業種別の企業価値評価のポイント一覧|製造・建設・IT・飲食・介護・物流などの違い

最終更新: 2026-09-12

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企業価値評価の教科書に載っている手法は、どの業種でも同じです。将来の収益を割り引くDCF法、同業の上場会社の倍率を当てはめる類似会社比較法(EV/EBITDA倍率法)、資産と負債を時価に置き直す時価純資産法、そして中小企業のM&Aで広く使われる年買法(年倍法)。この4つを軸に、3つのアプローチを組み合わせてレンジで捉える、という進め方は業種を問わず変わりません。

それでも「製造業の評価」「介護事業の評価」といった業種別の話が必要になるのは、どの手法をどれだけ重く見るか、そして数字のどこを疑うべきかが業種ごとに違うからです。設備に多額の資金を寝かせている製造業と、資産をほとんど持たないIT企業を、同じ物差しで測ることはできません。許認可がなければ事業そのものが成り立たない建設業や運送業では、許認可を引き継げるかどうかが価格の前提を左右します。

本稿は、業種別の評価記事の入口となるハブ記事です。まず業種によって何が変わるのかを整理し、14業種の早見表で「主に使われる手法・価値の源泉・価格を下げやすい論点・詳細記事」を一覧にします。そのうえで、業種を問わず効いてくる5つの共通論点、資産の重い業種と軽い業種で手法が変わる理由、許認可と譲渡スキームの関係、自社で準備しておくべきことのチェックリストを解説します。各業種の詳細は、表からリンクしている個別記事へお進みください。

本稿で触れる倍率や比率は、規模・地域・時期・個社の事情によって大きく変わる「目安」です。特定の水準を保証するものではありません。実際の評価は、自社の財務データと事業内容にもとづいて行う必要があります。

業種で変わるのは「手法」ではなく「重み付け」

業種の違いを整理すると、おおむね次の5つの軸に集約できます。この5軸のどこに自社が位置するかが分かると、どの手法が主役になり、買い手がどこを見に来るかの見当がつきます。

見るポイント評価への影響
資産の重さ設備・車両・不動産・在庫が貸借対照表にどれだけ載っているか重いほど時価純資産法の比重が上がり、含み損益の洗い出しが必要になる
収益の安定性継続課金や長期契約のストック型か、案件ごとのフロー型か安定しているほど将来予測の信頼度が上がり、倍率もDCFの前提も置きやすい
人への依存社長個人の営業力・技能者・資格者に売上がどれだけ紐づいているか依存が強いほど引継リスクが増え、倍率の引き下げや条件面での手当が必要になる
許認可・規制免許や指定がないと営業できない業種か、更新・要件維持の負担はどうか承継できるかどうかが前提条件になり、譲渡スキームの選択にも直結する
無形資産の比重技術・顧客基盤・立地・ブランド・データなど、簿価に出ない価値簿外の価値が大きいほど、純資産では測れず収益方式が主役になる

たとえば製造業は「資産が重く、無形資産(技術)もある」、SaaSは「資産が軽く、収益が安定していて、無形資産が中心」、介護事業は「許認可と人が価値の中心」といった具合に位置づけが変わります。同じ営業利益1億円でも、この5軸の位置が違えば、算定される価値も、買い手が納得するかどうかも変わってきます。

業種別の評価ポイント早見表(14業種)

