自分で企業価値を計算する方法|決算書の見方から3手法の計算手順まで

最終更新: 2026-09-12

自社の価値を、まずは無料で試算できます。無料で試算 →

企業価値の計算は、専門家だけのものではありません。決算書のどの数字を、どういう順番で、どの式に入れるのか——この地図さえ持っていれば、電卓と表計算ソフトで自社のおおよその価値を出すことができます。むしろ、自分の手で一度計算しておくことには大きな意味があります。外部から提示された金額の中身を追えるようになり、「なぜその数字になるのか」を質問できるようになるからです。

本稿は、決算書一式を机に広げたところから始めます。損益計算書と貸借対照表のどこを見るのか、勘定科目内訳明細書で何を確認するのか。そこから正常収益力と時価純資産という2つの土台をつくり、年買法・EV/EBITDA倍率法・DCF法という3つの手法で計算し、最後に企業価値から株式価値へ橋を架ける。この一連の流れを、ひとつの会社の数字を通しで使いながら追いかけます。あわせて、自分で計算するときに特に間違えやすい箇所と、手計算では埋められない限界も率直に整理します。

この記事が扱う範囲

企業価値まわりの話題は幅が広いので、最初に守備範囲を決めておきます。本稿が扱うのは「計算そのもの」です。決算書のどこを見て、どの数字をどう加工し、どの式に入れるか。逆に、売却したときに手元にいくら残るか(仲介手数料や譲渡益課税を引いた手取り)や、売却プロセスの進め方については扱いません。そちらは会社売却シミュレーション|売却価格と手取りを自分で試算する手順で、価格から手取りまでの流れとして整理しています。価格の相場観そのものは会社売却の相場はいくらかが参考になります。

計算の対象は、非上場の中小企業です。上場企業のように市場価格が存在しないため、財務データと一定の前提から価値を組み立てます。評価手法の全体像を先に俯瞰しておきたい方は非上場株式の評価方法、3つのアプローチの位置づけは株式評価の3つのアプローチをご覧ください。

本稿に登場する会社の数字、倍率、年数、割引率はすべて説明のための仮の例示です。実際の水準は会社の規模、業種、収益の安定性、資産の内容によって変わります。計算手順を追うための材料としてご覧ください。

準備:決算書のどこを見るか

最初の作業は、決算書から必要な数字を抜き出すことです。用意するのは直近3期分の決算書一式——損益計算書、貸借対照表、販売費及び一般管理費の内訳、製造原価報告書(製造業の場合)、そして勘定科目内訳明細書です。3期分そろえるのは、単年度の特殊要因に判断を引きずられないためです。なお、決算書以外に用意しておきたい資料の全体像は企業価値評価に必要なデータにまとめています。

損益計算書から抜き出す数字

損益計算書は「1年間でどれだけ稼いだか」を示す書類です。企業価値の計算では、この稼ぐ力が価値の主要な源泉になります。ただし、決算書に印字された利益をそのまま使うことはしません。使い道を意識しながら抜き出していきます。

見る科目どこにあるか評価での使い道
売上高損益計算書の最上段規模感の把握。3期並べて成長しているか、横ばいか、縮小しているかを見る。倍率法での相場観にも影響する
売上総利益(粗利)売上高−売上原価粗利率の推移を見る。急に下がっていれば値引き競争や原価上昇の兆候で、将来予測の前提に効く
営業利益損益計算書正常収益力の出発点。ここに調整を加えて「本来の稼ぐ力」に直す
減価償却費販管費の内訳、製造原価報告書。両方に分かれて計上されていることが多いEBITDAの計算に必須。合算し忘れると利益指標が小さく出る
役員報酬・役員賞与販管費の内訳正常収益力の最大の調整項目。役員全員分を確認する
地代家賃・支払手数料販管費の内訳オーナー個人や関係会社との取引が混ざっていないかを確認する
営業外損益受取利息、支払利息、雑収入、雑損失支払利息は事業価値の計算では利益から差し引かない(資本構成の影響を分離するため)。雑収入に一時的なものが混ざっていないかも見る
特別損益固定資産売却損益、保険解約返戻金、災害損失など毎期は起きない項目。将来の収益力から取り除く
法人税等損益計算書の末尾実効税率の実感をつかむ。DCF法では税引後の利益を使う

