事業承継の株価算定|相続税評価とM&A評価の違い、自社株の価値を下げずに引き継ぐ考え方

最終更新: 2026-09-12

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事業承継の相談で最初につまずきやすいのが「自社株はいくらなのか」という問いです。同じ会社の同じ株式なのに、税理士に聞いた金額とM&A仲介会社に聞いた金額がまったく違う——そんな経験をされた方も少なくないはずです。これは誰かが間違えているわけではありません。事業承継の株価算定には、目的の異なる二つの評価体系があるからです。

ひとつは、相続税・贈与税を計算するための税務上の評価。国税庁の財産評価基本通達という画一的なルールにもとづいて計算します。もうひとつは、第三者に売る・買う場面で使われる取引価格としての評価(時価)。将来の収益力や買い手のシナジーを織り込んで、最終的には交渉で決まります。この二つを混同したまま話を進めると、「相続税評価額で後継者に売ればいいと思っていたら、税務上の問題を指摘された」「M&Aの提示額を見て、想定していた相続税の見込みが崩れた」といった事態が起こります。

本稿では、事業承継で株価が問題になる場面を整理したうえで、相続税評価の全体像、M&A評価との違い、評価額が高くなる要因、一般的に検討される対策、そして実際の進め方までを順に解説します。なお、税務の取扱いは個別事情や制度改正によって変わります。本稿は執筆時点での一般的な整理であり、実際の判断は必ず税理士・所轄税務署にご確認ください。

事業承継で株価が問題になる4つの場面

「事業承継の株価算定」とひとことで言っても、どの場面で必要なのかによって、使う評価も、気にすべき論点もまったく変わります。まず自分がどの場面にいるのかを確認してください。

① 親族内承継(生前贈与・相続)

子や親族に自社株を引き継ぐ場合、贈与税または相続税の課税対象になります。ここで使うのは財産評価基本通達にもとづく税務上の評価額です。会社の業績が良く、内部留保が厚いほど評価額は高くなり、後継者が負担する税額も大きくなります。株価算定は「いくら税金がかかるのか」を見積もるための出発点です。

② 役員・従業員への譲渡(MBO・EBO)

後継者が役員や従業員である場合、株式を有償で買い取ってもらう形が一般的です(MBOとは)。この場面では、売買当事者の関係性によって「その価格が適正か」が問われます。極端に安い価格で譲渡すれば、差額が贈与や給与とみなされる可能性が指摘されることもあります。一方で、時価どおりの価格にすると後継者が資金を用意できない、というジレンマも生じます。買取資金の調達計画と価格の設定を同時に設計する必要があります。

③ 第三者へのM&A

親族にも社内にも適任者がいない場合、第三者への譲渡(M&A)が選択肢になります(後継者不在のときの選択肢)。ここで意味を持つのは取引価格としての評価であり、相続税評価額は交渉のテーブルにはほとんど登場しません。買い手は将来生み出すキャッシュフローと、統合による相乗効果を見て価格を判断します。

④ 少数株主・分散株式の整理

創業からの経緯で、親族や元役員、取引先などに株式が分散しているケースは珍しくありません。承継の前にこれを買い集めておかないと、後継者が意思決定できない、M&Aで全株式を引き渡せない、といった問題が生じます。買取価格の妥当性が争点になりやすく、名義株の整理とあわせて早期に着手すべき論点です。少数株式の評価では、支配権がないことや売却しにくいことを踏まえた非流動性ディスカウントの考え方が議論になることもあります。

場面別・どの評価を使うか

場面と評価の対応関係を一覧にすると、次のようになります。同じ「株価算定」でも中身がまったく違うことが分かるはずです。

場面主に使う評価決まり方主な論点
親族への贈与・相続相続税評価額(財産評価基本通達)通達のルールで機械的に計算税負担の大きさ、納税資金の確保
役員・従業員への譲渡(MBO/EBO)取引価格(時価)+税務上の適正価格の検討当事者間の合意。ただし価格の妥当性が問われる買取資金の調達、低額譲渡とみなされるリスク
第三者へのM&A取引価格(時価)DCF法・類似会社比較法などを目安に交渉で決定将来性の評価、シナジー、デューデリジェンスの結果
少数株主からの買取ケースにより異なる(合意価格・裁判例の考え方など)交渉。折り合わなければ法定の手続を検討価格の妥当性、支配権の有無、分散の解消
金融機関・社内説明用第三者による株価算定書専門家が手法を選定して算定算定根拠の説明力(株価算定書が必要な場面
同じ会社・同じ時点でも、税務上の評価額とM&Aの取引価格は一致しません。どちらかが「正しい」のではなく、目的が違うため別々の物差しを使っている、と理解してください。

