非上場株式の評価方法を徹底解説|3アプローチと目的別の使い分け
最終更新: 2026-09-20
「自社の株式(非上場株式)は、いったいいくらなのか」——事業承継やM&A、増資を検討するとき、多くの経営者がまず直面するのがこの問いです。上場株式と違い、非上場株式(自社株)には日々取引される市場価格がありません。そのため株式価値は、財務データと一定の前提にもとづいて「評価(バリュエーション)」する必要があります。
本稿は、非上場株式の評価をこれから学ぶ方に向けた総論です。実務で使われる3つのアプローチ——インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチ——を、それぞれの考え方・代表的な手法・必要なデータ・長所短所まで整理したうえで、「どの目的のときにどの手法を主役にするか」「企業価値と株式価値はどう違うのか」「なぜ一点の金額ではなくレンジで示すのか」といった、実際に数字を扱うときに必ずつまずく論点を順に解説します。各手法の細かい計算方法は個別記事へリンクしていますので、全体像を本稿でつかみ、必要なところから深掘りしてください。
先に結論を述べておくと、非上場株式の評価に「どれか1つだけが正解」という手法はありません。複数の手法を併用し、一点の金額ではなく「評価レンジ」として捉え、前提条件をあわせて示す——これが実務の基本形です。本稿で示す数値はいずれも仕組みを説明するための目安であり、特定の会社の価値や取引価格を保証するものではありません。
そもそも、なぜ非上場株式は「評価」が必要なのか
上場企業の株式であれば、証券取引所で日々売買が成立し、株価という客観的な価格が存在します。売りたい人と買いたい人が大量に存在し、その均衡点が数字として表示されるため、「いくらか」を考える必要がありません。一方、非上場企業の株式は不特定多数が売買する市場がないため、「いくらが妥当か」を示す価格が表に出てきません。売買の当事者はごく限られ、取引の頻度も低く、そもそも買い手がすぐに見つかるとも限らないからです。
それでも、次のような場面では株式の価値を金額で把握する必要が生じます。価格が「ない」からこそ、根拠のある数字をつくる作業が求められる、と言い換えてもよいでしょう。
- M&A(会社売却・買収) … 売り手・買い手が価格交渉を始めるための土台として。交渉の出発点となる希望価格や、相手から提示された金額の妥当性を検証する材料になります。
- 事業承継・相続 … 後継者への株式の引き継ぎ、親族間の株式移動、相続税・贈与税の負担見通しの前提として。事業承継における株価算定で詳しく扱っています。
- 増資・資金調達 … 新株発行の1株あたり価格や、出資比率を決めるために。ベンチャー投資ではスタートアップのバリュエーションの考え方が用いられます。
- 少数株主からの買い取り・名義株の整理 … 分散した株式を集約する際の価格の根拠として。相手のある交渉なので、説明できる算定根拠が欠かせません。
- 組織再編(合併・株式交換・会社分割) … 合併比率や交換比率の算定根拠として。両社を同じ物差しで測ることが公平性の観点から重要になります。
- 裁判・紛争 … 株式買取請求や価格決定申立て、相続争い、株主間の争いなどで「公正な価格」が争点になる場面。裁判所や第三者に耐える説明力が求められます。
- 社内手続き・意思決定 … 取締役会や株主への説明、ストックオプションの行使価額の検討など。どんな場面で算定書が必要になるかは株価算定書が必要になる場面にまとめています。
重要なのは、同じ会社でも「何のための評価か」によって妥当な数字は変わりうるということです。場面ごとに、誰に向けた数字なのか、どの視点が重視されるのかを整理すると次のようになります。
| 場面 | 主な目的 | 誰に向けた数字か | 重視されやすい視点 |
|---|---|---|---|
| M&A(売却・買収) | 交渉の出発点・提示額の検証 | 相手方・自社の意思決定者 | 将来の収益力、市場の評価水準、買い手にとってのシナジー |
