株式評価の3つのアプローチを比較|インカム・マーケット・コスト
最終更新: 2026-06-18
株式(企業)価値の評価手法は、大きく3つのアプローチ——インカム・マーケット・コスト——に分類できます。それぞれ「何に着目して価値を測るか」が異なり、長所と短所、向き不向きがあります。本稿では3つを正面から比較し、どの会社にどれが向くか、そしてどう組み合わせて結論(評価レンジ)に落とすかまでを整理します。各手法の基礎は非上場株式の評価方法もあわせてご覧ください。
先に要点をまとめると、(1) 1つの手法で「正しい1つの株価」が出るわけではない、(2) 会社の性格と評価の目的で主役の手法が変わる、(3) 複数手法の結果はレンジとしてすり合わせる——この3点が実務の基本です。
3アプローチ早見表
| アプローチ | 着目点 | 代表手法 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|---|---|
| インカム | 将来の収益力 | DCF法・収益還元法 | 成長性・収益力を反映できる | 事業計画と割引率の前提に結果が大きく依存 |
| マーケット | 市場での評価水準 | 類似会社比較法 | 市場の相場観を反映できる | 適切な比較対象が選べないと精度が落ちる |
| コスト | 保有する純資産 | 時価純資産法 | 客観的で計算根拠が分かりやすい | 将来収益・のれんを反映しない |
インカム・アプローチ(将来収益に着目)
代表手法はDCF法です。事業計画にもとづく将来キャッシュフローをWACCで割り引いて価値を求めるため、成長性や収益構造を反映できるのが最大の強みです。一方、事業計画の前提(売上成長・利益率)と割引率のわずかな差で結果が大きく動くため、感応度分析でレンジを確認するのが前提になります。詳細な計画を作りにくい中小企業では、平準化利益を還元する年買法(年倍法)や収益還元法が簡便法として使われることもあります。
マーケット・アプローチ(市場との比較)
代表手法は類似会社比較法です。事業・規模・成長段階が近い上場企業の評価倍率(EV/EBITDA、EV/EBIT、PERなど)を、評価対象の財務数値に当てはめます。市場の相場観を反映できる反面、比較対象の選定が結果を左右します。ニッチ業種では適切な類似企業が乏しく、適用が難しいこともあります。
コスト・アプローチ(純資産に着目)
代表手法は時価純資産法です。貸借対照表の純資産に含み損益・税効果を反映して評価します。客観性が高く根拠を示しやすい一方、将来の収益力やのれんを反映しないため、収益力のある事業会社では実態より低く出やすく、下限の目安や参考値として併用するのが一般的です。資産保有会社や清算前提の評価には適しています。
同じ会社を3手法で評価すると、どれくらい違うのか
理解を深めるため、ごく単純な仮想会社で結果のイメージを比べてみます(あくまで仕組みを示す例・目安です)。
・コスト(時価純資産法):純資産そのまま → 約2億円
・マーケット(EV/EBITDA 6倍と仮定):1億円×6=事業価値6億円 → 有利子負債等の調整後 4〜5億円程度
・インカム(DCF法・一定の成長と割引率を仮定):4〜6億円程度
このように、収益力のある会社ではコスト・アプローチが低めに、インカム・マーケットが高めに出る傾向があります。どれかが「間違い」なのではなく、着目点が違うために差が生まれます。だからこそ、1つの値に決め打ちせず、複数手法の幅で捉えることに意味があります。
手法の組み合わせ方(重み付けとレンジ)
複数手法の結果をどうまとめるかにはいくつかの考え方があります。
- レンジで示す … 各手法の結果を並べ、「◯〜◯円程度」と幅で提示する。最も誠実で説明力がある。
- 主・従を決める … 会社の性格に応じて主役の手法を1つ決め、他を検証に使う。
- 加重平均 … 各手法に重みを置いて1つの値にまとめる方法。ただし重みの根拠が問われるため、安易な平均には注意。
いずれの場合も、なぜその手法・重みを採ったかという前提の明示が重要です。最終的な取引価格は、評価レンジを土台に当事者間の交渉やシナジーで決まります(会社売却の相場も参照)。
目的別:どのアプローチを主役にするか
| 目的 | 主役になりやすい手法 | 補足 |
|---|---|---|
| M&A(会社売却・買収) | インカム+マーケット | 収益力とシナジー、市場相場を重視 |
| 事業承継・親族内承継 | コスト+インカム | 相続税評価は国税庁方式が別途必要 |
| 増資・資金調達 | インカム(将来性) | プレ/ポストマネーの考え方を併用 |
| 資産保有会社・清算検討 | コスト | 純資産の実態価値を重視 |
事業承継では、税務上の株価算定(事業承継における株価算定)という別軸も関わります。取引価格の検討と税務上の評価は目的が異なる点に注意してください。
各手法が「向かない」ケース
- インカム … 事業計画が描けない/業績が不安定で将来予測の信頼性が低い会社
- マーケット … 比較できる上場類似企業が乏しいニッチ業種
- コスト … 無形資産・人材・ブランドが価値の中心の会社(実態より低く出る)
- 赤字・債務超過 … 収益性手法が成立しにくく、コストや清算価値が中心になることも(赤字・債務超過企業の売却)
よくある質問(FAQ)
Q. 3つの手法で結果が食い違ったら、どれを信じればよいですか?
A. どれか1つを「正解」とするのではなく、なぜ差が出たか(着目点の違い)を理解したうえでレンジとして捉えます。目的と会社の性格に照らして主役の手法を決め、他を検証に使うのが実務的です。
Q. 加重平均で1つの数字にまとめてよいですか?
A. まとめること自体は可能ですが、重みの根拠が問われます。安易な単純平均は誤解を招くため、レンジ提示とあわせて前提を明示するのが安全です。
Q. 企業価値と株式価値はどう違いますか?
A. 事業価値・企業価値から有利子負債などを調整したものが株式価値です。詳しくは企業価値と株式価値の違いを参照してください。
まとめ
3つのアプローチは「将来収益(インカム)」「市場比較(マーケット)」「保有純資産(コスト)」と着目点が異なり、同じ会社でも結果に差が出ます。重要なのは、1つの手法に頼らず、会社の性格と目的に応じて主従を決め、複数の結果を評価レンジとしてすり合わせること。前提を明示したレンジこそが、交渉や意思決定の説明力ある土台になります。