CAPMとは?株主資本コスト・βの求め方と非上場企業での実務手順

最終更新: 2026-09-20

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株主が期待する収益率(株主資本コスト)は、CAPM(Capital Asset Pricing Model=資本資産価格モデル)で見積もるのが一般的です。株主資本コストはWACC(加重平均資本コスト)の主要な構成要素であり、ひいてはDCF法の評価額に直結します。割引率が1ポイント動くだけで評価額が十数パーセント動くことも珍しくないため、「なんとなく10%」で済ませてしまうと、評価書全体の説得力が失われます。

本稿は、CAPMの式を覚えるだけの解説ではありません。非上場企業の株主資本コストを、自分の手で最後まで組み立てられるところまで持っていくことを目的に、各項目を何で置くか、βをどの手順で推計するか、中小企業でどこまで上乗せするか、そしてその根拠をどう残すかを順に整理します。記載する数値はいずれも仕組みを示すための目安・仮の数値であり、実際の算定では算定基準日時点のデータで各自ご確認ください。

株主資本コストとCAPMの基本

株主資本コストとは何か——CAPMが答えているもの

株主資本コストは、株主が「この会社の株式に投資するなら、最低これくらいのリターンは欲しい」と考える期待収益率です。会社の側から見れば、株主の期待に応えるために必要な資金調達コストにあたります。銀行借入の金利のように契約書に書かれている数字ではないため、外から観察することができません。だからこそ、モデルを使って「推計する」必要があります。

ここで重要なのは、株主資本コストがリスクの対価だという点です。同じ1億円の利益を生む会社でも、利益の振れ幅が大きい会社、特定の取引先に依存している会社、経営者個人の力量に依存している会社は、投資家からより高いリターンを要求されます。要求リターンが高いということは、同じキャッシュフローでも割り引かれる度合いが大きく、価値が低くなるということです。事業価値と株式価値の違いを押さえたうえで読むと、この割引率がどこに効いてくるかがつかみやすくなります。

CAPMは、この「リスクの対価」を、市場全体との連動性という一本の軸で説明しようとするモデルです。すなわち、投資家は分散投資によって個別企業固有のリスクは打ち消せるので、打ち消せない部分(市場全体と一緒に動く部分)に対してだけ追加のリターンを求める、という発想です。この発想が非上場の中小企業にそのまま当てはまるかどうかは議論があり、後述するサイズプレミアム固有リスクプレミアムの上乗せは、まさにその隙間を埋めるための実務上の工夫として登場します。

なお、株主資本コストは負債コストより高くなるのが通常です。株主は債権者より後順位で残余を受け取る立場にあり、会社が傾いたときに真っ先に損失を被るためです。したがって、借入比率を上げればWACCは下がる方向に働きますが、同時に株主の要求リターンも上がる——この相互作用を正しく扱うのが、後半で説明するアンレバード/リレバーの手続きです。

CAPMの計算式と3つの構成要素

CAPMの式は、文章にすると次の一行です。

株主資本コスト = リスクフリーレート + β ×(マーケットリスクプレミアム)

「安全な資産で確実に得られる利回り(リスクフリーレート)」に、「その株式のリスクに見合った上乗せ(β×マーケットリスクプレミアム)」を加える、という二階建ての構造です。上乗せ部分をさらに分解すると、「市場全体に投資したときの上乗せ幅(マーケットリスクプレミアム)」に、「この会社は市場全体の何倍振れるか(β)」を掛けたもの、と読めます。

構成要素意味実務での置き方(目安)主な論点
リスクフリーレート(Rf)リスクをほぼ取らずに得られる利回り。評価の土台となる基準金利算定基準日時点の長期国債利回りを用いるのが一般的何年物を使うか(残存年限の考え方)、単日か平均か
β(ベータ)市場全体の変動に対する、その株式の感応度。1なら市場並み、1を上回れば市場より大きく振れる非上場企業は類似上場企業のβから推計する類似会社の選定、観測期間と頻度、レバレッジ調整
マーケットリスクプレミアム(MRP)市場全体がリスクフリーレートを上回って期待される超過リターン過去実績から求める方法と、現在の株価から逆算する方法がある推計方法により幅が出る。Rfとの整合性
追加プレミアム(任意)CAPMだけでは説明しきれない規模・固有リスクの上乗せサイズプレミアム、固有リスクプレミアムとして加算することがある恣意性が高く、根拠の明示が不可欠
CAPMは「割引率を求める式」ではなく、「株主資本コストを求める式」です。DCF法で事業全体のフリーキャッシュフローを割り引く際の割引率はWACCであり、CAPMで求めた株主資本コストはその一部(株主部分)にすぎません。何を割り引くのかと、どの資本コストを使うのかは必ず対応させてください。詳しくはフリーキャッシュフローとはWACCとはをご覧ください。

