金融機関・金融業の企業価値評価|なぜEV/EBITDAが使えないのか、PBR・PERで見る理由

最終更新: 2026-09-12

自社の価値を、まずは無料で試算できます。無料で試算 →

金融業の企業価値評価は、製造業や小売業と同じ物差しでは測れません。一般事業会社の評価で標準的に使われるEV/EBITDA倍率は、金融業に当てはめようとすると、そもそも計算の前提が崩れてしまいます。借入金を差し引くという操作も、EBITDAという利益概念も、金融業では意味を持たないためです。

では何を見るのか。実務では、事業価値(EV)ではなく株主資本(エクイティ)の側から価値を捉えます。具体的にはPBR(株価純資産倍率)ROEの関係、PER、配当割引モデル(DDM)、修正純資産、そして株主資本コストで割り引くエクイティDCFです。本稿では、なぜそうなるのかという理屈から始めて、資産の質の見方、業態別の評価ポイント、許認可の論点までを順に整理します。銀行や信用金庫のような大規模な金融機関だけでなく、中小M&Aで実際に売買が起きている保険代理店やリース周辺、貸金業についても、実務的な考え方を厚めに扱います。

本稿で挙げる比率や倍率のレンジは、業態・規模・金利環境によって大きく変わる「目安」です。特定の数値を保証するものではありません。また、金融業は登録・免許を要する業種が多く、株主変更や事業の移転にあたって当局への届出や承認が必要になる場合があります。個別の可否や手続きは、必ず所管当局および専門家にご確認ください。

なぜ金融業でEV/EBITDA倍率が機能しないのか

一般事業会社の評価では、まず事業価値(EV)を求め、そこから有利子負債を引き、現預金を足して株式価値を導きます。この「EV → 株式価値」という橋渡しの前提になっているのが、有利子負債は事業運営に必須ではない資金調達手段であり、株主と債権者のどちらに帰属するかを整理すれば足りる、という考え方です。企業価値と株式価値の関係については企業価値と株式価値の違いで整理しています。

ところが金融業では、この前提が成り立ちません。理由は大きく三つあります。

前提が崩れる点一般事業会社での扱い金融業で何が起きるか
借入・預金が「事業の元手」有利子負債は資金調達の手段。事業価値から差し引く対象銀行の預金、リース会社や貸金業者の借入金は、それ自体が仕入原価にあたる原材料。差し引いてしまうと事業そのものが消えてしまう
ネットデットの概念が当てはまらない有利子負債から現預金を控除してネットデットを算出し、EVから引く金融業のバランスシートは資産側も負債側も金融資産・金融負債で埋まっており、どこまでが「余剰現金」でどこからが「運用資産」かの線引きができない
EBITDAが利益実態を表さない支払利息を足し戻すことで、資本構成の違いを取り除いた事業の稼ぐ力を見る受取利息・支払利息こそが本業の収益と費用。利息を足し戻したEBITDAは、金融業では何も意味しない数字になる

端的に言えば、金融業は「調達したお金を運用して利ざやや手数料を得る」商売です。負債は差し引くべき外部の資金ではなく、事業の入り口そのものです。減価償却費も、設備投資が収益の源泉である製造業と違い、金融業では収益構造の中心にありません。したがってEBITDAという概念自体の出番がなく、EV/EBITDA倍率という指標が成立しないのです。

この結果、金融業の評価は最初から株主資本の側で行います。「企業価値を出してから負債を引く」という二段構えを取らず、直接「株主に帰属する価値はいくらか」を求めるアプローチです。

金融業で使われる評価指標と手法

株主資本ベースで評価するといっても、手法は一つではありません。実務では次の五つが軸になります。それぞれ向き・不向きがあるため、対象の業態と規模に応じて組み合わせます。手法の全体像そのものは非上場株式の評価方法もあわせてご覧ください。

