事業承継は誰に相談する? 相談先の違いと、話す順番・準備しておくこと
最終更新: 2026-09-12
「そろそろ事業承継を考えたい。でも、まず誰に話せばいいのか分からない」。この段階で立ち止まったまま、一年、二年と過ぎてしまう経営者は少なくありません。相談すること自体は難しくないのに、最初の一歩が踏み出せない。その理由は、たいてい二つです。ひとつは「誰に話すのが正しいのか分からない」こと。もうひとつは「話したことが社内や取引先に伝わってしまわないか不安だ」ということです。
事業承継の相談は、内容そのものよりも最初に誰へ話すかで、その後の進み方が大きく変わります。相手によって見えている範囲が違い、得意な領域が違い、そして立場に伴う利害も違うからです。悪意の話ではありません。税理士は税務から、金融機関は融資と債権保全から、M&A仲介は成約から、それぞれの視点で状況を見ます。同じ会社の同じ悩みでも、返ってくる答えは相手によって変わります。
本稿は「どの選択肢を選ぶか」ではなく、「誰に、どの順番で、何を持って相談するか」に絞って整理します。選択肢そのものの比較(親族内承継・役員従業員への承継・第三者へのM&A・廃業)は後継者がいない会社の選択肢で扱っていますので、そちらとあわせてお読みください。
結論:相談先は「正解」ではなく「順番」で決まる
先に要点をまとめます。
- 相談先に唯一の正解はない。ただし、順番には合理的な型があります。家族 → 顧問税理士 → 公的窓口や金融機関 → 専門業者、が基本形です。
- 間違えると失うのは主に「時間」。得意でない相手に相談すると、判断がつかず保留になり、数ヶ月が過ぎます。相手が悪いのではなく、守備範囲の問題です。
- 秘密保持は相談先選びと一体。誰に話すかは、そのまま「どの経路で情報が広がりうるか」を決めます。
- 手ぶらで行かない。決算書3期分と株主名簿、借入と個人保証の一覧、希望する時期と条件。この4点があるだけで、初回相談の密度がまったく変わります。
- 複数に相談してよい。ただし、同時に何社にも話を広げるのではなく、段階を踏んで広げていくのが安全です。
以下、相談先ごとの違いから見ていきます。
相談先7タイプを比較する
事業承継の相談先として現実的に挙がるのは、次の7つです。得意分野・費用・中立性・紹介の広さ(後継者や買い手候補につなげる力)・注意点の5点で並べて比較します。
| 相談先 | 得意分野 | 費用の目安 | 中立性 | 紹介の広さ | 注意点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 顧問税理士 | 財務・税務の全体把握、自社株評価の初期整理、事業承継税制、相続を見据えた設計 | 顧問料の範囲で相談できることが多い。個別の評価業務や税務スキームは別途 | 高い。自社の側に立つ立場 | 限定的。事務所のネットワーク次第 | M&Aの実務経験は事務所ごとに差が大きい。相手探しまでは担えないことが多い |
| 公的機関(事業承継・引継ぎ支援センター、商工会議所・商工会など) | 全体像の整理、進め方の助言、公的支援策や補助金の案内、後継者人材バンク等の紹介 | 初期相談は原則無料 | 最も高い。特定の取引を成立させる立場にない | 地域の金融機関・士業・登録支援機関などにつなぐ役割を持つ | 支援内容や進め方は地域・案件によって異なる。スピードも案件次第で、急ぐ話には向かない場合がある |
| 取引金融機関(銀行・信用金庫) | 資金調達、借入と個人保証の整理、MBO/EBOのスキーム組成、取引先ネットワークからの紹介 | 相談自体は無料が一般的。M&A支援業務を担う場合は別途手数料 | 中程度。融資判断と既存債権の保全という立場がある | 広い。地域の企業情報を持つ | 自行のグループ会社や提携先を紹介される場合がある。相談内容が与信判断に与える影響を気にする経営者は多い |
| M&A仲介会社 | 第三者への譲渡の相手探しから成約まで一貫した実行支援 | 着手金・中間金・成功報酬など。体系は会社により異なる | 低い。売り手・買い手の双方から報酬を受ける形態がある | 最も広い。買い手候補のデータベースを持つ | 報酬体系と専任契約の期間・解約条件を事前に確認する。相手探しを始めた時点で情報の管理範囲が広がる |
