ROE・ROICとは? 計算式と分解の仕方、資本コストとの関係を実務目線で
最終更新: 2026-09-12
ROEとROICは、会社が投じた資本をどれだけ効率よく利益に変えているかを示す「資本効率」の指標です。決算説明資料や中期経営計画で必ずと言ってよいほど登場し、近年は非上場の中小企業でも、金融機関や買い手候補との対話のなかで話題になる場面が増えています。ただ、定義だけを覚えても実務では使えません。大切なのは、数字を分解して「どこが効いているのか」を切り分け、資本コストと比べて「価値を生んでいるのか」を判断できるようになることです。
本稿では、ROEとROICの計算式と投下資本の求め方から始めて、ROEの3分解(デュポン分解)とROICの2分解、改善の打ち手、資本コスト(WACC)との関係であるEVAスプレッド、DCF法の前提との結びつき、中小企業で使うときの注意点、M&Aでの使われ方まで、計算例を交えて順に整理します。
結論:ROEは「株主の効率」、ROICは「事業の効率」
先に要点をまとめます。
- ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本。株主が出した資本に対するリターンを見る指標で、借入を増やすと見かけ上高くなります。
- ROIC = NOPAT(税引後営業利益) ÷ 投下資本。事業に投じた資本全体のリターンを見る指標で、資本構成の影響を受けにくいのが特徴です。
- 価値創造の条件は ROIC > WACC。この差(EVAスプレッド)がプラスなら成長は価値を生み、マイナスなら成長するほど価値を毀損します。
- 中小企業では「正常化」が先。役員報酬や私的経費で利益が歪んでいる状態のまま比率を計算しても、意味のある数字になりません。
以下、それぞれを具体的に見ていきます。
ROEとROICの定義と計算式
まず定義を並べて確認します。分子と分母が「誰の取り分か」で対応していることが、両者を理解する鍵です。
| ROE(自己資本利益率) | ROIC(投下資本利益率) | |
|---|---|---|
| 計算式 | 当期純利益 ÷ 自己資本 | NOPAT(税引後営業利益) ÷ 投下資本 |
| 分子は誰の利益か | 株主に帰属する利益(支払利息・法人税を差し引いたあと) | 債権者と株主の両方に帰属する利益(支払利息を引く前・税引後) |
| 分母は誰の資本か | 株主が出した資本(自己資本・純資産) | 債権者と株主が出した資本の合計(有利子負債+自己資本) |
| 見ているもの | 株主目線の投資効率 | 事業そのものの稼ぐ力 |
| 資本構成の影響 | 受ける(借入を増やすと上がりやすい) | 受けにくい |
| 対応する資本コスト | 株主資本コスト(CAPMなどで推定) | WACC(加重平均資本コスト) |
表の最終行が特に重要です。ROEに対応する資本コストは株主資本コストで、CAPM(資本資産価格モデル)などで推定します。ROICに対応する資本コストは、負債コストと株主資本コストを資本構成で加重平均したWACCです。「分子の利益が誰のものか」と「比べる資本コストが誰のものか」を必ず揃える、というのが計算上の大原則です。
NOPAT(Net Operating Profit After Tax)は、営業利益から税金相当額だけを差し引いたものです。実務では次のように計算します。
- NOPAT = 営業利益 ×(1 − 実効税率)
- 支払利息を引く前の利益を使うのがポイントです。ROICは「どう資金調達したか」に関係なく事業の稼ぐ力を測るための指標なので、資金調達コストである支払利息は分子から除きます。
- 営業外に恒常的な収益(受取賃料など)がある場合は、事業として扱うか非事業資産として切り分けるかを決め、分子と分母で扱いを揃えます。
投下資本の2つの求め方(事業資産アプローチ/調達サイドアプローチ)
ROICでつまずきやすいのが分母の「投下資本」です。求め方は大きく2通りあり、理論上はどちらでも同じ金額に行き着きます。貸借対照表を左(資産=運用)から見るか、右(負債・資本=調達)から見るかの違いです。