手法考え方向いている場面不向きな場面・留意点
PBR(+ROE)株式価値を自己資本(純資産)と比較する。ROEが資本コストを上回るかで1倍を超えるかが決まる銀行・信用金庫など、自己資本が事業の制約であり収益の源泉でもある業態。資産負債が時価に近い金融機関純資産の質(後述の資産の質)が悪ければ簿価そのものが信用できない。ROEが一時的に高い年度を切り取ると過大評価になる
PER株式価値を当期純利益と比較する。利益水準に対する評価倍率手数料収入が中心で資産をあまり持たない業態(保険代理店、証券仲介、投資運用会社)利益の変動が大きい業態では基準年度の選択で結果が動く。役員報酬など私的経費の調整が前提
配当割引モデル(DDM)株主が将来受け取る配当の現在価値の合計を株式価値とみなす規制上の必要自己資本を維持したうえで、余剰資本を配当できる金融機関配当政策が安定していない会社では前提が置きにくい。非上場の中小企業では配当実績がほぼないことが多い
修正純資産(時価純資産)資産・負債を実態価値に洗い替えた純資産を株式価値の基礎とする貸出債権や有価証券が資産の大半を占める会社。清算的な色彩が強い局面将来の収益力や顧客基盤の価値が反映されない。貸倒引当金の十分性の検証が生命線
エクイティDCF株主に帰属するキャッシュフローを、株主資本コストで直接割り引く収益構造が読める業態で、複数年の事業計画がある場合通常のDCFで使うWACC・FCFではなく、株主資本コストと株主帰属CFを使う点を間違えやすい

ここで特に注意したいのがエクイティDCFです。一般事業会社のDCF法では、フリーキャッシュフローをWACC(加重平均資本コスト)で割り引いて事業価値を求めます。WACCは負債コストと株主資本コストを資本構成で加重平均したものですが、金融業では負債が事業の元手である以上、この加重平均に意味がありません。そこで、株主に帰属するキャッシュフロー(規制上必要な自己資本を積んだ後に、株主に配分可能な金額)を、株主資本コストで割り引き、結果を直接そのまま株式価値とします。この違いを取り違えると、価値が大きくずれます。

なお、修正純資産の考え方そのものは一般事業会社の時価純資産法と共通しますが、金融業では洗い替えの中心が土地や有価証券ではなく「貸出債権が本当に回収できるか」に移る点が特徴です。

PBR=ROE×PER という関係を押さえる

金融業の評価を理解するうえで、最も見通しがよくなる関係式がこれです。

  • PBR = 株価 ÷ 1株当たり純資産(BPS)
  • PER = 株価 ÷ 1株当たり当期純利益(EPS)
  • ROE = EPS ÷ BPS

この三つを並べると、PBR = ROE × PER が成り立ちます。1株当たりの指標の意味はBPS・EPSとはで整理しています。式そのものは単なる恒等式ですが、ここから実務的に重要な含意が出てきます。

PERは「投資家が要求する利回りの逆数」に近い性格を持ちます。乱暴に単純化すると、成長がない前提ではPERはおよそ「1 ÷ 株主資本コスト」に相当します。すると、PBR = ROE ÷ 株主資本コスト という関係が見えてきます。つまり、

  • ROE > 株主資本コスト のとき、PBRは1倍を超えます。株主から預かった資本を、株主が要求する以上の利回りで運用できている状態です
  • ROE = 株主資本コスト のとき、PBRは1倍近辺になります。資本を増やしても価値は増えも減りもしません
  • ROE < 株主資本コスト のとき、PBRは1倍を下回ります。純資産として積み上がっている資本が、それ自体の価値ほどには稼げていないという評価です

金融機関のPBRが1倍を下回りやすいと言われる背景には、この関係があります。自己資本比率規制によって一定水準以上の自己資本を保有する必要がある一方、その自己資本で稼げるROEが株主資本コストに届かなければ、簿価純資産より低い評価になるという理屈です。逆に、同じ規模でも収益性の高い会社は1倍を超えます。

評価の実務では、この関係を「なぜこの倍率なのか」を説明する道具として使います。類似会社のPBRをそのまま持ってくるのではなく、対象会社のROE水準が類似会社と比べて高いのか低いのか、その差が持続的なものか一時的なものかを検討し、倍率を調整します。ROEとROICの違いや、収益性指標の読み方はROE・ROICとはで解説しています。

ROEは分母が自己資本であるため、自己資本が薄い会社ほど数値が高く出ます。レバレッジを効かせて見かけのROEを上げている状態と、本業の収益性が高い状態は区別が必要です。自己資本比率とセットで見るのが基本です。

