IT・ソフトウェア企業の評価|受託開発・SESの価格の決まり方と、SaaSとの違い

最終更新: 2026-09-12

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「IT企業の企業価値評価」と一口に言っても、実際の中身は会社によってまるで違います。受託でシステムを作る会社、エンジニアを客先に常駐させる会社、パッケージソフトを売る会社、月額課金のサービスを運営する会社、サーバーやネットワークの運用を請け負う会社。これらはどれもIT業に分類されますが、収益の安定性も、粗利の水準も、買い手が何を見るかも、まったく別物です。同じ売上5億円でも、評価の結論が2倍以上ひらくことは珍しくありません。

本稿では、日本の中小IT企業の多数派である受託開発・SES(システムエンジニアリングサービス)・システム開発会社を中心に、価格がどう決まるのかを実務目線で整理します。月額課金型のサービスを持つ会社の評価については、指標も手法も異なるためSaaS企業の企業価値評価で詳しく扱っています。本稿では概要と接続点のみに触れます。価格の水準感そのものを知りたい方はIT業界のM&A・売却相場も参考になります。

本稿で挙げる比率・倍率・年数などはいずれも「目安」であり、規模・技術領域・取引先構成によって大きく変わります。特定の水準を保証するものではありません。また、労務や契約形態に関する記述は一般的な考え方の整理であり、個別の判断は社会保険労務士・弁護士など専門家にご確認ください。

IT企業をひとくくりにできない理由

評価の世界で「業種」が意味を持つのは、業種が収益の出方とリスクの形を決めるからです。ところがIT業は、業種というより「使っている道具が同じだけの複数の商売の集合」に近い構造をしています。受託開発は労働集約型の請負業に近く、SaaSは初期投資を先行させる装置産業に近い。SESは人材サービス業と実質的に同じ経済構造を持ちます。そのため、まず自社がどの類型に属するのかを見極めないと、参照すべき指標も手法も定まりません。

次の表は、主要な類型ごとに収益の安定性・粗利率・評価で重視される指標・使われやすい手法を並べたものです。実際の会社は複数の類型を併せ持つことが多いため、セグメント別に当てはめて考えるのが実務的です。

類型収益の安定性粗利率の目安重視される指標使われやすい評価手法
受託開発(請負)案件ごとの積み上げで、期による変動が大きい。継続案件の比率で差が出る20〜35%程度。プロジェクトの採算管理力で上下する案件別粗利、リピート率、元請比率、不採算案件の発生頻度、受注残EV/EBITDA倍率法、年買法。規模があればDCF法も併用
SES・人材派遣型月次の稼働で積み上がるため短期は安定。ただし契約は短期更新が中心15〜30%程度。単価と原価(給与)の差が粗利そのもの稼働率、平均単価、平均年収、離職率、直請比率、契約継続月数年買法、EV/EBITDA倍率法。人員数×一人当たり利益の積み上げも参照
パッケージ販売新規ライセンスは変動、保守料は安定。両者の構成比が価値を左右する50〜70%程度。開発費の資産計上・償却の影響を受ける保守収入比率、既存顧客の更新率、製品の陳腐化リスク、開発投資額EV/EBITDA倍率法、DCF法。保守収入部分を厚めに評価
SaaS・月額課金解約が出なければ最も安定。前受・継続課金で予測可能性が高い60〜85%程度。インフラ費とサポート費が主な原価ARR/MRR、解約率、成長率、顧客獲得コストの回収期間EV/売上(ARR)倍率、DCF法。赤字先行期はEBITDA倍率が使えない
自社サービス・アプリ広告・課金モデル次第で振れ幅が大きい。プラットフォーム依存もモデルにより大きく異なるユーザー数・アクティブ率、課金率、集客チャネルの分散度DCF法、EV/売上倍率。実績が薄い段階は取引事例が参照される
ITインフラ運用・保守年間契約が中心で安定度が高い。解約は緩やかに起こる20〜40%程度。人員配置の効率で決まる契約継続率、月額固定収入の比率、要員一人当たり契約数、24時間体制の有無EV/EBITDA倍率法、DCF法。安定性が倍率にプラスに働きやすい