| FA(フィナンシャル・アドバイザー) | 依頼者一方の側に立った条件交渉、複数候補の比較、価格の妥当性検証 | リテイナー(月額)+成功報酬など。仲介より高くなる場合がある | 高い。依頼者側の代理人という立場 | 仲介ほど広くない場合がある | 小規模案件では受託されないことがある。費用対効果を案件規模と照らして判断する |
| 弁護士 | 契約書の作成・レビュー、株式の分散や少数株主対応、遺言・遺留分、紛争リスクの整理 | 時間制または案件ごとの報酬。初回相談は無料または低額の事務所もある | 高い。依頼者の側に立つ | 限定的 | M&Aや事業承継を扱う経験は事務所ごとに差がある。企業法務・M&A分野の取扱いがあるか確認する |
| 社会保険労務士 | 労務デューデリジェンスへの備え、未払い残業・就業規則・社会保険の整備、承継後の人事制度 | 顧問料の範囲、または個別業務ごと | 高い | 限定的 | 承継そのものの意思決定には関与しないが、労務の未整備は買い手の減額要因になりやすいため早期の点検に向く |
| 民間コンサルタント | 収益改善、事業計画、承継前の磨き上げ、組織づくり | 月額顧問または期間契約。幅が大きい | 会社により異なる | 会社により異なる | 資格に基づく業務独占ではないため、実績と契約範囲の確認が特に重要。成果の定義を契約前に文章で確認する |
この表から読み取れる構図はシンプルです。中立性が高い相手ほど紹介の広さは限られ、紹介が広い相手ほど立場が特定の取引に寄る。どちらが良い悪いではなく、両方を順番に使うのが実務的です。中立な相手に方向性を確かめてから、紹介力のある相手に実行を任せる。この順序が逆になると、方向性を決める前に実行の話が進んでしまいます。
話す順番の設計:家族 → 顧問税理士 → 公的窓口・金融機関 → 専門業者
相談先そのものより重要なのが順番です。以下は、多くのケースで無理のない進め方です。
第1段階:家族(配偶者・子・親族株主)
意外に思われるかもしれませんが、最初に話すべき相手は家族です。理由は二つあります。第一に、親族内に後継者候補がいるかどうかで、その後に相談すべき相手が変わるからです。候補がいるなら税務と株式の集約が主論点になり、いないなら第三者への承継や廃業も含めた検討になります。第二に、後から家族に伝えると「勝手に進めた」という感情的なしこりが残りやすく、これが土壇場で話を止める要因になります。
聞き方には工夫が要ります。「継ぐ気はあるか」と尋ねると、答えを保留されたまま時間だけが過ぎます。「何年後に、どういう条件なら考えられるか」「継がない場合、会社をどうするのが良いと思うか」と、選択肢を示して具体的に聞くほうが本音が出ます。継がないという答えが出ても、それは失敗ではありません。早く分かるほど、他の道を検討する時間が残ります。
第2段階:顧問税理士
次は顧問税理士です。自社の財務を最もよく知っており、守秘義務があり、日常的に会っているため相談のハードルが低い。ここで行うのは「どうするか」の決定ではなく、数字の整理です。直近3期の業績、役員報酬や地代家賃など経営者個人と会社のあいだのやり取り、簿外の債務や保証、株主構成、自社株の評価規模。この土台がないまま外部に相談しても、話は具体化しません。
自社株の評価については、税務上の評価(相続・贈与のための財産評価)と、M&Aの場面で使われる企業価値評価が別物である点に注意が必要です。考え方の違いは事業承継時の株価算定で、税理士に依頼する場合の進め方と費用感は株価算定を税理士に依頼する場合で整理しています。親族内承継を前提とするなら、要件を満たせば活用しうる事業承継税制の検討もこの段階で始めておきたいところです。
第3段階:公的窓口、または取引金融機関
数字が整理できたら、外部の中立的な意見を聞きます。第一候補は、国が全国に設置している事業承継・引継ぎ支援センターや、地域の商工会議所・商工会といった公的な窓口です。初期相談は原則無料で、特定の取引を成立させる立場にないため、「今すぐ動くべきか」「そもそもM&Aに向く会社か」といった、業者には聞きにくい問いを投げられます。公的支援の全体像はM&Aの公的支援に、要件を満たす場合に活用しうる事業承継・M&A補助金については事業承継・M&A補助金の解説にまとめています。