| 事業承継・相続 | 承継の設計、税負担の見通し | 後継者・親族・税務当局 | 税務上の評価ルール(M&Aとは別体系)と、実態としての価値の両面 |
| 増資・資金調達 | 1株あたりの発行価額の決定 | 既存株主・新株主(投資家) | 成長シナリオ、希薄化の影響、既存株主との公平性 |
| 少数株主からの買取 | 買取価格の根拠づくり | 相手方株主 | 支配権の有無、流動性の低さ、過去の配当実績 |
| 組織再編 | 合併比率・交換比率の算定 | 両社の株主 | 両社を同じ手法・同じ前提で測ることの一貫性 |
| 裁判・紛争 | 公正な価格の主張・立証 | 裁判所・相手方 | 手法選択の合理性、前提の客観性、第三者による算定 |
評価の土台:企業価値と株式価値はどう違うのか
手法の話に入る前に、必ず押さえておきたいのが「何の価値を計算しているのか」という区別です。ここが曖昧なままだと、算定結果を読み違えたり、交渉で話がかみ合わなくなったりします。詳細は企業価値と株式価値の違いで解説していますが、本稿でも要点を整理します。
事業価値・企業価値・株式価値の関係
まず事業価値は、その会社が営む事業そのものが生み出す価値です。DCF法や類似会社比較法(EV/EBITDA倍率)で最初に計算されるのは、多くの場合この事業価値です。次に、事業に使っていない資産——遊休不動産、事業と無関係な有価証券、役員保険の解約返戻金、過大な現預金など(非事業用資産)——の時価を加えたものが企業価値です。そして企業価値から有利子負債を差し引き、手元の現預金を加えた(すなわち純有利子負債=ネットデットを差し引いた)ものが、株主に帰属する株式価値になります。
言葉にすると「株式価値=事業価値+非事業用資産-有利子負債+現預金」という関係です。同じ事業価値10億円の会社でも、借入が5億円あるか無借金かで、株主が手にする価値はまったく違います。M&Aの場面で「いくらで売れるのか」と聞かれたとき、答えるべきなのは通常この株式価値のほうですが、報道や資料で語られる「企業価値◯億円」が事業価値ベースのことも多く、混同が起きやすい部分です。
ネットデット調整でつまずきやすい点
ネットデットは「借入金-現預金」と単純に考えられがちですが、実務ではもう少し丁寧に見ます。たとえば次のような項目は、負債に準じるもの(デットライク項目)として扱われることがあります。
- 未払いの退職給付債務、社会保険料の未納分
- 役員からの借入金、返済が予定されている貸付金
- 未払残業代や係争中の債務など、支払いが見込まれる潜在的な負担
- リース債務(会計処理によってはオフバランスになっている分)
- 事業の運転に必要な最低限の現預金を超えない部分(全額を余剰現金とは扱わない考え方)
逆に、事業と無関係な資産は非事業用資産として株式価値に加算します。ここをどう区分するかで結果は数千万円単位で動くことがあり、M&Aの交渉でも論点になりやすい部分です。どの数字をどこに置くかは、あらかじめ前提として明記しておくのが実務のマナーです。
最後は1株あたりに落とす
株式価値が出たら、発行済株式数(自己株式を控除した数)で割って1株あたりの価値を求めます。増資の発行価額や少数株主からの買取価格は、この1株あたりの数字が交渉の対象になります。分母の扱いを誤ると、算定そのものが正しくても結論がずれるため注意が必要です。1株あたり指標の基本はBPSとEPS、潜在株式がある場合の考え方はプレマネー/ポストマネーもあわせてご覧ください。
3つの評価アプローチの全体像
企業価値評価の手法は数多くありますが、「何に着目して価値を測るか」で次の3つのアプローチに大別できます。国内外の評価実務でも、この3分類が共通の枠組みとして使われています。まずは全体像を表で押さえましょう。
| アプローチ | 着目点 | 代表的な手法 | 主に必要なデータ | 長所 | 短所 | 向いている会社 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| インカム | 将来の収益力 | DCF法・収益還元法・配当還元法 | 事業計画、過去の損益、設備投資計画、資本コストの前提 | 成長性や個別事情を価値に反映できる | 前提(計画・割引率)の置き方で結果が大きく動く | 成長中・収益力のある事業会社 |