主要な14業種について、実務で主に使われる手法、価値の源泉、価格を下げやすい論点を一覧にしました。詳細は各業種の記事をご覧ください。

業種主に使われる手法価値の源泉価格を下げやすい論点詳細
製造業時価純資産+営業権/EV/EBITDA倍率設備・技術・図面・取引先との継続取引老朽設備の更新負担、不良在庫、特定親会社への売上集中製造業の評価
建設業時価純資産+営業権/年買法建設業許可・経営事項審査の評点・技術者・施工実績工事進行基準の見積り、未成工事の採算、赤字工事、瑕疵リスク建設業の評価
IT・ソフトウェアEV/EBITDA倍率/DCF法エンジニア人材、開発実績、継続取引の保守案件受託の一過性売上、人月依存、キーエンジニアの退職リスクIT・ソフトウェアの評価
SaaS売上倍率(ARR倍率)/DCF法ARR、解約率の低さ、成長率、顧客獲得効率解約率の悪化、成長鈍化、赤字継続、少数顧客への依存SaaSの評価
飲食業時価純資産+営業権/EV/EBITDA倍率立地、店舗の収益力、業態のブランド、居抜き設備赤字店舗、原状回復義務、賃貸借契約の承継可否、人材不足飲食業の評価
介護・福祉EV/EBITDA倍率/時価純資産+営業権事業所指定、稼働率、ケアマネ等の有資格者、地域での紹介網人員配置基準の未達、処遇改善加算の返還リスク、報酬改定の影響介護・福祉の評価
医療時価純資産+営業権(出資持分の有無で整理が変わる)診療圏、患者基盤、医師・看護師の確保、医療機器持分なし医療法人の制約、院長依存、施設の老朽化、施設基準医療法人の評価
人材サービスEV/EBITDA倍率/DCF法登録者・稼働スタッフ、求人企業との関係、派遣許可稼働の季節変動、未払残業代、社会保険の適用漏れ、法改正の影響人材サービスの評価
運送・物流時価純資産+営業権/EV/EBITDA倍率運送業許可、車両・倉庫、荷主との継続契約、ドライバードライバー不足と労務時間規制、車両の更新負担、燃料価格の変動運送・物流の評価
不動産時価純資産法(NAV)/収益還元法保有物件の時価、賃料収入の安定性、宅建業免許含み損、空室と賃料下落、借入の条件、開発案件の進捗リスク不動産・REITの評価
金融株主価値ベースの評価(PBR・配当割引モデル等)自己資本、預金や顧客基盤、免許・登録与信費用、自己資本規制、金利変動、保有有価証券の評価損金融機関の評価
電力・インフラDCF法(長期)/時価純資産法長期の売電契約や規制で守られた安定収益、設備制度変更、設備の更新・廃棄費用、需要変動、燃料調達電力・インフラの評価
小売EV/EBITDA倍率/時価純資産+営業権店舗網と立地、在庫回転、会員基盤、仕入条件滞留在庫の評価減、閉店コスト、EC化による構造変化小売・サービス業の評価
卸売時価純資産+営業権/EV/EBITDA倍率仕入先・販売先の両面のネットワーク、物流機能、与信管理売上総利益率の薄さ、売掛金の回収リスク、大口取引先の離脱小売・卸売の評価

資産が重い業種(製造・建設・運送物流)

製造業、建設業、運送・物流業は、機械設備・工場・車両・倉庫といった有形資産を大量に抱えます。この3業種に共通するのは、貸借対照表に載っている数字と実際の価値がずれやすいことです。減価償却が進んで簿価がほぼゼロでも現役で稼働している設備もあれば、逆に簿価は残っていても実際には使い道のない設備もあります。時価純資産法を使うなら、この洗い出しが評価の中心作業になります。

また、いずれも設備更新の負担が将来キャッシュフローに重くのしかかる点が共通します。買い手は「買った直後に数億円の設備投資が必要なのか」を強く気にします。製造業なら生産ラインの更新、運送業なら車両の入替、建設業なら重機や仮設材の更新です。直近数年の設備投資額と今後の更新計画を示せるかどうかで、交渉の進み方が変わります。詳しくは製造業の企業価値評価建設業の企業価値評価運送・物流業の企業価値評価をご覧ください。相場感については製造業のM&A相場建設業のM&A相場物流業のM&A相場も参考になります。

資産が軽く無形が中心の業種(IT・ソフトウェア、SaaS)

IT・ソフトウェア企業とSaaS企業は、資産のほとんどが人とコードです。貸借対照表を見ても現預金と売掛金くらいしか載っていないことも多く、時価純資産法では事業の価値をほとんど捉えられません。したがって収益方式(倍率法・DCF法)が主役になります。

ただし同じIT系でも、受託開発中心の会社とSaaS事業者では評価の考え方が違います。受託開発は案件ごとのフロー型で、売上の継続性が読みにくいため、EBITDA倍率を控えめに置くのが一般的です。一方SaaSは、ARR(年間経常収益)と解約率が読めれば将来が予測しやすく、赤字であっても売上倍率で評価されることがあります。IT・ソフトウェア企業の評価SaaSの企業価値評価で、それぞれの指標の見方を解説しています。成長投資で赤字が続く段階の会社はスタートアップの評価も参考にしてください。

店舗・立地が価値を持つ業種(飲食、小売、卸売)

