役員退職金と自社株評価|M&A・事業承継での使い方と、適正額の考え方

最終更新: 2026-09-12

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役員退職金は、オーナー経営者が会社を離れるときに支給されるお金です。ところがこの退職金は、単に「長年の労に報いる一時金」というだけの制度ではありません。支給する会社の側では利益と純資産が減るため自社株の評価額に影響し、受け取る経営者の側では給与や配当とは異なる「退職所得」という枠組みで計算されます。この二つの効果が同時に働くため、役員退職金はM&Aでも事業承継でも、価格や手取りを設計するうえでの重要な論点になります。

本稿では、役員退職金が評価と税務の両方に効く理由から始めて、退職所得の計算の考え方、功績倍率法による適正額の考え方、M&Aで譲渡対価の一部を退職金で受け取る設計、事業承継で株価が下がったタイミングを使う考え方、支給資金の準備、株主総会決議などの手続きまでを順に整理します。なお、税額や倍率の水準は制度改正や個別事情で変わるため、本稿では一般的な考え方の整理にとどめます。実際の金額の判断は、必ず顧問税理士などの専門家にご確認ください。

役員退職金が「評価」と「税務」の両方に効く理由

役員退職金の特徴は、会社と個人という二つの側面に同時に効くところにあります。まずこの構造を押さえておくと、以降の話がつながりやすくなります。

会社側:利益と純資産が減り、株価が下がる方向に働く

会社が役員退職金を支給すると、その期の損益計算書に費用が計上され、利益が減ります。同時に現金が社外へ流出するため、貸借対照表の純資産も減少します。非上場株式の価値は、突き詰めれば「その会社が将来生む利益」と「その会社が持っている純資産」に支えられているため、利益と純資産の両方が減れば、株式の価値も下がる方向に働きます。

この効果は、採用する評価手法によって現れ方が変わります。純資産を基礎とする時価純資産法では、支給した金額がほぼそのまま純資産の減少として反映されます。一方、利益やキャッシュフローを基礎とする手法では、退職金が一時的な費用(一過性の費用)と判断される場合、正常収益力を測るうえでは足し戻して考えることもあります。評価手法ごとの考え方の違いは非上場株式の評価方法で整理していますので、あわせてご覧ください。

単純化したイメージ
純資産1億円・株式100%をオーナーが保有する会社が、5,000万円の役員退職金を支給したとします。
→ 現金5,000万円が流出し、純資産は約5,000万円に減少します。
→ 純資産をベースに評価していれば、株式の評価額も下がる方向に動きます。
※ 実際には税効果や評価手法によって動きは異なります。あくまで方向感を示すです。

個人側:退職所得として、給与や配当とは異なる計算になる

受け取る側から見ると、退職金は「退職所得」という区分で扱われます。退職所得には、勤続年数に応じた控除(退職所得控除)が設けられており、さらに原則として控除後の金額を2分の1にしたうえで課税所得を計算する仕組みがあります。同じ金額を役員報酬(給与)として毎月受け取る場合や、配当として受け取る場合と比べて、税負担の計算のされ方が異なるということです。

つまり、会社側では「費用として利益と純資産を減らす」、個人側では「優遇された計算方法で受け取る」という二つの効果が重なります。これが、役員退職金が事業承継やM&Aの設計で繰り返し検討される理由です。配当として資金を受け取る場合との違いは配当とはで解説しています。

退職所得の計算の考え方

退職所得の計算は、おおまかに次の流れで考えられています。金額や率は制度改正で変わりうるため、ここでは構造だけを整理します。

  • ① 退職所得控除を差し引く:勤続年数(役員としての在任年数)が長いほど控除額が大きくなる仕組みになっています。勤続年数が一定の年数を超えると、1年あたりの控除額が増える設計になっているのが一般的です。
  • ② 原則として2分の1を掛ける:控除後の残額に2分の1を掛けたものが退職所得の金額になる、というのが原則的な取扱いです。長年の勤労に対する一時金であることを踏まえた措置とされています。
  • ③ 他の所得と分けて計算する(分離課税):退職所得は、給与所得などと合算せずに税額を計算するのが原則です。そのため、同じ年に他の所得があっても、退職金の部分は独立して計算されます。