| マーケット | 市場での評価水準 | 類似会社比較法・類似取引比較法 | 直近の損益・財務数値、比較対象となる会社や取引の情報 | 市場の目線を反映でき、第三者にも説明しやすい | 比較対象の選定が結果を左右する。類似企業がないと使えない | 上場類似企業が存在する会社 |
| コスト | 保有する純資産 | 時価純資産法(修正純資産法)・清算価値法 | 貸借対照表、資産の時価情報、簿外債務の洗い出し | 計算根拠が明確で客観性が高い | 将来の収益力やのれんが反映されない | 資産保有色が強い・清算前提の会社 |
それぞれに長所と短所があり、1つの手法だけでは必ず見落としが生じます。たとえばコスト・アプローチだけを見れば、利益は出ているのに資産が少ない会社は過小評価されますし、インカム・アプローチだけを見れば、実現可能性の低い事業計画がそのまま価値に化けてしまいます。だからこそ複数を併用し、結果を突き合わせるのです。3アプローチの比較は3つの評価アプローチの違いでも詳しく整理しています。どの手法を使うにせよ出発点になる資料は評価に必要なデータにまとめました。以下、順に1段深く見ていきます。
1. インカム・アプローチ(将来の収益性に着目)
将来生み出すと見込まれる利益やキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価する考え方です。会社の「稼ぐ力」を価値の源泉とみなすため、成長企業やのれん(営業権)の価値が大きい会社の評価に適しています。資産をほとんど持たないサービス業やIT企業でも、きちんと価値を測れるのがこのアプローチの強みです。
代表的な手法:DCF法
最も広く使われるのがDCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)です。事業計画にもとづく将来のフリーキャッシュフロー(FCF)を予測し、その会社のリスクに見合った割引率(WACC=加重平均資本コスト)で現在価値に割り引いて合計します。計算の大まかな流れは次のとおりです。
- ① 事業計画(通常5年程度)から各年のFCFを見積もる
- ② 予測期間以降の価値をターミナルバリュー(継続価値)として算定する
- ③ ①②をWACCで現在価値に割り引いて事業価値を求める
- ④ 非事業用資産を加え、有利子負債を差し引いて株式価値を導く
割引率の構成要素である株主資本コストはCAPM(資本資産価格モデル)で見積もるのが一般的です。DCF法は成長性や収益構造を反映できる反面、事業計画の前提と割引率のわずかな差で結果が大きく動きます。特にターミナルバリューは全体価値の過半を占めることも珍しくなく、永久成長率を0.5%動かしただけで結論が変わる、ということが起こります。だからこそ、感応度分析(割引率や成長率、売上成長の前提を振って結果の幅を見る作業)とセットで使うのが実務の基本です。実際に手を動かして感触をつかみたい方はDCF法の無料計算ツールで前提を変えながら試してみてください。
収益還元法(簡便なインカム法)
詳細な事業計画を作りにくい中小企業では、平準化した利益を一定の還元率で割り戻す収益還元法が使われることもあります。たとえば正常な年間利益が3,000万円、還元率が15%なら、2億円という事業価値の目安が得られる、という単純な構造です(数値は仕組みを示すための例です)。DCF法より簡便で説明しやすい一方、単年度の利益水準に強く依存するため、「その利益は繰り返し得られるのか」を検証する作業が欠かせません。
ここで登場するのが正常収益力という考え方です。役員報酬が相場から大きく離れている、社長の私的経費が費用に含まれている、一過性の特別利益が乗っている、非事業用資産に関する損益が混ざっている——中小企業の決算書にはこうした要素がしばしば含まれます。これらを調整して「この事業が平常運転で毎年どれだけ稼ぐか」を求めたうえでなければ、収益還元法もマルチプル法も意味のある数字になりません。評価作業の実質的な山場は、この正常収益力の把握にあると言ってもよいほどです。