飲食業と小売業は、店舗という単位に価値が宿ります。全社合算の損益が黒字でも、店舗別に分解すると赤字店舗が混ざっていることは珍しくありません。買い手は継続する店舗と撤退候補を分けて評価するため、店舗別の損益を出せるかどうかが交渉の質を決めます。賃貸借契約が承継できるか、原状回復義務がいくらかも、価格に直接響きます。

卸売業は店舗こそ持ちませんが、仕入先と販売先の両方に築いたネットワークが価値の源泉です。売上規模の割に売上総利益率が薄いため、売上倍率ではなく利益ベースで見るのが基本になります。特定の大口取引先に依存している場合、その1社が抜けたときの影響を買い手は必ず試算します。詳しくは飲食業の企業価値評価小売・サービス業の企業価値評価をご覧ください。フランチャイズ加盟店・本部の評価はフランチャイズの評価で扱っています。相場感は飲食業のM&A相場もあわせてどうぞ。

許認可と有資格者が中心の業種(介護・福祉、医療、人材サービス)

介護・福祉、医療、人材サービスは、許認可(指定・免許・許可)と有資格者の頭数が事業の前提になる業種です。介護であれば事業所ごとの指定と人員配置基準、医療であれば医師・看護師の確保と施設基準、人材派遣であれば労働者派遣事業の許可がそれにあたります。基準を満たせなくなれば売上が立たなくなるため、買い手は財務よりも先に人員体制を確認します。

加えて、これらの業種は公定価格や制度の影響を受けます。介護報酬や診療報酬の改定は、自社の努力と無関係に収益構造を変えます。将来予測を作るときは、制度改定の影響を保守的に見込んだシナリオを用意しておくと、買い手との議論がかみ合いやすくなります。介護・福祉事業の評価医療法人の評価人材サービス業の評価で、それぞれ詳しく解説しています。介護分野の価格帯は介護事業のM&A相場もご参照ください。

資産・規制の性格が特殊な業種(不動産、金融、電力・インフラ)

不動産業は、保有物件の時価がそのまま価値の中心になるため、時価純資産法(NAV)が主役です。収益物件であれば賃料収入から収益還元法で物件価値を出し、それを積み上げて会社の価値を求めます。開発案件を抱えている場合は、完成までのリスクをどう織り込むかが論点になります。

金融機関は、そもそもEV(事業価値)という概念がなじみません。借入が事業の元手そのものであるため、有利子負債を差し引くという通常の枠組みが機能せず、株主価値を直接評価する方法(PBRや配当割引モデルなど)が用いられます。電力・インフラは、長期の契約や規制で収益が安定する一方、設備の耐用年数が長く、廃棄費用まで含めた超長期のDCFが必要になります。不動産業・REITの評価金融機関の評価電力・インフラの評価をご覧ください。

業種を問わず効く5つの共通論点

業種ごとの違いを見てきましたが、実務で価格を動かす要因の多くは、実は業種を横断して共通しています。以下の5つは、どの業種であっても必ず論点になります。逆に言えば、この5つを整えておけば、業種にかかわらず評価が実態に近づきます。

1. 正常収益力(実態EBITDA)

中小企業の決算書に載っている営業利益は、そのままでは買い手にとっての「稼ぐ力」を表していません。オーナーの役員報酬が世間相場から外れていたり、実務に関与していない親族への給与が入っていたり、私的な支出が経費に混ざっていたりするためです。逆に、これまで払っていなかった費用(適正な役員報酬、必要な人員の採用費)を足し戻す必要がある場合もあります。

この調整を経て求めるのが正常収益力であり、実務ではEBITDAベースで整理することが多くなります。倍率法でも年買法でも、掛ける相手はこの正常収益力です。ここを1,000万円間違えれば、倍率5倍なら5,000万円の差になります。業種別の倍率を調べる前に、まず自社の正常収益力を正しく出すことが、評価の精度を上げる一番の近道です。

2. オーナー(キーパーソン)への依存

社長が営業のすべてを担っている、技術のノウハウが社長の頭の中にしかない、主要取引先とのつながりが社長個人のものである。こうした状態は中小企業ではごく普通ですが、買い手から見れば「社長が抜けたら売上が消えるかもしれない」というリスクそのものです。