リスクフリーレートをどう置くか(残存年限の考え方)

リスクフリーレートには、信用リスクがきわめて小さいとされる自国通貨建ての国債利回りを用いるのが一般的です。日本円建てで評価するなら、日本国債の利回りを使います。日次の利回りは財務省が「国債金利情報」として公表しており、年限ごとの複利利回りを一次情報で確認できます。本稿では現在の水準を断定しません。算定基準日の実数値は、必ずご自身で一次情報を確認してください。

何年物を使うか

実務でもっとも広く使われるのは10年国債利回りです。ただし「なぜ10年なのか」を説明できることが大切です。原則は、割り引く対象のキャッシュフローの期間(デュレーション)に、国債の残存年限を合わせるという考え方です。DCF法では明示的な予測期間の後にターミナルバリュー(継続価値)が続き、事実上は無限期間のキャッシュフローを評価します。そのため、評価実務では市場流動性が十分にある年限のうち、できるだけ長いものを使う——という整理で10年、場合によっては20年や30年が選ばれます。

  • 10年物:市場の厚みがあり、データが入手しやすい。もっとも一般的な選択。
  • 20年・30年物:事業の継続を長期で見る場合や、長期の設備投資サイクルを持つ事業で採用されることがある。イールドカーブが右肩上がりのときは10年物より高くなり、株主資本コストも高めに出る。
  • 5年以下:予測期間が短く、明確な出口(売却)を想定する場合などに限られる。継続企業前提の評価では通常は使わない。

単日の数値か、平均か

算定基準日の終値を使うのが基本ですが、基準日が一時的な金利の変動に当たっていた場合、その1日の数字に評価額が引きずられます。そのため、直近1か月や3か月の平均を併用し、単日と平均の両方で計算して差を確認する、という進め方が実務的です。どちらを採用したかと、その理由は評価書に残してください。

通貨と整合性

リスクフリーレート、マーケットリスクプレミアム、そしてキャッシュフローの通貨は揃える必要があります。円建てのキャッシュフローを評価するのに米ドル建ての金利とプレミアムを使えば、そこにインフレ率や為替の期待が紛れ込んでしまいます。海外子会社を持つ会社では、この点が実務上の落とし穴になりやすい部分です。会計基準が異なる場合の調整についてはIFRSと日本基準の評価への影響も参考になります。

マーケットリスクプレミアムをどう決めるか

マーケットリスクプレミアム(MRP、エクイティリスクプレミアムとも呼ばれます)は、「株式市場全体に投資したときに、国債より何ポイント多く期待できるか」を表す数値です。CAPMの3要素のうち、もっとも推計方法によって幅が出る部分であり、同時にβと掛け合わされるため評価額への影響も大きい項目です。求め方には大きく2つの考え方があります。

  • ヒストリカル(過去実績)方式——長期間の株価指数のトータルリターンから、同期間の国債利回りを差し引いた実績値の平均をとります。計算が透明で再現しやすく、長期平均なので数値が安定するのが長所です。一方で「過去の平均が将来も続く」という仮定に立っており、測定期間の取り方や、算術平均と幾何平均のどちらを使うかによって結果が変わります。
  • インプライド(市場逆算)方式——現在の株価水準と、将来の配当・利益の予想から、市場が織り込んでいる期待収益率を逆算し、そこからリスクフリーレートを差し引きます。算定基準日の市場環境を反映できるため、金利環境が大きく変わった局面でも整合的です。ただし将来予想の入力(成長率・配当性向など)に依存し、前提の置き方で結果が動きます。
  • サーベイ(調査)方式——実務家や研究者が実際に用いている水準を調査した結果を参照します。実務の相場感をつかむには有用ですが、回答者の構成に左右されるため、単独の根拠としては弱く、他の方法の裏づけとして使うのが妥当です。

ヒストリカル方式とインプライド方式は、「過去の実績をそのまま将来の期待とみなすか」「現在の価格が示す将来の期待を読み取るか」という点で発想が逆です。両者は乖離することがあり、その乖離自体が市場環境の変化を示す情報になります。片方だけを機械的に使うのではなく、双方で試算してレンジを把握するのが安全です。