配当還元法(配当に着目する方法)
将来受け取る配当の現在価値をもって株式価値とする考え方です。会社の経営に関与せず、配当を受け取ることしか期待できない少数株主の持分を評価する場面と相性がよく、支配権のない小口の株式の価値を測るときに用いられます。配当の水準と継続性が価値の源泉になるため、無配の会社には事実上適用できません。
2. マーケット・アプローチ(市場・他の取引との比較)
上場している類似企業の株価や評価倍率、あるいは過去のM&A取引の価格を参照し、評価対象に当てはめる方法です。市場や取引の当事者が今どの程度の水準で同業を評価しているかを反映できるのが強みで、「相場観」を持ち込める唯一のアプローチとも言えます。
代表的な手法:類似会社比較法(マルチプル法)
類似会社比較法(マルチプル法)では、事業内容・規模・成長段階が近い上場企業を複数選び、そのEBITDAや利益に対する評価倍率(EV/EBITDA、EV/EBIT、PER、PBR など)を求めます。その倍率を評価対象の財務数値に掛け合わせて価値を試算します。たとえばEV/EBITDA倍率が6倍で、対象会社のEBITDAが1億円なら、事業価値の目安は6億円、という考え方です。
主な倍率には次のような種類があり、対象会社の状況に応じて使い分けます。
| 倍率 | 計算の考え方 | 求まるもの | 使いどころ | 注意点 |
|---|---|---|---|---|
| EV/EBITDA | 事業価値 ÷ EBITDA | 事業価値 | 設備投資や減価償却の影響を受けにくく、幅広い業種で使える | EBITDAは設備投資負担を表さないため、装置産業では過大評価になりやすい |
| EV/EBIT | 事業価値 ÷ 営業利益 | 事業価値 | 減価償却負担も含めて稼ぐ力を見たいとき | 減価償却の方針差が比較の妨げになる |
| EV/売上高 | 事業価値 ÷ 売上高 | 事業価値 | 赤字企業や成長初期の会社の目安をつかむとき | 利益率の違いを無視するため、単独では根拠が弱い |
| PER | 株式時価総額 ÷ 当期純利益 | 株式価値 | 利益が安定している会社の目線合わせ | 財務構成(借入の多寡)や税率の差の影響を受ける |
| PBR | 株式時価総額 ÷ 純資産 | 株式価値 | 資産の裏付けが大きい会社の補完的な確認 | 収益力を直接は反映しない |
類似会社の選定が結果を大きく左右するため、「なぜその会社を比較対象に選んだか」の説明力が精度を決めます。事業内容が似ていても、上場企業は規模が大きく、資金調達力も人材も異なるのが普通です。規模の差や成長率の差をどう扱うかも論点になります。比較対象に乏しいニッチな業種では、適用が難しい場合もあります。倍率の使い方に慣れるにはEV/EBITDA倍率の無料計算ツールで自社の数字を入れてみるのが早道です。収益性の指標としてROE・ROICを併せて見ると、倍率の妥当性を検討しやすくなります。
類似取引比較法
類似取引比較法は、過去に実際に成立したM&A取引の価格と、その対象会社の財務数値から倍率を求め、評価対象に当てはめる方法です。上場株価ではなく「実際に会社が売買された価格」を参照するため、支配権の移転を伴う取引の相場観を反映できるのが特徴です。
ただし、非上場会社同士の取引は価格が公表されないことがほとんどで、参照できる情報が限られます。公表された案件も、シナジーの大きさや当事者の事情が価格に強く反映されているため、そのまま当てはめてよいとは限りません。実務では補完的な位置づけで使われることが多い手法です。
3. コスト・アプローチ(保有する純資産に着目)
貸借対照表(B/S)の純資産をベースに価値を測る方法です。会社が保有する資産から負債を差し引いた「正味の財産」に着目します。「今この会社を解散したら株主にいくら残るか」に近い、静的な(ストックの)価値を表すと考えると理解しやすいでしょう。
代表的な手法:時価純資産法
