DCF法とは? 計算式と手順、メリット・デメリットをわかりやすく解説
最終更新: 2026-09-12
DCF法(Discounted Cash Flow法/割引キャッシュフロー法)は、会社が将来生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)を、リスクに見合った割引率で現在価値に直して足し合わせ、企業の価値を求める評価手法です。過去の実績や保有資産ではなく「これから稼ぐ現金」を価値の源泉と考える点が特徴で、非上場株式の評価で用いられるインカム・アプローチの代表格にあたります。M&Aの価格検討、増資時の株価算定、事業承継の株価把握など、将来性を価格に織り込みたい場面で広く使われます。
一方で、DCF法は「前提の置き方で答えが動く」手法でもあります。事業計画、割引率、永久成長率という3つの前提のどれをどう置くかで、同じ会社でも評価額は倍近く変わり得ます。だからこそ、計算の手順を正しく理解し、前提の根拠を説明できる状態にしておくことが実務では決定的に重要になります。
本稿では、DCF法の考え方から始めて、①事業計画 →②FCF →③WACC →④現在価値 →⑤継続価値・事業価値・株式価値という5ステップの手順を追い、売上5億円・営業利益4,000万円規模の会社を題材に、5年分のFCF表・割引係数・継続価値・株式価値まで数値で通します。そのうえで、感応度分析、メリットとデメリット、中小企業でDCF法を使うときの注意点、実務で頻出する間違いを整理します。手元の数字で挙動を確かめながら読みたい方は、無料のDCF法シミュレーターを開いて、記事の数値を入れ替えながら進めると理解が早くなります。
DCF法とは:将来のキャッシュを「今の価値」に引き直す
DCF法の土台にあるのは、お金には時間的価値があるという考え方です。今もらえる100万円と5年後にもらえる100万円は、同じ100万円でも価値が違います。今の100万円は運用に回せますし、5年後の100万円は「本当に受け取れるか分からない」という不確実性を抱えているからです。将来のキャッシュフローを、この時間価値とリスクの分だけ目減りさせて今日の価値に直す作業が「割引(ディスカウント)」です。
割引の強さを決めるのが割引率です。DCF法では通常、WACC(加重平均資本コスト)を割引率に使います。WACCは、株主が期待するリターンと銀行等への支払利息を、資本構成で加重平均した「その会社が資金を調達するのにかかるコスト」です。リスクの高い会社ほどWACCは高くなり、同じ将来キャッシュフローでも現在価値は小さく算定されます。DCF法が「リスクを価格に織り込める手法」と言われるのは、この仕組みによります。
なぜ利益ではなくキャッシュフローを使うのかも押さえておきましょう。会計上の利益には、現金の出入りを伴わない減価償却費が費用として含まれる一方で、設備投資の支出や、売上増に伴って売掛金・在庫に寝てしまう現金は反映されません。同じ営業利益でも、毎年多額の設備更新が必要な会社と、ほとんど投資が要らない会社では、手元に残る現金はまったく違います。価値の源泉は最終的に「自由に使える現金」なので、DCF法は利益ではなくFCFを対象にします。
DCF法の計算手順(5ステップ)
DCF法の計算は、次の5つのステップに整理できます。どのステップも独立しておらず、前のステップの出力が次の入力になるため、順番どおりに積み上げていくことが大切です。
| ステップ | やること | 出てくる数字 |
|---|---|---|
| ① 事業計画をつくる | 過去実績を正常化したうえで、3〜5年分の売上・原価・販管費・営業利益を年度別に予測する | 年度別の営業利益 |
| ② FCFに変換する | 営業利益に(1−実効税率)を掛けてNOPATを出し、減価償却費を足し戻し、設備投資と運転資本の増加を差し引く | 年度別のFCF |
| ③ WACCを算定する | 株主資本コスト(CAPM等)と負債コスト(税引後)を、資本構成で加重平均する | 割引率(WACC) |
| ④ 現在価値に割り引く | 各年度のFCFに割引係数を掛けて現在価値に直し、予測期間分を合計する | 予測期間FCFの現在価値合計 |
