赤字会社の売却相場|値段はどう付くのか、ゼロ円・1円譲渡になる場合との分かれ目

最終更新: 2026-09-12

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赤字が続いている会社を売ろうと考えたとき、多くの経営者が最初に知りたいのは「そもそも売れるのか」ではなく、「いくらになるのか」だと思います。売れるかどうかについては赤字・債務超過の会社は売却できる?で買い手の見方やスキームを整理していますので、本稿はそこから一歩進んで、赤字会社にどうやって値段が付くのかという価格の話に絞って解説します。

赤字会社の価格は、黒字会社のように「利益の何年分」という一本の物差しでは決まりません。同じ営業赤字1,000万円の会社でも、数億円で成約することもあれば、株式の対価が1円になることもあります。この差はどこから生まれるのか。結論を先に言えば、それは純資産・正常収益力・事業の魅力という3つの要素の組み合わせによって決まります。本稿では、この3要素の関係を整理したうえで、価格が付く5つのパターン、赤字が黒字に見え直す正常収益力の作り方、ゼロ円・1円譲渡の実務、そして価格を押し下げる要素までを順に見ていきます。

本稿に登場する数値はすべて説明のための例示であり、特定の会社の価格を示すものではありません。また、税務・法務・金融機関との交渉に関わる論点は、必ず税理士・弁護士・取引金融機関にご確認ください。本稿は一般的な考え方の整理にとどまります。

結論:赤字会社の価格は「純資産」「正常収益力」「事業の魅力」の組み合わせで決まる

赤字会社の価格を考えるとき、買い手は次の3つを別々に見ています。この3つがそれぞれプラスなのかマイナスなのか、どれが大きいのかによって、採用される評価手法も、最終的な価格帯も変わります。

  • 純資産(ストック):資産と負債を時価で評価し直した差額です。ここがしっかりプラスなら、赤字であっても価格の土台が残ります。反対にマイナス(債務超過)なら、土台がマイナスから始まることになります。考え方は時価純資産法とはで整理しています。
  • 正常収益力(フロー):決算書上の赤字から、役員報酬・私的経費・一時的な損失などを買い手目線に引き直した後の、実質的な稼ぐ力です。ここがプラスに転じれば、営業権(のれん)を上乗せする余地が生まれます。詳しくは正常収益力とはをご覧ください。
  • 事業の魅力(無形の価値):許認可、有資格者や職人、顧客基盤、拠点、ブランド、システムなど、財務諸表には表れないけれど買い手が自前で揃えるには時間がかかるものです。買い手にとっての代替コストが高いほど、価格に反映されやすくなります。

黒字会社であれば、この3つはおおむね同じ方向を向いているため、時価純資産に営業利益の数年分を足す年買法のような簡便な考え方で相場感がつかめます。会社売却全般の相場観は会社売却の相場はいくらかで整理しています。ところが赤字会社では、3要素がばらばらの方向を向くことが珍しくありません。純資産は厚いが収益力はマイナス、収益力は調整すればプラスだが純資産は債務超過、収益力も純資産もマイナスだが許認可には価値がある——といった具合です。だからこそ、「赤字会社の相場は◯◯倍」という言い方が成立せず、パターンごとに値段の付き方を見ていく必要があります。

価格が付くパターンと、ゼロ円・1円譲渡になる分かれ目

実務でよく見られる赤字会社の価格の付き方を、5つのパターンに整理したのが下の表です。自社がどこに当てはまりそうかを考えながらご覧ください。なお、複数のパターンにまたがる会社も多く、その場合は該当する要素をそれぞれ足し引きして考えることになります。