貸借対照表から抜き出す数字

貸借対照表は「決算日時点で何を持ち、何を負っているか」を示します。企業価値の計算では、資産ベースの価値(時価純資産)を出すために使うほか、企業価値から株式価値へ橋を架けるときの調整項目もここから取ります。

見る科目確認するポイント評価での使い道
現金及び預金定期預金や別段預金も含めた残高。担保に入っている預金は別枠で控える企業価値から株式価値へのブリッジで加算する(ネットデットの計算)
売掛金・受取手形回収サイトどおりに回っているか。長期滞留がないか時価純資産の調整(回収不能分を減額)。運転資本の水準把握にも使う
棚卸資産(在庫)実地棚卸との差、滞留品・陳腐化品の有無時価純資産の調整(評価減)。運転資本の水準把握
有形固定資産(土地・建物・機械)土地の取得時期と現在の相場。機械の実際の稼働状況時価純資産の調整(含み損益)。設備投資の必要額を見積もる材料にもなる
投資有価証券・ゴルフ会員権帳簿価額と現在の時価時価純資産の調整。事業に使っていないものは非事業用資産として別枠にする
保険積立金帳簿価額ではなく、いま解約したら戻る金額(解約返戻金)時価純資産の調整。差額が大きく出やすい代表的な科目
短期借入金・長期借入金・社債・リース債務残高と返済スケジュール。役員からの借入は別枠でネットデットの計算。企業価値から差し引く
退職給付引当金引当額と、規程にもとづく要支給額との差時価純資産の調整(積立不足を減額)
純資産の部合計資本金+剰余金など時価純資産の出発点となる簿価純資産

勘定科目内訳明細書で確認すること

決算書の中で、自分で計算するときに最も情報量が多いのが勘定科目内訳明細書です。貸借対照表の一行の中身が相手先別・銘柄別に開示されているため、「その数字が本当にその価値なのか」を確かめる手がかりになります。ここを飛ばすと、価値の見誤りが起きやすくなります。

明細で見る項目見つかりやすい問題評価での使い道
売掛金明細1年以上動いていない先、休眠・倒産先への債権、社長個人や関係会社への貸し回収可能性の低い分を時価純資産から減額する
貸付金明細(役員貸付金)オーナーへの貸付が資産として計上されている回収の見込みと精算方法を確認。原則として買い手は資産価値を認めにくい。譲渡前に精算する前提なら別枠で扱う
棚卸資産明細何年も動いていない品目、単価が実勢とかけ離れた品目評価減の見積もり
保険積立金・保険料の明細契約者・被保険者・受取人が誰か。解約返戻金の水準時価への引き直し。オーナー個人が実質的な受益者なら正常収益力の調整対象にもなる
借入金明細短期・長期・社債・リースの合計。役員借入の有無、保証や担保の状況ネットデットの計算。個人保証の有無も確認しておく
地代家賃の明細支払先にオーナー個人や資産管理会社が入っていないか相場との差額を正常収益力で調整する
土地・建物の明細取得年月と取得価額。所在地路線価や固定資産税評価額、近隣の取引事例と突き合わせて含み損益を見積もる

ここまでで数字が出そろいます。以降は、ひとつの会社を想定して通しで計算します。売上高8億円、決算書上の営業利益3,000万円、減価償却費2,200万円(販管費分1,000万円+製造原価分1,200万円)、簿価純資産1億5,000万円、現預金9,000万円、有利子負債1億2,000万円、発行済株式数2,000株の会社です。

ステップ1:正常収益力をつくる

中小企業の決算書に表れた営業利益は、その事業が本来持っている稼ぐ力とは一致しないのが普通です。オーナーの報酬の決め方、税負担の調整、個人的な支出の混入、一度きりの出来事——こうした要素が利益を上下させているためです。これらを取り除いて「買い手が引き継いだあと、平常運転で毎期どれくらい稼げそうか」を表す数字に直したものを正常収益力と呼びます。考え方の詳細は正常収益力とはで解説しています。