資産の質をどう確かめるか

PBRにせよ修正純資産にせよ、出発点は「純資産の額」です。ところが金融業では、この純資産が最も信用しにくい項目でもあります。資産の大半が貸出債権や割賦債権であり、その回収可能性の見積もり次第で純資産が大きく動くためです。評価の場面では、次の点を確認します。

確認項目何を見るか評価への影響
貸倒引当金の十分性債務者区分ごとの引当率、算定方法(貸倒実績率か個別評価か)、過去の引当と実際の損失の乖離引当が不足していれば純資産は実質的に過大。修正純資産では追加引当相当額を控除する
不良債権比率と推移延滞債権・条件変更債権の残高と比率、直近数期の推移、新規発生と回収のバランス比率が上昇傾向なら将来の与信費用が増え、収益力(ROE)の前提が下がる
担保・保証の状況担保の種類(不動産・売掛債権・動産)、評価額の算定時点と方法、保証人の資力担保カバー率が高ければ実質的な損失リスクは小さい。担保評価が古ければ洗い替えが必要
貸出先の集中度上位先への与信集中、業種の偏り、グループ関連先への貸付集中度が高いほど一件の破綻で純資産が大きく毀損する。リスク相当分を割引に反映
自己資本比率規制適用される規制の種類と現在の比率、余裕度、算入されている資本の質規制水準ぎりぎりなら、買収後に増資が必要になる可能性がある。買い手はその金額を価格から差し引いて考える
有価証券の含み損益保有区分ごとの簿価と時価、金利変動に対する感応度含み益は純資産にプラス、含み損はマイナス。金利環境の変化で振れる点に注意

自己資本比率規制の存在は、金融業の評価に独特の制約を与えます。一般事業会社なら「余っている現金は株主に返せる」と考えますが、金融機関では規制上維持しなければならない自己資本があり、その部分は株主に配分できません。配当割引モデルやエクイティDCFで株主帰属キャッシュフローを見積もる際は、この「規制上必要な自己資本の積み増し分」を先に差し引く必要があります。成長する会社ほど、資産の増加に応じて自己資本も積み増さねばならず、その分だけ配当可能額が減る、という構造です。

これらの検証は、デューデリジェンスの中心テーマになります。金融業のM&Aでは、財務デューデリジェンスの相当部分が債権の査定に費やされるといっても言い過ぎではありません。売り手側としては、あらかじめ債権の状況を整理し、引当の考え方を説明できるようにしておくと、交渉が進めやすくなります。

業態別に見る評価のポイント

ひとくちに金融業といっても、収益の源泉は業態によってまったく異なります。業種ごとの評価の勘所は業種別の企業価値評価ポイントでも横断的に整理していますが、ここでは金融業の内訳を見ていきます。

業態収益の源泉評価で軸になる指標重点的に見る点
銀行・信用金庫貸出と調達の利ざや、役務取引等収益PBR+ROE、修正純資産、DDM自己資本の量と質、与信費用の水準と変動、預金基盤の安定性、金利変動への感応度
リースリース料と資金調達コストのスプレッド、物件の残価PBR、修正純資産、エクイティDCFリース資産の内容と残価設定の妥当性、資金調達手段の多様性と調達スプレッド、与信先の分散、会計処理(オペレーティング/ファイナンス)の区分
貸金業貸付金利と調達コストの差修正純資産、PER、PBR貸倒率の実績と推移、上限金利など規制環境の変化、債権回収体制、登録の維持要件
保険代理店保険会社から受け取る手数料(新規・継続)PER、営業権を加味した評価、継続手数料の倍率継続手数料の割合、契約の更新率・解約率、乗合先の構成と依存度、募集人の在籍状況、顧客の年齢構成
証券・投資運用売買委託手数料、預かり資産に対する信託報酬・運用報酬PER、預かり資産(AUM)に対する倍率預かり資産の残高と純増減、フィー率(残高に対する収益率)、収益の相場依存度、顧客と運用担当者の定着

保険代理店:中小M&Aで最も売買が多い金融関連業態

金融業のなかでも、保険代理店は中小M&Aの現場で実際によく取引される業態です。理由は明快で、ストック性の高い継続手数料が積み上がっており、買い手にとって収益の予測がつきやすいためです。ここでは資産を持たないため、PBRや修正純資産よりも、収益力に対する倍率が評価の中心になります。