評価上は、倍率を控えめに置く、DCFの割引率を高めに設定する、といった形で反映されます。取引条件の面でも、一定期間の引継(顧問就任など)や、業績達成を条件に代金の一部を後払いにする仕組み(アーンアウト)が求められることがあります。依存度を下げる取り組み——営業先の担当を分ける、業務を手順書にする、幹部に権限を渡す——は、時間はかかりますが確実に効く準備です。

3. 取引先の集中

1社で売上の5割を占めている、というような状態は、製造業の下請けや人材サービス、卸売業でよく見られます。集中していること自体が悪いわけではありませんが、買い手は必ず「その取引先が離れたらどうなるか」を試算します。契約書があるか、取引期間はどれだけ続いているか、価格改定の交渉力はどちらにあるか、そして支配権の変動によって契約が解除されうる条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)が入っていないか。この4点は早めに確認しておくべきです。

なお集中の裏返しとして、仕入先が1社に偏っているケースも同様にリスクとして見られます。売上側だけでなく、仕入側の分散状況もあわせて整理しておきましょう。

4. 許認可と有資格者

許認可が必要な業種では、許認可を維持できるかどうかが評価の前提条件です。多くの許認可には、専任の有資格者を置くこと(建設業の専任技術者、宅建業の宅地建物取引士、介護事業のサービス提供責任者など)が要件として定められています。その有資格者が高齢のオーナー本人だけ、という状態だと、譲渡後に要件を満たせなくなる恐れがあります。

買い手にとっては「価格が高い・安い」以前の問題であり、要件を満たせないと判断されれば取引そのものが成立しません。資格者を複数名確保しておく、資格取得を社内で計画的に進める、といった対応は、価格交渉より前の段階で必要になります。

5. 簿外債務・偶発債務

決算書に載っていない負債は、デューデリジェンスで必ず洗い出されます。代表的なものは、未払残業代、退職給付の引当不足、社会保険の未加入・適用漏れ、リース債務、係争中の訴訟、他社への債務保証、そして製品保証や工事の瑕疵に関する将来負担です。

これらが見つかると、その分だけ価格から差し引かれるか、契約上の補償条項で対応することになります。金額そのものより痛いのは、後から出てくると買い手の信頼を損なうことです。「他にも隠れているのでは」と思われれば、想定以上に厳しい条件を求められます。自ら先に開示し、金額の目安まで示しておくほうが、結果的に有利に働きます。あわせて経営者個人保証の扱いも確認しておきましょう。

資産が重い業種と軽い業種で、手法が変わる理由

「資産が重い業種は純資産法、軽い業種は収益方式」とよく言われますが、なぜそうなるのかを分解しておくと、自社に当てはめやすくなります。理由は3つあります。

設備投資:将来のキャッシュフローを食う量が違う

DCF法では、営業利益から税金を引き、減価償却費を足し戻し、設備投資額と運転資本の増加を差し引いてフリーキャッシュフローを求めます。資産が重い業種では、この設備投資額が減価償却費と同じかそれ以上になるため、会計上の利益が出ていても手元に残るお金は少なくなります。

つまり、資産が重い業種でEBITDA倍率だけを見ると、価値を過大に見積もる危険があります。EBITDAは減価償却前の利益なので、設備更新の負担が数字に表れないからです。買い手が製造業や運送業の評価で「維持更新投資はいくらか」を執拗に聞くのは、この理由によります。逆に資産が軽い業種では設備投資が小さく、EBITDAとキャッシュフローが近くなるため、倍率法が実態を捉えやすくなります。

運転資本:売上が伸びるほど現金が減る業種がある

売掛金と在庫が多く、買掛金が少ない業種は、売上が伸びるほど運転資本に現金を取られます。卸売業や建設業がその典型で、受注が増えたのに資金繰りが苦しくなる、という現象が起きます。評価の場面では、この運転資本の増加分を将来キャッシュフローから差し引く必要があります。

一方、SaaSのように前払いで代金を受け取るモデルや、飲食・小売のように現金決済が中心で在庫の回転が速い業態では、運転資本がマイナス(先に現金が入る)になることさえあります。同じ成長率でも、業種によって成長に必要な資金がまったく違うということです。

のれん(営業権):純資産で測れない部分の大きさ

時価純資産法だけでは、技術、顧客基盤、立地、ブランド、許認可といった簿価に出ない価値を拾えません。そこで実務では、時価純資産に営業権(のれん)を加える方法が広く使われます。年買法は、営業権を「正常収益力の数年分」と単純化した考え方です。