パターン会社の状態主に使われる評価の考え方価格の付き方の傾向
① 一時的な赤字大口取引の一時的な喪失、災害、特別損失など、原因が特定でき再発しない見込み。正常収益力はプラス調整後の利益をベースにした年買法・倍率法。純資産+営業権黒字会社に近い考え方で評価されることがある。赤字会社のなかでは最も価格が付きやすい層
② 節税・役員報酬による見かけの赤字高額な役員報酬、家族への給与、保険料、私的経費などで意図的に利益を圧縮。正常化すると黒字正常収益力(実態EBITDA)をベースにした年買法・倍率法調整の裏付けが示せれば、①に準じた評価になり得る。裏付けが弱いと調整幅が認められにくい
③ 純資産は厚いが赤字不動産や現預金など資産の含みは大きいが、本業の収益力はマイナスのまま時価純資産法が中心。清算価値との比較も行われる純資産の水準が価格の目安になりやすい。営業権は付きにくく、むしろ将来赤字分を差し引く議論になることもある
④ 赤字だが許認可・人材・顧客に魅力がある収益は出ていないが、取得が難しい許認可、採用困難な有資格者、大手との取引口座などを持つ純資産に、買い手にとっての代替コストを踏まえた営業権を加えるその資源を必要とする買い手が現れれば、純資産を上回る価格が付くこともある。買い手を選ぶ
⑤ 構造的赤字+債務超過市場縮小や固定費過大で赤字が継続し、純資産もマイナス。資金繰りも厳しい株式価値の算定より、負債をどう処理するかの設計が中心になる株式の対価はゼロ〜1円(備忘価額)となり、買い手が債務を引き受ける形が検討される。事業譲渡での切り出しも

この表を上から下へ眺めると、分かれ目がどこにあるかが見えてきます。①②のように「正常収益力がプラスに転じるか」が第一の分岐点、③④のように「純資産または無形の価値が残っているか」が第二の分岐点、そのどちらも満たさないのが⑤です。つまりゼロ円・1円譲渡になるかどうかは、赤字の金額の大きさそのものではなく、調整後の収益力と純資産の両方がマイナスに沈んでいるかどうかで決まると考えると整理しやすくなります。

① 一時的な赤字:原因の説明が価格を左右する

主要取引先の一時的な離脱、設備の事故、訴訟の和解金、原材料価格の急騰といった一過性の要因で赤字になった場合、買い手はその要因を除いた利益で会社を見ようとします。ここで問われるのは金額よりも説明です。いつ、何が起きて、いくらの損失が出て、その後どう手を打ち、現在はどこまで戻っているのか。これを月次の数字と対応させて示せるかどうかで、買い手が「除いてよい損失」と認める範囲が変わります。原因を外部環境だけに帰する説明は、かえって再発リスクを疑わせるため逆効果になりがちです。

② 見かけの赤字:調整の裏付けがすべて

オーナー企業では、税負担を抑えるために役員報酬を高めに設定したり、生命保険料や交際費を厚めに計上したりすることがあります。この場合、決算書は赤字でも実態は黒字ということが起こります。買い手もこの構造は理解しているため、調整自体は当たり前に受け入れられます。ただし、受け入れられるのは証憑で裏付けられる範囲までです。「これも実質は私的経費」と口頭で主張しても、デューデリジェンスで確認できなければ価格には反映されません。

③ 純資産は厚いが赤字:清算価値との比較が意識される

本社不動産に含み益がある、現預金が潤沢にある、といった会社では、赤字が続いていても純資産が価格の土台になります。この場合、買い手は「この会社を清算したらいくら残るか」という水準を意識します。したがって、資産の時価をどう見るかが最大の論点になります。不動産の評価額、在庫の実在性と滞留、売掛金の回収可能性、機械設備の実際の価値。これらを一つずつ検証した結果が価格になるため、資産の内訳を先に整理しておくほど議論が早く進みます。なお、本業の赤字が続く見込みなら、買収後に流出するキャッシュを純資産から差し引く形で調整されることもあります。

④ 許認可・人材・顧客が魅力:買い手が限られる代わりに上振れも

赤字でも、取得に年数のかかる許認可を持っている、採用が困難な有資格者を抱えている、大手企業との取引口座がある、といった会社には、それを必要とする買い手にとっての価値があります。この価値は「同じものを自前で揃えるといくら・何年かかるか」という代替コストの発想で語られ、のれん(営業権)として純資産に上乗せされる形で価格に反映されることがあります。ただし、その資源を欲しがる買い手はごく一部です。買い手候補の数が少ない分、相手を見つけるまでの時間がかかりやすく、また見つかるとは限らない点は理解しておく必要があります。許認可がスキームによって当然には引き継げない場合もあるため、事前確認が欠かせません。