調整する4つの領域

  • 役員報酬:オーナー社長の報酬は、労働の対価というより利益配分の性格を帯びていることが多く、実勢とかけ離れがちです。「買収後に同じ職務を担う人を外部から雇うとしたら、いくら払うか」という水準に置き換え、差額を利益に加減します。実務にほとんど関与していない親族役員の報酬は、原則として全額を加算します。逆に、社長が生活費を切り詰めて報酬を低く抑えている会社では減算になる点に注意してください。加算だけを探すと、収益力を過大に見積もります。
  • 私的経費:事業と関係の薄い交際費、家族名義の車両費や保険料、別荘・会員権の維持費など。買収後には発生しない支出なので加算します。ただし「事業に必要な接待」と「私的な飲食」の線引きは主観が入りやすく、根拠を説明できない加算は買い手に受け入れられません。証憑で説明できる範囲に留めるのが実務的です。
  • 一時的な損益:大口のスポット案件、補助金収入、訴訟対応費用、本社移転費用、災害損失など、毎期は起きない項目を取り除きます。「一時的」と判断する根拠を書き添えておくと、あとで自分でも検証しやすくなります。
  • オーナー関連取引:オーナー個人や資産管理会社との賃貸借・業務委託は、価格が相場からずれていることがよくあります。相場より高く払っていれば加算、安く借りていれば(買収後に相場水準へ引き上がる想定で)減算します。

調整表の例

項目金額根拠のメモ
決算書の営業利益3,000万円直近期の損益計算書
+ 役員報酬の調整+1,500万円社長3,600万円+専務の配偶者1,200万円。後任体制の想定人件費3,300万円との差額
+ 私的経費の調整+200万円社用車2台の維持費、家族名義の保険料、私的な交際費
+ 一時的な費用の戻し+300万円前期に一度だけ発生した訴訟対応の弁護士費用
− 一時的な利益の除外−200万円大口スポット受注による粗利。継続性がない
+ 地代家賃の調整+200万円社長所有ビルへの賃料が近隣相場より年200万円高い
= 正常営業利益5,000万円調整後の実質的な稼ぐ力
+ 減価償却費+2,200万円販管費分1,000万円+製造原価分1,200万円
= 正常EBITDA7,200万円倍率法で使う利益指標

決算書の3,000万円が、調整後には5,000万円になりました。この2,000万円の差は、あとの計算で年数や倍率を掛けられて数倍に増幅されます。だからこそ、根拠のメモ欄を空欄にしないことが大切です。EBITDAという指標の意味と使いどころはEBITDAとはで整理しています。3期分の調整表を横に並べると、収益のブレ幅も見えて、後段のレンジ設定に役立ちます。

ステップ2:時価純資産をつくる

次は貸借対照表の側です。帳簿に載っている金額と、いまの実際の価値がずれている項目を洗い出し、純資産を引き直します。これが時価純資産で、価値の下限を考える土台になり、年買法の計算にもそのまま使います。手法としての位置づけは時価純資産法とはをご覧ください。

引き直す6つの領域

  • 土地:取得価額と現在の相場を比べます。相場の目安には路線価(相続税評価額を0.8で割り戻すと公示価格水準の目安になります)、固定資産税評価額、近隣の取引事例が使えます。古くから持っている土地は含み益、バブル期以降に高値で取得した土地や地方の工業用地は含み損になっていることがあります。含み益がある場合、実際に売れば税金がかかるため、税効果を控除した金額で見る考え方もあります。
  • 保険積立金:帳簿価額ではなく、いま解約したら戻る金額(解約返戻金)に置き換えます。保険会社に照会すれば確認できます。逓増定期などでは差額が大きくなりがちです。
  • 在庫:滞留品、陳腐化品、実地棚卸との差を評価減します。「売れる値段」で見るのが原則です。
  • 債権:長期滞留の売掛金、休眠・倒産先への債権、回収の見込みが薄い貸付金を減額します。役員貸付金は、譲渡前に精算するのか、資産として引き継ぐのかを決めておく必要があります。
  • 退職給付:退職金規程にもとづく要支給額と、引当金・外部積立(中小企業退職金共済など)の合計を比べ、不足分を負債として計上します。規程はあるのに引当を一切していない会社は珍しくありません。
  • 簿外債務:未払残業代、社会保険の未加入・未適用分、係争中の案件、債務保証、リース契約の残債など、貸借対照表に載っていない負担です。自分で計算するときに最も見落としやすく、かつ金額が大きくなりやすい領域です。売却前に自社で洗い出す作業についてはセルサイドDDと売却前の磨き上げで触れています。