時価純資産法(修正純資産法)は、帳簿上の純資産に、含み損益(土地・有価証券などの時価と簿価の差)や税効果を反映して評価します。実務では、次のような修正を加えていきます。
- 土地・建物・有価証券・ゴルフ会員権などを時価に洗い替える
- 回収見込みのない売掛金や不良在庫を減額する
- 退職給付債務の未計上分、未払残業代、係争債務など簿外の負担を負債に計上する
- 含み益に対応する税負担(税効果)を控除するかどうかを、評価の目的に応じて判断する
客観的で計算根拠が分かりやすい一方、将来の収益力やのれんの価値は反映されません。そのため、収益力のある事業会社では実態より低く出やすく、参考値や価格の下限の目安として併用するのが一般的です。資産保有会社(不動産・有価証券中心)や、清算を前提とする会社の評価には適しています。考え方の感触をつかむには時価純資産法の無料計算ツールが便利です。
実務でよく使われる年買法(年倍法)
中小企業のM&Aでは、年買法(年倍法・時価純資産+営業権法)がしばしば登場します。時価純資産に、正常な営業利益の数年分を営業権(のれん)として上乗せする、という簡便な方法です。コスト・アプローチに収益の要素を足した折衷的な位置づけで、計算が単純で当事者にも説明しやすいことから、小規模案件の実務で広く使われています。
一方で、理論的な裏付けが弱いという批判もあります。「何年分を乗せるか」に明確な根拠がなく、慣習的に一定の年数が使われるだけで、成長性や事業のリスク、必要な設備投資の重さが価値に反映されません。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」でも、価格の算定方法は一つに限られるものではなく、算定手法の前提と限界を理解して用いることが求められています。実務では年買法で目線を作りつつ、他手法と突き合わせて妥当性を確認するのが安全です。試算は年買法の無料計算ツールで行えます。
なお、年買法の「営業利益の何年分」という乗数は、業種や規模、案件の需給で変わる目安にすぎません。この年数を機械的に当てはめて希望価格を決めると、交渉の初期段階で相手との目線が大きく開き、話が前に進まなくなることがあります。年買法の結果は、あくまで複数の算定結果の一つとして扱ってください。
目的別・会社別に、どの手法を主役にするか
ここまで見てきた手法は、どれも「常に使う」ものではありません。評価の目的によって、重視される手法も、結果の使われ方も変わります。実務での典型的な使い分けを整理すると次のようになります。
| 目的 | 主役になりやすい手法 | 補完的に使う手法 | 考え方のポイント |
|---|---|---|---|
| M&Aの価格交渉 | 類似会社比較法・DCF法 | 時価純資産法(下限の目安)・年買法・類似取引比較法 | 買い手が支払う根拠は将来の収益力。シナジーの扱いは買い手側の事情として別に整理する |
| 事業承継の株価 | 税務上の評価(財産評価基本通達) | 時価純資産法・収益還元法(実態把握のため) | 税務の評価と経済的な価値は別体系。両方を把握したうえで承継設計を考える |
| 増資の1株価格 | DCF法・類似会社比較法 | 純資産法・直近の資金調達価格 | 既存株主の希薄化と公平性が論点。発行価額の合理性を説明できるかが鍵 |
| 少数株主からの買取 | 配当還元法・時価純資産法 | DCF法・類似会社比較法 | 支配権がないことをどう織り込むか。過去の配当実績や株主間の経緯も影響する |
| 組織再編の比率算定 | 複数手法の併用 | — | 両社に同じ手法・同じ前提を適用し、一貫性を確保することが最優先 |
| 裁判・紛争での主張 | 事案により異なる | — | 手法選択の合理性と前提の客観性が問われる。第三者による算定が前提になることが多い |
会社の性格によっても、主役の手法は変わります。実務ではおおむね次のように考えます。
- 収益性のある事業会社 … DCF法・類似会社比較法を中心に、時価純資産法は下限の目安として参考にする
- 資産保有色が強い会社(不動産・投資会社など) … 時価純資産法の比重を高める