⑤ 構造的赤字+債務超過:価格よりスキームの話になる

市場そのものが縮小している、価格競争で粗利が確保できない、売上規模に対して固定費が重すぎる。こうした構造的な赤字が続き、累積損失で純資産もマイナスになっている場合、株式そのものに正の価値を見出すのは難しくなります。この段階では、「いくらで売るか」ではなく「どういう形なら引き継いでもらえるか」が議論の中心になります。株式の対価をゼロ円・1円としたうえで買い手が債務を引き受ける形、あるいは価値のある部門だけを事業譲渡で切り出す形、会社分割を使って事業を移したうえでその株式を譲渡する形などが検討されます。

正常収益力の作り方:赤字が黒字に変わる計算例

パターン①②に該当するかどうかを判断する作業が、正常収益力の算定です。ここが赤字会社の価格交渉で最も重要な作業と言ってよく、この一枚の表の出来が価格の目線を決めます。調整の代表的な項目は次のとおりです。

  • 役員報酬:オーナーと家族に支払っている報酬を、同じ役割を担う人を外部から雇った場合の水準に引き直します。過大なら足し戻しますが、逆に無報酬・低額で回していた場合は差額を差し引く必要があります。都合のよい側だけを調整すると、調整表全体の信頼性が失われます。
  • 私的経費:事業との関連が薄い交際費、社用車の維持費、家族名義の通信費、オーナーを受取人とする保険料など。金額の大小より、契約書や領収書で裏付けられるかどうかが問われます。
  • 一時的な損失・収益:固定資産の売却損益、災害損失、和解金、単年度限りの補助金収入など、毎期は発生しない項目を両方向で除きます。
  • 撤退・縮小した部門の損益:すでに閉鎖した店舗や撤退済みの事業が生んでいた赤字は、今後は発生しません。撤退が完了していること、関連する固定費も併せて消えることを示せれば、除外が認められることがあります。反対に「これから撤退する予定」という段階では、実行の確実性を問われます。
  • オーナー関連の賃料:オーナー個人や資産管理会社から借りている不動産の賃料が相場と乖離している場合、相場水準に引き直します。譲渡後も同条件で借り続けられるかも併せて整理が必要です。

これらを反映すると、決算書上の赤字が黒字に転じることがあります。次の表は、営業赤字1,200万円の会社を想定した調整の例です(数値はすべて説明のための仮のものです)。

項目金額(例)調整の内容
営業利益(決算書)△1,200万円出発点。決算書の数値をそのまま置く
+ 減価償却費+800万円EBITDAに引き直すための足し戻し
= EBITDA△400万円調整前の水準。この時点ではまだマイナス
+ 役員報酬の適正化+1,500万円オーナーと配偶者への報酬合計3,300万円を、後任者相当の1,800万円に引き直した差額
+ 私的経費の除外+200万円事業関連性の乏しい交際費・車両費・保険料(証憑で裏付けられる分のみ)
+ 撤退店舗の赤字+600万円前期末に閉鎖済みの店舗が計上していた営業損失(人件費・家賃も消滅済み)
+ 一時的な損失+300万円設備故障に伴う臨時修繕費。再発しないことを説明できる分
△ 一時的な収益△250万円単年度限りの補助金収入を控除
△ 賃料の適正化△150万円オーナー所有物件を相場より低い賃料で借りていた分を是正
△ 未計上の負担△100万円有給休暇・退職給付など、決算書に反映されていない年間相当額
= 正常収益力(実態EBITDA)+700万円買い手との価格議論の出発点になる数値

この例では、決算書上は営業赤字1,200万円ですが、調整後は700万円のプラスになりました。仮に時価純資産が3,000万円だとすると、年買法の考え方で「時価純資産3,000万円+正常収益力700万円×2〜3年分」とすれば、4,400万〜5,100万円程度が一つの目線になります。同じ会社を決算書の数字だけで見れば「赤字だから価格は付かない」と結論づけられてしまうところが、調整によって数千万円の差が生まれるわけです。年買法の考え方は年買法とはで解説しており、自社の数字での試算は年買法の無料計算ツールで確認できます。

上記はあくまで計算の例示です。何年分を掛けるか、そもそも営業権を認めるかは、赤字の原因、業種、買い手の狙い、買い手候補の数によって大きく変わります。また、調整項目のうち一つでも裏付けを欠くと、買い手は表全体を疑って保守的な数字に置き換えます。マイナス側の調整も自ら開示しておくほうが、結果として交渉は進みやすくなります。