どれが正解ということはなく、実務では複数の方法で計算して、そのレンジの中から採用値を決めるのが一般的です。重要なのは、リスクフリーレートとMRPを同じ土俵で組み合わせることです。たとえばヒストリカル方式で「株式リターンから10年国債利回りを引いた超過リターン」を算出したなら、CAPMのリスクフリーレートにも10年国債利回りを使う。短期金利を基準に測ったプレミアムを長期金利に足す、といった組み合わせは整合しません。

MRPの具体的な数値は、参照するデータと推計方法によって変わります。本稿では特定の数値を「現在値」として断定しません。実務では、採用した数値がどの方法で、どの期間の、どのデータから得られたものかを評価書に明記し、必要に応じて上下に振った感応度分析を添えてください。

なお、MRPは「会社ごとに変える数値ではない」という点に注意してください。MRPは市場全体に対する上乗せ幅であり、個別企業のリスクはβと追加プレミアムで表現します。対象会社がリスキーだからといってMRPそのものを引き上げると、βとの間で二重にリスクを数えることになります。

βの求め方(1)類似上場企業の選び方と観測条件

非上場企業には市場株価がないため、βを直接観測できません。そこで、事業内容や収益構造が似た上場企業(類似上場企業)のβを参照し、そこから対象会社のβを推計します。この考え方は類似会社比較法(マルチプル法)で倍率を借りてくるのと同じ発想で、類似会社の選定こそが結果を左右します。

類似上場企業を選ぶ基準

  • 事業内容の近さ:業種コードだけで機械的に選ばず、実際の収益源が近いかを見ます。同じ「情報・通信業」でも、受託開発中心の会社とサブスクリプション型の会社ではリスクの性質が違います。
  • 収益構造とコスト構造:固定費比率が高い(営業レバレッジが大きい)会社は利益の振れが大きく、βも高めに出る傾向があります。対象会社と大きく異なるなら、選定から外すか、その点を注記します。
  • 顧客・地域の分散度合い:国内中心の会社と海外売上比率が高い会社では、市場との連動性が変わります。
  • 規模:極端に規模が違う会社ばかりになるのは避けたいところですが、中小企業の評価では「同規模の上場企業」は存在しないのが普通です。規模差は後述のサイズプレミアムで補うのが実務の整理です。
  • 株式の流動性:売買がきわめて薄い銘柄は、株価が市場の動きに遅れて反応するため、βが実態より低く推計されやすくなります。出来高が極端に少ない銘柄は候補から外すのが無難です。
  • 特殊要因のない期間か:観測期間中に大型M&A、経営統合、上場直後の値動き、不祥事による急落などがあった会社は、βが歪んでいる可能性があります。

社数は5社から10社程度を選ぶことが多く、少なすぎると1社の癖に引っ張られ、多すぎると「似ていない会社」が混ざって平均が業種平均に近づいてしまいます。どの会社をなぜ選んだか、なぜ外したかを一覧で残しておくと、後から質問を受けたときに説明ができます。この選定作業は企業価値評価に必要なデータの収集工程とあわせて進めると効率的です。

観測期間と頻度

βは、個別株のリターンを市場指数のリターンに回帰した際の傾き(回帰係数)として求めます。この計算には「どのくらいの期間を」「どの頻度で」観測するかという2つのパラメータがあり、組み合わせによって数値が変わります。

  • 5年・月次(60データ点):もっとも標準的な組み合わせのひとつ。データ点数が確保でき、短期ノイズの影響が小さい。一方、5年前の会社と現在の会社が別物になっている場合には実態からずれます。
  • 2年・週次(約104データ点):直近の事業実態を反映しやすく、データ点数も十分。事業構造が変わった会社に向きます。
  • 1年・日次(約250データ点):データ点数は多いものの、日次リターンはノイズが大きく、流動性の低い銘柄では実態より低いβが出やすいとされます。

実務では「5年月次」か「2年週次」を基本とし、もう一方でも計算して差を確認する、という進め方が説明しやすいでしょう。重要なのは、選んだ類似会社すべてに同じ観測条件を適用することです。A社は5年月次、B社は2年週次、と条件が混ざった平均には意味がありません。また、比較対象とする市場指数(TOPIXなど)も全社で統一します。

なお、観測されたβを、そのままではなく「1に近づける方向に補正する」考え方もあります(いわゆる「調整β」で、観測βに3分の2、1.0に3分の1の重みを置くのが典型です)。βが長期的には市場平均である1に回帰する傾向があるという観察にもとづくものです。採用する場合は、生のβと調整後のβの両方を示し、どちらを採用したか明記してください。