表を横に見ていくと、上から下に向かって「収益が積み上がる度合い」が高まり、それに応じて粗利率が上がり、評価手法も資産・利益ベースから将来キャッシュフローベースへ移っていくことがわかります。業種全体の見取り図は業種別の評価ポイントでも整理しています。

受託開発・SESの評価実務:何を見て価格が決まるのか

受託開発・SESの評価では、類似会社比較法(EV/EBITDA倍率)年買法が中心になります。設備をほとんど持たず、在庫もない業態なので、純資産の額は評価の土台としては小さく、稼ぐ力そのものが価格を決めます。まずEBITDAを正常化し、そこに倍率を掛ける、あるいは時価純資産に営業権として利益の数年分を上乗せする、という流れです。手法の全体像は非上場株式の評価方法を参照してください。

問題は「その倍率や年数がどう決まるのか」です。ここで効いてくるのが、以下の実務指標です。

稼働率と単価:SESの利益はこの2つでほぼ決まる

SESの損益構造は極端に単純で、「稼働しているエンジニアの人数 × 月額単価 − 人件費と固定費」がほぼすべてです。したがって、稼働率(在籍エンジニアのうち実際に案件に入っている割合)と平均単価の2つが、収益力を直接決めます。買い手は、直近だけでなく過去2〜3年の月次推移を見て、待機(ベンチ)がどの程度発生しているか、単価が上がっているのか下がっているのかを確認します。稼働率が高い月だけを切り取った説明は、月次推移を出した瞬間に説得力を失うため、通期の実績で語れる状態にしておくことが重要です。

単価については、水準そのものより「上げられているか」が見られます。同じ人員構成で単価改定を実現できている会社は、技術力か交渉力のどちらかを持っている証拠になり、将来の利益成長を織り込む根拠になります。逆に、何年も単価が動いていない場合は、人件費だけが上がって利益が圧迫される将来像が想定され、評価は保守的になります。

エンジニアの平均年収と離職率

平均年収は、二重の意味で評価に効きます。ひとつは原価としての側面で、単価に対して年収が低すぎる場合は「今の利益は持続しない(相場並みに上げれば利益が消える)」と見られます。もうひとつは定着の指標としての側面で、業界水準を下回る給与は離職リスクの先行指標になります。買い手は、単価と年収の差(いわゆる粗利単価)が、会社の付加価値として妥当な範囲に収まっているかを確認します。

離職率は、受託・SESの評価でもっとも重く見られる非財務指標のひとつです。年間の離職率が高い会社は、採用と教育に恒常的なコストがかかり、案件の継続性も損なわれます。しかも、M&A後に離職が加速すれば買い手が手に入れたものが目減りします。過去3年程度の入退社の実数、平均勤続年数、退職理由の傾向を整理しておくと、リスクの見え方が変わります。

多重下請けの位置と元請比率

日本のシステム開発は多層の下請構造になっていることが多く、自社がその何次に位置するかは、利益率と交渉力にそのまま反映されます。エンドユーザーと直接契約する元請(直請)比率が高いほど、単価が高く、案件の情報も早く入り、要件の主導権も握れます。逆に三次・四次に位置する会社は、単価が抑えられるうえに、上位の都合で案件が止まるリスクを負います。

評価では、元請比率が高い会社ほど倍率が高めに置かれやすい一方で、注意点もあります。元請案件は瑕疵や納期の責任を直接負うため、不採算化したときの損失が大きくなります。「元請比率が高い=無条件に良い」ではなく、採算管理の仕組みとセットで評価されると考えてください。

案件の継続性と取引先の集中度

単発の開発案件ばかりの会社と、保守運用まで継続的に受けている会社では、将来キャッシュフローの見通しがまったく違います。買い手は、受注残(バックログ)、複数年契約の有無、同一顧客からの継続受注年数を確認します。あわせて重要なのが取引先の集中度で、上位1社で売上の5割を超えるような構成は、その1社を失ったときの影響が大きいため、割引率や倍率に反映されます。