ゼロ円譲渡・1円譲渡の実務

正常収益力も純資産もマイナスの場合、株式の対価は0円または1円(備忘価額)となることがあります。「タダで手放すのか」と受け止められがちですが、実務上の意味合いはもう少し複雑です。ここでは価格ゼロの取引で実際に動いているものを見ていきます。

買い手が負担するのは「対価」ではなく「債務」

株式譲渡でゼロ円・1円譲渡が成立する場合、買い手は会社の借入金・買掛金・未払金をそのまま抱えることになります。加えて、運転資金の注入や、赤字が止まるまでの資金負担が必要になることも多くあります。つまり買い手は、金銭の対価を売り手に払わない代わりに、債務と将来の資金負担という形で対価を負担していると見ることができます。売り手から見ても、手元に代金は入らないものの、事業と雇用が継続し、廃業した場合に生じたはずの費用や、債務が残るリスクを避けられる可能性がある、という意味があります。

個人保証をどう扱うかを条件に入れる

赤字会社のオーナーにとって、価格以上に重要になりがちなのが経営者の個人保証です。会社の株式を譲渡しても、保証契約は自動的には消えません。解除には保証を受けている金融機関の同意が必要で、買い手が新たに保証を引き受ける、借換えを行うといった形で調整されるのが一般的です。ゼロ円譲渡であっても、保証の解除が実現するかどうかで売り手にとっての実質的な価値はまったく変わります。譲渡契約に保証解除を条件として明記できるかを含め、早い段階から金融機関と弁護士に相談してください。詳しくはM&Aと個人保証の解除で整理しています。

事業譲渡で価値のある部分だけを切り出す

会社全体では債務超過でも、特定の店舗・部門・技術には価値が残っていることがあります。この場合、その部分だけを事業譲渡で切り出し、譲渡代金を残った会社の債務の返済などに充てるという組み立てが検討されます。事業譲渡では買い手は不要な負債を引き継がずに済むため、株式譲渡よりも買い手が見つかりやすい面があります。一方で、許認可の承継、取引契約の巻き直し、従業員の転籍について個別の同意や手続きが必要になり、残った会社をどう処理するかという問題も残ります。契約や従業員をまとめて移したい場合には会社分割が用いられることもありますが、債権者保護手続などの法定手続が伴います。いずれも債権者との関係に直結するため、必ず弁護士と設計してください。

税務上の論点:低廉譲渡・みなし贈与に注意

価格をゼロ円や1円にすること自体は当事者の合意で可能ですが、税務上は「その価格が妥当だったか」が別途問われ得ます。実態としての株式の価値が正であるにもかかわらず著しく低い価額で譲渡した場合、低廉譲渡として売り手側で時価による課税が行われたり、買い手側で受贈益やみなし贈与が認定されたりする可能性があります。特に、親族間や同族会社との間の譲渡、役員・従業員への譲渡では、税務上の評価方法が別に定められている場面もあり、扱いが複雑になります。

逆に言えば、株式の価値が実質的にゼロ以下であることを客観的に説明できる資料があることが、価格の妥当性を支えます。時価純資産の算定根拠、正常収益力の調整表、資金繰り表、金融機関との協議の経緯といった記録を残しておくことが実務上の備えになります。ただし、どの評価が採用されるかは個別の事情で変わり、税務上の判断は本稿の範囲を超えます。価格を決める前に必ず税理士に相談してください。第三者間の純粋な取引か、親族・同族が絡む取引かで論点がまったく変わります。中小企業のM&Aの全体像はスモールM&Aとはで、公的な相談窓口や支援制度についてはM&Aの公的支援で触れています。

価格を下げる要素:見つかった瞬間に目線が変わるもの

赤字会社の価格交渉では、買い手はもともと保守的な目線に立っています。そこに次のような要素が見つかると、価格が下がるだけでなく、検討そのものが止まることがあります。いずれも後から発覚するほど打撃が大きいという共通点があります。