ここで実務上とくに注意されるのが、役員としての勤続年数が短い場合の取扱いです。役員等としての勤続年数が短いケースでは、上記②の「2分の1」が適用されない場合があるとされています。役員退職金を高額に設計して短期間で受け取るような形を抑制する趣旨と説明されることが多い論点です。加えて、役員以外の一般従業員についても、勤続年数が短い場合に2分の1の適用が制限される取扱いが設けられており、近年も見直しの議論が続いている領域です。

退職所得控除の金額、2分の1が適用されない場合の要件、税率などは、制度改正や個別の事情によって変わります。本稿では構造の説明にとどめており、具体的な税額の試算は行っていません。実際の金額は必ず税理士にご確認ください。

なお、株式譲渡で対価を受け取る場合の手取りの目安は株式譲渡の手取り計算ツールで試算できます。退職金部分と株式譲渡部分をどう組み合わせるかを考えるときは、まず株式譲渡だけで受け取った場合の手取りを把握しておくと比較がしやすくなります。そのうえで、譲渡対価と役員退職金の配分シミュレーターで配分を動かすと、手取り合計がどう変わるかを確認できます。退職金そのものの水準は役員退職金 計算ツールで試算できます。

適正額の考え方:功績倍率法

「税務上有利なら、退職金を多く出せばよいのでは」と考えたくなりますが、そう単純ではありません。役員退職金のうち不相当に高額と判断された部分は、会社の損金に算入されない可能性があるとされています。損金に算入されなければ、会社側では法人税等の負担が想定より重くなり、「利益を減らして株価を下げる」という当初の狙いも崩れてしまいます。

実務でよく使われる考え方

適正額を検討する際に、実務でよく用いられるのが功績倍率法と呼ばれる考え方です。次のような形で目安を計算します。

功績倍率法(実務でよく使われる考え方)
役員退職金の目安 = 最終報酬月額 × 役員としての在任年数 × 功績倍率

功績倍率は役職(代表取締役、取締役、監査役など)によって異なる水準が用いられるとされ、代表取締役がもっとも高く、以下役職に応じて低くなる形で設定されるのが一般的です。ただし、法令で一律に定められた数値があるわけではありません。

この式には理屈があります。「最終報酬月額」はその役員の会社への貢献度を金額で表したもの、「在任年数」は貢献した期間の長さ、「功績倍率」は役職に応じた責任の重さを表す係数、という位置づけです。三つを掛け合わせることで、その役員の会社に対する功績を金額に換算しよう、という発想になっています。

計算例

考え方を具体的にイメージするために、単純化した例を挙げます。数値はあくまで計算方法を示すためのものであり、この水準が適正であることを示すものではありません。

項目設定備考
最終報酬月額100万円退任直前の役員報酬(月額)
役員在任年数30年役員に就任してから退任するまでの年数
功績倍率3.0代表取締役として設定した仮の係数
計算結果100万円 × 30年 × 3.0 = 9,000万円功績倍率法による一つの目安

この式から分かるのは、退任直前に報酬を大きく引き下げていると、目安額も小さくなってしまうということです。逆に、退職金を大きくするために直前だけ報酬を不自然に引き上げると、その引き上げ自体の合理性が問われる可能性があります。退職金の設計は、退任の数年前から報酬水準を含めて一貫した形で考えておくのが実務的です。

否認されにくくするために整えておくこと

  • 算定根拠を文書で残す:功績倍率の設定理由、最終報酬月額、在任年数の根拠を、取締役会や株主総会の資料として残します。
  • 役員退職慰労金規程を整備する:支給基準をあらかじめ社内規程として定めておくと、その場限りの決定ではないことを示しやすくなります。
  • 同規模・同業種の水準を意識する:極端に高い水準は、合理性の説明が難しくなります。
  • 退職の実態を伴わせる:形式的に退職しただけで実質的に経営を続けている場合、そもそも退職の事実自体が問題視される可能性があります。

自社の株価が現状どの程度かを把握しておくことも、退職金の規模感を考えるうえで役に立ちます。事業承継の場面での株価の考え方は事業承継における株価算定、水準感は事業承継の株価相場で解説しています。

M&Aでの使われ方:譲渡対価の一部を退職金で受け取る設計

M&Aでオーナー経営者が会社を売却する際、対価のすべてを株式の譲渡代金として受け取るのではなく、一部を役員退職金として受け取る設計が検討されることがあります。仕組みはシンプルで、売却にあわせてオーナーが代表を退任し、会社から退職金を支給したうえで、退職金の支給によって価値が下がった株式を買い手が取得する、という流れです。