βの求め方(2)アンレバードβとリレバー、複数社の平均の取り方

市場で観測されるβ(レバードβ、またはエクイティβ)には、その会社の事業リスクだけでなく、借入によるリスクの増幅が含まれています。借入の多い会社は、事業が同じでも株主の取り分の振れが大きくなるため、βが高く出ます。類似会社の資本構成は各社まちまちですから、そのまま平均しても意味がありません。そこで次の3ステップを踏みます。

  • ステップ1:アンレバード(レバレッジを外す)——各類似会社のレバードβから借入の影響を取り除き、純粋な事業リスクだけを表すアンレバードβ(資産βとも呼ばれます)に変換します。
  • ステップ2:平均をとる——各社のアンレバードβを集計し、対象会社の事業リスクの代表値を決めます。
  • ステップ3:リレバー(対象会社のレバレッジを乗せる)——ステップ2の平均アンレバードβに、対象会社自身の資本構成を当てはめて、対象会社のレバードβを求めます。
ハマダ式の考え方(文章での表現)
アンレバードβ = レバードβ ÷ { 1 + (1 - 実効税率) × (有利子負債 ÷ 株式時価総額) }
リレバードβ = アンレバードβ × { 1 + (1 - 実効税率) × (対象会社の有利子負債 ÷ 対象会社の株主資本) }
分母・分子に出てくる「1 + (1 - 税率) × 負債比率」が、借入がβを何倍に増幅するかを表す係数です。負債がゼロならこの係数は1になり、レバードβとアンレバードβは一致します。税率が掛かっているのは、支払利息の損金算入によって負債の実質的な負担が軽くなる効果を織り込むためです。実効税率の設定は税務上の論点を含むため、具体的な数値の適用にあたっては税理士など専門家に確認してください。

計算例:類似5社からアンレバードβを求める

実効税率を30%と仮定した場合の計算例です。数値はすべて仕組みを示すための仮置きであり、特定の実在企業を指すものではありません。

類似会社(仮)レバードβ有利子負債÷株式時価総額増幅係数アンレバードβ
A社1.300.401.281.02
B社1.050.151.110.95
C社1.450.701.490.97
D社0.850.101.070.79
E社2.100.251.181.79
単純平均1.351.10
中央値1.300.97
E社を除いた平均1.160.93

この表が示しているのは、レバードβで見た順位とアンレバードβで見た順位が入れ替わることです。C社はレバードβが1.45と高いものの、負債比率が0.70と高いためで、事業リスクだけを取り出したアンレバードβは0.97とむしろ平均的です。逆にE社は負債が少ないのにβが2.10と高く、事業そのもののリスクが高いことを示しています。レバードβのまま平均していたら、この違いを見落としていたことになります。

外れ値をどうならすか

上の例で、E社のアンレバードβ1.79は明らかに他社から離れています。単純平均は1.10ですが、中央値は0.97、E社を除いた平均は0.93です。どれを採用するかで、最終的な株主資本コストが1ポイント近く変わります。実務では次のように整理します。

  • まず理由を調べる——E社のβが高いのは、事業構造が本当にハイリスクだからなのか、観測期間中に一時的な事象(大型買収、業績の急変、株式の需給要因)があったからなのか。前者なら残す理由があり、後者なら除外する理由があります。
  • 中央値を併用する——外れ値の影響を受けにくいため、単純平均と中央値の両方を示し、両者が近ければ採用値の妥当性が高いと言えます。乖離が大きければ、その原因を注記します。
  • 上位・下位を切り落とす——社数が十分にある場合、最大値と最小値を1社ずつ除いた平均をとる方法もあります。機械的ですが、恣意性を抑えられます。
  • 加重平均は慎重に——時価総額で加重すると、大企業のβに引っ張られます。中小企業の評価では単純平均や中央値のほうが素直です。
  • 除外したら必ず記録する——「なぜ除いたか」を書かないまま除外すると、結論に合わせて数字を選んだように見えてしまいます。除外前後の両方の数値を残すのが誠実な扱いです。

リレバーで使う資本構成をどう置くか

ステップ3で対象会社の負債比率を当てはめる際、「現在の実績値」を使うのか「目標とする資本構成」を使うのかという論点があります。DCF法は将来のキャッシュフローを評価するものですから、理論的には将来にわたって維持される資本構成を使うべきです。借入を急速に返済していく計画があるなら、現在の高い負債比率をそのまま将来にわたって適用するのは整合しません。