プロジェクトの採算管理と不採算案件

受託開発の評価でもっとも見落とされやすいのが、プロジェクト単位の採算管理です。全社の営業利益が黒字でも、内訳を開けると数件の大型案件が大幅な赤字を出しており、他の案件の利益で埋めている、という状態はしばしばあります。この場合、赤字案件が終われば利益が戻るのか、それとも赤字を出す体質そのものが問題なのかで、評価の結論は大きく変わります。

買い手は、案件別の予定原価と実績原価の差異、工数の超過率、追加請求の可否を確認します。将来の損失が見込まれる案件については、受注損失引当金として負債側で認識されているかも論点です。引当が不足していれば、その分だけ株式価値から差し引かれます。案件別の採算表を自社で整備しているかどうかは、それ自体が管理水準のシグナルとして働きます。売り手側デューデリジェンス(磨き上げ)の観点でも、最初に整えるべき資料のひとつです。

「人が資産」であることが評価に与える影響

受託開発・SESは、貸借対照表にほとんど載らないもの――つまり人――が価値の中心にある業態です。この構造は、人材サービス業の評価と共通する論点を多く抱えています。

  • キーマン依存:特定のエンジニアや営業責任者に案件・顧客がひもづいている場合、その人が抜けると売上が落ちます。買い手は「誰が抜けるとどの案件が止まるか」を必ず確認します。
  • 採用力:エンジニア採用が慢性的に難しい環境では、継続的に採用できていること自体が価値になります。採用単価、応募経路、入社後の定着率を整理しておくと評価につながります。
  • 外注比率:自社社員ではなく協力会社の要員で回している割合が高いと、粗利は薄くなり、要員の引き上げリスクも負います。一方で、繁閑の調整弁として機能している面もあるため、比率の高低だけでなく、その使い方が問われます。
  • 退職リスク:M&Aの公表後に離職が起きると、買い手が取得した価値が直接毀損します。これは受託・SESで価格や条件が慎重になる最大の理由です。従業員への開示タイミングの設計も、価値を守るうえで重要になります。
  • ロックアップ・キーマン条項:売り手経営者やキーエンジニアが一定期間(多くは1〜3年程度)残ることを条件にしたり、対価の一部を在籍継続や業績達成に連動させる設計(アーンアウト)が使われたりします。契約上の扱いは株式譲渡契約の要点で整理しています。

逆に言えば、「特定の個人がいなくても回る仕組み」を作れている会社ほど、価格は上がります。案件情報の共有、設計ドキュメントの整備、担当の複線化といった地味な取り組みが、そのまま評価に効く業種です。M&A後の統合についてはPMIもあわせてご覧ください。

会計の論点:ソフトウェア資産と収益認識

IT企業の決算書には、他業種にはない固有の論点がいくつかあります。ここを読み違えると、利益もEBITDAも実態からずれてしまいます。

論点何が起きるか評価での見方
ソフトウェアの資産計上と償却自社利用・市場販売目的のソフトウェア開発費を資産計上すると、その期の費用が減り利益が大きく見える資産計上の要件を満たしているか、償却年数が実態に合うかを確認。EBITDAは償却を足し戻すため過大になりやすく、投資額と併せて見る必要がある
受注制作の収益認識進捗に応じて売上を計上するか、完成・検収時に一括計上するかで、期間ごとの損益が変わる採用している基準と、進捗度の見積方法(原価比例など)を確認。期末の見積り次第で利益が動くため、複数期の傾向で判断する
仕掛品(未完成案件)進行中の案件に投じた原価が資産として残る。滞留すると回収可能性が問題になる案件別の残高と滞留期間を確認。長期滞留や中止案件の原価が残っていれば評価減の対象
未検収案件納品済みだが検収が下りていない案件。売上計上のタイミングと入金が後ろにずれる検収遅延の理由(仕様の争い、追加作業)を確認。争いがあれば売上取消や追加コストのリスク
瑕疵(契約不適合)対応の引当納品後の不具合対応が無償で発生し、翌期以降の原価を圧迫する過去の無償対応工数の実績から、引当が適切かを確認。引当不足は実質的な負債として価格から控除されうる
受注損失引当金将来赤字が確定している案件の損失を、判明時点で計上する赤字見込み案件の有無と引当の網羅性を確認。未計上分は簿外債務に近い扱いになる