| 事業資産アプローチ(運用サイド) | 調達サイドアプローチ | |
|---|---|---|
| 考え方 | 事業に使っている資産だけを積み上げる | 有利子で調達した資金と株主資本を足す |
| 計算式 | 運転資本(売上債権+棚卸資産−仕入債務)+固定資産(事業用) | 有利子負債+自己資本 −(現金・非事業資産) |
| 長所 | どの資産が資本を食っているかが見えるため、改善の打ち手に直結する | 決算書の数字からすぐ計算でき、期をまたいだ比較がしやすい |
| 短所 | 事業用と非事業用の線引きに判断が入る | 余剰現金や遊休資産が混ざったままだとROICが実態より低く出る |
| 向いている場面 | 社内の改善活動、事業別のROIC管理 | 外部からの分析、他社との比較 |
どちらのアプローチでも共通して重要なのが、非事業資産の扱いです。事業に使っていない遊休不動産、投資有価証券、事業運営に必要な水準を超える余剰現金などは、分母の投下資本から除くのが基本です。これらを含めたままだとROICが実態より低く出て、「事業は稼げていないのに実は資産を抱えているだけ」という状況が見えなくなります。非事業資産を切り分ける考え方は、事業価値と株式価値の関係を整理した企業価値と株式価値の違いでも扱っています。
また、投下資本は期末残高を使うか、期首と期末の平均を使うかで数字が変わります。分子の利益は1年間の「フロー」、分母の資本はある時点の「ストック」なので、期中に大きな設備投資や増資があった年は平均残高のほうが実態に近くなります。どちらを採用しても構いませんが、年度をまたいで比較するなら計算方法を固定してください。
ROEの3分解(デュポン分解)
ROEは単独で見ても「高い/低い」しか分かりません。理由を切り分けるために使われるのが、デュポン分解と呼ばれる3要素への分解です。
ROE = 売上高純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ
分母・分子を約分すると元のROEに戻る、という単純な恒等式です。それぞれの意味は次のとおりです。
| 要素 | 計算式 | 意味 | 高めるための方向性 |
|---|---|---|---|
| 売上高純利益率 | 当期純利益 ÷ 売上高 | 1円の売上からいくら利益が残るか(収益性) | 値上げ、高付加価値商品への構成シフト、原価・販管費の削減 |
| 総資産回転率 | 売上高 ÷ 総資産 | 資産をどれだけ売上に回せているか(効率性) | 在庫・売掛金の圧縮、遊休資産の売却、設備稼働率の改善 |
| 財務レバレッジ | 総資産 ÷ 自己資本 | 自己資本の何倍の資産を動かしているか(資本構成) | 借入の活用、自己株式の取得、増配などによる自己資本の圧縮 |
この分解が実務で効くのは、「ROEが上がった/下がった」の原因を特定できるからです。たとえばROEが8%から12%に上がっても、収益性と回転率が横ばいでレバレッジだけが1.5倍から2.3倍に上がっているなら、それは稼ぐ力が改善したのではなく、借入を増やして自己資本を薄くしただけ、ということになります。
レバレッジで見かけのROEが上がる問題
ここが、ROEを単独で見てはいけない最大の理由です。財務レバレッジを高めれば、事業の中身が何ひとつ変わらなくてもROEは上昇します。ところが、レバレッジを高めた分だけ株主が負うリスクは増えており、景気後退や金利上昇の局面では利益の振れ幅が拡大し、最悪の場合は資金繰りが行き詰まります。
理論的にも、レバレッジを高めると株主資本コスト(株主が求めるリターン)は上昇します。つまり「ROEが上がったが、同時に株主が要求する水準も上がった」だけで、価値は増えていない可能性があるのです。この点を確認するには、レバレッジの影響を受けにくいROICを併せて見るのが有効です。株主資本コストがリスクに応じてどう決まるかはCAPMと株主資本コストで解説しています。
計算例:同じ利益でもROEは変わり、ROICは変わらない