取引金融機関に相談するかどうかは、目的次第です。役員・従業員への承継(MBO/EBO)を考えるなら、資金調達の可否がすべてを左右するため、早い段階での打診が不可欠です。借入や個人保証の整理が主論点である場合も同様です。一方、第三者への譲渡を検討しているだけの段階では、必ずしも先に伝える必要はありません。個人保証の扱いは自動的に決まるものではなく交渉事項ですので、考え方はM&Aにおける個人保証の解除を参照してください。
第4段階:M&A仲介・FA、弁護士など専門業者
方向性が「第三者への譲渡」に固まってから、実行を担う専門業者に相談します。ここで初めて、相手探しのネットワークが必要になるからです。仲介とFAは立場が異なり、報酬体系も違います。違いはM&A仲介とFAの違いに、依頼先を比較するときの観点はM&A仲介・アドバイザーの選び方にまとめています。契約前に、専任か非専任か、契約期間と中途解約の条件、着手金・中間金の有無と返還の可否を、文書で確認してください。
秘密保持:情報はどの経路で伝わるか
「相談したら従業員に伝わらないか」という不安は、ほぼすべての経営者が抱きます。この不安は正当です。検討段階で情報が広まると、従業員の不安や離職、取引先の警戒を招き、会社の価値そのものが下がります。したがって、相談先を選ぶことは、そのまま情報経路を設計することでもあります。
実務上、情報が漏れやすい経路は限られています。
- 社内の書類・郵便物:専門業者からの封書、見慣れない請求書、経理担当者が処理する支払い。金額よりも「見慣れない相手の名前」が疑念を生みます。連絡方法と送付先は最初に取り決めます。
- 来客と会議室:スーツ姿の初対面の来訪が続けば、社内は察します。面談場所を社外にする、資料の受け渡しを電子で行うといった配慮が必要です。
- 資料の作成過程:財務資料や名簿の作成を社内の誰かに依頼した時点で、その人は知ることになります。誰を「知る側」に入れるかは、意図的に決めるべき判断です。
- 地域の口コミ:金融機関や地元の取引先を通じた伝播です。地方ほど早く、そして正確でない形で広がります。
- 家族・親族:悪気なく話題にされることがあります。家族に伝える段階で、「まだ社内には言っていない」ことを明示しておきます。
専門業者に依頼する場合は、秘密保持契約(NDA)を締結したうえで、社名を伏せた資料(ノンネームシート)から検討を始めるのが一般的です。ただし、NDAで守られるのは相手方の行為であって、社内から漏れる経路は自社で管理するしかありません。従業員へいつ・どの範囲で伝えるかという設計は、それ自体が独立した論点です。詳しくは従業員への開示タイミングを参照してください。
相談前に用意しておくもの
初回相談の質は、持っていく資料でほぼ決まります。以下の6点が揃っていれば、たいていの相談先で具体的な話ができます。逆に、何もない状態で行くと「まずは決算書を拝見してから」で終わり、一往復が無駄になります。
- 決算書3期分:貸借対照表・損益計算書に加えて、勘定科目内訳明細書と法人税申告書一式まで揃うと理想的です。3期分あるのは、単年度の特殊要因を除いた収益の傾向を見るためです。
- 株主名簿と、実態との突き合わせ:名簿上の株主と、実際に出資した人・現在の所在が一致しているか。設立時の名義貸しや、相続を重ねて所在が分からなくなっている株式は、承継でもM&Aでも支障になります。整理の考え方は名義株の整理にまとめています。
- 家族・後継者候補の状況:子や親族の年齢・職業・意思、社内の幹部の年齢と適性、親族株主の有無。事実として整理しておけば十分です。
- 借入と個人保証の一覧:金融機関ごとの残高、返済期間、担保に入っている資産、経営者個人が保証している債務、個人資産を担保に提供している場合はその内容。ここが不明確だと、どの選択肢も検討できません。