調整表の例

調整項目確認のしかた金額
簿価純資産貸借対照表の純資産の部合計1億5,000万円
− 土地の含み損10年前に取得した工場用地。近隣相場・路線価と比較−1,200万円
+ 保険積立金の含み益帳簿価額と解約返戻金の差額(保険会社に照会)+700万円
− ゴルフ会員権の含み損帳簿価額と直近の取引相場の差−300万円
− 回収不能の債権売掛金明細で1年以上動きのない先、休眠先への債権−500万円
− 在庫の評価減棚卸資産明細の滞留・陳腐化品−600万円
− 退職給付の積立不足規程にもとづく要支給額と引当・外部積立の差−1,100万円
− 未払残業代(簿外)勤怠記録と給与計算の突き合わせ−800万円
= 時価純資産上記を反映1億1,200万円

この会社では、簿価純資産1億5,000万円が時価では1億1,200万円まで下がりました。時価純資産は必ずしも増えるとは限らず、退職給付や簿外債務を丁寧に見ると減ることも多い、という点は覚えておいてください。なお、事業に使っていない資産(この会社では遊休地2,000万円)は、事業の収益力とは切り離して非事業用資産として別枠で管理します。ステップ4で改めて登場します。

ステップ3:3つの手法で計算する

土台ができたので、いよいよ価値を計算します。ひとつの手法だけに頼らないのは、それぞれ前提の置き方が違い、得意な会社・不得意な会社があるためです。3つ並べて初めて「どのあたりが妥当な帯なのか」が見えてきます。

手法1:時価純資産+営業権(年買法)

中小企業のM&Aで最も多く使われる、シンプルな方法です。計算式は次のとおりです。

  • 株式価値 = 時価純資産 + 正常営業利益 × 年数

後半の「正常営業利益×年数」の部分が営業権(のれん)にあたります。年数は2〜5年で議論されることが多く、収益の安定性、取引先の分散度合い、経営者への依存度、業界の見通しによって上下します。この手法の性質と使いどころは年買法とは、営業権の考え方は営業権の計算方法のれん・営業権とはで解説しています。計算は年買法の無料計算ツールで確認できます。

想定の会社では、時価純資産1億1,200万円+正常営業利益5,000万円×2〜4年=約2億1,200万円〜3億1,200万円となります。この式で出てくるのは株式価値です。時価純資産の中にすでに現預金も有利子負債も反映されているため、ここからさらに借入金を差し引く必要はありません(この二重控除は後述のとおり、自分で計算するときの典型的な誤りです)。

手法2:EV/EBITDA倍率法

利益指標に市場で観察される倍率を掛けて、事業価値(EV)を求める方法です。計算式は次のとおりです。

  • 事業価値(EV) = 正常EBITDA × 倍率
  • 株式価値 = 事業価値 − 有利子負債 + 現預金 + 非事業用資産

倍率は本来、同じような事業を営む上場会社の株価から逆算します。ただし非上場の中小企業には、規模の小ささ、株式を売買しにくいこと、経営者への依存といった要因があるため、上場会社の倍率をそのまま当てず、割り引いて使うのが通例です。中小企業では3〜6倍程度で議論されることが多くなります。手法の詳細は類似会社比較法(EV/EBITDA倍率)、非上場ゆえの割引は非流動性ディスカウント(DLOM)とはを参照してください。計算はEV/EBITDA倍率の無料計算ツールで行えます。

想定の会社では、正常EBITDA7,200万円×3〜5倍=事業価値2億1,600万円〜3億6,000万円。ここから有利子負債1億2,000万円を差し引き、現預金9,000万円と非事業用資産(遊休地)2,000万円を加えると、株式価値は約2億600万円〜3億5,000万円です。