要素具体的な内容価格・交渉への影響
簿外債務決算書に載っていない借入、リース、保証債務、第三者への担保提供、買戻し特約など判明額を株式価値から控除。額が読めない場合は、条件面での留保や検討中止につながる
未払残業代勤怠記録の不備、固定残業代の運用と実労働時間の乖離、みなし残業の形骸化過去の請求可能期間分を見積もって控除、または補償条項で手当てされることが多い
税金・社会保険の滞納法人税・消費税・源泉所得税の滞納、社会保険料の分納、社会保険の未加入滞納額の控除に加え、差押えのリスクとして買い手が強く警戒する。赤字案件で最も嫌われる項目の一つ
係争・クレーム訴訟、労働審判、取引先とのトラブル、製品の不具合対応見積額の控除や補償の対象になりやすい。金額が未確定な段階では価格を保守的にする材料になる
設備の老朽化償却が終わった機械や車両、更新が必要な基幹システム、原状回復義務のある賃借物件買収後に必要となる更新投資の額が、実質的に価格から差し引かれる
資金繰りの逼迫支払サイトの延長交渉、手形のジャンプ、返済条件の変更、仕入先の与信縮小検討スピードを買い手側に握られ、価格交渉の余地が急速に失われる

このうち、税金・社会保険の滞納と資金繰りの逼迫は、ほかの項目と性質が異なります。金額を控除して終わりではなく、「この会社は交渉している間に持たないのではないか」という疑念を生むためです。疑念が生じると、買い手は価格を下げるよりも先に、支払条件を分割にする、表明保証の範囲を広げる、成約の前提条件を増やすといった防御的な設計をしてきます。結果として、売り手が受け取れる金額とタイミングは一段と厳しくなります。

これらを避ける最も確実な方法は、買い手に指摘される前に自分で洗い出して開示することです。売り手側で先に問題点を点検して整える進め方はセルサイドDDと売却前の磨き上げに、買い手が実際に何をどこまで調べるかはデューデリジェンスとはにまとめています。先に出した問題は減額の材料で済みますが、後から出た問題は信頼の問題になります。

早く動くほど選択肢が残る

赤字会社の価格を決める要素のうち、売り手が自分でコントロールできるものは実はそれほど多くありません。市場環境も、買い手の関心も、金融機関の姿勢も、思いどおりにはなりません。そのなかで唯一、確実にコントロールできるのがいつ動き出すかです。

  • 手元資金に余裕があるうちは、複数の買い手候補に当たり、条件を比べることができます。資金が細るほど、最初に現れた相手の条件を受けるしかなくなります。
  • 正常収益力の調整は、証憑の整理と月次の作成に時間がかかります。時間があるほど、認めてもらえる調整の範囲が広がります。
  • 優秀な人材から先に離れていきます。パターン④で価格を支えるはずだった「人」という価値は、待っている間に目減りします。
  • 債務超過の幅が広がるほど、金融機関との調整に必要な手続きが重くなり、取り得るスキームが減ります。
  • 相手探しから成約までには数ヶ月から1年程度かかるのが一般的です。残り時間が短ければ、そもそも探索の時間が取れません。

「もう少し業績を戻してから相談しよう」と考えているうちに、選択肢が一つずつ消えていく。これが赤字案件で最もよく見られる展開です。まだ余裕があると感じている段階が、実は最も条件を作りやすい時期だと考えてください。なお、売却ではなく廃業を選んだ場合の手残りとの比較については黒字廃業を避けるためにで整理していますので、選択肢を並べて比べたい方はそちらをご覧ください。

よくある質問(FAQ)

Q. 赤字でも買い手はつきますか?

A. 赤字の会社が承継された例は実際にあります。ただし、必ず買い手が見つかると申し上げることはできません。買い手が見ているのは過去の損益そのものではなく、調整後の収益力と、赤字の原因を自分たちの手で取り除けるかどうかです。加えて、許認可・有資格者・顧客基盤といった、買い手が自前で揃えにくい資源を持っているかどうかも大きく影響します。まずは正常収益力の調整表を作り、自社がどのパターンに当たるのかを把握するところから始めるのが現実的です。

Q. 債務超過だと、いくらくらいになりますか?

A. 一律の目安はありません。債務超過であっても、正常収益力がプラスで、その営業権が純資産のマイナスを上回れば、株式価値がプラスになることはあります。反対に、負債の重さが営業権を上回れば、株式の対価はゼロ〜1円となり、議論の中心は価格から負債の処理方法へ移ります。重要なのは、純資産のマイナス額と正常収益力の水準を数字で並べてみることです。この2つが分かれば、自社がどちらの領域にいるかの見当は付きます。