たとえば「株式価値3億円の会社」を売る場合に、退職金を支給せずに3億円で株式を譲渡する形と、退職金として一定額を受け取ったうえで、その分だけ低い金額で株式を譲渡する形が考えられます。オーナーが会社から受け取る総額は同じでも、内訳が「株式譲渡代金」と「退職金」に分かれることで、課税の枠組みが変わります。

売り手・買い手それぞれのメリットと注意点

立場メリット注意点
売り手(オーナー)株式譲渡代金として受け取る場合と退職金として受け取る場合とで課税の枠組みが異なるため、内訳の設計によって手取りの合計が変わる可能性がある退職金部分が過大と判断されれば会社で損金にならず、その負担が価格交渉に跳ね返ることがある。役員在任年数が短い場合は退職所得の計算上、原則的な取扱いと異なる可能性がある
買い手会社が支払う退職金が損金として認められれば、法人税等の負担を抑える効果が期待できる。その分を織り込んだ価格設定が可能になる退職金の支払いは会社の現金流出であり、買収直後の資金繰りに影響する。損金算入が否認されれば、想定した効果が得られない
株価(取引価格)退職金を支給する前提で株式価値を算定し直すことで、株式譲渡代金と退職金の配分を合理的に決められる「退職金を出す分だけ株価を下げる」という調整が両者で共有されていないと、後から認識のずれが生じる。譲渡契約書で退職金の支給時期・金額・負担者を明確にしておく必要がある
退職の実態オーナーが完全に経営から退く場合は、退職の実態を説明しやすい引継ぎのために顧問や非常勤で残る場合、退職の事実が認められるかが論点になる。関与の度合い・報酬水準・肩書きを慎重に設計する必要がある

重要なのは、この設計が売り手だけの都合では成立しないという点です。退職金を支払うのは会社であり、売却後の会社は買い手のものになります。したがって、退職金の金額・支給時期・資金の手当ては、買い手との交渉事項になります。買い手から見れば「その支出を織り込んだうえで、株式にいくら払うか」という話ですから、結局は総額の議論に帰着します。

また、そもそもスキームが株式譲渡なのか事業譲渡なのかによって、課税関係も退職金の位置づけも変わります。両者の違いは事業譲渡と株式譲渡の違いで、中小企業のM&Aにおける税務の全体像は中小企業M&Aの税務で整理しています。売却価格そのものの相場感は会社売却の相場、年買法による簡易な目安は年買法の計算ツールで確認できます。

事業承継での使われ方:株価が下がったタイミングで承継する

親族内承継や社内承継の場合、役員退職金の位置づけは少し変わります。M&Aでは「対価の受け取り方」の設計でしたが、事業承継では「後継者に株式を移すコストを抑える」という文脈で語られます。

後継者へ自社株を贈与・相続・譲渡するとき、株式の評価額が高いほど税負担は重くなります。そこで、先代経営者の退任にあわせて役員退職金を支給し、利益と純資産が減って株式の評価額が下がったタイミングで、後継者へ株式を移す、という考え方が使われます。株価が下がっている期に移転すれば、同じ株式を移すのでも負担が軽くなる可能性がある、という理屈です。

実務で重要になる三つの整合性

  • 時期の整合性:退職金の支給によって評価額が下がるのは特定の期に限られます。株式の移転をその期に合わせられなければ、効果は薄れます。評価の基準となる時点と、贈与・譲渡の実行時期を一体で計画する必要があります。
  • 実態の整合性:退職金を支給する以上、先代が実際に代表を退き、経営から離れることが前提になります。代表を退いたはずが実質的に意思決定を続けている、報酬水準が退任前とほとんど変わらない、といった状態では、退職の事実そのものが問題視される可能性があります。
  • 資金の整合性:退職金の支給は現金の流出です。会社の資金繰りに無理があれば、事業そのものが揺らぎます。株価を下げること自体が目的化しないよう注意が必要です。

なお、株価を下げてから移転するアプローチは、事業承継税制の適用を検討する場合と、方向性が重なる部分もあれば競合する部分もあります。事業承継税制は納税を猶予する制度であり、株価そのものを下げる対策とは性質が異なります。どちらが自社に合うか、あるいは併用するかは、会社の状況と後継者の有無によって変わります。後継者が見つからない場合の選択肢は後継者不在の選択肢で整理しています。

