、金額の大きい項目(土地、退職給付、役員貸付金、滞留債権・在庫)を押さえるだけでも十分に意味があります。一方、実際の交渉や第三者への説明が必要な段階では、根拠資料を揃え、必要に応じて不動産鑑定や専門家の関与を検討します。買い手側のデューデリジェンスでは、ここで挙げた項目がほぼそのまま調査対象になります。

まとめ

時価純資産法は、帳簿上の純資産を出発点に、資産・負債を時価へ引き直して静的な価値を測る、客観性の高いコスト・アプローチです。簿価純資産法との違いは「帳簿を信じるか、確かめるか」にあり、その確かめる作業こそが本手法の実体といえます。

実務で押さえるべき要点は4つです。第一に、資産側では売掛金の回収可能性、在庫の滞留、有価証券の時価、そして金額インパクトの大きい土地・建物を丁寧に見ること。土地は路線価・固定資産税評価額・査定・鑑定を目的に応じて使い分けます。第二に、負債側で退職給付引当金の未計上、賞与引当金、未払残業代、リース、保証債務といった簿外債務を拾うこと。ここを飛ばすと結論が大きく動きます。第三に、税効果をどう扱うかの立場を決め、必ず前提として明示すること。第四に、調整前・調整項目・調整後を一枚の修正貸借対照表にまとめ、各調整に根拠を添えることです。

そのうえで、時価純資産法が将来の収益力を反映しないという限界を忘れないでください。収益力のある事業会社では下限の目安として位置づけ、時価純資産に営業権を乗せる年買法や、DCF法類似会社比較法と並べて、一点の金額ではなく評価レンジとして捉えるのが実務の基本です。資産保有型の会社、赤字・債務超過の会社、清算を視野に入れる場面では、逆にコスト・アプローチが主役になります。相続税評価とM&A評価は別体系であること、税務・会計・法務の判断は税理士・公認会計士等の専門家に確認することも、あわせて押さえておいてください。

まずは自社の数字で一度組み立ててみることをおすすめします。時価純資産の調整シートで調整前後の一覧を作り、年買法の計算ツールで営業権を乗せた場合の目安を確認し、財務指標の計算ツールでB/Sの健全性を見る。この3つを通すだけでも、自社の価値がどのあたりにあるのかの感覚はかなり具体的になります。

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