手法3:DCF法

将来生み出すキャッシュフローを予測し、現在価値に割り引いて価値を求める方法です。理論的な筋は最も通っていますが、事業計画と割引率という2つの前提に結果が強く依存します。計算式は次のとおりです。

  • フリーキャッシュフロー(FCF) = 正常営業利益 ×(1 − 実効税率)+ 減価償却費 − 設備投資 − 運転資本の増加
  • 継続価値 = 安定期のFCF ÷(WACC − 永久成長率)
  • 事業価値 = 予測期間のFCFの現在価値 + 継続価値の現在価値

FCFの意味はフリーキャッシュフローとは、割引率の組み立て方はWACCとは、手法全体はDCF法とはで解説しています。計算はDCF法の無料計算ツールで試せます。

想定の会社で、正常営業利益5,000万円に実効税率30%を適用すると税引後3,500万円。ここに減価償却費2,200万円を加え、設備投資2,400万円と運転資本の増加300万円を差し引くと、FCFは年3,000万円になります。成長を織り込まず(永久成長率0%)、WACCを10〜13%と置いて単純化した継続価値を求めると、事業価値は3,000万円÷13%=約2億3,100万円から、3,000万円÷10%=3億円。ここから有利子負債1億2,000万円を引き、現預金9,000万円と非事業用資産2,000万円を加えると、株式価値は約2億2,100万円〜2億9,000万円です。

なお、この会社は減価償却費2,200万円に対して設備投資2,400万円と、償却を上回る投資を続けている前提にしています。設備投資を減価償却費と同額かゼロで置くと、FCFは実態より大きく出ます。ここは意識的に数字を置くべき箇所です。

3手法の結果を並べる

手法計算の中身株式価値の目安
時価純資産+営業権(2〜4年)時価純資産1億1,200万円+正常営業利益5,000万円×2〜4年約2.1億〜3.1億円
EV/EBITDA倍率法(3〜5倍)EBITDA7,200万円×3〜5倍=EV2.2億〜3.6億円。−有利子負債1.2億円+現預金0.9億円+非事業用資産0.2億円約2.1億〜3.5億円
DCF法(WACC10〜13%)FCF3,000万円÷WACC=EV2.3億〜3.0億円。同じブリッジ調整約2.2億〜2.9億円
時価純資産法(下限の確認)時価純資産のみ(遊休地を含む)約1.1億〜1.3億円
3手法が重なる帯3つの手法がいずれも収まる範囲おおむね2.2億〜2.9億円
上の数値はすべて説明用の仮の例示です。倍率、年数、割引率の水準は会社の状況によって変わります。ここで確認したいのは金額そのものではなく、同じ会社の同じ決算書から、手法を変えるとこれだけ幅のある答えが出るという事実です。

ステップ4:企業価値から株式価値へ橋を架ける

ステップ3のEV/EBITDA倍率法とDCF法で、いったん「事業価値」を計算しました。事業価値は、その事業が生む価値の総額であり、株主のものだけではありません。銀行など債権者の取り分が含まれています。株主にとっての価値、つまり株式の売買価格に対応する株式価値に直すには、次の調整(ブリッジ)が必要です。この区別は自分で計算するときの最重要ポイントで、企業価値と株式価値の違いで詳しく整理しています。

項目計算想定の会社(EV3億円の場合)
事業価値(EV)倍率法またはDCF法で算出3億円
− 有利子負債短期借入金+長期借入金+社債+リース債務−1億2,000万円
+ 現預金事業運転に必要な手元資金を除いた余剰分を厳密には使うが、実務では全額を加える簡便法も多い+9,000万円
(= ネットデットの控除)有利子負債1億2,000万円 − 現預金9,000万円 = 3,000万円を差し引く−3,000万円
+ 非事業用資産遊休不動産、事業に不要な投資有価証券、事業と無関係な保険など+2,000万円
= 株式価値3億円 −3,000万円 +2,000万円2億9,000万円
÷ 発行済株式数自己株式を除いた実際の発行済株式数÷2,000株
= 1株当たりの価値2億9,000万円 ÷ 2,000株14万5,000円