実務上は、(1) 対象会社の現在の資本構成、(2) 類似上場企業の平均的な資本構成、(3) 経営計画上の目標資本構成、のいずれかを用い、選んだ理由を記載します。中小企業では役員借入金や個人保証の絡む借入が含まれることも多く、どこまでを有利子負債として扱うかの整理も必要です。なお、リレバーの計算で使う「株主資本」は簿価ではなく株式価値(時価)であるべきですが、その株式価値を求めるために割引率が必要という循環が生じます。実務では、いったん仮の資本構成で計算し、得られた株式価値で資本構成を更新して再計算する、という反復を数回行うか、目標資本構成を固定して割り切るのが通例です。

非上場・中小企業の上乗せ:サイズプレミアムと固有リスク

ここまでの手順で求まるのは、「上場企業並みの規模と分散を持つ会社」の株主資本コストです。実際に評価する中小企業は、それよりもリスクが高いのが普通です。そこで、CAPMで求めた値に追加のプレミアムを加算する実務が広く行われています。式としては次のようになります。

株主資本コスト = リスクフリーレート + β × MRP + サイズプレミアム + 固有リスクプレミアム

サイズプレミアム

規模の小さい会社の株式は、市場全体に対する感応度(β)だけでは説明できない高いリターンを実際に生んできた——という実証研究が数多く報告されており、これを割引率に織り込むのがサイズプレミアムです。規模区分ごとの超過収益率を示したデータが実務で参照されます。中小企業の評価では、上場企業の中でもっとも小さい区分よりさらに小規模であることが多く、その場合にどこまで外挿してよいかは判断が必要です。

重要なのは、サイズプレミアムがβとは別の要因を捉えているという整理です。類似会社として小型株ばかりを選び、そのβが高く出ているのに、さらに大きなサイズプレミアムを乗せると、同じリスクを二重に数えている可能性があります。類似会社の規模と対象会社の規模の関係を確認したうえで、上乗せ幅を決めてください。

固有リスクプレミアム(カンパニー・スペシフィック・リスク)

中小企業には、分散投資では消せない、その会社に固有のリスクがあります。CAPMの理論上は「分散で消えるから価格に反映されない」とされる部分ですが、非上場株式は分散ポートフォリオの一部として保有されるわけではなく、買い手はその事業だけを丸ごと引き受けます。したがって、実務では明示的に上乗せの対象とされます。典型的な項目を整理します。

固有リスクの類型具体的な状況上乗せの考え方代替的な対処
特定人物への依存経営者が営業・技術・仕入の要をすべて担っている。後継者が不在引継ぎの難易度に応じて上乗せ。キーマンの退任時期が読めないほど大きくなる事業計画側で、退任後の人件費増や売上減を織り込む方法もある
取引先の集中上位1社で売上の半分以上を占める。契約は年次更新失注確率と代替可能性を踏まえて上乗せ計画のシナリオ分析(失注ケース)で表現する方法もある
仕入先・外注先の集中代替の効かない仕入ルートが1社に限られる供給途絶リスクとして上乗せ在庫方針・代替先開拓の計画を織り込む
財務基盤の脆弱さ自己資本比率が低い、手元資金が薄い、返済負担が重い資金繰りの余裕のなさを上乗せ財務指標の推移で定量的に示す
業績の変動性過去の利益の振れ幅が大きく、赤字年度もある利益のばらつきの大きさに応じて上乗せ正常収益力の把握で平準化する
情報・管理体制月次決算がない、管理会計が未整備、内部統制が弱い計画の信頼度の低さとして上乗せデューデリジェンスでの検証結果を反映する

表の右端に「代替的な対処」を並べたのには理由があります。固有リスクは、割引率に乗せる方法と、事業計画のキャッシュフロー側で表現する方法の2つがあり、両方でやってしまうと二重計上になります。たとえば「キーマン退任で売上が2割落ちる」というシナリオを計画に織り込んだうえで、さらにキーマンリスクとして割引率を3ポイント上乗せすれば、同じリスクを2回引いていることになります。どちらで扱うかを最初に決め、評価書に明記してください。利益の振れをならす作業については正常収益力とはが参考になります。

固有リスクプレミアムは、CAPMの3要素の中でもっとも恣意性が高い部分です。「なんとなく3%」で済ませると、その3%だけで評価額が2割前後動くことすらあります。項目ごとに何ポイント、なぜそう置いたかを一覧にして残すことを強くおすすめします。チェックリスト形式(該当する項目に0.5ポイントずつ加算する等)にして機械的に積み上げる方法も、完全に客観的とは言えないまでも、再現性と説明可能性を高めます。