- 希望する時期と条件:いつ引退したいか、退任後も関与する意思があるか、対価はどの程度を望むか。曖昧でも構いませんが、「5年以内」なのか「10年後でもよい」のかで、勧められる進め方は変わります。
- 譲れない条件:従業員の雇用維持、社名の存続、屋号や取引先との関係、事業所の所在地。ここを最初に言語化しておくと、条件交渉の局面でぶれません。
加えて、可能であれば自社の価値の目安を持っていくと、相談は一段深くなります。目安があれば「その価格は妥当か」「その金額で引退後の生活は成り立つか」という具体的な議論に入れるからです。概算だけなら年倍法シミュレーターで当たりをつけられますし、譲渡した場合に手元にいくら残るかは株式譲渡の手取り計算ツールで確認できます。
相談時に聞かれること/聞くべきこと
初回相談は、一方的に教えてもらう場ではありません。相手を見極める場でもあります。相談先ごとに、聞かれやすいことと、こちらから確認しておくべきことを整理します。
| 相談先 | 聞かれやすいこと | こちらから聞くべきこと |
|---|---|---|
| 顧問税理士 | 引退の希望時期、後継者候補の有無、株主構成、個人資産と会社の関係 | この事務所で対応できる範囲はどこまでか。M&Aの支援実績はあるか。ない場合、誰につないでもらえるか |
| 公的機関 | 会社の概要、従業員数、業績の傾向、これまで誰かに相談したか、希望する進め方 | 今の段階で何から手をつけるべきか。当社の状況で現実的な選択肢は何か。紹介してもらえる支援先はどのように選ばれるのか |
| 金融機関 | 承継の方針、借入の返済見通し、後継者の資力、事業計画 | 相談内容が今後の融資姿勢に影響するか。個人保証はどの段階で外せる可能性があるか。紹介先は自行グループか外部か |
| M&A仲介・FA | 希望価格、希望時期、譲れない条件、従業員数、直近の業績と特殊要因 | 仲介かFAか(どちらの側に立つか)。報酬の計算方式と最低報酬額。専任契約の期間と中途解約の条件。担当者の経験と、実際に動く人は誰か |
| 弁護士 | 株主構成、係争や潜在的な紛争の有無、相続の状況、契約書の整備状況 | 事業承継やM&Aの取扱い経験。想定される法的リスクと、その優先順位。費用の算定方法 |
| 社会保険労務士 | 従業員数と雇用形態、就業規則の整備状況、残業と勤怠の管理方法 | 買い手の調査で問題になりやすい点はどこか。是正にどの程度の期間と費用がかかるか |
とくにM&A仲介・FAに対しては、「誰の側に立つのか」と「報酬はいつ、いくら発生するのか」の2点を、必ず初回に確認してください。ここを曖昧にしたまま契約に進むと、後から立場の違いに気づいても身動きが取りにくくなります。
無料相談と有料相談は、どう違うのか
「無料だから質が低い」「有料だから安心」という単純な話ではありません。違いは提供されるものの性質にあります。
| 観点 | 無料相談(公的窓口・金融機関・業者の初回相談など) | 有料相談・有料業務(士業・FA・専門業者) |
|---|---|---|
| 得られるもの | 全体像の整理、進め方の助言、制度や支援策の案内、次に相談すべき先の示唆 | 個別の分析、書面での意見、契約書の作成、交渉の代理、責任を伴う判断材料 |
| 深さ | 一般論と方向性が中心。自社固有の数値に踏み込んだ検討は限定的 | 自社の資料に基づく具体的な検討。前提条件を置いた試算まで踏み込む |
| 成果物 | 口頭の助言、パンフレット等の資料が中心 | 評価書、意見書、契約書、計画書など。第三者に示せる形になる |
| 位置づけ | 方向性を決めるための入口。何度使ってもよい | 方向が決まったあと、実行するための道具 |
| 留意点 | 民間業者の無料相談は、受任につながることを前提とした営業活動である場合がある | 着手前に、業務範囲・期間・費用の算定方法を書面で確認する |
公的機関の使い方のコツは、「決めてもらう場」ではなく「整理してもらう場」として使うことです。費用がかからず、特定の取引を成立させる立場にないため、率直な意見が得られます。一方で、支援の進み方は地域や案件によって異なり、民間業者のようなスピード感を常に期待できるとは限りません。急ぐ事情があるなら、公的窓口での整理と並行して民間の選択肢も見ておく、という使い分けが現実的です。