1株当たりの価値まで出しておくと、株主が複数いる場合の持分の価値、少数株主からの買い取り、後継者への段階的な移転といった場面で、そのまま議論の材料になります。ただし、100%の支配権を伴う取引と、10%の少数持分の取引では1株当たりの価値の見方が変わります。支配権のない持分には割引が、支配権を取得する取引には上乗せ(コントロールプレミアム)が生じるのが一般的です。株価算定書が必要になる場面は株価算定書が必要になる場面にまとめています。

現預金の扱いには注意が必要です。事業を回すのに必要な手元資金(月商の1〜2か月分など)は事業の一部であり、本来は加算対象から外して考えます。全額を加えると株式価値を大きめに見積もることになるため、レンジの上限側の数字として扱うのが安全です。

ステップ5:レンジで見る・感応度を確かめる

3つの手法で計算すると、答えは1つになりません。これは計算を間違えたからではなく、そういうものです。手法ごとに「何を価値の源泉とみなすか」が違うためで、資産に着目する手法と将来の稼ぎに着目する手法が同じ数字になるほうが不自然です。したがって、出てきた複数の結果はレンジとして扱います。

レンジの位置何を意味するかどう使うか
下限(時価純資産の水準)事業を清算しても残る価値。収益力をまったく評価しない場合の水準これを下回る評価には、簿外の負担や事業継続の困難といった特別な理由があるはず。理由を確認する
中心(複数手法が重なる帯)収益力を素直に評価した水準。議論の土俵になりやすい自社の価値の中心的な見立てとして扱う
上限(高倍率・低割引率のケース)成長や相乗効果を強く見込んだ場合に届く水準そこに届くために何が必要かを考える材料にする

レンジを出したら、次は感応度を確かめます。どの前提を動かすと結果がどれだけ変わるかを見る作業です。これをやっておくと、「価値を上げるには何に手を付けるべきか」が具体的になります。

動かす前提変化の幅株式価値への影響(想定の会社)
EV/EBITDA倍率±1倍±7,200万円。倍率は自社では動かせないが、収益の安定性や取引先の分散が改善すると上振れ余地が出る
WACC10% → 11%継続価値が3億円から約2億7,300万円へ、約2,700万円の減少。割引率の1%は想像以上に効く
正常営業利益+500万円年買法(3年)で+1,500万円、EBITDA倍率4倍なら+2,000万円。利益の改善は複数手法で同時に効く
設備投資の想定2,400万円 → 1,800万円FCFが3,000万円から3,600万円へ。WACC11%ならEVは約2億7,300万円から約3億2,700万円へ
永久成長率0% → 1%WACC11%なら継続価値は約2億7,300万円から3億円へ。分母が小さくなるほど影響が急拡大する
簿外債務の発見+1,000万円時価純資産と株式価値がそのまま1,000万円減少。見落としがそのまま価値の誤差になる

この表から読み取れるのは、「正常収益力を1円でも正確に出すこと」と「割引率や成長率のような、根拠を持ちにくい前提を慎重に置くこと」の2点が、計算全体の信頼性を左右するということです。逆に言えば、倍率や割引率をわずかに動かすだけで結果を都合よく作れてしまうため、前提の根拠を書き残す習慣が欠かせません。