非流動性は割引率に乗せるべきか

非上場株式は、上場株式のようにすぐ市場で売却できません。この「売りにくさ」をどこで表現するかは、実務で意見が分かれる論点です。

ひとつは、株主資本コストに非流動性の分を上乗せする考え方。もうひとつは、割引率には乗せず、計算された株式価値に対してDLOM(非流動性ディスカウント)を別途適用する考え方です。後者のほうが実務では一般的で、理由は主に2つあります。第一に、非流動性の根拠として参照される実証研究の多くが「価値に対する割引率(%)」として提示されており、割引率への上乗せに換算するには追加の仮定が必要になること。第二に、割引率に埋め込むと、その影響がターミナルバリューを含む全期間に複利で効いてしまい、効果の大きさをコントロールしにくくなることです。

いずれの方法を採るにせよ、同じリスクを2か所で引かないことが鉄則です。割引率に非流動性を乗せたうえで、さらに価値にDLOMを適用すれば二重です。同様に、少数株主持分の評価でコントロールプレミアムや支配権の欠如によるディスカウントを扱う際も、割引率側の調整と重複していないかを確認してください。

計算例:ひとつの会社の株主資本コストを組み立てる

ここまでの手順を、ひとつの仮の会社に対して通して適用してみます。すべて仕組みを示すための仮置きの数値であり、実際の算定では各前提を算定基準日のデータで設定してください。

前提:国内で事業を営む非上場の中堅企業。売上高30億円、EBITDA 3億円。有利子負債5億円、想定される株式価値15億円(したがって負債÷株主資本は約0.33)。実効税率30%と仮定。類似上場企業5社から求めた平均アンレバードβは、外れ値のE社を除いた0.93を採用。

ステップ項目値(仮)置き方の根拠(記載例)
1リスクフリーレート1.5%算定基準日時点の10年国債利回り(直近3か月平均との差は0.1ポイント以内であることを確認)
2マーケットリスクプレミアム6.0%ヒストリカル方式とインプライド方式の双方で試算し、そのレンジの中間値を採用
3平均アンレバードβ0.93類似上場5社の単純平均から、事業構造が大きく異なるE社を除外して算出(除外前は1.10)
4リレバードβ1.150.93 ×{1+(1-0.30)×0.33}=0.93×1.23。負債比率は目標資本構成を使用
5CAPM部分8.4%1.5% + 1.15 × 6.0% = 1.5% + 6.9%
6サイズプレミアム+3.0%対象会社の規模は類似上場企業の最小区分を下回るため、規模別の超過収益率に関する研究を参照して加算
7固有リスクプレミアム+2.0%経営者依存(1.0%)、上位取引先への集中(0.5%)、管理体制の未整備(0.5%)の積み上げ。各項目の根拠は別紙に記載
8株主資本コスト(合計)約13.4%8.4% + 3.0% + 2.0%。一点ではなくレンジで示すことを推奨

ステップ4の計算をもう少し丁寧に追います。増幅係数は「1 + (1 - 0.30) × 0.33」で、(1 - 0.30) は0.70、0.70 × 0.33 は約0.23、これに1を足して1.23です。アンレバードβ0.93にこれを掛けて、リレバードβは約1.15となります。もし対象会社が無借金であれば増幅係数は1.00となり、リレバードβはアンレバードβと同じ0.93、CAPM部分は1.5% + 0.93 × 6.0% = 約7.1%となります。借入があることで株主の要求リターンが約1.3ポイント高くなる、という関係が読み取れます。

最後に、前提を振ったときにどれくらい動くかを確認します。下の表は、アンレバードβとMRPを上下に振った場合の株主資本コスト(サイズプレミアム3.0%と固有リスク2.0%を含む合計値)です。

アンレバードβ \ MRPMRP 5.0%MRP 6.0%MRP 7.0%
0.80(保守的)11.4%12.4%13.4%
0.93(採用値)12.2%13.4%14.5%
1.10(E社を含む平均)13.3%14.6%16.0%
表を見ると、同じ会社でも前提の置き方次第で株主資本コストは11%台から16%程度まで動きます。DCF法では、割引率が1ポイント上がると評価額は概ね1割前後下がることが多く(成長率や予測期間の設定によって幅はあります)、この差は最終的な金額に直結します。だからこそ、株主資本コストは一点で断定せず、レンジで示すことが実務の基本になります。採用値を中心に上下に振った3ケースを提示し、それぞれの評価額を並べるのが分かりやすい見せ方です。