レバレッジの影響を、単純化した数字で確認します。事業の中身がまったく同じ2社(A社・B社)が、資金調達だけ違うケースを考えます。前提は、事業用資産1,000、営業利益100、実効税率30%、借入金利3%とします。
| 項目 | A社(無借金) | B社(借入500) |
|---|---|---|
| 事業用資産 | 1,000 | 1,000 |
| 有利子負債 | 0 | 500 |
| 自己資本 | 1,000 | 500 |
| 営業利益 | 100 | 100 |
| 支払利息(金利3%) | 0 | 15 |
| 税引前利益 | 100 | 85 |
| 法人税等(30%) | 30 | 25.5 |
| 当期純利益 | 70 | 59.5 |
| ROE(純利益÷自己資本) | 7.0% | 11.9% |
| NOPAT(営業利益×70%) | 70 | 70 |
| 投下資本(負債+自己資本) | 1,000 | 1,000 |
| ROIC(NOPAT÷投下資本) | 7.0% | 7.0% |
B社はA社より当期純利益が少ない(70に対して59.5)にもかかわらず、ROEは7.0%から11.9%へと大きく上がりました。自己資本が半分になったからです。一方、ROICはどちらも7.0%で変わりません。事業の稼ぐ力は同じなのですから、これが本来あるべき姿です。
この例が示すのは、ROEの高さは事業力とレバレッジの合成であるということです。B社のROEが高いのは事業が優れているからではなく、株主がより大きなリスクを引き受けているからにすぎません。会社を評価する側から見れば、B社の11.9%というROEは、A社の7.0%と同列に比較できる数字ではないのです。
ROICの分解:NOPATマージン × 投下資本回転率
ROICも2つに分解できます。ROEのデュポン分解からレバレッジを取り除いた形と考えると分かりやすいでしょう。
ROIC = NOPATマージン(NOPAT ÷ 売上高) × 投下資本回転率(売上高 ÷ 投下資本)
つまりROICを上げる道は2つしかありません。同じ売上からより多くの利益を残す(マージンを上げる)か、同じ資本でより多くの売上を作る(回転率を上げる)かです。業種によってどちらが主戦場かは大きく異なります。設備投資が重い製造業やインフラ業は回転率が低く、マージンで稼ぐ構造になりやすい一方、卸売業や小売業はマージンが薄くても回転率で稼ぐ構造になりやすい、という傾向があります。同業他社と比べるときは、この2要素に分けてから比較すると差の原因が見えてきます。
改善の打ち手を分解して考える
ROICを分解しておくと、現場の施策と指標が結びつきます。主な打ち手を整理します。
| 効かせる要素 | 打ち手 | 実務上のポイント・注意点 |
|---|---|---|
| NOPATマージン | 値上げ・価格改定 | 1%の値上げでも利益率への影響は大きい。数量の減少とのバランスを見て、顧客セグメント別に検討する |
| NOPATマージン | 原価低減(仕入・外注・歩留まり) | 調達先の見直し、内製化・外注化の判断、不良やロスの削減。品質を落とすと中期的に売上を失う |
| NOPATマージン | 不採算取引・不採算拠点の見直し | 売上は減っても利益と投下資本が同時に改善するため、ROICへの効果は大きい |
| 投下資本回転率 | 棚卸資産(在庫)の圧縮 | 滞留在庫の処分、発注ロットの見直し。欠品による機会損失とのトレードオフに注意 |
| 投下資本回転率 | 売上債権(売掛金)の回収サイト短縮 | 回収条件の交渉、請求・督促プロセスの整備。取引先との関係を踏まえて段階的に進める |
| 投下資本回転率 | 仕入債務(買掛金)の支払サイト適正化 | 運転資本を圧縮できるが、取引先の資金繰りを圧迫する一方的な延長は信用を損なう |
| 投下資本回転率 | 遊休資産・非事業用資産の売却 | 使っていない不動産や設備を切り離すと分母が減る。含み損益や税負担は事前に確認する |
| 投下資本回転率 | 設備の稼働率向上 | 既存設備で売上を伸ばせれば分母を増やさずに済む。シフト編成や段取り時間の短縮が効く |