自分で計算するときに間違えやすい6つの点

ここまでの手順を追ってきた方が、実際に手を動かすとつまずきやすい箇所を挙げます。いずれも金額へのインパクトが大きい項目です。

よくある誤り何が起きるか正しい扱い
倍率法で出した株式価値から、もう一度借入金を引く有利子負債を二重に控除し、価値を大幅に過小評価するEV/EBITDA倍率法では、倍率を掛けて出るのは事業価値。ネットデットの控除は1回だけ。年買法で出た数字は最初から株式価値なので、そこから借入金を引かない
役員報酬を戻し忘れる決算書の営業利益をそのまま使い、収益力を実態より小さく評価する役員全員分の報酬・賞与・保険料を確認し、後任体制の想定人件費との差額を加減する
DCF法で設備投資を織り込まない減価償却費を足し戻すだけで投資を引かないため、FCFが過大になる維持更新に必要な投資額を毎期見込む。目安として減価償却費と同水準、成長投資が必要なら上回る額を置く
税金の扱いが手法間でずれる税引前と税引後の利益が混在し、手法どうしの比較が成り立たなくなるDCF法では税引後(実効税率を適用)、倍率法では税引前のEBITDA。それぞれの手法が想定する段階の利益を使う
継続価値が全体の大半を占める遠い将来の想定に価値のほとんどが依存し、わずかな前提変更で結果が激変する継続価値が事業価値に占める比率を確認する。過半を大きく超えるなら、成長率と割引率の置き方を見直す
含み損・簿外債務を見落とす時価純資産を過大に評価し、下限のラインを誤る土地の含み損、退職給付の積立不足、未払残業代、係争案件、債務保証を明細レベルで確認する

もうひとつ、地味ですが影響が大きいのが単位のミスです。決算書は千円単位で印字されていることが多く、表計算ソフトに転記する際に桁を取り違えると、以降の計算がすべて狂います。入力後に売上高と営業利益を決算書と突き合わせて確認する習慣をつけてください。

自分で計算することの限界

ここまでの手順を踏めば、自社の価値のおおよその位置は把握できます。一方で、手計算では埋めにくい部分もはっきりしています。限界を知っておくことは、計算結果を過信しないためにも、どこで外部の力を借りるべきかを判断するためにも重要です。

  • 類似上場会社の選定とβの取得:EV/EBITDA倍率法もWACCの算定も、出発点は「自社と似た上場会社」です。ところが、事業構成が近い会社を選ぶ作業自体に判断が入りますし、選んだ会社の株価データや財務データを継続的に取得し、負債構成の違いを調整してβを求める作業には手間がかかります。数社選ぶだけでも倍率は大きく振れるため、恣意的にならない選定基準が要ります。
  • 業種別の倍率水準の入手:「うちの業界の相場は何倍か」を知るには、継続的に更新される取引事例や市場データが必要です。断片的に見聞きした数字を当てはめると、規模も収益性も違う会社の倍率を借りてくることになりかねません。
  • リスクプレミアムの水準設定:中小企業のWACCには、規模の小ささや事業リスクに応じた上乗せを加えます。この上乗せ幅に決まった正解はなく、根拠のある水準を自分で決めるのは容易ではありません。ここが1〜2%動くだけで、DCF法の結果は数千万円単位で変わります。
  • 根拠資料としての体裁:自分の表計算ファイルは、自分が納得するには十分でも、第三者に示す資料にはなりません。株主間の売買、少数株主からの買い取り、金融機関や取締役会への説明といった場面では、前提・手法・計算過程が文書として整理されていることが求められます。どのような体裁になるかは評価報告書サンプルの見方で確認できます。
  • 複数手法の重み付け:3つの結果が出たあと、どの手法をどれだけ重視するかは、会社の性格(資産型か収益型か)や評価の目的によって変わります。この判断には経験が要ります。ツールや外部サービスの選び方は株価算定ツールの比較が参考になります。

つまり、計算の骨格は自分で組める。だが、市場から取ってくる数字と、第三者に示す体裁は自力では埋めにくい——これが手計算の現在地です。まず自分で計算して構造を理解し、そのうえで足りない部分を補う、という順序が現実的です。

よくある質問(FAQ)

Q. 会計の知識がなくても計算できますか?

A. 決算書の科目名がある程度読めれば、本稿の手順は追えます。難しいのは計算そのものではなく、どの数字を調整すべきかの判断です。役員報酬の適正水準、私的経費の線引き、土地の相場、簿外債務の有無——ここには実務的な判断が入ります。まずは調整せずに決算書の数字だけで一度計算し、そのあとで調整項目を1つずつ足していくと、各項目が結果にどれだけ効くかが体感できます。無料の計算ツール(年買法EV/EBITDA倍率DCF法)に数字を入れ替えながら試すのが近道です。

