スタートアップの企業価値評価|赤字・実績なしでも価値が付く理由と5つの手法
最終更新: 2026-09-12
「利益が出ていない会社に、どうやって値段を付けるのか」。スタートアップの企業価値評価(バリュエーション)でまず突き当たるのがこの問いです。利益が出ていないどころか、売上がほとんどない、創業から2年しか経っていない、比べられる上場会社も見当たらない——そういう会社に対して、投資家は数億円、ときには数十億円という評価額を提示します。一見すると不思議ですが、そこには一定の考え方の枠組みがあります。
本稿は、資金調達の手続きや投資家の選び方ではなく、「利益が出ていない会社の価値をどう決めるか」という評価手法そのものに絞って解説します。伝統的な評価手法がなぜそのままでは使えないのかを整理したうえで、実務で使われる5つの手法を比較表にまとめ、ベンチャーキャピタル法については数値を入れた計算例を1つ通しで示します。さらに、段階ごとに何が評価されるのか、評価額が高いことにどんな副作用があるのか、そして調達時のバリュエーションとM&Aでの売却価格がなぜ別物なのかまで順に見ていきます。
なお、資金調達におけるプレマネー・ポストマネーの計算そのものはプレマネー・ポストマネーの違いと計算方法で、投資家の種類や投資契約の交渉論点はVC・エンジェル投資家からの出資で、SaaS特有のARR倍率やKPIはSaaS企業のバリュエーションで扱っています。本稿はそれらと重ならないよう、評価手法の中身に集中します。
結論:赤字でも価値が付くのは、現在の利益ではなく「将来の期待値」を取引しているから
先に結論を整理します。スタートアップの評価は、次の3つの前提の上に成り立っています。
- 取引されているのは現在の利益ではなく、将来キャッシュを生む可能性:買い手(投資家)が支払う対価は、今期の利益の何倍かではなく、数年後に実現しうる姿を現在まで割り引いたものです。だから足元が赤字でも価値はゼロになりません。
- 不確実性は「割引率」と「確率」で調整する:期待どおりに育つ確率が低いほど、要求される期待収益率は高くなり、現在価値は小さくなります。スタートアップ評価とは、期待値の大きさと外れる確率をセットで値付けする作業です。
- 単一の正解値はなく、レンジと前提が本体である:どの手法を使っても、前提を少し変えれば結果は大きく動きます。評価額そのものより、「どんな前提を置いたらいくらになるか」という感応度のほうが実務的な意味を持ちます。
言い換えると、スタートアップのバリュエーションは「測定」ではなく「合意形成のための共通言語」に近いものです。数字の一点を当てにいくのではなく、複数の手法でレンジを出し、前提の妥当性を議論するのが実務の姿です。
伝統的な評価手法がそのままでは使えない4つの理由
中小企業やすでに安定した会社の評価では、DCF法・類似会社比較法・純資産法の3つが軸になります。この整理は非上場株式の評価方法にまとめていますが、スタートアップではこの3つがそれぞれ機能不全を起こします。理由は次の4つです。
1. 利益が出ていない(分母がマイナスになる)
類似会社比較法(EV/EBITDA倍率)は、利益指標に倍率を掛けて価値を求める手法です。ところがEBITDAがマイナスであれば、倍率を掛けた瞬間に企業価値がマイナスになってしまい、計算として意味をなしません。営業利益・当期純利益でも同じです。年買法(年倍法)のように「利益×年数+純資産」で求める簡便法も、利益がなければ純資産部分しか残らず、成長期待をまったく反映できません。
この制約を回避するため、実務では分母を利益から売上高・ARR・ユーザー数・取扱高(GMV)といった上流の指標に置き換えます。ただし、売上倍率は利益率を無視するため、粗利率が20%の会社と80%の会社に同じ倍率を当てると大きく誤ります。分母を上流に移すほど、比較の精度は落ちるという関係があります。
2. 実績期間が短く、トレンドが読めない