| ⑤ 継続価値を加えて株式価値へ | 予測期間以降をまとめた継続価値を算定して割り引き、事業価値を出したうえで、非事業用資産を加算し有利子負債を控除する | 事業価値 → 株式価値 |
ステップ① 事業計画:すべての出発点
DCF法の答えは、突き詰めれば事業計画の写像です。計画が変われば評価額も変わるため、ここに最も時間をかけます。まず過去3〜5期の損益を並べ、一過性の要因(大口の臨時受注、補助金収入、災害損失など)を除き、中小企業であればオーナー社長の役員報酬や私的経費を市場水準に引き直します。この調整後の利益水準が正常収益力で、将来予測の出発点になります。
そのうえで、売上は「既存顧客の継続+新規獲得+単価改定」といった積み上げで置き、変動費は売上に連動させ、固定費は増員計画や契約内容から積み上げます。根拠のない一律成長率や、売上だけ伸びて費用が据え置きの計画は、買い手側の検証でほぼ確実に指摘されます。予測期間は3〜5年が一般的で、根拠のある計画を作れる範囲に留めるのが実務的です。
ステップ② FCF:利益からキャッシュへの変換
年度別の営業利益が固まったら、FCF(ここでは企業全体のFCFであるFCFF)に変換します。式は次のとおりです。
営業利益 ×(1 − 実効税率)= NOPAT(税引後営業利益)
NOPAT + 減価償却費 − 設備投資 − 運転資本の増加 = FCF
税金は、支払利息を引く前の営業利益に対する理論税額を使います。損益計算書の「法人税等」の実額をそのまま引くと、支払利息の節税効果が入り込み、WACC側で織り込んでいる分と二重計上になります。減価償却費は現金流出を伴わないので足し戻しますが、製造原価に含まれる償却費を拾い漏らさないよう注意します。設備投資は維持更新分と成長分に分け、売上計画と整合させます。運転資本(売上債権+棚卸資産−仕入債務)は増加額を控除します。各項目の作り方はFCF(フリーキャッシュフロー)とはで詳しく分解しています。
ステップ③ WACC:割引率を決める
WACCは、株主資本コストと負債コストを資本構成で加重平均した割引率です。
WACC = 株主資本コスト ×(株主資本 ÷ 総資本)+ 負債コスト ×(1 − 実効税率)×(有利子負債 ÷ 総資本)
株主資本コストはCAPM(資本資産価格モデル)で推計するのが一般的で、リスクフリーレートに、β(市場感応度)×マーケットリスクプレミアムを加えます。非上場企業では自社のβが観測できないため、上場している類似会社のβを借りてきて、資本構成の違いを調整(アンレバード化・リレバード化)して用います。規模の小さい会社にはサイズプレミアムを、事業固有の事情には個別リスクプレミアムを上乗せすることもあります。負債コストは実際の借入金利をベースに、税引後で使います。
WACCの決め方の要点は3つです。第一に、資本構成は帳簿価額ではなく、目標とする(あるいは同業が採る)資本構成で置くのが原則であること。第二に、βは1社ではなく複数の類似会社の中央値などを使い、極端な値に引きずられないこと。第三に、上乗せするプレミアムは「なぜ必要か」を言語化できる範囲に留めること。WACCは1%動くだけで評価額が1割前後動くことも珍しくないため、算定根拠を残しておくことが後の説明責任に直結します。詳しい算定手順はWACCとはをご覧ください。
ステップ④ 現在価値:割引係数を掛けて合計する
n年後のFCFの現在価値は、次の割引係数を掛けて求めます。
割引係数 = 1 ÷(1 + WACC)ⁿ / 現在価値 = 各年度のFCF × 割引係数
この係数は年数が進むほど小さくなります。WACC 8%であれば、1年後は0.926、5年後は0.681、10年後は0.463です。10年後の1億円は今日の4,630万円程度としか評価されない、という感覚を持っておくと、DCF法の結果を読むときに役立ちます。予測期間の各年度についてこの計算を行い、合計したものが「予測期間FCFの現在価値合計」です。
ステップ⑤ 継続価値・事業価値・株式価値
会社は予測期間の最終年度で終わるわけではありません。6年目以降を1年ずつ無限に予測するのは現実的でないため、それ以降の価値をまとめて1つの金額に集約します。これがターミナルバリュー(継続価値)です。永久成長率法(ゴードン・モデル)では次の式で求めます。