実務で重視されるのは次の点です。

  • 継続手数料と新規手数料の構成:既契約から自動的に入る継続手数料が多いほど、買い手にとっての安定性が高く評価されやすくなります。新規獲得に依存している場合、その獲得力が経営者個人に紐づいていないかが問われます
  • 更新率・解約率:契約がどれだけ維持されているかは、将来の手数料収入の前提そのものです。数年分の推移を見て、低下傾向がないかを確認します
  • 乗合先の構成:複数の保険会社を扱っているか、特定の一社に依存していないか。依存度が高いと、その会社の手数料体系の変更が業績に直結します
  • 顧客の年齢構成と契約の残存期間:契約者の高齢化が進んでいると、将来の手数料が自然に減衰していく可能性があります
  • 募集人の在籍と資格:営業を担っている募集人が譲渡後も残るかどうかは、価値の維持に直結します。キーパーソンの継続は契約条件として整理されることが多い論点です

評価の実務では、経営者報酬や私的経費を調整した後の実質的な利益に一定の倍率を掛ける方法や、継続手数料の年間額に倍率を掛ける方法が使われます。倍率の水準は、継続性の高さ、乗合先の分散、規模によって幅が出ます。特定の水準を一般化することはできませんが、「安定して入り続ける手数料がどれだけあるか」が価格を左右するという構造は共通しています。営業権の考え方はのれん・営業権とはもご参照ください。

リース周辺:資産と調達の両面を見る

リース会社やリース周辺の会社も、中小規模で売買されることがあります。この業態の特徴は、資産側(リース債権・リース資産)と負債側(資金調達)の両方が評価対象になる点です。買い手は「良い資産を持っているか」と同時に「安く資金を調達できるか」を見ます。大手グループの傘下に入ると調達コストが下がり、スプレッドが改善するため、そこにシナジーを見出す買い手もいます。

評価では、リース債権の与信先の質、契約の残存期間、物件の残価設定が実勢と乖離していないか、そして資金調達が特定の金融機関に集中していないかを確認します。オペレーティングリースの比率が高い場合は、物件処分時の損益が業績を左右するため、過去の処分実績を見ておく必要があります。

貸金業:規制環境と貸倒率が価値を決める

貸金業は、貸倒率の実績と規制環境が価値を大きく左右します。過去の実績貸倒率が安定していれば将来の予測が立ちますが、景気変動や規制変更の影響を受けやすい業態です。評価では、債権の年齢構成(いつ実行された貸付か)、延滞の発生状況、回収体制の実効性を確認します。また、登録の維持には人的要件や財産的基礎の要件が課される場合があるため、譲渡後もそれを満たせるかが前提条件になります。

規制・許認可の論点

金融業のM&Aで、価格以上に取引の可否を決めることがあるのが許認可です。金融業の多くは登録や免許を必要とし、その承継可否や必要な手続きは業種とスキームによって異なります。一般論としての整理は次のとおりです。

  • 株式譲渡の場合:法人格は変わらないため、原則として登録・免許はその法人に残ります。ただし、主要株主の変更について当局への届出や承認が求められる業種があります。役員が変わる場合も届出の対象となることが一般的です
  • 事業譲渡・会社分割の場合:登録や免許は原則として移転しません。譲受側が自ら登録を取得しているか、新たに取得する必要があります。取得に要する期間が取引スケジュールを規定することがあります
  • 人的要件・財産的要件:業種によっては、一定の資格や実務経験を持つ人員の配置、最低資本金や純資産の水準が登録の維持要件とされています。譲渡によってキーパーソンが退任すると要件を満たさなくなる可能性があります
  • 保険代理店の場合:保険会社との代理店委託契約の承継について、保険会社の同意が必要になるのが通常です。乗合先が複数あれば、それぞれについて確認が要ります
  • 反社会的勢力の排除・株主の適格性:株主が変わる際に、新株主の属性について確認が求められる場合があります

これらは業種ごとに根拠法令も手続きも異なり、また制度は改正されます。買収後に登録が維持できなければ事業自体が続けられないため、評価の前提として最初に確認すべき項目です。実際の可否・手続き・所要期間については、必ず所管当局および法務の専門家に確認してください。