創業2〜3年の会社の決算書は、2〜3期分しかありません。しかもその中身は、初年度は開発費だけ、2年目に初売上、3年目に急拡大といった具合に、期ごとに事業の姿そのものが違います。過去の平均や趨勢から将来を延長する、という通常のアプローチが成立しません。
さらに、月次で見ると数字が跳ねやすいのも特徴です。大口案件が1件入っただけで売上が2倍になり、翌月にはゼロに戻る。こうした振れ幅の大きさは、平均をとっても実力値にならず、「どの数字を正常な水準とみなすか」の判断が評価者によって大きく分かれます。
3. 類似する上場会社が少ない、あっても段階が違いすぎる
比較対象を探そうとしても、新しい事業領域ほど上場している同業が見つかりません。仮に見つかっても、上場企業は黒字化を終えて安定成長に入った段階にあり、赤字で急成長中の会社とはリスクも成長率もまったく異なります。上場会社の倍率をそのまま当てはめると、規模の差・流動性の差・成長段階の差を無視した数字になります。
この点は類似取引比較法でも同じで、スタートアップの買収・出資は条件が非公開であることが多く、公表されている数字も優先株式の条件込みのポストマネーであるなど、そのまま比較できない場合があります。
4. 将来の不確実性が大きく、単一シナリオでは表せない
DCF法は将来キャッシュフローを現在価値に割り引く手法で、理論的にはスタートアップにも使えます。しかし実際には、5年後の売上が計画どおり10億円になる確率と、事業が立ち上がらず撤退する確率が同時に存在します。単一の事業計画を1本引いてDCFを回すと、成功シナリオだけを描いた計画がそのまま価値になってしまいます。
加えて、赤字期間が長いほど価値の大半がターミナルバリュー(継続価値)に偏ります。予測期間中のキャッシュフローがマイナスなら、価値の100%以上が「予測期間より先」から来ることすらあり、永久成長率をわずかに動かしただけで結論が倍半分に振れます。
スタートアップ評価で使われる5つの手法【比較表】
実務で使われる主な手法は、次の5つに整理できます。どれか一つが正解なのではなく、会社の段階と手元にある情報によって使える手法が変わる、という関係です。
| 手法 | 考え方 | 使える段階 | 必要な情報 | 主な限界 |
|---|---|---|---|---|
| ①ベンチャーキャピタル法(VC法) | 将来のEXIT時の価値を、投資家の期待収益率で現在まで割り戻す | シード〜レイターまで幅広く(投資家側の標準手法) | EXIT時期・EXIT時の利益またはARR・出口倍率・期待IRR・将来の希薄化率 | EXIT前提と期待IRRの置き方で結果が数倍動く。出口の想定が外れると根拠を失う |
| ②類似取引・調達事例比較法 | 同じ業種・同じ段階の会社が、いくらで調達・売却されたかを参照する | アーリー〜レイター(事例が集まる領域で有効) | 同業・同段階の調達/M&A事例、売上やARRなどの分母となる指標 | 事例が非公開・少数。条件(優先権など)込みの金額を単純比較しやすい |
| ③スコアカード法・ベルカス法などの定性評価 | チーム・市場規模・プロダクトなどを項目ごとに点数化し、基準額を増減させる | プレシード〜シード(数字がほとんどない段階) | 評価項目の定義、地域・業種の基準となる評価額水準、自社の相対的な強み | 基準額の置き方が主観的。数字の裏付けがなく、交渉での説得力は限定的 |
| ④シナリオ加重DCF(確率調整DCF) | 成功・標準・下振れなど複数の事業計画でDCFを行い、生起確率で加重平均する | ミドル〜レイター(一定の実績と計画がある段階) | 複数シナリオの事業計画、各シナリオの確率、割引率、継続価値の前提 | 確率の置き方に客観的な根拠がない。前提が多く、検証に手間がかかる |
| ⑤原価法(投下コスト法) | これまでに投下した開発費・人件費など、同じものを作り直す費用から価値を測る | プレシード〜シード、事業停止・清算に近い局面 | 累計の開発コスト、取得済み資産、知的財産の再構築費用 | 将来の収益力をまったく反映しない。価値の下限の目安にとどまる |