| 投下資本回転率 | 設備のリース活用・アセットライト化 | 保有から利用へ切り替えると投下資本は減るが、費用が増えマージンは下がる。総合効果で判断する |
表の最後にあるとおり、マージンと回転率はトレードオフになることがあります。リース化は分母を減らす一方で費用を押し上げますし、在庫削減は欠品による売上機会の損失を招くことがあります。ROICという1つの指標に統合して見ることで、こうしたトレードオフを含めた総合判断ができるようになります。売却を見据えて会社の稼ぐ力を高める視点は会社を高く売る方法でも整理しています。
資本コストとの関係:ROIC − WACC = EVAスプレッド
ここからが本題です。ROICが高いか低いかは、それ単独では判断できません。比べる相手が必要で、その相手が資本コスト(WACC)です。
EVAスプレッド = ROIC − WACC
WACCは、債権者と株主が「このリスクの事業に資金を出すなら最低これだけは欲しい」と考えるリターンの加重平均です。会社にとっては、調達した資金にかかるコストにあたります。したがって、ROICがWACCを上回っていれば、資本コストを払ってなお余りがある=価値を生んでいることになります。この超過分に投下資本を掛けたものがEVA(経済的付加価値)です。
- ROIC > WACC(スプレッドがプラス):投下資本1円あたりスプレッド分の価値が積み上がります。この状態では、投資を増やして事業を拡大するほど価値が増えます。
- ROIC = WACC(スプレッドがゼロ):資本の出し手が求めるリターンをちょうど満たしている状態です。会計上は黒字でも、価値は増えていません。成長しても価値は動きません。
- ROIC < WACC(スプレッドがマイナス):資本コストを賄えていません。この状態で成長投資を続けると、投じた資本の分だけ価値が失われます。成長するほど価値を毀損するという、直感に反する状況が起こります。
DCFの前提(再投資と成長)との結びつき
「スプレッドがマイナスなら成長が価値を壊す」というのは、DCF法の構造から説明できます。DCF法では、将来のフリーキャッシュフロー(FCF)を資本コストで割り引いて価値を求めます。ここで、成長するためには運転資本や設備への再投資が必要です。再投資に回した分だけ、その年のFCFは減ります。
再投資と成長の関係は、実務上しばしば次の関係式で整理されます。
- 成長率 = 再投資率 × ROIC
- 再投資率 = 成長率 ÷ ROIC
つまり、ROICが低い会社が高い成長率を実現しようとすると、稼いだ利益の大半を再投資に回さなければならず、手元に残るFCFはほとんどなくなります。ROICがWACCを下回っている場合は、再投資して得られる将来のリターンが割引率に届かないため、再投資すればするほど現在価値は下がります。これが「成長が価値を毀損する」の中身です。
この関係は、DCFの価値の大半を占めることが多いターミナルバリュー(継続価値)の置き方にも直結します。永久成長率を高く置くなら、それを支えるだけのROICと再投資が本当に成立するのかを確認しなければ、前提の整合しない評価になってしまいます。「成長率2%」と置いた瞬間に、それに見合う再投資が暗黙に仮定されている、という点を意識してください。DCFの計算そのものはDCF計算ツールで試すことができます。
なお、ROICは会計上の利益をベースにした指標であるため、キャッシュベースのFCFとは必ずしも一致しません。減価償却の方法、のれんの償却、引当金の計上などによって数字は動きます。ROICは方向感をつかむための指標、DCFは価値を測るための手法、と役割を分けて使うのが実務的です。
中小企業でROE・ROICを使うときの注意点
上場企業向けに語られるROE・ROICの議論を、そのまま非上場の中小企業に当てはめると、しばしば意味のない数字が出てきます。中小企業ならではの注意点を3つ挙げます。
1. まず利益を「正常化」する