- 赤字・債務超過の会社 … 適用可能な手法で評価し、適用できない手法は理由を明示する(赤字・債務超過企業の売却も参照)
- スタートアップ・将来の成長前提が大きい会社 … インカム・アプローチやスタートアップのバリュエーション、プレ/ポストマネーの考え方を併用する
- オーナー個人への依存が大きい会社 … 承継後も収益が続くかを検証し、前提に反映する
業種によっても着眼点は変わります。在庫や設備の重さ、契約の継続性、許認可の有無、人材の定着——こうした要素は同じ利益水準でも価値の見え方を変えます。業種ごとの違いは業種別の評価ポイントで整理しています。
非上場株式特有の調整:ディスカウントとプレミアム
非上場株式の評価では、上場株式にはない調整を加えることがあります。上場企業の倍率を非上場企業にそのまま当てはめてよいのか、会社を丸ごと買う価格と一部の株式を買う価格は同じでよいのか——こうした問いに答えるための調整です。
| 調整 | 何を反映するか | 方向 | 適用される場面 |
|---|---|---|---|
| 非流動性ディスカウント(DLOM) | すぐに売却・換金できないこと(流動性の低さ) | 価値を引き下げる | 上場企業の株価や倍率を参照して非上場会社を評価するとき |
| コントロールプレミアム(支配権プレミアム) | 経営をコントロールできる地位の価値 | 価値を引き上げる | 支配権を取得する株式(過半数など)を評価するとき |
| マイノリティディスカウント(少数株主ディスカウント) | 経営に関与できず、配当を待つしかない立場 | 価値を引き下げる | 支配権のない少数持分を評価するとき |
非流動性ディスカウント(DLOM)は、上場株式のようにいつでも市場で売れるわけではない、という非上場株式の性質を価値に反映する調整です。適用する水準には幅があり、会社の規模や株主構成、譲渡制限の内容などによって判断されます。一方、コントロールプレミアムは、役員の選任や配当方針、資産の処分を決められる地位に価値を認める考え方で、その裏返しがマイノリティディスカウントです。議決権の比率によって行使できる権限が変わるため、議決権の基礎知識も理解しておくと整理しやすくなります。
注意したいのは、これらの調整を二重に適用しないことです。たとえば類似取引比較法は、もともと支配権の移転を伴う取引価格を参照しているため、そこにさらにコントロールプレミアムを上乗せすると価値が二重に膨らみます。どの手法の結果が、どの立場(支配株主か少数株主か)・どの流動性を前提とした数字なのかを整理したうえで、必要な調整だけを加えるのが正しい順序です。調整の幅は理論的に一意に定まるものではないため、数値は目安として扱い、前提とともに開示することが求められます。
なぜ一点ではなく「レンジ」で捉えるのか
評価は前提次第で変動します。事業計画の売上成長率を1ポイント変える、割引率を0.5ポイント変える、比較対象企業を1社入れ替える——そのどれもが結果を動かします。にもかかわらず「この会社の価値は◯億円です」と一点で言い切ってしまうと、その数字の背後にある不確実性が見えなくなり、かえって判断を誤らせます。
実務では複数手法の結果や感応度分析をふまえ、一点の金額ではなく「評価レンジ」で把握します。交渉や意思決定の根拠としても、「この前提のもとで◯◯〜◯◯円程度」と幅で示すほうが説明力があります。レンジで持っておくと、交渉の過程で相手の主張を受けて前提を修正したときにも、自分の立ち位置を見失いません。最終的な取引価格は、当事者間の交渉やシナジーの見込みによって、評価レンジの内外で決まることも珍しくありません。
複数手法を併用する理由
手法を複数使うのは、単に慎重を期すためではありません。それぞれの手法が、会社の異なる側面を照らしているからです。インカム・アプローチは「将来どれだけ稼ぐか」、マーケット・アプローチは「世の中は同業をどう評価しているか」、コスト・アプローチは「今どれだけの財産があるか」を映します。三者の結果が近ければ、その水準の説得力は高まります。離れていれば、離れている理由そのものが会社の特徴を教えてくれます。
結果が割れたときの読み方