①ベンチャーキャピタル法(出口価値 ÷ 期待収益率)
投資家側の思考をそのまま式にした手法です。「5年後にこの会社をいくらで売れるか(またはいくらの時価総額で上場できるか)」を先に決め、そこから投資家が求める期待収益率で現在まで割り戻します。過去の実績を使わないため、赤字でも計算が成立するのが最大の利点です。次の章で数値例を通しで示します。
②類似取引・調達事例比較法
「同じくらいの段階・同じ領域の会社が、直近どのくらいの評価額で調達しているか」を参照する方法です。実務では最もよく効きます。市場が受け入れている水準そのものだからです。段階別のおおまかな水準感は増資時のバリュエーション相場で整理しています。
注意したいのは、公表される調達額・評価額は優先株式の条件を織り込んでいないポストマネーである場合が多い点です。同じ「プレ10億円」でも、優先分配権が1倍非参加型か2倍参加型かで、普通株主にとっての実質的な価値はまったく違います。単純な金額比較は誤解のもとになります。
③スコアカード法・ベルカス法などの定性評価
数字がほとんど存在しないプレシード〜シード段階で使われる簡便法です。スコアカード法は、同地域・同段階の会社の平均的な評価額を基準に置き、「経営チーム」「市場機会の大きさ」「プロダクト/技術」「競争環境」「販売チャネル」「追加投資の必要性」といった項目ごとに、自社が平均より上か下かを重み付けして基準額を増減させます。ベルカス法(Berkus法)は、アイデア・試作品・経営チーム・戦略的関係・製品化と初期売上といった項目それぞれに上限額を設定し、達成度に応じて積み上げていく考え方です。
いずれも「数字がないなら、価値の源泉になっている要素を項目に分けて評価しよう」という発想で、評価額そのものより何が足りていないかを可視化する点に実務的な意味があります。一方で基準額の置き方に客観的根拠がなく、これ単独で交渉に臨める手法ではありません。
④シナリオ加重DCF(確率調整DCF)
単一の事業計画でDCFを回す代わりに、複数のシナリオを立てて確率で加重する方法です。たとえば「成功(確率20%)」「標準(確率50%)」「下振れ・撤退(確率30%)」の3本を作り、それぞれDCFで株式価値を出し、確率を掛けて足し合わせます。撤退シナリオの価値をゼロや清算価値と置けるため、単一計画のDCFより現実に近い期待値が出ます。
DCFの基本的な計算手順はDCF法とはを、割引率や成長率を動かしたときの感応度はDCF計算ツールで確認できます。スタートアップに適用する際は、赤字期間の運転資金と設備投資をきちんと織り込むこと、そして黒字化後の安定状態を継続価値の前提にすることが要点になります。
⑤原価法(これまでの投下コスト)
「同じプロダクト・同じ組織を今からゼロで作り直すと、いくらかかるか」から価値を測る考え方です。累計の開発人件費、外注費、取得した知的財産などを積み上げます。将来の収益力をまったく反映しないため、これが評価額の上限になることはまずありませんが、価値の下限の目安としては機能します。事業が計画どおりに立ち上がらず、技術や開発チームごと他社に引き取ってもらうような局面では、実際にこの水準感が交渉の出発点になることがあります。
なお、企業価値と株式価値は別の概念で、借入金や現預金の扱いで金額が変わります。この区別は企業価値と株式価値の違いで整理しています。手法を横断して数字を比べるときは、どちらの数字を見ているかを必ず揃えてください。
ベンチャーキャピタル法の計算例:5年後の出口から現在のプレマネーを逆算する
VC法の流れを、数値を入れて一通り追ってみます。以下の金額・倍率・利率はすべて計算過程を示すための例示であり、特定の水準を推奨・保証するものではありません。
前提は次のとおりとします。
- 今回の調達額:1億円
- EXITまでの期間:5年
- 5年後の営業利益(EBITDA相当):5億円