WACCへの接続と、DCFの結果への効き方

求めた株主資本コストは、そのままDCF法の割引率になるわけではありません。DCF法で事業全体のフリーキャッシュフローを割り引く際の割引率はWACCであり、株主資本コストと負債コストを資本構成で加重平均したものです。文章で書くと次のとおりです。

WACC = 株主資本コスト ×(株式価値 ÷ 総資本) + 負債コスト ×(1 - 実効税率)×(有利子負債 ÷ 総資本)

先ほどの計算例(株主資本コスト13.4%、株式価値15億円、有利子負債5億円、総資本20億円)に、負債コスト2.0%と実効税率30%を当てはめると、WACCは 13.4% × 0.75 + 2.0% × 0.70 × 0.25 = 10.05% + 0.35% = 約10.4% となります。負債部分は支払利息の損金算入によって実質的な負担が軽くなるため、WACCへの寄与は小さくなっています。WACCの組み立て全体についてはWACCとはで詳しく解説しています。

このWACCで、予測期間のフリーキャッシュフローとターミナルバリューを現在価値に割り引き、事業価値を求めます。そこから有利子負債を差し引き、非事業用資産を加えると株式価値になります。この流れはDCF法とは企業価値と株式価値の違いで整理しています。

DCF法の結果への効き方で、とくに注意したいのがターミナルバリューです。永久成長率モデルでは、ターミナルバリューは「予測最終年度のFCF ×(1+成長率)÷(WACC - 成長率)」という形で計算されます。分母が WACC と成長率の差なので、WACCが小さいほど、また成長率がWACCに近いほど、分母が小さくなって価値が急激に膨らみます。WACCが10.4%で成長率1.0%なら分母は9.4%ですが、WACCが8.4%なら分母は7.4%で、ターミナルバリューは約27%増えます。株主資本コストのわずかな違いが、ここで増幅されるのです。

なお、DCF法の結果は他の手法と突き合わせて確認するのが実務です。EV/EBITDA倍率による類似会社比較や時価純資産法と並べ、大きく乖離するなら前提を見直します。3つのアプローチの関係は株式評価3アプローチの比較、指標の意味はEBITDAとはをご覧ください。

ありがちな間違いと、CAPMの限界

実務で見かける典型的な誤り

  • レバードβのまま平均している——類似会社のβをそのまま平均し、対象会社に適用してしまうケース。各社の借入水準の違いが混ざったままで、対象会社の資本構成が反映されません。必ずアンレバード→リレバーの手順を踏みます。
  • リスクフリーレートとMRPの測定基準がずれている——短期金利を基準に測ったプレミアムを長期国債利回りに足す、といった組み合わせ。プレミアムの定義とリスクフリーレートの年限は揃えます。
  • キャッシュフローと割引率の通貨・実質名目がずれている——名目のキャッシュフローを実質の割引率で割り引く、あるいはその逆。インフレの扱いを揃えます。
  • 同じリスクを二重に数えている——計画でリスクシナリオを織り込みながら、割引率にも同じリスクを上乗せする。あるいは割引率に非流動性を乗せたうえで、さらにDLOMを適用する。
  • 株主資本コストをそのまま事業FCFの割引に使う——事業全体のFCFはWACCで、株主に帰属するキャッシュフローは株主資本コストで割り引きます。分子と分母の「誰のものか」を揃えます。この対応関係はROEとROICの議論と同じ構造です。
  • 一点の数値で断定する——「当社のWACCは10.4%です」と一点で示すと、前提が一つでも動いた瞬間に説明が破綻します。レンジと感応度で示します。
  • 類似会社の選定根拠を残していない——後から「なぜこの5社なのか」を問われて答えられないと、評価全体の信頼性が損なわれます。

CAPMというモデル自体の限界

CAPMは、いくつかの理想化された前提の上に立っています。投資家は十分に分散したポートフォリオを持っている、誰もが同じ情報を持ち同じ期待を抱いている、リスクフリーレートで自由に貸し借りができる、取引コストや税金の影響は無視できる——といった前提です。中小企業のM&Aの現場は、この前提とかなり距離があります。買い手はその事業だけを丸ごと引き受けますし、情報は売り手と買い手で大きく非対称です。

また、βは過去の株価データから推計するものであり、将来のリスクを正確に表す保証はありません。事業構造が変わった会社、新規事業に乗り出した会社では、過去のβが将来を語れなくなります。加えて、非上場企業に適用する時点で「他社のβを借りてくる」という近似が入っており、その近似の精度は類似会社の選定に依存します。