相続税評価(財産評価基本通達)の全体像

非上場株式には市場価格がありません。そこで相続税・贈与税の計算では、国税庁が定める財産評価基本通達にもとづき、決められた方法で評価額を算出します。細かい計算式は税理士の領域ですが、経営者としては「何によって評価額が決まるのか」の骨格を押さえておくと、対策の議論についていけるようになります。

まず「誰が取得するか」で大きく分かれる

最初の分岐は、株式を取得する人が同族株主等に当たるかどうかです。会社を支配する側(後継者など)が取得する場合は原則的評価方式、支配に関与しない少数株主が取得する場合は特例的評価方式(配当還元方式)が用いられるのが基本的な整理です。配当還元方式は、その株式から受け取る配当をもとに評価する簡便な方法で、一般に原則的評価方式より低い金額になりやすいとされます。同じ会社の株式でも、誰が持つかで評価額が変わる——ここが非上場株式の評価の独特なところです。

原則的評価方式は「会社の規模」で組み合わせが変わる

原則的評価方式には、大きく二つの考え方があります。

  • 類似業種比準方式:上場している同業種の株価水準を基準に、自社の配当・利益・純資産を比較して評価する方法です。利益が出ている会社ほど評価額が上がりやすい一方、上場企業の株価水準に連動するため、市況の影響も受けます。
  • 純資産価額方式:会社の資産・負債を相続税評価額で洗い替え、そこから含み益に対応する法人税相当額などを控除して1株あたりの価値を求める方法です。不動産や有価証券の含み益が大きい会社ほど評価額が高くなります。
  • 併用方式:上記二つを一定の割合で組み合わせる方法です。どの割合になるかは会社規模の区分によって決まります。

この組み合わせを決めるのが会社規模の区分です。従業員数、総資産価額、取引金額などをもとに、大会社・中会社(大・中・小に細分)・小会社に区分され、大会社に近いほど類似業種比準方式の比重が高く、小会社に近いほど純資産価額方式の比重が高くなる、という方向性で整理されています。

特定の会社は別扱いになることがある

資産の大半が土地や株式で占められている会社、開業して間もない会社、休業中の会社などは、通常の区分とは別に扱われ、純資産価額方式による評価が求められる場合があります。「不動産をたくさん持たせれば評価が下がる」といった単純な話にならないのは、こうした歯止めが設けられているためです。

ここで示したのは骨格のみで、実際の判定基準や計算には多くの細目があり、制度改正も行われます。自社がどの区分に当たり、いくらと評価されるのかは、必ず税理士に確認してください(事業承継における税理士の役割)。

相続税評価とM&A評価は何が違うのか

ここが本稿の核心です。二つの評価は、目的も、見ている対象も、結果の性格もまったく異なります。

観点相続税評価(税務)M&A評価(時価・取引価格)
目的相続税・贈与税を公平に課税するため売買の意思決定と交渉の材料にするため
基準・ルール財産評価基本通達という統一ルール確立された評価実務(3つのアプローチ)を状況に応じて選択
主な手法類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式DCF法・類似会社比較法・時価純資産法など
見ている時点過去〜現在の実績(直近の決算数値等)将来の収益力(事業計画・成長見通し)
将来性の織り込み基本的に織り込まれない中心的な要素として織り込まれる
のれん・無形の価値原則として個別に評価されない顧客基盤・技術・ブランドなどが価格に反映されうる(のれん・営業権
買い手固有の事情考慮しないシナジーや戦略的意義が価格を押し上げることがある
結果の性格計算すれば一つの金額が出るレンジで示され、最終的には交渉で1点に決まる
結果の傾向成長性は反映されにくい成長企業では税務評価を上回ることがある一方、収益力が弱ければ下回ることもある

重要なのは「どちらが高い・安い」と一般化できない点です。利益が出ていて内部留保が厚い会社は相続税評価額が高く出やすい一方、事業の将来性が乏しければM&Aの提示額はそれを下回ることがあります。逆に、資産は少ないが高い収益力と成長性を持つ会社では、M&A評価が相続税評価額を大きく上回ることもあります。実際にいくらになるかは会社ごとに異なるため、両方の物差しで自社を測っておくことに意味があります。M&A側の評価手法の全体像は非上場株式の評価方法、資産をベースにした考え方は時価純資産法で整理しています。承継場面での価格水準の感覚は事業承継の株価相場もあわせてご覧ください。

自社株の評価額が高くなる要因と、承継の負担

「うちは中小企業だから株価なんて大したことはない」と考えていた経営者が、実際に評価してみて驚く——これは非常によくあることです。評価額が想定以上に高くなる主な要因は次のとおりです。