許認可が承継できないことが判明した場合、それはディスカウント要因ではなく、取引スキーム自体の変更(株式譲渡への切り替えなど)や取引断念につながる論点です。価格交渉に入る前の段階で整理しておくことをおすすめします。

実務での進め方:どの手法を軸に置くか

金融業の評価では、単一の手法に頼らず複数で試算してレンジで捉えるのが基本です。目安として、次のような組み立てになります。

対象主たる手法補完的に使う手法
資産を大きく持つ業態(銀行・信金・リース・貸金)修正純資産、PBR(+ROE)エクイティDCF、DDM(配当実績がある場合)
手数料が中心の業態(保険代理店・証券仲介・投資運用)PER、実質利益への倍率、継続手数料への倍率エクイティDCF、修正純資産(下限の目安として)

いずれの場合も、出発点は「正常な収益力はいくらか」の見極めです。中小企業では、経営者報酬の水準、私的経費、一時的な損益、グループ会社との取引条件などを調整して実態の利益を求めます。金融業ではこれに加えて、与信費用(貸倒引当金繰入)が平常時の水準か、特定の年度だけ大きく振れていないかを確認します。

なお、金融業に対して類似会社比較法を使う場合、比較の物差しはEV/EBITDAではなくPBRやPERになります。もしEV/EBITDA倍率を計算しても、それは業種横断の参考値にとどまり、金融業の実態を反映した数値とは言えません。この点を理解したうえで、参考値として扱うか、そもそも使わないかを判断します。

感応度の確認には計算ツールが役立ちます。DCF法の計算ツールで割引率や成長率を変えたときの価値の動きを、EV/EBITDA倍率の計算ツールで倍率を変えたときの事業価値の変化を確かめられます。金融業ではEV/EBITDAをそのまま結論にはできませんが、倍率が価値に与える影響の大きさを体感するには有用です。

よくある質問(FAQ)

Q. 保険代理店はいくらで売れますか?

A. 一律の相場を示すことはできませんが、価格の決まり方には共通した構造があります。中心になるのは、経営者報酬などを調整した後の実質的な利益と、継続手数料の年間額です。これらに一定の倍率を掛ける形で評価されることが多く、倍率は継続手数料の比率、契約の更新率、乗合先の分散度合い、募集人が譲渡後も残るかどうかで幅が出ます。新規獲得が経営者個人の人脈に依存している場合は、譲渡後に収益が維持されるか不透明なため、評価は慎重になります。逆に、既契約からの継続手数料が収入の大半を占め、複数の保険会社と取引があり、営業体制が組織化されている代理店は、比較的高く評価されやすい傾向があります。規模別の考え方は会社売却の規模別相場もご参照ください。

Q. 金融業でEBITDA倍率はまったく使えないのですか?

A. 銀行やリース、貸金業など、負債が事業の元手になっている業態では、EBITDA倍率は実態を表しません。支払利息は本業の費用であり、それを足し戻した利益に意味がないためです。ただし、保険代理店や証券仲介のように、自ら資金を運用せず手数料で収益を得ている業態は、経済的な性格が一般のサービス業に近く、営業利益やEBITDAを基準にした評価が実務で使われることがあります。「金融業だから一律に使えない」のではなく、「バランスシートで稼いでいるか、手数料で稼いでいるか」で分かれると理解すると整理しやすくなります。EBITDAとはもあわせてご覧ください。

Q. 貸金業や保険代理店の許認可は、そのまま引き継げますか?

A. スキームによります。株式譲渡であれば会社そのものが存続するため、登録や免許は原則としてその会社に残りますが、主要株主の変更や役員変更について当局への届出・承認が必要になる業種があります。事業譲渡の場合は登録が移転しないのが原則で、譲受側が自ら登録を持っているか、新たに取得する必要があります。また、登録の維持に人的要件や財産的基礎の要件がある場合、譲渡後もそれを満たせるかを確認しなければなりません。保険代理店では、保険会社との委託契約の承継について保険会社の同意も必要になるのが通常です。制度は業種ごとに異なり改正もあるため、所管当局と専門家への確認を前提としてください。スキームの違いは事業譲渡と株式譲渡の違いで整理しています。