継続価値 = 予測最終年度のFCF ×(1 + g)÷(WACC − g)
この継続価値は「予測最終年度の時点での価値」なので、最終年度の割引係数を掛けて現在価値に直してから加えます。予測期間FCFの現在価値合計に、割り引いた継続価値を足したものが事業価値です。そこから株式価値までは次のように進みます。
事業価値 + 非事業用資産(余剰現金・遊休不動産等) = 企業価値
企業価値 − 有利子負債 = 株式価値
非事業用資産とは、事業のキャッシュフロー創出に寄与していない資産のことです。DCF法で割り引いたFCFは事業から生まれるものなので、そこに反映されていない資産を別途足し戻す、という理屈です。この3つの「価値」の関係は取り違えやすいので、企業価値と株式価値の違いで整理しておくと安全です。
通しの計算例:売上5億円・営業利益4,000万円の会社
ここからは、仕組みを具体的に示すための例として、直近期の売上高5億円・営業利益4,000万円の会社を題材に、5ステップを最後まで通してみます。実際の評価はより精緻な前提と検証を伴いますので、数値はあくまで目安・イメージとしてご覧ください。
直近期:売上高5億円/営業利益4,000万円/減価償却費1,450万円
実効税率30%/WACC 8%/永久成長率 g=1%/予測期間5年(期末主義)
非事業用資産(余剰現金)5,000万円/有利子負債1億5,000万円
①② 事業計画と年度別FCF
売上を年2〜4%程度の緩やかな成長で置き、営業利益率がわずかに改善する計画とします。設備投資は維持更新中心で、減価償却費とおおむね近い水準に置きました。単位は万円です。
| 項目 | 1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 | 5年目 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 52,000 | 54,100 | 55,700 | 57,400 | 58,500 |
| 営業利益 | 4,200 | 4,400 | 4,600 | 4,750 | 4,850 |
| − 理論税額(30%) | △1,260 | △1,320 | △1,380 | △1,425 | △1,455 |
| = NOPAT | 2,940 | 3,080 | 3,220 | 3,325 | 3,395 |
| + 減価償却費 | 1,500 | 1,550 | 1,600 | 1,650 | 1,700 |
| − 設備投資 | △1,600 | △1,600 | △1,650 | △1,700 | △1,700 |
| − 運転資本の増加 | △200 | △200 | △150 | △150 | △100 |
| = FCF | 2,640 | 2,830 | 3,020 | 3,125 | 3,295 |
営業利益は5年間で4,200万円から4,850万円へ約15%伸びる計画ですが、FCFは2,640万円から3,295万円へと、それより緩やかな伸びに留まります。設備投資と運転資本の増加が、利益の伸びの一部を吸収しているためです。この「利益とキャッシュのズレ」を織り込めることが、DCF法の強みでもあります。
④ 割引係数と現在価値
WACC 8%、期末主義(各年度のキャッシュフローが期末にまとめて発生すると仮定)で割り引きます。割引係数は 1 ÷ 1.08ⁿ です。
| 年度 | FCF(万円) | 割引係数(8%) | 現在価値(万円) |
|---|---|---|---|
| 1年目 | 2,640 | 0.926 | 2,444 |
| 2年目 | 2,830 | 0.857 | 2,426 |
| 3年目 | 3,020 | 0.794 | 2,397 |
| 4年目 | 3,125 | 0.735 | 2,297 |
| 5年目 | 3,295 | 0.681 | 2,243 |
| 合計 | — | — | 11,807 |
FCFの合計は5年間で1億4,910万円ですが、現在価値に直すと1億1,807万円です。約3,100万円の差が、時間価値とリスクの分だけ目減りした部分にあたります。
⑤ 継続価値・事業価値・株式価値