中小企業の損益計算書には、経済実態とは異なる要素が混ざりがちです。オーナー経営者の役員報酬が同業の相場より著しく高い(あるいは低い)、家族への給与が実態と合わない、私的な支出が経費に入っている、社宅や車両が個人利用中心になっている、といったケースです。これらを調整せずにROEやROICを計算しても、実態を映しません。
調整すべき主な項目は次のとおりです。
| 調整項目 | 調整の方向 | 考え方 |
|---|---|---|
| オーナー役員報酬・役員賞与 | 相場水準との差額を利益に戻す/減らす | 第三者が経営した場合に必要な人件費に置き換える |
| 同族への給与・地代家賃 | 実態との差額を調整 | 実際の労働実態や近隣相場と比較して過大・過少分を修正 |
| 私的経費(交際費・車両費など) | 利益に戻す | 事業に必要ではない支出は営業利益から除く |
| 生命保険料・退職金の一括計上 | 期間按分または除外 | 特定年度だけ利益が大きく振れる要因を平準化する |
| 遊休不動産・投資有価証券 | 投下資本から除く | 事業に使っていない資産は分母から外し、関連する損益も分子から外す |
| 一時的な損益(資産売却益、災害損失など) | 除外 | 毎年は起きない項目を平常時の収益力から切り離す |
こうした調整を経て求めた利益が「正常収益力」です。考え方の詳細は正常収益力とはで解説しています。M&Aの実務でも、買い手はまずこの正常化を行ってから収益性やリターンを検討します。
2. 自己資本が薄い会社・厚い会社の解釈
中小企業では、自己資本の水準が両極端になりやすい傾向があります。
- 自己資本が薄い会社:創業から日が浅い、過去の赤字を引きずっている、あるいは節税のために利益を圧縮してきた結果として純資産が小さいケースです。この場合、分母が小さいのでROEは実力以上に大きく出ます。債務超過に近い状態ではROEの数字自体が意味を失うため、ROICやEBITDAなど資本構成に左右されにくい指標で見るほうが実態に近づきます。
- 自己資本が厚い会社:長年の内部留保で現預金や不動産を厚く抱えているケースです。この場合はROEもROICも低く出ますが、原因は「稼げていない」ことではなく「事業に使っていない資産を抱えている」ことかもしれません。非事業資産を分母から除いて計算し直すと、事業本体の効率がはっきり見えます。純資産をベースにした評価の考え方は時価純資産法を参照してください。
1株あたりで見る指標との関係も押さえておくと便利です。ROEは「EPS ÷ BPS」と書き換えられます。この関係はBPS・EPSとはで整理しています。さらに、市場での評価倍率とは「PBR = PER × ROE」という関係で結びつきます。ROEが高い会社ほどPBRが高くなりやすいのは、この関係から説明されます。
3. 目標水準の決め方
「ROEは何%あればよいのか」はよく聞かれる質問です。日本ではROE 8%が一つの目安として語られることがあります。ただし、これは平均的な株主資本コストを上回る水準として示された議論に由来するもので、すべての会社に当てはまる基準ではありません。業種によって必要な設備の重さも、事業リスクの大きさも、適切な資本構成も異なるからです。
自社の目標水準を決めるなら、他社の数字を借りるより、次の順序で考えるほうが実務的です。
- まず自社の資本コストを概算する:WACCを推定し、それを最低ラインとします。ROIC目標は「WACC+α」で置くのが自然です。αをどれだけ乗せるかは、目指す価値創造の水準と実現可能性のバランスで決めます。
- 次に分解して現実的な道筋を描く:目標ROICをNOPATマージンと投下資本回転率に割り振り、それぞれを現場の施策(値上げ、在庫削減など)に落とし込みます。全社で一律の目標を置くより、事業別・拠点別に置くほうが機能します。
- 同業の水準を参考値として添える:同じ業種・同じ規模の会社と比べることで、自社の位置が分かります。ただし会計処理や資本構成の違いで数字はぶれるため、あくまで参考として扱います。業種ごとの評価の勘所は業種別の企業価値評価のポイントにまとめています。
M&AでROE・ROICはどう使われるか