資産が重い業種では純資産が価値の土台を作り、営業権はその上乗せという位置づけになります。資産が軽い業種では逆で、価値のほとんどが営業権に相当する部分であり、純資産はほとんど意味を持ちません。純資産と営業権のどちらが主役かが、業種によって入れ替わる——これが、業種で手法の重み付けが変わる本質です。営業権の計算方法は営業権の計算方法で詳しく扱っています。

許認可が価値に直結する業種と、譲渡スキームの選び方

許認可が必要な業種では、譲渡の方法によって許認可を引き継げるかどうかが変わります。ここを誤ると、成約後に事業が止まるという最悪の事態になりかねません。

業種主な許認可・登録評価上の意味
建設業建設業許可、経営事項審査(経審)経審の評点が公共工事の受注枠を決めるため、評点そのものが価値に直結する
運送・物流一般貨物自動車運送事業の許可、倉庫業登録営業所・車庫・車両数の要件があり、拠点の維持が前提になる
介護・福祉事業所ごとの指定(介護保険法等)指定は事業所単位で、人員・設備・運営基準の充足が継続条件になる
医療医療法人の認可、保険医療機関の指定法人の類型(持分あり/なし)によって、そもそも持分の譲渡ができるかが変わる
人材サービス労働者派遣事業許可、有料職業紹介事業許可資産要件や責任者の選任要件があり、承継後も維持できるかが問われる
金融銀行業免許、金融商品取引業登録、貸金業登録当局の承認が必要になる場合があり、手続き期間が取引スケジュールを規定する
産業廃棄物処理収集運搬業・処分業の許可許可は法人ごとで、事業譲渡では取り直しが原則になる
不動産宅地建物取引業免許専任の宅建士の設置が要件で、人が抜けると免許維持に影響する

大まかな整理として、株式譲渡であれば会社という法人格は変わらないため、許認可は原則としてそのまま継続します(ただし役員変更の届出や、当局への承認申請が必要な場合があります)。一方、事業譲渡では許認可の多くが引き継げず、買い手が新たに取得し直す必要があります。取り直しに数か月かかる許認可であれば、その間の空白が事業価値を損ないます。

許認可の重い業種で株式譲渡が選ばれやすいのは、この理由によります。反対に、簿外債務のリスクを切り離したい買い手は事業譲渡を望むため、両者の利害が対立することもあります。スキームによって税負担も手続きも変わるので、事業譲渡と株式譲渡の違いで全体像を確認したうえで、自社の許認可がどちらに耐えられるかを早い段階で整理しておくことをおすすめします。

自社の業種で、何を準備すべきか(チェックリスト)

業種を問わず共通して準備すべきものと、業種特性に応じて追加すべきものを分けて挙げます。評価を依頼する前にこれらが揃っていると、算定の精度が上がるだけでなく、その後の交渉もスムーズになります。

  • 直近3〜5期の決算書と勘定科目内訳明細書:推移で見ることで、一過性の要因を切り分けられます。必要書類の全体像は企業価値評価に必要なデータにまとめています。
  • 正常収益力への調整項目のリスト:役員報酬、親族給与、私的経費、一過性の損益、本社不動産の賃料相当額などを、金額と理由つきで整理します。
  • 部門別・拠点別・店舗別の損益:全社合算では見えない収益構造を示せます。飲食・小売・介護など拠点型の業種では特に重要です。
  • 主要取引先の一覧と売上構成比:上位5社の比率、取引年数、契約書の有無をまとめます。
  • 設備投資の実績と今後の更新計画:資産の重い業種では必須です。直近数年の投資額と、今後3年で必要な更新を金額で示します。
  • 許認可の一覧と有効期限、要件を満たす有資格者の名簿:更新時期と、要件を満たす人が誰かを明示します。
  • 従業員名簿と労務関連の資料:雇用契約、就業規則、残業代の計算方法、社会保険の加入状況。未払残業代は多くの業種で最大の簿外債務になります。
  • 不動産・車両・機械の一覧と時価の目安:簿価と時価の差、含み損益、担保設定の状況。
  • 係争・保証・訴訟リスクの開示メモ:進行中の案件、他社への保証、クレームの履歴。
  • 株主名簿と株式の異動履歴名義株や所在不明株主があると、譲渡そのものが進みません。