5年目のFCF 3,295万円が、その後は毎年1%ずつ成長し続けると仮定して継続価値を求めます。
現在価値 = 4億7,542万円 × 0.681 ≒ 3億2,357万円
| 項目 | 金額(万円) | 内訳・考え方 |
|---|---|---|
| 予測期間FCFの現在価値 | 11,807 | 1〜5年目のFCFをWACC 8%で割り引いた合計 |
| + 継続価値の現在価値 | 32,357 | 6年目以降をまとめた価値を5年目の係数0.681で割引 |
| = 事業価値(EV) | 44,164 | 約4.42億円。うち継続価値が約73%を占める |
| + 非事業用資産 | 5,000 | 事業に使われていない余剰現金 |
| = 企業価値 | 49,164 | 事業価値+非事業用資産 |
| − 有利子負債 | △15,000 | 借入金・社債など |
| = 株式価値 | 34,164 | 約3.42億円。株主に帰属する価値 |
この例では、事業価値4億4,164万円のうち約73%を継続価値が占めています。DCF法では継続価値が過半を占めることが多く、この会社も典型的な姿です。だからこそ、次に説明する感応度分析で「継続価値の前提が動いたら答えがどう動くか」を必ず確認します。
なお非上場株式の場合、算出した株式価値がそのまま取引価格になるとは限りません。市場で自由に売買できないことによる非流動性ディスカウント(DLOM)を考慮する実務も一般的です。仮に20%を適用すれば、3億4,164万円 × 0.8 = 約2億7,300万円が目安となります。適用の有無と水準は評価目的によって判断が分かれる論点なので、根拠を明示することが求められます。
感応度分析:一点ではなくレンジで捉える
DCF法の結果は「3億4,164万円」のように一点の数字で出ますが、これを結論として扱うのは危険です。WACCと永久成長率をわずかに動かすだけで答えは大きく振れるため、実務では主要な前提を上下に振り、評価額がどの範囲に収まるかを表にまとめます。これが感応度分析(センシティビティ分析)です。
先ほどの会社について、WACCを7〜10%、永久成長率を0〜2%の範囲で振ったときの株式価値(非流動性ディスカウント適用前)を示します。単位は億円、いずれも例です。
| WACC \ 永久成長率 g | 0% | 1% | 2% |
|---|---|---|---|
| 7% | 3.57億円 | 4.17億円 | 5.01億円 |
| 8% | 2.98億円 | 3.42億円 | 3.99億円 |
| 9% | 2.53億円 | 2.85億円 | 3.27億円 |
| 10% | 2.16億円 | 2.41億円 | 2.73億円 |
表の読み方には2つのポイントがあります。第一に、左上(WACCが低くgが高い)ほど評価額は大きくなること。割引が弱く、永久に伸び続ける前提だからです。第二に、gがWACCに近づくほど、上昇の勢いが加速すること。継続価値の分母が(WACC − g)なので、両者が近づくと分母が小さくなり、価値が急激に膨らみます。この性質があるため、gを高めに置いた結果は特に慎重に扱う必要があります。
実務では、WACCと永久成長率だけでなく、売上成長率や営業利益率といった事業計画側の前提についても感応度を確認します。DCF法シミュレーターでは、割引率・成長率・設備投資などを入力し直すだけで結果の動きを追えるので、自社の数字でこの「幅」の感覚を掴んでみてください。
永久成長率(g)の置き方
永久成長率は、予測期間の後も会社が永久に成長し続けると仮定する率です。「永久」という言葉のとおり、ここで置いた率は無限の将来にわたって適用されます。仮にgを4%と置けば、その会社は100年後も200年後も年4%で成長し続ける、と仮定していることになります。長期的には、いかなる会社も経済全体の成長率を大きく超えて永久に成長し続けることはできないため、gには保守的な値を用いるのが原則です。
- 長期の物価・経済成長を超えない:一般には長期の名目経済成長率が上限の目安とされます。実務では0〜2%程度に収める例が多く見られます。
- 業種と成熟度を反映する:成熟産業や人口減少の影響を受けやすい業種では0%、あるいはマイナスを置くこともあります。逆に構造的な追い風がある業種でも、上限は経済成長率が目安です。