こうした限界があるからといって、CAPMが役に立たないわけではありません。重要なのは、CAPMを「正解を出す装置」ではなく「議論の出発点と共通言語を提供する枠組み」として使うことです。各前提の根拠を残し、レンジで示し、他の手法の結果と突き合わせる。この3点を守れば、CAPMは評価の説得力を大きく高めてくれます。

よくある質問と、自分で試算するための道具

Q. βが1より大きいとはどういう意味ですか?

A. 市場全体が動いたとき、その株式は市場より大きく振れやすい(リスクが高い)ことを意味します。βが1.5なら、市場が10%上がるときに平均的に15%上がり、10%下がるときに15%下がる、という関係です。振れが大きい分、投資家が要求するリターンも高くなり、株主資本コストが上がります。

Q. 株主資本コストと負債コストはどちらが高いですか?

A. 一般に株主資本コストのほうが高くなります。株主は債権者より後順位で残余を受け取る立場にあり、より大きなリスクを負うためです。計算結果が逆転した場合は、前提のどこかに誤りがある可能性が高いので見直してください。

Q. 赤字や債務超過の会社でもCAPMは使えますか?

A. 形式的には計算できますが、注意が必要です。債務超過だと株主資本がマイナスになり、リレバーの計算が成立しません。この場合は、目標資本構成を置く、類似会社の平均資本構成を使う、あるいは割引率以前に時価純資産法などのアプローチを主軸に据えるなど、手法自体の選択から検討します。

Q. スタートアップの株主資本コストも同じように求めますか?

A. 基本の考え方は同じですが、実務ではCAPMをそのまま使わず、ステージごとの期待リターン(いわゆるVCメソッド)で扱うことが多くなります。赤字で類似上場企業も乏しく、βの推計自体が困難だからです。スタートアップのバリュエーションプレ/ポストマネーバリュエーションで解説しています。

Q. サイズプレミアムや固有リスクの上乗せは、税務上の株価算定でも使えますか?

A. 税務上の評価(財産評価基本通達にもとづく評価など)は、M&Aの経済的な価値算定とは目的もルールも異なります。相続・贈与・同族間取引などで税務上の評価が必要な場合、DCF法やCAPMでの算定結果がそのまま通用するとは限りません。税務上の取扱いについては、必ず税理士などの専門家に確認してください。関連する論点は非上場株式の評価方法で整理しています。

Q. 業種によって株主資本コストは変わりますか?

A. 変わります。βは業種ごとの事業リスクを反映するため、景気連動性の高い業種では高く、生活必需品やインフラのように需要が安定した業種では低く出る傾向があります。業種ごとの評価上の着眼点は業種別の企業価値評価のポイントにまとめています。

Q. 自分で計算してみるには何を使えばよいですか?

当サイトでは、無料で使える計算ツールを公開しています。CAPMによる株主資本コストの算出と、アンレバードβ/リレバードβの変換に対応したWACC計算ツールを使えば、本稿の手順をそのまま入力して試せます。求めたWACCで実際に評価額を出すにはDCF計算ツール、対象会社の財務状況を整理するには財務指標の計算ツールが便利です。手計算の流れは自分で企業価値を計算する方法、ツールの選び方は株価算定ツールの比較で解説しています。

Q. 算定結果を第三者に見せる必要があるときは?

A. 金融機関への説明、株主間の協議、M&Aの価格交渉など、第三者に示す場面では、前提と根拠が読み取れる形式の評価書が必要になります。評価書にどのような情報が記載されるかは評価レポートの見方、依頼先の選び方は企業価値評価の依頼先を参考にしてください。株価指標の基礎はPERとはPBRとはで解説しています。

まとめ

CAPMは、リスクフリーレートにβ×マーケットリスクプレミアムを加えて株主資本コストを求めるモデルです。非上場企業では、類似上場企業のβをアンレバードβに直し、外れ値をならして平均をとり、対象会社の資本構成でリレバーする——という手順で推計します。さらに中小企業では、サイズプレミアムと固有リスクプレミアムを積み上げるのが実務です。

どのステップにも判断が入ります。だからこそ、数値そのものよりも「なぜその数値を置いたか」の記録が価値を持ちます。採用値は一点で断定せず、前提を振ったレンジで示し、他の評価手法の結果と突き合わせる。この基本を守ることが、割引率を「説明できる数字」に変えてくれます。本稿の数値はすべて目安であり、税務・法務に関わる判断については、税理士・弁護士などの専門家にご確認ください。

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