価格の水準感を先につかんでおきたい場合は、会社売却の相場はいくらか規模別の売却相場もあわせてご覧ください。自分で概算を出す手順は自分で企業価値を計算する方法で解説しています。無料のツールとして、年買法シミュレーターEV/EBITDA倍率計算ツールDCF計算ツールもご利用いただけます。

よくある質問(FAQ)

Q. 業種が違うと、使う評価手法そのものが変わるのですか?

A. 手法の種類は共通です。DCF法・類似会社比較法・時価純資産法・年買法という選択肢はどの業種でも同じで、変わるのは「どれを重く見るか」という比重です。設備や不動産を多く持つ業種では時価純資産が価値の土台になり、資産が薄く成長性で評価される業種では収益方式が主役になります。ただし金融機関のように、事業価値から有利子負債を引くという通常の枠組み自体がなじまない業種もあり、この場合は株主価値を直接求める方法が使われます。

Q. 自社の業種の倍率が高いと聞きました。そのまま当てはめてよいですか?

A. そのまま当てはめるのは危険です。公表されている倍率の多くは上場企業のもので、規模・成長率・財務の安定性・株式の流動性が非上場の中小企業とは大きく異なります。実務では、規模の小ささや流動性の低さを踏まえた調整(ディスカウント)を行ったうえで使います。また、同じ業種のなかでも収益構造は会社ごとに違うため、まず自社の正常収益力を正しく出すほうが、倍率選びより先に効きます。類似会社比較法の記事で、比較先の選び方と調整の考え方を解説しています。

Q. 複数の事業をやっている場合、どの業種として評価すればよいですか?

A. 収益構造が大きく違う事業を抱えている場合は、事業ごとに分けて評価し、最後に合算する方法(サム・オブ・ザ・パーツ)が理にかなっています。たとえば製造と不動産賃貸を併営しているなら、製造事業は収益方式、賃貸不動産は時価で評価して足し合わせる、という整理です。実務上は、事業別の損益が分けられるかどうかが分かれ目になります。分けられない場合は、売上構成比の最も大きい事業を主として評価し、他の事業の特性を調整項目として織り込むことになります。

Q. 許認可が取れなくなりそうな場合、評価にどう影響しますか?

A. 影響は「価格が下がる」ではなく「取引が成立しない」という形で表れることがあります。許認可がなければ売上が立たない業種では、承継できるかどうかは価格の前提そのものだからです。要件を満たす有資格者が一人しかいない、その人が譲渡後に退職する予定がある、といった状況は、早い段階で買い手に共有し、対応策(資格者の追加確保、引継期間の設定)とセットで示すのが現実的です。スキームによって承継可否が変わる点は事業譲渡と株式譲渡の違いをご確認ください。

Q. 業種の平均より自社の評価が低く出ました。何を見直すべきですか?

A. まず数字そのものを疑ってください。役員報酬や私的経費の調整をしていない、一過性の損失を除いていない、といった理由で正常収益力が低く出ているケースは非常に多くあります。そのうえで、本稿の共通論点5つ(正常収益力、オーナー依存、取引先の集中、許認可と有資格者、簿外債務)を点検します。低く出る原因は業種特有の事情ではなく、この5つのどれかであることがほとんどです。会社を高く売るための準備もあわせて参考にしてください。

まとめ

企業価値評価の手法は業種を問わず共通ですが、どの手法を重く見るか、何が価値の源泉になるか、どこで価格が下がりやすいかは業種によって変わります。判断の軸は、資産の重さ、収益の安定性、人への依存、許認可・規制、無形資産の比重という5つです。この5軸のどこに自社が位置するかが分かれば、主役になる手法と、買い手が確認しに来る論点の見当がつきます。

一方で、実際に価格を動かす要因の多くは業種を横断しています。正常収益力を正しく出すこと、オーナーへの依存を下げること、取引先の集中を説明できるようにすること、許認可と有資格者を維持できる体制を整えること、簿外債務を先に開示すること。この5つは、どの業種であっても効きます。業種別の倍率を調べる前に、まず自社の数字を実態に合わせることが、評価の精度を上げる最短ルートです。

そのうえで、自社の業種に固有の論点は、表からリンクしている各業種の記事で確認してください。製造業なら設備更新と在庫、建設業なら経審と未成工事、SaaSなら解約率とARR、介護なら人員配置基準と報酬改定というように、掘り下げるべき場所は業種ごとに違います。手法の使い分け全体を俯瞰したい場合は3つのアプローチの比較もご覧ください。

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