手法によって結果が大きく異なるのは、失敗ではなく情報です。典型的なパターンと読み方を挙げます。
- インカム法がコスト法を大きく上回る … 資産は少ないが稼ぐ力がある会社。のれんの価値が大きいということであり、その稼ぐ力が承継後も続くかを検証する必要があります。
- コスト法がインカム法を大きく上回る … 資産は持っているが利益が出ていない会社。事業を続ける価値より、資産の価値が大きい状態です。遊休資産の有無や、収益改善の余地を確認します。
- マーケット法だけが突出している … 比較対象企業の選定が適切か、規模の差が大きすぎないかを再確認します。市場全体が高騰している時期の倍率をそのまま使っていないかも要チェックです。
- 同じ手法でも前提を変えると倍以上動く … その前提こそが価値の急所です。交渉でも真っ先に論点になるため、根拠を厚く準備しておきます。
結果が割れたとき、機械的に平均を取るのは避けたいところです。なぜその手法がその結果を出したのかを説明できないまま平均しても、根拠のない一点が生まれるだけです。会社の性格に照らして「この手法を重く見る」という判断と、その理由を言語化することのほうが重要です。算定結果の読み方は評価レポートの見方でも具体的に解説しています。
評価の進め方と、必要な資料・依頼先・費用の目安
実際に株式価値を試算する際は、おおむね次の順序で進めます。
- ① 目的の確認 … 事業承継・M&A・増資など、何のための評価かで重視する手法が変わる
- ② 財務データの整理 … 直近3期程度の決算書、勘定科目内訳明細書、必要に応じて事業計画を準備
- ③ 実態の把握 … 役員報酬や一過性損益を調整して正常収益力を求め、非事業用資産と簿外債務を洗い出す
- ④ 手法の選定 … 会社の性格と目的に応じて主・従の手法を決める
- ⑤ 試算と感応度分析 … 前提を振って結果の幅(レンジ)を確認する
- ⑥ レンジとして提示 … 一点ではなく幅で示し、前提と適用した調整を明記する
②と③で必要になる資料の具体的なリストは評価に必要なデータにまとめています。決算書さえあれば概算は出せますが、精度を上げるには内訳の情報が欠かせません。自分で手を動かして計算の流れを追ってみたい方は自分で企業価値を計算する方法が参考になります。まずは手早く目線をつかみたい場合は、企業価値の1分診断で概算レンジを確認してみてください。
誰に頼むか
評価の依頼先は一つではありません。目的と求められる客観性の水準によって、適した相手が変わります。
| 依頼先 | 得意な領域 | 向いている場面 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 顧問税理士 | 決算・税務、会社の実情の把握 | 事業承継の検討、税務上の評価の確認 | M&Aの評価は税務評価と体系が異なるため、経験の有無を確認する |
| 公認会計士・評価専門会社 | 第三者としての株価算定、詳細な算定書の作成 | 増資、組織再編、紛争、対外的な説明が必要な場面 | 目的に応じて成果物の範囲と前提が変わるため、事前のすり合わせが重要 |
| M&A仲介・アドバイザー | 取引の相場観、買い手側の目線 | 実際に売却・買収を進める場面 | 算定は交渉の一環として行われるため、立場の違いを踏まえて読む |
| 弁護士 | 法的論点、紛争対応 | 株式買取請求、株主間の争い | 評価そのものは専門家と連携して行われることが多い |
| オンラインツール・簡易サービス | 初期検討用の概算レンジ | まず目安を知りたい段階、相談前の準備 | 前提が簡略化されているため、確定値としては扱わない |
依頼先の選び方は企業価値評価の依頼先、費用の水準は株価算定の費用相場で整理しています。費用は、簡易な試算か正式な算定書か、手法をいくつ使うか、対象会社の規模や資料の整備状況によって大きく変わります。金額を比べる前に「どこまでやってもらう前提の金額か」を確認するのが失敗を避けるコツです。簡易版と詳細版の違いは簡易版と詳細版の選び方、ツールの比較は株価算定ツールの比較、無料でできる範囲は企業価値の無料試算にまとめました。