Q. 1円譲渡なら、個人保証は外れますか?

A. 譲渡価格と保証の解除は別の問題です。1円譲渡だから外れる、高く売れたから外れる、というものではありません。保証の解除には、保証を受けている金融機関の同意が必要で、買い手が保証を引き受けられるだけの信用力を持っているか、借換えができるかといった要素で決まります。売り手にとっては価格そのものより重要な条件になり得るため、買い手候補と話を始める段階から論点として明示し、契約条件に落とし込めるかを検討してください。詳しくはM&Aと個人保証の解除をご覧いただき、実際の手続きは金融機関と弁護士にご確認ください。

Q. 従業員はどうなりますか?

A. 株式譲渡では会社がそのまま存続するため、雇用契約は原則として継続します。事業譲渡の場合は、従業員の転籍について個別の同意が必要になるのが原則です。ただし、いずれの形でも譲渡後の処遇や体制は買い手の方針に左右されます。雇用の維持を重視するのであれば、交渉の段階で買い手の考えを確認し、必要な事項を契約に落とし込んでおくことが現実的な対応になります。何もしなくても自動的に守られる、というものではありません。

Q. いつまでに動くべきですか?

A. 一律の期限はありませんが、判断の材料になるのは資金繰り表です。相手探しから成約まで数ヶ月〜1年程度かかることを踏まえると、手元資金と借入枠で1年程度の運転資金が見通せるうちに着手できると、複数の買い手を比べる余地が残ります。支払遅延や税・社会保険の滞納が始まってからでは、価格の議論以前に検討を見送られる可能性が高くなります。まずは向こう6〜12ヶ月の入出金予定を月次で作り、残り時間を数字で把握してください。

Q. 廃業とどちらが得ですか?

A. 一概には言えず、比較には計算が必要です。廃業では資産を処分価格で換価することになり、在庫や設備は帳簿より低い金額でしか売れないのが通常です。加えて、原状回復費用、従業員の退職に伴う費用、専門家報酬などの支出が発生し、債務超過であれば清算しきれず債務が残ることもあります。一方、譲渡では代金がゼロや1円でも、負債の引継ぎ、雇用の継続、個人保証が解除される可能性といった効果が生じ得ます。判断するには、廃業した場合の最終的な手残り(またはマイナス)と、譲渡した場合の条件を同じ土俵に並べることです。考え方は黒字廃業を避けるためにで整理しています。譲渡代金が出る場合の税引後の手残りの目安は株式譲渡の手取り計算ツールで確認できますが、実際の税額は個別事情によるため税理士にご確認ください。

まとめ

赤字会社の売却価格は、赤字の金額の大きさで決まるのではありません。純資産・正常収益力・事業の魅力という3つの要素が、それぞれプラスなのかマイナスなのかによって決まります。一時的な赤字や役員報酬による見かけの赤字であれば、調整後の収益力をもとに黒字会社に近い考え方で評価される余地があります。純資産が厚ければ時価純資産が土台になり、許認可や人材に魅力があれば、それを必要とする買い手のもとで純資産を上回る価格が付くこともあります。そして、収益力も純資産もマイナスに沈んだときに、株式の対価がゼロ円・1円となり、議論は債務の引受や事業の切り出しといったスキームの設計へと移ります。

価格を左右するのは、決算書そのものよりも、その数字をどこまで説明できるかです。役員報酬・私的経費・一時損失・撤退部門を裏付けとともに整理した正常収益力の表と、資産を時価で見直した純資産の内訳。この2枚があれば、自社がどのパターンに位置するのかが見え、買い手との議論の出発点になります。同時に、簿外債務や滞納、未払残業代といった減額要因を先に洗い出しておくことが、後からの信頼の毀損を防ぎます。ゼロ円・1円譲渡を検討する場合は、低廉譲渡やみなし贈与といった税務上の論点があるため、価格を決める前に必ず税理士に、負債や保証が絡む部分は弁護士と取引金融機関にご相談ください。そして何より、時間が経つほど資金も人材も減り、選択肢は確実に狭まります。

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