- EXIT時のEV/EBITDA倍率:8倍
- EXIT時に純有利子負債はゼロ(企業価値=株式価値と仮定)
- 投資家の期待収益率(IRR):年40%
- 今回の投資家が、次以降のラウンドで受ける希薄化:合計30%(持分の70%が残る)
| ステップ | 計算 | 結果 |
|---|---|---|
| ① EXIT時の株式価値を置く | 営業利益5億円 × EV/EBITDA 8倍(純有利子負債ゼロ) | 40億円 |
| ② 投資家が必要とする回収額 | 1億円 × (1 + 40%)の5乗 = 1億円 × 約5.38 | 約5.38億円 |
| ③ EXIT時に必要な持分比率 | 5.38億円 ÷ 40億円 | 約13.4% |
| ④ 希薄化を考慮した現時点の必要持分 | 13.4% ÷ 70%(将来30%希薄化される前提) | 約19.2% |
| ⑤ 現在のポストマネー | 調達額1億円 ÷ 19.2% | 約5.2億円 |
| ⑥ 現在のプレマネー | ポストマネー5.2億円 − 調達額1億円 | 約4.2億円 |
結果として、「5年後に営業利益5億円・EV/EBITDA 8倍で出口を迎える」という前提のもとでは、期待IRR 40%・将来希薄化30%を織り込んだ現在のプレマネーは約4.2億円という計算になります。
ここで重要なのは、希薄化を考慮するかどうかで結論が大きく変わることです。仮に将来の希薄化を無視すると、必要持分は13.4%のままなので、ポストマネーは1億円÷13.4%=約7.4億円、プレマネーは約6.4億円になります。4.2億円と6.4億円では1.5倍の差です。将来ラウンドを前提にしている会社ほど、この調整の有無が交渉の争点になります。希薄化そのものの仕組みは希薄化(ダイリューション)とはで解説しています。
もう一つ動きやすいのが期待IRRです。同じ前提で期待IRRを年30%にすると1億円の必要回収額は約3.71億円、必要持分は約9.3%(希薄化調整後で約13.3%)となり、ポストマネーは約7.5億円まで上がります。逆に年50%なら必要回収額は約7.59億円まで増え、ポストマネーは約3.7億円に下がります。投資家が感じるリスクの大きさが、そのまま評価額に反比例して効いてくる構造です。
段階(シード/アーリー/ミドル/レイター)で、何が評価されるか
同じ会社でも、成長段階によって「投資家が見ている場所」が入れ替わります。数字が乏しいうちは人と構想が評価対象になり、数字が出てくるにつれて評価の重心が指標へと移っていきます。
| 段階 | チーム | プロダクト | 初期の牽引指標 | ユニットエコノミクス | 収益性 |
|---|---|---|---|---|---|
| シード(構想〜試作) | ◎ ほぼこれで決まる。創業者の経験・領域理解・実行力 | ○ 試作品や初期版があるか | △ ほとんど問われない | − まだ測れない | − 求められない |
| アーリー(初期顧客の獲得) | ◎ 採用力とチーム拡張の設計 | ◎ 顧客が実際に使い、課題が解けているか | ◎ 継続率・利用頻度・初期の売上の伸び | △ 傾向が見え始める程度 | − 求められない |
| ミドル(再現性のある成長) | ○ 経営体制・キーマン依存の解消 | ○ 機能の広がりと解約率の改善 | ◎ 成長率とその持続性 | ◎ 顧客獲得コストと回収期間が合っているか | △ 黒字化の道筋が説明できるか |
| レイター(拡大・出口が視野) | ○ 上場・M&Aに耐える管理体制 | ○ 競争優位が持続するか | ○ 規模の絶対値 | ◎ 効率を保ったまま拡大できているか | ◎ 黒字化の時期と到達水準 |
◎は評価の中心、○は重視される、△は補助的、−はほぼ問われない、という意味です。段階が進むほど、評価は「物語」から「数字」へ移り、使われる手法も定性評価(③)→調達事例比較(②)→VC法(①)→シナリオ加重DCF(④)へと重心が動きます。