要因なぜ評価が上がるのか典型的なケース
利益の蓄積(内部留保)純資産が積み上がり、類似業種比準・純資産価額の双方を押し上げる無配で堅実に黒字を続けてきた老舗企業
含み益のある不動産簿価と時価の差が純資産価額の計算に反映される昔から自社工場・本社土地を保有している会社
現預金の厚み現金は評価の目減りがなく、そのまま純資産を構成する設備投資を抑え、手元資金を厚く持ってきた会社
有価証券・保険積立金資産として時価で評価され、純資産を押し上げる取引先株式や積立型保険を多く保有する会社
直近の好業績利益要素が評価に反映される承継直前にたまたま利益が跳ねた年度

ここに承継特有の難しさがあります。自社株は換金しにくい資産です。上場株式のように市場で売って納税資金に充てることはできません。それにもかかわらず、評価額が高ければ相続税・贈与税は現金で納める必要があります。会社に利益が蓄積されているほど、後継者は「価値はあるが売れない資産」に対して多額の現金を用意しなければならない、という構造的な負担を背負うことになります。

さらに、株式が分散していると、後継者が取得する分だけでは経営権が固まらないという問題も重なります。株価の把握と株主構成の把握はセットで行うべきものです。

一般的に検討される対策と、その留意点

承継の負担を軽くするために、実務ではいくつかの方法が検討されます。ただし、どれも「必ず有効」「必ず税負担が減る」というものではありません。会社の状況や実行の仕方によって効果は変わり、形式だけを整えた不自然な取引は、税務上の否認や租税回避との指摘を受ける可能性もあります。あくまで検討の入口として、選択肢の性格を整理します。

方法期待される効果留意点
役員退職金の支給利益と純資産が減少し、評価額を引き下げる方向に働く支給額の相当性が問われる。会社の資金繰りへの影響も大きい(役員退職金と自社株
生命保険の活用保険料の損金算入や、納税資金・退職金原資の確保に用いられる商品ごとに取扱いが異なり、税制も見直されてきた。保障と資金効率の両面で検討が必要
種類株式・属人的株式の活用議決権と財産価値を分けることで、経営権の集中と株式の分配を両立しやすくする定款変更や登記など手続が必要。設計を誤ると将来の紛争要因になる(種類株式とは
持株会社化株式を持株会社に集約し、後継者側での保有・資金調達を組み立てやすくする借入返済の原資が必要。組織再編の目的の合理性が問われる(持株会社とは
従業員持株会一部株式を従業員側に保有させ、経営参加意識の醸成もねらう運営ルール・買戻し条項の設計が要。退職時の処理を決めておかないと後で困る
事業承継税制(納税猶予)一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税が猶予される制度要件の充足と継続的な報告が必要で、取消時の負担も想定しておく必要がある(事業承継税制
これらはいずれも「一般的に検討されることがある方法」であり、節税効果を保証するものではありません。適用の可否・効果・手続は個別の事情と執筆時点以降の制度改正によって変わります。実行前に必ず税理士・所轄税務署に確認し、目的と経済合理性を説明できる形で進めてください。形式だけを整えた取引は租税回避と評価されるおそれがあります。

また、対策を考える順序も大切です。評価額を下げることだけを目的にすると、会社の財務体質を弱めたり、後の資金調達に支障が出たりすることがあります。「承継後も会社が健全に続くこと」を最優先に置き、そのうえで負担の平準化を図る、という順序で検討してください。

進め方のステップ

事業承継の株価算定は、単発の作業ではなく、承継計画全体の中に位置づけて進めるものです。実務的には次の4段階で考えると整理しやすくなります。

ステップ1:現状把握(株価と株主構成)

まず、自社株がいまどのくらいの水準にあるのかを、税務評価とM&A評価の両面でつかみます。税務上の評価額は税理士に、取引価格の目安は評価ツールや専門家で当たりをつけるのが効率的です。同時に、株主名簿を確認し、誰が何株持っているのか、名義と実質が一致しているのかを洗い出します。ここが曖昧なままだと、その後のどの選択肢も設計できません。企業価値と株式価値の違いを押さえておくと、専門家の説明も理解しやすくなります。

ステップ2:承継方法の選択

親族内か、社内か、第三者か。後継者候補の意思、必要な資金、経営を任せられる時期などを踏まえて方針を決めます。この段階で株価の目安が分かっていれば、「贈与でいくらの税負担になるか」「MBOならいくらの買取資金が要るか」「M&Aならどの程度の手取りが見込めるか」を並べて比較できます。方針が決まらないまま時間だけが過ぎるのが、事業承継で最も避けたい状態です。