Q. 決算書は何期分あればよいですか?

A. 1期でも計算はできますが、3期分をおすすめします。単年度では、大口案件による一時的な好調や、特殊要因による落ち込みを見分けられないためです。3期分の正常収益力を並べたとき、数字が安定していればレンジは狭く、ばらついていればレンジは広く取るのが自然です。ばらつきが大きい会社では、直近値と3期平均の両方で計算し、その幅をそのままレンジとして扱う方法もあります。

Q. 3つの手法で結果が大きく違います。どれを信じればよいですか?

A. どれか1つを選ぶ、という考え方をしないのがコツです。違いが出ること自体が情報だからです。資産を多く持つ会社では時価純資産ベースが高く出て、資産が少なく収益力の高い会社では収益ベースが高く出ます。目安としては、収益が安定している会社なら収益ベースの手法を重く見て、収益が不安定または赤字なら時価純資産を軸に考えます。それでも差が説明できないほど大きい場合は、いずれかの計算で前提の置き方に無理がある可能性が高いので、正常収益力の調整項目とネットデットの扱いを見直してみてください。

Q. 赤字でも計算できますか?

A. できます。ただし利益に倍率や年数を掛ける手法は使いにくくなるため、時価純資産が中心になります。その前に必ず、ステップ1の調整表を作ってみてください。役員報酬や一時的な損失を調整すると実質的には黒字だった、というケースは少なくありません。調整後も赤字であれば、時価純資産に加えて、許認可、顧客基盤、技術者、拠点といった個別の資産に価値を見出せるかを考えることになります。

Q. 計算した数字を、そのまま売買価格として使ってよいですか?

A. 目安としては有用ですが、そのままの適用は避けてください。取引価格は最終的に相手との交渉で決まり、買い手が見込む相乗効果、買い手の数、取引条件(支払方法、表明保証の範囲、経営者の残留期間など)によって上下します。自分の計算結果は「この帯が議論の土俵になりそうだ」という物差しとして持ち、提示された金額との差がどこから来ているのかを確認する用途に使うのが実践的です。価格から手取りまでの試算は会社売却シミュレーション手取り計算ツールで確認できます。

Q. 自分の計算と、専門家の算定は何が違うのですか?

A. 計算式そのものは同じです。違うのは3点あります。第一に、類似上場会社の選定やβ、リスクプレミアムといった市場データの調達と処理。第二に、複数手法の結果をどう重み付けし、どこに着地させるかの判断。第三に、前提と計算過程を第三者が検証できる形にまとめた文書としての体裁です。自分の計算は、この3つを持たない代わりに、前提を自由に動かして構造を理解できるという強みがあります。両者は対立するものではなく、自分で計算してから専門的な算定に進むほうが、内容を吟味できるぶん有利です。

まとめ

自分で企業価値を計算する手順は、次の5段階に整理できます。第一に、損益計算書・貸借対照表・勘定科目内訳明細書から必要な数字を抜き出すこと。第二に、役員報酬・私的経費・一時損益・オーナー関連取引を調整して正常収益力をつくること。第三に、含み損益・退職給付・簿外債務を反映して時価純資産をつくること。第四に、年買法・EV/EBITDA倍率法・DCF法の3つで計算し、事業価値で出たものはネットデットと非事業用資産を調整して株式価値に直すこと。第五に、結果をレンジとして受け止め、どの前提を動かすと結果が変わるかを感応度で確かめること。

この手順を一度通しておくと、決算書の数字が価値にどう変換されるかという回路が頭の中にできます。倍率が1つ違えば結果がどれだけ動くのか、割引率の1%がどれほど重いのか、簿外債務の見落としがどこに効くのか——それが分かっていることが、外部の評価と向き合うときの土台になります。一方で、市場データの調達と第三者に示す体裁は、手計算では埋めにくい領域として残ります。

手計算の限界を埋めるなら、Excelテンプレートに財務データを入力すると、3手法による評価レンジ、WACCの根拠、感応度分析、前提条件をPDFの報告書にまとめることができます(簡易版2,200円/詳細版5,500円、税込)。登録・試算は無料です。無料で登録して試算する

自社の価値を、まずは無料で試算

DCF法・類似会社比較法・時価純資産法による評価レンジを最短数分で。登録・シミュレーションは無料です。