| 段階 | 評価の中心となる問い | 主に使われる手法 |
|---|---|---|
| シード | この人たちが、この市場でやる意味があるか | ③定性評価、⑤原価法、②同段階の調達事例 |
| アーリー | 顧客は本当にお金を払って使い続けているか | ②調達事例比較、①VC法(粗い前提で) |
| ミドル | 成長は再現性のある仕組みになっているか | ①VC法、②類似取引比較、売上・ARR倍率 |
| レイター | 黒字化と出口が具体的に見えているか | ④シナリオ加重DCF、②類似会社比較、①VC法 |
SaaSのようにストック型の収益構造を持つ会社では、アーリー以降の指標が体系的に整理されているため、段階が進むほど評価の議論が精緻になります。KPIごとの効き方はSaaS企業のバリュエーションで扱っています。
評価額が高いことの副作用:高ければ高いほど良い、ではない
バリュエーションは「高いほど得」と思われがちですが、高すぎる評価額には具体的な副作用があります。調達時点では既存株主の希薄化が小さくて済むという明確な利点がある一方、次のような負担が後の段階に繰り延べられます。
1. 次のラウンドで評価額が下がる(ダウンラウンド)リスク
今回高い評価額を付けると、次のラウンドではそれを上回る評価額を正当化しなければなりません。事業の進捗が想定に届かなければ、前回より低い評価額での調達(ダウンラウンド)になります。ダウンラウンドは、単に評価額が下がるだけでは終わりません。優先株式に希薄化防止条項(アンチダイリューション)が付いていれば、既存投資家の実質的な持分が調整で増え、創業者や従業員の持分がその分さらに減ります。
加えて、既存のストックオプションの行使価額が、その時点の株価を上回ってしまう(いわゆる「水面下」の状態)と、従業員にとってのインセンティブとして機能しなくなります。採用や引き留めへの影響という形で、資本政策の外側にも波及します。
2. 期待水準が上がり、経営の自由度が下がる
高い評価額は、それを正当化する成長率の約束とセットです。年数倍の成長を前提にした評価額を受け入れた以上、次の資金が必要になるまでにその水準を実現しなければなりません。結果として、じっくり収益性を高める、いったん成長を落として体制を整える、といった選択が取りにくくなります。投資家との利害の違いについてはVC・エンジェル投資家からの出資で詳しく触れています。
3. M&Aでの出口が狭まる
これが見落とされやすい副作用です。累計で30億円の評価額を付けて調達した会社は、20億円でのM&Aを提示されても受け入れにくくなります。優先分配権のある投資家が出資額の回収を優先するため、その価格では創業者や普通株主の取り分がほとんど残らないからです。「高い評価額で調達したがゆえに、現実的な価格帯の買い手と話ができない」という状態は実際に起こります。次章と、その次の優先株式の章で具体的に見ます。
M&Aで売る場合の現実:調達時のバリュエーションと売却価格は別物
資金調達で付いた評価額は、そのまま売却価格にはなりません。理由は、値付けをする主体と目的が違うからです。
| 観点 | 資金調達(投資家) | M&A(事業会社などの買い手) |
|---|---|---|
| 目的 | 数年後に持分を売却してリターンを得る | 買った事業を自社で運営し、継続的に価値を得る |
| 見ている価値 | 将来の出口価値(成功シナリオの上振れ) | 統合後に自社にもたらされるキャッシュフロー、または人材・技術・顧客基盤 |
| 外れたときの前提 | ポートフォリオ全体で回収するため、1社の失敗は許容される | その1件が失敗すれば自社の損失になるため、下振れに慎重 |
| 支払う対価 | 少数持分の取得(会社の一部) | 経営権の取得(原則として全部または過半) |
| 価格の傾向 | 成長期待を織り込みやすく、上振れしやすい | 回収可能性を重視し、堅めに見られやすい |