なお、有料の業務でも、着手前の面談を無料としている事務所は珍しくありません。「相談だけで費用が発生するのか」は、業界の慣行ではなく相手ごとの運用なので、予約の際に一言確認しておけば済む話です。
よくあるつまずきと、現実的な対処
つまずき1:顧問税理士がM&Aに不慣れだった
最も多いパターンです。長年見てもらっている税理士に相談したところ、「M&Aはあまり詳しくないので」と言われて話が止まる。あるいは、詳しくないまま一般論で「まだ早い」と言われ、それを信じて数年が過ぎる。
対処は二つあります。第一に、顧問税理士には「数字の整理」を依頼し、M&Aの実務は別の相手に求めると役割を分けること。税理士を替える必要はありません。むしろ、財務を熟知した人が味方でいてくれることは、その後の交渉でも大きな支えになります。第二に、「どこか紹介していただけませんか」と率直に頼むこと。多くの税理士は、金融機関や専門業者、地域の支援機関とのつながりを持っています。紹介を頼むことは、信頼関係を損なう行為ではありません。
つまずき2:金融機関に相談したら、融資姿勢が変わらないか不安
「事業承継を考えている」と伝えることは、金融機関にとって「近い将来に経営者が交代しうる」という情報です。それが与信判断にどう影響するかを気にするのは自然な感覚です。
現実的な対処としては、まず相談の目的と段階を明確に伝えることです。「事業を畳むことを考えている」と受け取られるのと、「計画的に次の体制を整えたい」と受け取られるのとでは、印象がまったく異なります。承継の準備は、本来は経営の継続性を高める取り組みであり、後継体制が見えないまま経営者が高齢化していく状態のほうが、金融機関から見たリスクは大きい。この点を踏まえ、業績見通しと返済計画をセットで示すのが実務的です。
それでも懸念が残る場合は、まず公的窓口で全体像を整理し、方針が固まってから金融機関に伝える順序にすれば十分です。ただし、MBO/EBOのように金融機関の資金が前提となる選択肢を検討するなら、早期の打診は避けられません。この場合は、個人保証の扱いとあわせて相談することになります。
つまずき3:身内に切り出せない
「引退」「承継」という言葉を家族に向けて口にすることには、想像以上の心理的抵抗があります。子に負担をかけたくない、配偶者を不安にさせたくない、弱気だと思われたくない。結果として、最も先に話すべき相手が最後まで残ってしまいます。
切り出し方の工夫としては、「決めた話」ではなく「調べている話」として持ち出すのが有効です。「会社をどうするか決めた」ではなく、「そろそろ調べ始めていて、いくつか選択肢があるらしい」。決定事項ではないと分かれば、相手も構えずに意見を言えます。もう一つは、第三者の場を使うことです。公的窓口や顧問税理士との面談に家族に同席してもらえば、当事者同士の感情的なやり取りにならずに、事実ベースで話を進められます。
つまずき4:相談しないまま時間が過ぎる
つまずきの中で、最も損失が大きいのがこれです。相談自体は無料でもできるのに、「まだ決めていないから」「忙しいから」と先送りにするうちに、選べる道が減っていきます。とくに業績が下降局面に入ってからでは、第三者への譲渡でも条件は不利になります。利益が出ているうちに何も手を打たず、最終的に清算を選ばざるを得なくなる——いわゆる黒字廃業の多くは、判断の遅れが原因です。相談は決断ではありません。選択肢を確認しておくだけなら、早すぎるということはありません。
よくある質問(FAQ)
Q. 顧問税理士に言うと、そこから話が広まりませんか?
A. 税理士には法令上の守秘義務があり、正当な理由なく業務上知り得た秘密を漏らすことは禁じられています。したがって、税理士本人から社外へ情報が出るリスクは高くありません。実務上の注意点はむしろ別のところにあります。事務所の担当者が複数いる場合や、資料のやり取りを自社の経理担当者経由で行っている場合に、社内から伝わることがあります。相談の初回に「社内にはまだ話していないので、連絡は私の携帯と個人のメールにしてほしい」と伝えておけば、たいていの実務的なリスクは避けられます。