これらはいずれも、「今期の利益がどれだけ実態を表しているか」を左右します。評価の出発点となる正常収益力を求める際は、役員報酬や私的経費の調整に加えて、こうしたIT特有の項目を洗い出す必要があります。なお、企業価値と株式価値の関係については企業価値と株式価値の違いで整理しています。

デューデリジェンスで見られる点

デューデリジェンスでは、財務だけでなく法務・労務の領域に踏み込んだ確認が行われます。IT業でとくに論点になりやすいのは次の項目です。

  • 契約形態(請負か準委任か):成果物の完成に責任を負う請負と、業務の遂行に責任を負う準委任では、負うリスクがまったく違います。契約書の名称ではなく実態で判断されるため、契約書一式の棚卸しが必要です。
  • 偽装請負のリスク:形式上は請負・準委任でありながら、実態として発注者がエンジニアに直接指揮命令している場合、労働者派遣法上の問題を指摘される可能性があります。SES中心の会社では最重要の確認事項のひとつで、指揮命令系統や勤怠管理の実態が見られます。判断は個別性が高いため、弁護士・社会保険労務士への確認が前提となります。
  • 知的財産の帰属:開発した成果物の著作権が顧客に移転しているのか、自社に残っているのか。再利用可能なフレームワークやライブラリを自社資産として持てているかは、価値に直結します。契約で一律に顧客帰属としている場合、蓄積が資産化しません。
  • OSS(オープンソース)ライセンス:組み込んだOSSのライセンス条件によっては、成果物のソースコード開示義務などが生じる場合があります。使用OSSの一覧と、ライセンス条件の管理体制が確認されます。
  • 個人情報・セキュリティ:顧客データを預かる業務では、管理体制、再委託先の管理、過去のインシデント履歴が見られます。認証取得の有無も一定の安心材料になります。
  • 労務(残業・三六協定):長時間労働が常態化していないか、割増賃金が適正に支払われているか、みなし残業や裁量労働制の適用が要件を満たしているか。未払残業代は簿外債務として価格から控除される代表例です。具体的な適法性の判断は専門家にご確認ください。
  • 許認可・派遣事業:特定の契約形態を採る場合に必要となる届出・許可の有無と有効期限。

これらの多くは、事前に整理しておけばリスクを減らせるものです。買い手に指摘されてから対応するより、売り手側で先に洗い出しておくほうが、価格の減額や条件の悪化を避けやすくなります。

価格を上げる要素/下げる要素

同じ利益水準でも、以下の要素で評価は上下します。交渉の前に、自社がどちら側に寄っているかを点検しておくと役立ちます。

観点価格を上げる要素価格を下げる要素
収益構造保守・運用など継続収入の比率が高い。複数年契約がある単発の開発案件が中心で、毎期ゼロから積み上げている
取引先元請比率が高く、取引先が分散している。エンド直の関係がある二次以下が中心。上位1社への依存が大きい
人材離職率が低く、平均勤続年数が長い。継続的に採用できている離職率が高い。特定エンジニアに案件がひもづいている
単価・稼働単価改定を実現できている。稼働率が安定して高い単価が数年横ばい。待機が恒常的に発生している
技術・資産自社に残る再利用可能な資産(フレームワーク、ノウハウ)がある成果物がすべて顧客帰属で、蓄積が残らない
管理体制案件別の採算管理が仕組み化され、月次で見える化されている案件採算が把握できず、期末にならないと損益が分からない
経営者依存社長が営業・開発の最前線から離れても回る体制がある社長が主要顧客の窓口かつ技術の中心を兼ねている
労務・法務残業管理・契約形態が整備され、指摘事項が少ない未払残業代の懸念、契約実態と形式のずれがある
会計の透明性進捗管理と収益認識が一貫し、引当が適切に計上されている仕掛品の滞留、引当不足、期末の見積りで利益が動く