よくある誤解と、よくある質問
評価をめぐる4つの誤解
- 「簿価純資産=売却価格」ではない … 純資産は1つの目安にすぎません。収益力のある会社では実態より低く出やすく、逆に含み損を抱えた資産があれば、時価に直すと純資産が目減りすることもあります。帳簿の数字は出発点であって、結論ではありません。
- 「1つの正しい株価がある」わけではない … 評価は前提に依存し、目的や立場で妥当な水準は変わります。売り手にとっての価値と買い手にとっての価値が違うのは当然であり、その差を埋めるのが交渉です。
- 業種倍率の機械的な当てはめは危険 … 「この業界は営業利益の◯年分」「EV/EBITDAは◯倍」といった数字を鵜呑みにすると、規模の差、成長性の差、設備投資負担の差、顧客の集中度といった個別事情がすべて無視されます。倍率は出発点の目線であって、結論ではありません。
- 事業計画の前提が結果を左右する … DCF法の結果は、事業計画の説得力を超えることはできません。根拠の薄い右肩上がりの計画を入れれば大きな数字が出ますが、買い手のデューデリジェンスで前提が崩れれば、その数字は交渉の場で通用しません。計画は「実現できる説明ができる範囲」で作るのが結局は近道です。
Q. 非上場株式の評価はどの手法が一番正確ですか?
A. 「常にこれが正確」という唯一の手法はありません。会社の性格(収益型か資産型か)や評価の目的に応じて主役の手法が変わり、複数手法を併用してレンジで捉えるのが実務の基本です。むしろ「なぜその手法を選んだか」を説明できることのほうが、数字の精度より重要な場面が多くあります。
Q. 企業価値と株式価値は同じものですか?
A. 異なります。ざっくりいうと、事業価値や企業価値から有利子負債などを調整したものが株式価値です。借入が多い会社ほど、企業価値に比べて株式価値は小さくなります。詳しくは企業価値と株式価値の違いで解説しています。
Q. 相続税評価額で会社を売ることはできますか?
A. 相続税評価額は、課税の公平を目的とした通達にもとづく計算結果であり、市場での売買価格とは目的も算定方法も異なります。実際の取引価格は、買い手がその事業に見出す価値と交渉によって決まるため、相続税評価額を上回ることも下回ることもあります。税務上の評価と取引価格のどちらの話をしているのかを明確にし、税務上の判断は税理士・弁護士等の専門家に確認してください。
Q. 赤字でも評価はできますか?
A. できます。赤字の原因が一過性のものであれば正常収益力を調整して評価できますし、資産の裏付けがあれば時価純資産法が主役になります。事業として価値がある部分だけを切り出して譲渡する、という選択肢もあります。詳しくは赤字・債務超過企業の売却をご覧ください。
Q. 専門家に依頼する前に、自分で目安を知ることはできますか?
A. 基礎となる財務数値があれば、複数手法による目安レンジを試算することは可能です。本サービスでは、財務データを入力するだけで複数手法による評価レンジのレポートを作成できます。あくまで初期検討のための「目安」であり、確定的な価値や取引価格を保証するものではありません。まずは企業価値の1分診断から始めるのが手軽です。
まとめ:評価は「前提つきのレンジ」として持つ
非上場株式の評価は、インカム(将来の収益力)・マーケット(市場との比較)・コスト(保有純資産)の3アプローチを軸に、会社の性格と目的に応じて使い分けます。その前段として、企業価値と株式価値の区別、ネットデットと非事業用資産の整理、正常収益力の把握という地味な作業があり、そこを飛ばすとどの手法を使っても数字は揺らぎます。
そして重要なのは、一点の金額に飛びつくのではなく、複数手法の結果を「評価レンジ」として捉え、前提を明示することです。レンジと前提をセットで持っていれば、相手の提示額を受け止めるときにも、自分の判断軸を保てます。まずは目安を把握し、必要に応じて専門家に相談する——その初期検討の土台として本稿を役立ててください。
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