ステップ3:期限の設計

承継はいつまでに完了させるのか、逆算してスケジュールを引きます。制度の適用を検討する場合は申請や計画提出の期限があり、株式の集約や磨き上げにも年単位の時間がかかります。評価額を引き下げる方向の施策も、実行してから効果が数値に表れるまでにタイムラグがあります。「数年がかりの取り組み」と捉えて、着手を前倒しすることが結果的に選択肢を広げます。

ステップ4:専門家との実行

税務評価と申告は税理士、株式や定款まわりの手続は司法書士・弁護士、第三者承継の相手探しはM&Aの専門家、というように役割が分かれます。窓口が複数になるため、全体を俯瞰して調整する役割を誰が担うのかを最初に決めておくとスムーズです。誰に何を相談すべきかは事業承継の相談先、税理士に依頼する場合の観点は株価算定と税理士で整理しています。

よくある質問(FAQ)

Q. 株価はいつ時点のものを使うのですか?

A. 相続税・贈与税の評価では、相続や贈与があった日を基準に、直前期の決算数値などを用いて評価するのが基本的な整理です。つまり、承継のタイミングによって評価額が変わりえます。一方、M&Aの取引価格は交渉時点の直近実績と将来計画をもとに検討され、最終契約までの間に業績が変われば条件が見直されることもあります。どの時点の数値を使うかは実務上の重要論点なので、税理士に確認してください。

Q. M&Aで提示された価格で親族に贈与・譲渡してもよいのですか?

A. 課税上の評価は財産評価基本通達にもとづく別の体系であり、M&Aの提示額をそのまま持ち込めばよいというものではありません。逆に、実際に第三者との売買が具体化している状況では、その価格が時価を示す事実として意味を持つ場面もあります。どちらの物差しを用いるべきかは状況によって判断が分かれる領域なので、自己判断せず税理士に相談してください。

Q. 自社株の評価額は毎年変わりますか?

A. 変わります。利益が積み上がれば純資産が増え、業績が好調なら利益要素も上がります。類似業種比準方式では上場企業の株価水準の影響も受けます。「一度算定したから当分そのまま」ではなく、決算のたびに大まかな水準を把握し直しておくと、承継のタイミングを判断しやすくなります。

Q. 後継者がいない場合、株価算定に意味はありますか?

A. むしろ重要です。後継者がいない場合の選択肢は第三者承継(M&A)や廃業になりますが、どちらを選ぶかは「会社にいくらの価値があるのか」を知らなければ判断できません。M&Aで譲渡できる価値があるのに廃業を選んでしまうのは、経営者にとっても従業員にとっても大きな損失です。選択肢の比較は後継者不在のときの選択肢を参考にしてください。

Q. 少数株主が買取に反対したらどうなりますか?

A. 株式の買取は原則として相手の同意が必要で、価格が折り合わなければ交渉は進みません。会社法には一定の場合に株式を集約するための手続が定められていますが、要件や手続は複雑で、価格の妥当性をめぐって争いになることもあります。分散が進む前に、早い段階で株主構成を整理しておくことが最も現実的な対応です。実際の手続を検討する際は弁護士に相談してください。

Q. 専門家に頼む前に、自分で試算する意味はありますか?

A. あります。おおよその水準を先に把握しておけば、専門家との相談で「何を検討すべきか」を絞り込めますし、提示された金額や提案の妥当性も判断しやすくなります。相談の時間は限られているので、白紙の状態で臨むより、自分なりの数字と疑問を持って臨むほうが得られるものは大きくなります。もちろん、簡易な試算は最終的な結論ではなく、税務上の評価とも別物である点は押さえておいてください。

まとめ

事業承継の株価算定でまず押さえるべきは、相続税評価とM&A評価は目的の異なる別物であるという点です。相続税評価は財産評価基本通達という統一ルールで機械的に計算され、会社規模の区分と株主の立場によって方式が決まります。M&A評価は将来の収益力やシナジーを織り込み、レンジで示されたうえで交渉により決着します。同じ会社でも金額が大きく違いうるのは当然のことで、どちらか一方だけを見ていると判断を誤ります。

自社株の評価額は、利益の蓄積、不動産の含み益、現預金の厚みといった「堅実な経営の成果」によって高くなります。それ自体は良いことですが、換金しにくい資産に対して現金で納税する必要があるため、後継者の負担は重くなりがちです。役員退職金、保険、種類株式、持株会社化、従業員持株会、事業承継税制など、一般的に検討される方法はいくつもありますが、いずれも効果が保証されるものではなく、実行の仕方によっては税務上の指摘を受けるおそれもあります。会社が健全に続くことを最優先に置き、必ず税理士とともに設計してください。

進め方としては、現状把握(株価と株主構成)→承継方法の選択→期限の設計→専門家との実行、という順序が基本です。すべての出発点は「いま自社株にどれだけの価値があるか」を知ることにあります。

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