買い手が赤字のスタートアップを買う動機は、大きく2つに分かれます。1つは将来キャッシュフローの取得で、自社の販路や資本力と組み合わせれば黒字化できるという判断です。この場合、価格の根拠は統合後の利益であり、シナジーをどこまで価格に織り込むかが交渉の中心になります。もう1つは人材・技術・顧客基盤の取得で、事業そのものよりも、開発チーム、特許やノウハウ、既存顧客との関係を買うケースです。後者では、原価法(⑤)に近い「同じものを自社で作るといくらかかるか」が価格の目安になりやすく、調達時のバリュエーションとは切り離された水準になります。
つまり、直近ラウンドで付いた評価額は買い手にとっての参考情報にすぎず、価格交渉の出発点にはなっても、根拠にはなりません。M&Aにおける価格の決まり方全般は会社売却の相場はいくらかで整理していますので、出口を意識し始めた段階で一度目を通しておくことをおすすめします。
優先株式のみなし清算条項で、創業者の取り分はこう変わる
調達額と評価額だけを見ていると見落とすのが、売却代金の分け方です。VCからの出資は多くの場合、普通株式ではなく優先株式で行われます。優先株式には残余財産の優先分配権が付き、さらに投資契約や定款でみなし清算条項(deemed liquidation)が定められるのが一般的です。これは「M&Aによる株式譲渡や事業譲渡を、会社の清算とみなして分配ルールを適用する」という取り決めで、これがあると、持分比率どおりに売却代金が分配されなくなります。
簡単な数値例で見てみます(以下はすべて例示です)。
- 創業者ら普通株主の持分:70%
- 投資家(優先株主)の持分:30%、出資総額3億円
- 優先分配権:1倍・非参加型(出資額を先に回収するか、普通株式に転換して持分比率で受け取るかの有利な方を選べる)
| 売却価格 | 持分比率どおりなら創業者の取り分 | 優先株主の受取(有利な方を選択) | 実際の創業者の取り分 |
|---|---|---|---|
| 5億円 | 3.5億円(70%) | 3億円(優先分配。転換すると1.5億円なので優先分配が有利) | 2億円 |
| 10億円 | 7億円(70%) | 3億円(転換すると3億円で同額) | 7億円 |
| 20億円 | 14億円(70%) | 6億円(転換して30%を受け取るほうが有利) | 14億円 |
| 3億円 | 2.1億円(70%) | 3億円(優先分配で全額) | 0円 |
売却価格が低いほど、創業者の取り分は持分比率から大きく乖離します。この例では、3億円で売却した場合、創業者は70%を保有していても受け取りはゼロです。10億円を超えたあたりから優先株主は転換を選ぶようになり、以降は持分比率どおりの分配に戻ります。
条件が参加型(出資額を回収したうえで、残りも持分比率で受け取る)だと、さらに差が広がります。同じ例で20億円の売却なら、優先株主はまず3億円を回収し、残り17億円の30%にあたる5.1億円を追加で受け取って合計8.1億円、創業者の取り分は11.9億円となり、非参加型の14億円より2.1億円少なくなります。優先倍率が2倍であれば、回収額はさらに大きくなります。
優先株式の条件は、後から一方的に変更することができません。第三者割当増資の実務手続きは第三者割当増資の手続きにまとめていますが、条件交渉の段階で「どの売却価格帯なら自分たちにいくら残るのか」を表にしておくことが、後悔しないための最も実務的な備えです。
よくある質問(FAQ)
Q. 売上がまだゼロでも、企業価値評価はできますか?
A. できます。ただし使える手法が限られます。売上がゼロの段階では、②の調達事例比較、③のスコアカード法・ベルカス法などの定性評価、⑤の原価法が中心になります。①のVC法も使えますが、出口の前提が完全に想像になるため、幅の広いレンジとして扱うのが現実的です。この段階の評価額は「計算で求めた値」というより、「投資家が受け入れられる水準」に近く、同じ会社でも相手によって数倍の開きが出ます。