また、株式が親族や旧役員に分散している場合、退職金と自己株式の取得(会社による買い戻し)を組み合わせて整理する設計も検討されます。自己株式の仕組みは自己株式とは、名義株の整理は名義株の整理、持株会社を使った承継の考え方は持株会社とはで解説しています。

支給資金の準備をどう考えるか

役員退職金は、多くの場合まとまった金額になります。損金算入の可否や税負担の話より前に、そもそも会社にその現金があるかが最初の関門です。

生命保険の活用について語られること

退職金の原資づくりとして、法人契約の生命保険が語られてきました。役員を被保険者として保険料を支払い、退任時に解約返戻金を受け取って退職金の原資に充てる、という組み立てです。「保険料を支払っている間は損金にでき、退任時に返戻金を受け取って退職金として支払えば、その期の利益と相殺できる」という説明がされてきました。

ただし、この分野は税制上の取扱いが見直されてきた領域です。保険料をどこまで損金として扱えるかについてはルールの改正が行われており、かつて語られていた前提がそのまま当てはまるとは限りません。保険商品の設計も変わっています。したがって、「保険に入れば節税になる」といった単純な理解で判断するのは避け、現行の取扱いを確認したうえで検討する必要があります。ここは特に税理士への確認が欠かせない部分です。

保険以外の手段と、資金繰りへの影響

  • 内部留保からの支出:もっとも素直な方法です。ただし、手元資金が減ることで運転資金や設備投資に影響が出ないか、事前に確認が必要です。
  • 金融機関からの借入:退職金の支給資金を借入で賄う場合もあります。返済負担が事業に与える影響を見ておく必要があります。
  • 分割支給:一度に支払うのが難しい場合、分割で支給する方法も検討されます。ただし税務上の取扱いに論点があるため、後述のFAQもあわせてご覧ください。
  • M&Aの場合は買い手との調整:売却と同時に支給する場合、買収資金と退職金原資をどう手当てするかを買い手と詰めておく必要があります。

いずれの方法でも、退職金を支払ったあとに会社が問題なく回るかという視点を最優先に考えることが大切です。株価を下げるために資金繰りを痛めては本末転倒になります。

手続きの流れ

役員退職金は、社長が自分で金額を決めて振り込めばよいというものではありません。会社法上、役員の退職慰労金は役員報酬と同様に、定款に定めがない場合は株主総会の決議によって定めることとされています。手続きの形式を整えておくことは、税務上の説明においても意味を持ちます。

段階やることポイント
① 事前準備役員退職慰労金規程の整備・確認、功績倍率法などによる金額の試算規程がない場合は、支給の前に整備しておくと根拠を示しやすい
② 取締役会株主総会に諮る議案の決定、支給案の検討算定根拠の資料をあわせて残す
③ 株主総会決議退職慰労金の支給について決議する定款に定めがない場合は株主総会の決議が必要。金額・支給方法・支給時期を明確にする
④ 議事録の作成株主総会議事録・取締役会議事録を作成し保管する決議の日付、決議内容、算定根拠を明記しておく
⑤ 退任の登記代表取締役・取締役の退任登記退職の事実を対外的に示す資料になる
⑥ 支給・源泉徴収退職金の支払いと、源泉徴収などの税務手続き「退職所得の受給に関する申告書」の提出の有無で源泉徴収の扱いが変わる
⑦ 会計・税務処理損金算入時期の確認、法人税申告への反映損金算入の時期は、決議した期か支給した期かで論点になることがある

支給時期についても注意が必要です。株主総会で決議した期に損金算入するのか、実際に支払った期に損金算入するのかは、取扱いに論点があります。株価を下げたい期と損金算入される期がずれると、承継のタイミング設計が崩れることがあるため、事前に税理士と確認しておくことをおすすめします。株価算定を税理士に依頼する場合の考え方は税理士による株価算定で解説しています。

よくある質問(FAQ)

Q. 役員退職金はいくらまで出せますか?

A. 法令で上限額が定められているわけではありませんが、税務上「不相当に高額」と判断された部分は損金に算入されない可能性があるとされています。実務では功績倍率法(最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率)による目安がよく使われ、同業・同規模の水準や、その役員の実際の職務内容・貢献度も考慮されます。功績倍率の水準に法定の数値はなく、役職によって異なる水準が用いられるとされています。具体的にいくらまでが妥当かは、会社の規模、業績、報酬水準、在任年数によって変わりますので、必ず税理士にご確認ください。