- 名目と実質を混ぜない:事業計画を名目値(物価上昇込み)で作ったなら、gも名目ベースで置きます。実質ベースの計画に名目のgを当てると、成長を二重に見込むことになります。
- 最終年度が安定状態か確認する:gは最終年度のFCFに掛かるため、最終年度が大型投資の直後などの特殊な状態だと、継続価値全体が歪みます。設備投資と減価償却がおおむね釣り合う安定状態に置くのが一つの考え方です。
gの設定と継続価値の関係、倍率法によるクロスチェックの方法はターミナルバリュー(継続価値)とはで詳しく扱っています。
DCF法のメリットとデメリット
| 観点 | メリット | デメリット・注意点 |
|---|---|---|
| 将来性の反映 | 成長計画・新規投資の効果を価値に直接織り込める。のれん(無形の収益力)が大きい会社に向く | 計画が描けない会社では使いにくい。前提を都合よく置けば評価額を動かせてしまう |
| 理論的な整合性 | 「価値=将来キャッシュフローの現在価値」という考え方に忠実で、説明の筋が通る | 理論が精緻に見えるぶん、前提の脆さが数字の見た目に隠れやすい |
| 個別事情の織り込み | 設備投資計画、運転資本、税率、資本構成など、その会社固有の事情を反映できる | 入力項目が多く、どれか一つの誤りが結果全体に波及する |
| リスクの扱い | 割引率を通じてリスクの高低を価格に反映できる | WACCの算定に主観が入りやすく、1%の差が評価額を大きく動かす |
| 客観性・検証可能性 | 計算過程を開示すれば第三者が追検証できる | 市場の相場観からは乖離し得る。倍率法との併用が前提になる |
| 作業負荷 | 一度モデルを組めば前提を変えた試算が容易 | 事業計画の作成を含めると相応の工数がかかる |
まとめると、DCF法は「将来を価格に織り込める代わりに、将来の置き方に全面的に依存する」手法です。したがって、DCF法単独で価格を決めるのではなく、類似会社比較法(EV/EBITDA倍率)や時価純資産法の結果と並べ、3つのアプローチで幅を確認するのが定石です。
中小企業でDCF法を使うときの注意点
事業計画の精度をどう担保するか
中小企業では、そもそも中期の事業計画を作っていない会社が少なくありません。評価のために急いで作った計画は、根拠が薄く、右肩上がりの「ホッケースティック型」になりがちです。買い手はこの点を最も厳しく見ます。現実的な対処は、予測期間を3年程度に短くする、直近の受注残や契約更新率など検証可能な材料を根拠として添える、複数シナリオ(保守・標準・強気)を用意して幅で示す、といった方法です。それでも計画の信頼性が確保できない場合は、DCF法を主たる手法とせず、参考値の位置づけに留める判断もあります。
役員報酬・私的経費の正常化
オーナー企業では、社長の役員報酬が節税や資金繰りの都合で決まっていることが多く、そのままでは事業の実力を表しません。第三者の経営者を雇った場合に支払うであろう水準に引き直し、差額を営業利益に加減します。家族への給与、社用車、生命保険料、私的な交際費なども同様に調整対象です。逆に、これまでオーナーが無報酬に近い形で働いていた場合は、市場水準の報酬を費用として織り込む必要があります。この正常収益力の把握を飛ばすと、以降の予測がすべて歪みます。
オーナー依存という固有リスク
売上の大半が社長個人の人脈で成り立っている、技術やノウハウが社長の頭の中にしかない、主要取引先との関係が属人的である——こうしたオーナー依存は、中小企業のDCF評価で最も見落とされやすいリスクです。オーナーが退任した後もそのFCFが本当に続くのか、という問いに答えられない計画は、割引率への上乗せ(個別リスクプレミアム)や、計画そのものの下方修正で調整することになります。引継ぎ期間の設定やキーマン条項が交渉の論点になるのもこのためです。
非流動性ディスカウントの扱い
非上場株式は、上場株式のように市場でいつでも売却できるわけではありません。この換金しにくさを価値の減額として反映するのが非流動性ディスカウントです。適用するか、何%とするかは評価の目的や取引の性格によって考え方が分かれるため、「適用した/しなかった」と、その理由を明記しておくことが実務上のポイントになります。