Q. 公的機関の相談は、本当に無料ですか?
A. 国が設置する事業承継・引継ぎ支援センターや、商工会議所・商工会などの窓口では、初期の相談は原則として無料で受けられます。中立的な立場から全体像の整理や進め方の助言、公的な支援策の案内を受けられるのが利点です。ただし、その先で個別の専門家に業務を依頼する場合や、外部の登録支援機関を通じて相手探しを進める場合には、通常どおり費用が発生します。また、支援の範囲や進め方は地域・案件によって異なりますので、初回の面談時に「どこまで無料で、どこから費用が発生するのか」を確認しておくと安心です。制度の内容や運用は見直されることがあるため、最新の公表情報もあわせてご確認ください。
Q. 何歳から相談すべきですか?
A. 年齢そのものより、「引退したい時期からの逆算」で考えるのが実務的です。親族内や社内の後継者を育てるなら5年程度、第三者への譲渡でも準備から成約まで1〜3年程度をみておくのが一般的な目安とされます。したがって、引退を意識し始めた時点が、相談の適切なタイミングです。加えて、健康上の理由で急に動けなくなる可能性も考慮すべきです。判断できる状態のうちに選択肢を把握しておけば、万一の際に家族が困りません。「決断する」のではなく「選択肢を確認しておく」だけであれば、早すぎるということはありません。
Q. 後継者候補がいない段階でも相談できますか?
A. できます。むしろ、その段階の相談が最も多いと言ってよいでしょう。後継者が決まっていないからこそ、親族内承継・役員や従業員への承継・第三者への譲渡・廃業という選択肢を並べて比較する必要があり、その比較こそが相談の中身になります。「後継者を連れて行かないと相談できない」ということはありません。選択肢の整理そのものは後継者がいない会社の選択肢にまとめていますので、相談前の予習としてお読みください。公的窓口では、後継者人材バンクのように後継者候補とのマッチングを支援する仕組みが用意されている場合もあります。
Q. 複数の相談先に同時に相談してよいですか?
A. 基本的に問題ありません。むしろ、一つの相談先の意見だけで判断すると、その相手の得意分野に引っ張られた結論になりがちです。ただし、二点だけ注意があります。第一に、段階を踏んで広げること。方向性が固まらないうちに何社もの業者に声をかけると、情報の管理範囲が一気に広がります。第二に、専任契約の存在です。M&A仲介やFAと専任のアドバイザリー契約を結ぶと、契約期間中は他社に依頼できない定めになっていることが一般的です。契約前であれば複数社と面談して比較するのが通常の進め方ですので、比較は契約前に済ませてください。比較の観点はM&A仲介・アドバイザーの選び方にまとめています。
Q. 相談しただけで費用は発生しますか?
A. 公的機関の初期相談は原則無料です。民間でも、初回の面談を無料としているところは多くあります。ただし、これは相手ごとの運用であって業界共通のルールではありません。費用が発生するのは通常、具体的な業務を依頼した時点——たとえば株価算定書の作成、契約書のレビュー、アドバイザリー契約の締結——からです。予約の際に「初回の面談に費用はかかりますか」と確認し、業務を依頼する段階では、業務範囲・期間・費用の算定方法を書面で示してもらってください。M&A仲介・FAの場合は、着手金や中間金の有無、成約に至らなかった場合の返還の可否まで確認しておくと安心です。
まとめ
事業承継の相談先に、唯一の正解はありません。顧問税理士は財務と税務、公的機関は中立的な整理と制度案内、金融機関は資金と保証、M&A仲介・FAは相手探しと交渉、弁護士は契約とリスク、社会保険労務士は労務、コンサルタントは承継前の磨き上げ。それぞれ守備範囲が違い、費用も中立性も紹介の広さも違います。
だからこそ、決め手になるのは「誰が一番良いか」ではなく「どの順番で話すか」です。家族に意思を確かめ、顧問税理士と数字を整理し、公的窓口や金融機関で中立的な意見を聞き、方向が固まってから専門業者に実行を任せる。この順序を守るだけで、方向性が決まる前に実行の話が進んでしまう事態を避けられます。
そして、相談の質を決めるのは持参する材料です。決算書3期分、株主名簿、家族と後継者候補の状況、借入と個人保証の一覧、希望する時期と条件、譲れない条件。この6点に自社の価値の目安が加われば、初回から具体的な議論に入れます。相談は決断ではありません。選択肢を確認しておくこと自体に、費用も後戻りできないリスクもないのですから、動ける時期に一度確かめておくことが、結果として最も安全な進め方です。
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