上げる要素の多くは、一朝一夕には作れませんが、1〜2年あれば動かせるものも含まれます。売却を検討する時期の選び方は会社売却のタイミング、価格の全体感は会社売却の相場で整理しています。

のれん(営業権)はどのように積み上がるか

受託開発・SESでは、時価純資産に対して支払われる上乗せ分、すなわちのれん(営業権)が価格の大半を占めることがよくあります。設備がないため純資産は薄く、価値の源泉は顧客との関係、エンジニアの集団、案件遂行のノウハウといった無形のものだからです。

年買法では、時価純資産に営業利益(または正常収益力)の一定年数分を加えて価格を求めます。この「年数」が、上で挙げた価値ドライバーの総合点として決まると考えると分かりやすくなります。継続収入が厚く、離職率が低く、経営者依存が小さい会社は年数が長めに、逆であれば短めに置かれる、という関係です。ただし年買法は理論的な裏づけが弱いため、DCF法やEV/EBITDA倍率法と並べて、レンジとして捉えるのが実務的です。時価純資産そのものの考え方は時価純資産法で解説しています。

SaaS・ストック型を併せ持つ場合の評価

受託開発を本業としながら、自社サービスやSaaSを立ち上げている会社は少なくありません。この場合、両者を合算した1つの利益に倍率を掛けると、実態を捉えられません。受託部分は利益が出ているのにSaaS部分は先行投資で赤字、という構成が典型で、合算すると「成長投資をしている分だけ安く評価される」という逆転が起きます。

実務では、セグメントを分けて評価し、合算する方法(サム・オブ・ザ・パーツ)が採られます。受託部分はEV/EBITDA倍率や年買法で、SaaS部分はARR(年間経常収益)倍率やDCF法で評価し、両者を足したうえで純有利子負債を調整して株式価値を求める、という流れです。この際、共通費(管理部門、経営者の人件費)をどちらにどう配賦するかで結果が動くため、配賦の根拠を説明できるようにしておく必要があります。

SaaS側の評価で使う指標(ARR、解約率、成長率、顧客獲得コストの回収期間など)や倍率の考え方はSaaS企業の企業価値評価で詳しく解説しています。赤字先行で成長している段階の評価についてはスタートアップの評価も参考になります。

自社の数字で試算してみる

考え方を理解したら、実際に自社の数字を入れて幅を確かめるのが早道です。EV/EBITDA倍率の計算ツールでは倍率を変えたときの事業価値の動きを、年買法の計算ツールでは時価純資産と営業権年数の組み合わせを、DCF法の計算ツールでは割引率や成長率を変えたときの感応度を、それぞれ確認できます。3つを並べると、手法ごとに結果が違う理由と、どの前提が結果を大きく動かしているかが見えてきます。

よくある質問(FAQ)

Q. エンジニア1人あたり、いくらで評価されますか?

A. 「1人あたり◯万円」という単価表のような相場は存在しません。実際に価格を決めているのは、そのエンジニアが生み出す利益(単価から人件費と間接費を引いた残り)と、その利益が今後も続く見込みです。したがって、同じ人数でも単価水準・稼働率・離職率が違えば評価は大きく変わります。ただし、買い手が採用コストの代替として考える場面(人材獲得を主目的とした買収)では、採用単価をひとつの参照点にすることはあります。いずれにしても目安であり、実際の交渉では利益ベースの試算が土台になります。

Q. SESは受託開発より評価が低いのでしょうか?

A. 一般的な傾向としては、粗利率が薄く、参入障壁も低いため、SES専業は倍率が低めに置かれやすい面はあります。ただし「低い」と決めつけるのは早計です。SESは月次の稼働で収益が積み上がるため短期の予測可能性が高く、待機が少なく単価改定を実現できている会社は、案件ごとの当たり外れが大きい受託開発より安定して見えることもあります。実際には、直請比率、技術領域(上流工程や特定技術に強いか)、離職率といった中身で評価が分かれます。エンジニアの供給が逼迫している局面では、人員を確保できること自体が買い手にとっての価値になります。