その他の実務的な留意点
- 簿外債務・偶発債務:未払残業代、退職給付債務、係争案件などは有利子負債と同様に株式価値から控除する対象になり得ます。デューデリジェンスで洗い出される典型項目です。
- 非事業用資産の見極め:社長個人が使っている不動産や、事業と無関係な有価証券・保険積立金は、事業価値に加算する非事業用資産として時価で評価します。逆に、事業に不可欠な資産を非事業用として重複計上しないよう注意します。
- 税務上の評価との違い:相続・贈与の場面で用いる財産評価基本通達に基づく株価と、M&Aで用いるDCF評価額は別物です。目的が違えば評価額も違ってよく、税務上の取扱いは必ず税理士等の専門家に確認してください。
- 手法の併用:中小企業の実務では、簡便な年買法や時価純資産法が交渉の出発点になることも多くあります。DCFの結果とそれらを並べ、乖離の理由を説明できるようにしておくと交渉が進めやすくなります。
DCF法でよくある間違い
FCFから支払利息を引いてしまう
最も頻出する誤りです。WACCで割り引く対象は企業全体のFCF(FCFF)であり、債権者への支払いである利息はまだ差し引きません。利息は割引率であるWACCの負債コスト部分にすでに織り込まれているためです。ここで利息を引くと二重に控除することになり、企業価値を系統的に過小評価します。利息を引いたキャッシュフロー(FCFE)を使うなら、割引率もWACCではなく株主資本コストに変えなければなりません。
設備投資や運転資本を無視する
「営業利益+減価償却費」をFCFとして使ってしまうケースです。これはEBITDAであってFCFではありません。設備投資を差し引いていないため、投資負担の重い装置産業や運送業などでは価値を大きく過大評価します。同様に、運転資本の増加を無視すると、成長計画を持つ会社ほど過大評価になります。売上が伸びれば売掛金と在庫も増え、その分の現金は事業に固定されるからです。
継続価値が9割を占めている
継続価値が事業価値の過半を占めるのは通常のことですが、9割前後に達している場合は、モデルのどこかに無理がある可能性があります。典型的には、予測期間が短すぎる、最終年度のFCFが一時的に膨らんでいる(最終年度だけ設備投資を絞っているなど)、gを高く置きすぎている、のいずれかです。継続価値の割合を必ず計算し、7割を大きく超えるようなら前提を見直す、という運用が実務的な歯止めになります。
税率の設定が実態と合っていない
損益計算書の「法人税等」の実額を使う、あるいは表面税率をそのまま当てるといった扱いは、いずれも精度を落とします。使うべきは法人税・地方法人税・住民税・事業税を合わせた実効税率で、会社の規模・所在地・特例の適用状況によって水準は変わります。繰越欠損金がある会社では当面の実際の納税負担が理論税額より軽くなるため、その効果を別途織り込むこともあります。適用税率は実効税率シミュレーターで確認できますが、最終的な判断は顧問税理士に確認してください。
期央主義と期末主義を意識していない
本稿の計算例では、各年度のFCFが期末にまとめて発生すると仮定する「期末主義」で割り引きました。しかし実際のキャッシュフローは1年を通じて平均的に発生するため、期の中央(0.5年、1.5年…)で発生すると仮定する「期央主義」を採る実務もあります。期央主義では割引期間が半年ぶん短くなるので、同じ前提でも評価額は数%高く出ます。どちらが正しいというより、どちらを採用したかを明示し、比較する評価どうしで揃えることが重要です。
継続価値を現在価値に割り引き忘れる
永久成長率法で求めた継続価値は「予測最終年度時点の価値」です。これを割り引かずに予測期間の現在価値合計へ足してしまうと、本稿の例では事業価値が4.42億円ではなく5.94億円になり、3割以上の過大評価になります。単純なミスですが、表計算で組んでいると意外に起こります。
非事業用資産と有利子負債の調整を忘れる
DCF法で直接求まるのは事業価値であって株式価値ではありません。余剰現金や遊休不動産を足し忘れれば過小評価に、有利子負債を引き忘れれば過大評価になります。特に借入の多い会社では、この調整の有無で結論がまったく変わります。
よくある質問(FAQ)