Q. 赤字なのに高い評価額が付くのは、どういう理屈ですか?
A. 赤字の中身が「先行投資による赤字」なのか「事業として成立していない赤字」なのかで扱いが変わります。顧客獲得のための広告費や開発人件費を削れば黒字になる、という構造であれば、赤字は将来の収益を買うための投資と解釈されます。この場合、評価は現在の損益ではなく、獲得済みの顧客が将来生むキャッシュや、成長率の持続性に基づきます。逆に、粗利が出ていない、顧客が継続しないという状態であれば、赤字を削っても収益にはならず、高い評価は付きません。
Q. VC法の期待IRRは何%で置けばよいですか?
A. 一律の正解はありません。一般に、事業の不確実性が高い初期段階ほど高く、実績が積み上がった後期段階ほど低く設定されます。実務では、複数の水準(たとえば30%・40%・50%)で計算して感応度表を作り、「どの前提ならいくらになるか」を示す形にするのが現実的です。単一の数値を提示するより、レンジと前提を示したほうが交渉は前に進みます。
Q. 複数の手法で計算したら、結果がバラバラです。どうまとめますか?
A. 無理に一つの数値に平均するより、レンジとして扱うのが実務的です。そのうえで、各手法の結果が離れている理由を説明できるようにしておきます。たとえば「原価法では2億円だが、VC法では5億円。差の3億円は、すでに獲得した顧客基盤と技術の将来収益力に対する評価である」という形です。差の説明ができれば、レンジそのものが交渉材料になります。
Q. 調達時の評価額と、M&Aでの売却価格はどのくらい違いますか?
A. 一概には言えません。事業が計画どおりに伸びていれば売却価格が調達時の評価額を上回りますし、伸び悩んでいれば下回ります。重要なのは水準の比較ではなく、値付けの根拠が違うという点です。投資家は成功シナリオの上振れを、買い手は統合後に自社が得られるキャッシュフローや、人材・技術の取得コストを見ています。詳しくは会社売却の相場をご覧ください。
Q. IPOを目指す場合と、M&Aを目指す場合で、評価の考え方は変わりますか?
A. 出口の想定が変わるため、VC法・DCFのいずれでも前提が変わります。上場を出口に置く場合は、上場時に求められる利益水準や成長率、上場市場での類似会社の倍率が出口価値の根拠になります。M&Aを出口に置く場合は、想定される買い手にとっての価値、すなわちシナジー込みのキャッシュフローや、人材・技術の取得価値が根拠になります。上場の要件や流れはIPO(新規株式公開)とはで整理しています。どちらを想定するかで、その時点から積み上げるべき数字や整えるべき体制も変わってきます。
まとめ
スタートアップの企業価値評価が難しいのは、利益がない、実績期間が短い、類似上場会社が少ない、将来の不確実性が大きいという4つの理由で、「過去の実績から将来を推し量る」という伝統的手法の前提が壊れているからです。そこで実務では、①ベンチャーキャピタル法、②類似取引・調達事例比較、③スコアカード法などの定性評価、④シナリオ加重DCF、⑤原価法という5つの手法を、会社の段階と手元の情報に応じて使い分けます。
VC法の計算例で見たとおり、出口の前提・期待収益率・将来の希薄化という3つの変数で結論は数倍動きます。だからこそ、単一の評価額を追うのではなく、前提を変えたときにどう動くかという感応度をセットで持つことが実務的です。そして、評価額は高ければ高いほど良いわけではありません。ダウンラウンドのリスク、期待水準の上昇、M&A出口の狭まりという副作用があり、さらに優先株式のみなし清算条項によって、売却価格が低い局面では持分比率どおりに代金が分配されないという現実もあります。調達時のバリュエーションと売却価格は別物であると理解したうえで、「どの価格帯で売れたら、自分たちにいくら残るのか」を早い段階から数字で押さえておくことが、選択肢を守ることにつながります。
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