Q. 赤字でも売却できますか?

A. 可能性はあります。赤字の原因が一時的なもの(大型案件の不採算、先行投資、特殊要因)であれば、正常収益力に引き直したうえで評価されます。また、エンジニアの人員そのもの、顧客との取引口座、特定技術の実績など、買い手にとって単独で価値のある要素があれば、それを軸に価格がつくこともあります。一方で、構造的に利益が出ない状態が続き、債務超過に陥っている場合は難易度が上がります。この場合の考え方は赤字・債務超過会社の売却で整理しています。

Q. 社長自身がエンジニアで、開発の中心にいます。評価にどう影響しますか?

A. 影響は小さくありません。社長が抜けると開発力が落ちる構造だと、買い手は「買った後に価値が残らない」リスクを負うため、価格を抑えるか、社長の残留を条件にします。実務上は、一定期間の残留(ロックアップ)を前提に価格を決め、対価の一部を在籍や業績に連動させる設計が採られることがあります。評価を上げたいのであれば、売却を考える1〜2年前から、設計や顧客対応を他のメンバーに移し、社長がいなくても案件が回る状態を作っていくことが有効です。

Q. M&A後に技術者が辞めないよう、どんな手が打たれますか?

A. 買い手側は、処遇の維持・改善(給与や評価制度を下げない旨の確約)、キーエンジニアへの残留インセンティブ、開示のタイミングと伝え方の設計、統合後の配属や案件アサインの事前調整などを組み合わせます。売り手側でも、開示のタイミングを誤らないこと、経営者自身が一定期間残って橋渡しをすることが、離職の抑制に効きます。実務では、契約上でキーマンの在籍を条件にしたり、対価の支払いを分割して在籍状況と連動させたりする例もあります。制度設計の詳細はPMIの進め方もご覧ください。

Q. のれんはどのように付き、買い手側ではどう処理されますか?

A. のれんは、支払った買収価格が、受け入れた純資産の時価を上回った差額として認識されます。受託開発・SESでは純資産が薄いため、価格の大部分がのれんになるのが通例です。買い手側では、日本の会計基準では原則として一定期間(20年以内)で規則的に償却するため、のれんが大きいほど買収後の利益が圧迫されます。この負担が買い手の払える上限に影響するため、のれんの大きさは価格交渉の実務的な制約にもなります。処理の詳細はのれんの償却で解説しています。

まとめ

IT・ソフトウェア企業の評価では、まず自社がどの類型に属するのかを見極めることが出発点です。受託開発・SESは、設備を持たず人が価値の中心にある労働集約型の事業であり、EV/EBITDA倍率法と年買法が評価の軸になります。倍率や営業権年数を左右するのは、稼働率と単価、エンジニアの年収水準と離職率、多重下請構造のなかでの位置と元請比率、案件の継続性、そしてプロジェクト単位の採算管理です。

会計面では、ソフトウェアの資産計上と償却、受注制作の収益認識、仕掛品や未検収案件、瑕疵対応や受注損失の引当といった論点が、表面上の利益と実態のずれを生みます。デューデリジェンスでは、請負か準委任かという契約形態、偽装請負のリスク、知的財産の帰属、OSSライセンス、個人情報とセキュリティ、労務管理が確認されます。これらは事前に整理しておくほど、価格の減額や条件の悪化を避けやすくなります。

SaaSや自社サービスを併せ持つ場合は、合算せずセグメントごとに評価して足し合わせる考え方が実務的です。SaaS側の指標と倍率の考え方はSaaS企業の企業価値評価を参照してください。いずれの類型でも、複数の手法で試算してレンジで捉え、なぜその前提を置いたのかを説明できる状態にしておくことが、交渉での説得力につながります。

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