Q. DCF法は中小企業でも使えますか?
A. 使えますが、根拠のある事業計画が作れることが前提です。計画の精度が確保できない場合は、予測期間を3年程度に短くする、複数シナリオで幅を示す、といった工夫をしたうえで、類似会社比較法や時価純資産法と併用してレンジで捉えるのが現実的です。DCF法の結果を「唯一の正解」ではなく「一つの視点」として扱う姿勢が大切です。
Q. 予測期間は何年にすべきですか?
A. 一般的には3〜5年が目安です。判断基準は年数そのものよりも、「予測期間の最終年度が、その後も続く安定状態になっているか」です。大型投資が数年後に一巡する、赤字から黒字化する途中である、といった会社では、事業が安定するところまで予測期間を伸ばす考え方もあります。逆に、根拠を示せないまま10年の計画を作っても、継続価値の割合が下がるだけで精度は上がりません。
Q. WACCは何%くらいが目安ですか?
A. 会社の事業リスク、資本構成、規模によって大きく異なるため、一律の目安を示すことはできません。重要なのは水準そのものより、リスクフリーレート・β・マーケットリスクプレミアム・サイズプレミアム・負債コスト・資本構成という構成要素それぞれについて、どの数値をなぜ使ったかを説明できることです。算定の手順はWACCとはとCAPMと株主資本コストで解説しています。
Q. DCF法の結果と実際の取引価格が違うのはなぜですか?
A. 取引価格は、理論値に加えて交渉力、買い手が見込むシナジー、案件の競争環境、売り手の事情(時間的制約など)によって決まるためです。買い手にシナジーが大きく見込める場合はDCFの理論値を上回ることがありますし、買い手候補が限られる案件では下回ることもあります。DCF法の役割は価格を決めることではなく、交渉のための根拠ある基準点を持つことにあります。
Q. 赤字の会社でもDCF法で評価できますか?
A. 将来黒字化する妥当な計画があれば評価は成立します。初期数年のFCFがマイナスでも、その後プラスに転じる根拠を示せれば、DCF法は機能します。ただし、黒字化の道筋を説明できない場合や、恒常的なマイナスが見込まれる場合は、純資産をベースにした評価や事業譲渡を含めた別の枠組みを検討することになります。
Q. 自分でDCF法の計算をしてみることはできますか?
A. 表計算ソフトがあれば、本稿の手順どおりに組むことは可能です。手を動かして構造を理解する価値は大きいので、まずは自分で企業価値を計算する方法を参考に試してみてください。入力するだけで結果を確認したい場合は、無料のDCF法シミュレーターやEV/EBITDA倍率シミュレーターで、複数手法の目安を並べて比べられます。売却を前提に水準感を掴みたい方は会社売却シミュレーションもあわせてご覧ください。
まとめ
DCF法は、①事業計画をつくり、②FCFに変換し、③WACCを算定し、④現在価値に割り引き、⑤継続価値を加えて事業価値・株式価値へ落とす、という5ステップで組み立てます。本稿の例では、売上5億円・営業利益4,000万円の会社について、5年分のFCFの現在価値1億1,807万円と継続価値の現在価値3億2,357万円から事業価値4億4,164万円を求め、非事業用資産5,000万円を加え、有利子負債1億5,000万円を控除して株式価値の目安を約3億4,000万円と算定しました。
押さえるべき要点は3つです。第一に、DCF法の答えは事業計画・WACC・永久成長率という3つの前提の写像であり、前提の根拠を説明できて初めて意味を持つこと。第二に、結果は一点ではなく感応度分析によるレンジで捉え、他の手法と並べて検証すること。第三に、中小企業では計画の精度、役員報酬の正常化、オーナー依存、非流動性といった固有の論点を必ず織り込むことです。算定書の読み方を知りたい方は評価レポートの見方も参考になります。
「M&Aバリュークラウド」の詳細版レポート(5,500円・税込)は、入力いただいた事業計画から年度別のFCFを作成し、WACCの根拠と主要前提を動かした感応度、非流動性ディスカウントまで含めてPDFにまとめます。完成イメージは詳細版レポートのサンプルで確認できます。登録と試算は無料です。まずはDCF法シミュレーターに手元の数字を入れて、自社の評価額がどのくらいの幅で動くかを確かめてみてください。無料で登録して試算する