Q. 自己資本比率は買収価格に影響しますか?

A. 影響します。二つの経路があります。第一に、規制上必要な水準に対して余裕がない場合、買収後に増資が必要になる可能性があり、買い手はその見込み額を実質的な取得コストとして価格に織り込みます。第二に、自己資本が厚いほど同じ利益でもROEは低くなるため、PBR=ROE÷株主資本コストの関係から評価倍率が下がる方向に働きます。ただし、自己資本が薄い状態は財務の安全性が低いことも意味するため、単純に「薄いほうが高く評価される」わけではありません。資本の量と収益性のバランスをどう見るかが評価の判断になります。

Q. 金融業でもDCF法は使えますか?

A. 使えますが、通常のDCFとは形が変わります。一般事業会社のDCFは、フリーキャッシュフローをWACCで割り引いて事業価値を求め、そこから有利子負債を引いて株式価値にします。金融業ではこの流れが成立しないため、株主に帰属するキャッシュフロー(規制上必要な自己資本を積んだ後に株主へ配分可能な金額)を、株主資本コストで割り引き、結果をそのまま株式価値とする「エクイティDCF」を使います。前提として、複数年の事業計画、与信費用の見通し、自己資本の積み増し計画が必要です。計画の精度が低いと結果の信頼性も下がるため、中小の金融関連会社では、DCFを主たる手法にせず、収益倍率や修正純資産と併用して幅を確認する使い方が現実的です。

Q. 中小の金融関連会社は、どんな買い手が想定されますか?

A. 業態によって異なりますが、いくつかの類型があります。保険代理店であれば、同業の大型代理店による規模拡大目的の買収が中心で、地域や取扱商品の補完を狙うケースが多く見られます。リースや貸金業では、同業のほか、調達力のあるグループが傘下に入れることで資金コストを下げて収益性を高める狙いを持つ買い手が想定されます。また、既存の顧客基盤に金融サービスを乗せたい異業種が買い手になることもあります。いずれの場合も、許認可が維持できること、キーパーソンが一定期間残ることが条件として整理されるのが一般的です。買い手候補の探し方はM&Aの買い手の探し方をご覧ください。

まとめ

金融業の企業価値評価が特殊なのは、借入や預金が「差し引くべき負債」ではなく「事業の元手」だからです。この一点によって、ネットデットの概念もEBITDAという利益概念も成り立たなくなり、EV/EBITDA倍率が使えなくなります。代わりに、株主資本の側から直接価値を求めるアプローチ——PBR(+ROE)、PER、配当割引モデル、修正純資産、エクイティDCF——が使われます。

評価の考え方の軸になるのは、PBR=ROE×PER、言い換えればPBR≒ROE÷株主資本コストという関係です。株主が要求する利回りを上回るROEを稼げているかどうかで、純資産の何倍で評価されるかが決まります。そのROEを支える純資産が本当に信用できるのかを、貸倒引当金の十分性、不良債権比率の推移、担保の状況、自己資本比率規制の余裕度から検証するのが実務の中心作業です。

業態別には、銀行・信用金庫は自己資本と与信費用、リースは資産の質と資金調達スプレッド、貸金業は貸倒率と規制環境、保険代理店は継続手数料・更新率・乗合先の構成、証券・投資運用は預かり資産とフィー率が焦点になります。とりわけ保険代理店やリース周辺は中小M&Aでも実際に取引されており、資産よりも収益の継続性が価格を決めます。そして、いずれの業態でも、許認可の承継可否は価格以前に取引の成否を決める前提条件です。配当評価に必要な資料もあわせて確認しておくと、準備がスムーズになります。

「M&Aバリュークラウド」の類似会社比較法は、金融業ではEV倍率が参考値になる点をレポートに注記しています。財務データを入力すると、DCF法・類似会社比較法・純資産法で株式価値のレンジを算定し、PDF報告書にまとめます(簡易版2,200円・詳細版5,500円、税込)。登録と試算は無料です。無料で登録して試算する

自社の価値を、まずは無料で試算

DCF法・類似会社比較法・時価純資産法による評価レンジを最短数分で。登録・シミュレーションは無料です。