M&Aの場面では、ROE・ROICは売り手側よりむしろ買い手側の投資判断で使われます。
買収価格に対するリターンで見る
買い手にとっての投下資本は、対象会社の帳簿上の資本ではなく、実際に支払う買収価格+引き継ぐ有利子負債+買収後に必要な追加投資です。したがって、対象会社が単体でROIC 12%を稼いでいても、高い価格で買えば買い手にとってのリターンはそれより低くなります。
たとえば投下資本5億円でNOPAT 6,000万円(ROIC 12%)の会社を、企業価値8億円で買収したとします。買い手から見た投下資本は8億円なので、NOPATが変わらなければリターンは7.5%に下がります。買い手のWACCが7%なら、スプレッドはわずか0.5%しか残りません。「良い会社を買っても、高く買えば良い投資にならない」というのは、この計算から出てくる結論です。取引倍率の見方は類似会社比較法(EV/EBITDA倍率)で解説しています。
シナジー後のROICで判断する
買い手が価格にプレミアムを乗せられるのは、通常、シナジーが見込めるからです。仕入の統合による原価低減、販売網の相互活用による売上増、重複する間接部門の効率化などによってNOPATが増えれば、同じ投下資本でもROICは上がります。逆に、システム統合費用や人材の流出でコストが増えれば下がります。
実務では、買収後のROICを次のように見積もります。
- 分子:対象会社の正常化後NOPAT + シナジーによる増分NOPAT − 統合コスト(初期の一時費用は年度を分けて反映)
- 分母:買収対価 + 引き継ぐ有利子負債 + 統合に伴う追加投資 − 引き継ぐ現金
シナジーの見積もりは楽観に振れやすいため、実現時期を遅らせる、実現確率を掛ける、といった保守的な扱いをするのが一般的です。シナジーの類型と見積もりの考え方はM&Aにおけるシナジーとはで整理しています。
のれんを投下資本に含めるかどうか
買収では、支払対価が対象会社の時価純資産を上回った差額が「のれん」として計上されます。ROICを計算するとき、こののれんを投下資本に含めるかどうかで、見えるものが変わります。
| のれんを含める | のれんを除く | |
|---|---|---|
| 測っているもの | 支払った金額に対するリターン(投資の巧拙を含む) | 事業そのものの稼ぐ力(買収価格の影響を除く) |
| 使う場面 | M&Aが良い投資だったかの事後検証、経営陣の投資判断の評価 | 買収した事業の現場のオペレーション評価、他事業との比較 |
| 数字の出方 | 低く出る(分母が大きい) | 高く出る(分母が小さい) |
| 注意点 | 高値づかみが数字に表れる。減損すると分母が減りROICが改善して見える点に注意 | いくら払ったかが見えなくなる。単独で使うと投資判断の甘さが隠れる |
実務では両方を並べて見るのが望ましいとされます。のれんを含めたROICは「その買収は資本コストを上回ったか」を、のれんを除いたROICは「買った事業は現場として回っているか」を教えてくれます。日本基準ではのれんを定期償却するため会計上の利益が押し下げられ、両者の差はさらに開きます。のれんの会計処理はのれんの償却で、日本基準とIFRSの違いはIFRSと日本基準の評価への影響で解説しています。
なお、成長期のソフトウェア企業のように、先行投資で利益が出ていない段階の会社にROICを当てはめると、極端に低い(あるいはマイナスの)数字になります。この場合は成長率や解約率など別の指標で評価するのが一般的です。考え方はSaaS企業のバリュエーションを参照してください。
よくある質問(FAQ)
Q. ROEとROICはどちらを重視すべきですか?
A. 目的によって使い分けます。株主の立場から投資リターンを見るならROE、事業そのものの稼ぐ力を見るならROICです。ただしROEは借入を増やすだけで上がってしまうため、ROEが高い理由をデュポン分解で確認し、レバレッジ由来でないかをROICで裏取りするのが安全です。経営目標として社内に落とし込む場合は、現場の施策と結びつけやすいROICのほうが扱いやすいと言われます。