Q. 退職金を分割払いにすることはできますか?

A. 資金繰りの都合から分割で支給する例はありますが、税務上は論点が生じます。一時金として支給されるものが退職所得として扱われるのに対し、支給の形態によっては取扱いが変わる可能性があるためです。また、会社側の損金算入の時期も、決議した期に一括で計上するのか、支払った期ごとに計上するのかという論点があります。分割を検討する場合は、支給方法を株主総会で明確に決議したうえで、税務上の取扱いを事前に税理士に確認しておく必要があります。

Q. M&Aの後も会社に残る場合、退職金を受け取れますか?

A. ここは実務でもっとも慎重な検討が必要な論点の一つです。退職金は「退職」に対して支給されるものですから、実質的に退職したと言える状態でなければ、退職金としての取扱いが認められない可能性があります。M&A後に引継ぎのため一定期間残るケースは多くありますが、その場合は代表権を持たない、経営の意思決定に関与しない、報酬水準を大きく下げる、といった形で、地位と職務内容が実質的に変わったことを説明できるようにしておく必要があります。「肩書きだけ変えて実態は同じ」という状態は避けるべきです。具体的な設計は、買い手側とも共有したうえで税理士に確認してください。

Q. 退職金を支給すると株価はどのくらい下がりますか?

A. 一律には決まりません。純資産を基礎とする評価であれば、支給額が純資産の減少としてほぼそのまま反映されますが、税効果によって減少幅は支給額と完全に一致するわけではありません。また、利益やキャッシュフローを基礎とする評価では、退職金が一時的な費用と判断されれば、正常収益力の算定上は足し戻して考えることもあり、その場合は評価額への影響が限定的になることもあります。どの評価手法が使われるか、会社の資産構成がどうなっているかによって効果は変わりますので、支給前後で評価がどう動くかを実際に試算して確認するのが確実です。

Q. 退職金の準備に生命保険は必要ですか?

A. 必須ではありません。退職金の原資づくりとして法人契約の生命保険が語られてきたのは事実ですが、保険料の損金算入をめぐる税制上の取扱いは見直されてきており、かつての前提がそのまま当てはまるとは限りません。保険には万一のときの保障という本来の機能もありますので、「保障が必要か」「原資の準備方法として合理的か」を分けて考えるとよいでしょう。内部留保で賄える会社であれば、無理に保険を使う必要はありません。現行の取扱いや商品設計は変わりうるため、検討する場合は税理士と保険の専門家の双方に確認してください。

Q. 税務調査で否認されるのはどんな場合ですか?

A. 一般的に問題になりやすいとされるのは、次のようなケースです。第一に、金額が同業・同規模の水準に照らして著しく高いと判断される場合です。第二に、退職の実態が伴っていない場合、つまり代表を退いたはずが実質的に経営を続けているようなケースです。第三に、退職金を大きくする目的で退任直前に報酬を不自然に引き上げているなど、算定根拠に合理性がない場合です。第四に、株主総会の決議や議事録、退職慰労金規程といった形式面が整っていない場合です。逆に言えば、算定根拠を文書で残し、退職の実態を伴わせ、手続きの形式を整えておくことが、否認リスクを下げる基本になります。判断は個別事情によりますので、事前に税理士に相談しておくことをおすすめします。

まとめ

役員退職金は、会社側では利益と純資産を減らして自社株の評価額に影響し、個人側では退職所得という枠組みで計算されるという、二つの効果を併せ持ちます。この構造があるため、M&Aでは譲渡対価の一部を退職金として受け取る設計が検討され、事業承継では株価が下がったタイミングで後継者へ株式を移す考え方として使われます。

一方で、金額の妥当性、退職の実態、支給資金の手当て、手続きの形式という四つの論点をおろそかにすると、狙った効果が得られないばかりか、否認によって想定外の負担が生じるおそれもあります。功績倍率法による目安を出発点に、算定根拠を文書で残し、株主総会決議と議事録を整え、退任の実態を伴わせることが基本になります。そして何より、退職金を支払ったあとに会社の資金繰りが問題なく回るかを最優先で確認してください。

検討の出発点としては、まず現状の自社株の価値を把握しておくことが有効です。現在の評価額が分かっていれば、退職金の規模感を考えるうえでも、後継者への移転コストや売却価格を見積もるうえでも、判断の土台ができます。税務上の判断は個別性が強いため、具体的な実行は必ず税理士などの専門家にご相談ください。

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