Q. ROEは何%あればよいのですか?
A. 一律の正解はありません。日本ではROE 8%が一つの目安として語られることがありますが、これは平均的な株主資本コストを上回る水準として示された議論に由来するもので、業種や資本構成が違えば適正な水準も変わります。本質的な基準は「自社の資本コストを上回っているか」です。まず自社のWACCと株主資本コストを概算し、それを最低ラインとして目標を設定してください。
Q. ROICの計算で使う投下資本には、現金を含めますか?
A. 事業運営に必要な水準の現金は含め、それを超える余剰現金は除くのが基本的な考え方です。余剰現金を含めたままだと分母が膨らみ、事業の効率が実態より低く見えます。ただし「必要な現金」の水準に明確な線引きはなく、月商の1〜2ヶ月分といった目安を置いて判断することが多いです。判断が入る部分なので、社内で基準を決めて年度をまたいで一貫させることが大切です。
Q. 赤字の会社ではROE・ROICはどう見ればよいですか?
A. 分子がマイナスになるため比率としては意味を持ちません。まずは正常化調整を行い、一時的な要因を除いた実力ベースで黒字なのかを確認してください。それでも赤字であれば、比率ではなく「いくらの投下資本でいくらの損失が出ているか」という絶対額で捉え、赤字の原因を売上不足・原価高・固定費過大などに分解して見るほうが実務的です。債務超過の会社ではROEの分母がマイナスになり、計算結果が符号ごと反転してしまうため、数字を使わないでください。
Q. 事業ごとにROICを出すことはできますか?
A. できますし、複数事業を持つ会社ではむしろ推奨されます。事業別に投下資本を割り当てるには、事業資産アプローチ(運転資本+事業用固定資産)で積み上げるのが実務的です。本社費用や共用資産の配賦基準が悩みどころですが、売上比、人員比、使用面積比などの合理的な基準を決め、毎期同じ基準を使えば比較に耐えます。事業別のROICとWACCを比べると、どの事業が価値を生み、どの事業が資本を食っているかが見えてきます。
Q. 中小企業でもROICを経営指標として使う意味はありますか?
A. あります。特に、借入で設備投資を続けてきた会社や、在庫・売掛金が膨らんでいる会社では、「利益は出ているのに資金繰りが苦しい」という状態の原因がROICの分母側にあることが少なくありません。売上や利益だけを見ていると気づきにくい問題が、投下資本を分母に置いた瞬間に見えるようになります。まずは正常化した営業利益と、運転資本+事業用固定資産で概算のROICを出し、金融機関から示される借入金利や概算のWACCと比べてみるところから始めるとよいでしょう。
まとめ
ROEは当期純利益を自己資本で割った株主目線のリターン、ROICはNOPATを投下資本で割った事業目線のリターンです。ROEは売上高純利益率×総資産回転率×財務レバレッジに分解でき、レバレッジを高めるだけで見かけの数字が上がる点に注意が必要です。ROICはNOPATマージン×投下資本回転率に分解でき、値上げや原価低減といった収益性の施策と、在庫・売掛金の圧縮や遊休資産の売却といった資本効率の施策のどちらが効くのかを切り分けられます。
そして最も重要なのが、ROICを資本コスト(WACC)と比べることです。ROIC − WACC のスプレッドがプラスなら成長は価値を生み、マイナスなら成長するほど価値を毀損します。DCF法における「成長率=再投資率×ROIC」という関係を踏まえると、成長率の前提を置くこと自体が、それを支えるROICと再投資を仮定していることが分かります。中小企業で使うときは、役員報酬や私的経費を正常化してから計算すること、自己資本の厚薄によって数字の意味が変わることを押さえておいてください。
WACCと資本構成を含む評価は、財務を入力するとDCF法・類似会社比較法・純資産法のレンジと前提条件をPDFにまとめる詳細版(5,500円・税込)で確認できます。登録・試算は無料です。無料で登録して試算する