株価算定と税理士|相続税評価とM&A評価の違い・依頼の使い分け
最終更新: 2026-06-28
「自社株はいくらか」という問いには、実は一つの答えがありません。相続税の計算で使う株価と、M&Aで会社を譲渡するときの価格は、目的も前提も計算方法も異なるからです。税理士は相続税の株価評価に精通していますが、M&Aの場面ではそれとは別の評価が必要になります。本稿では、相続税評価とM&A評価の違い、なぜ金額が異なるのか、どの場面でどの評価を使うのかを、実務目線で整理して解説します。税理士のM&A関与の全体像は税理士のM&A支援もあわせてご覧ください。
株価算定が必要になる場面
- 相続・贈与 … 自社株を相続・贈与する際の相続税・贈与税の計算
- M&A(譲渡) … 第三者に会社・株式を譲渡する際の取引価格
- 事業承継 … 親族・従業員への株式移転の前提
- 少数株主からの買い取り … 公正な価格の検討
- 組織再編 … 株式交換・合併などの比率算定
これらは目的が異なるため、用いる評価の考え方も変わります。とくに混同されやすいのが、相続税評価とM&A評価です。
相続税の株価評価とは
相続税・贈与税の計算で使う非上場株式の評価は、国税庁が定める財産評価基本通達にもとづいて行います。会社の規模や株主の立場に応じて、類似業種比準方式(上場している類似業種の株価などを基準にする)、純資産価額方式(会社の純資産を基準にする)、これらの併用、あるいは少数株主向けの配当還元方式などを使い分けます。これは課税の公平性を担保するための画一的な計算ルールであり、税理士が日常的に扱う領域です。詳しくは事業承継における株価算定を参照してください。
M&Aの企業価値評価とは
一方、M&Aで会社を譲渡するときの価格は、課税のルールではなく、「その会社が将来どれだけ稼ぐか」「市場でどう評価されるか」をもとに考えます。代表的な手法は、将来のキャッシュフローを割り引くDCF法、上場類似会社の倍率を使う類似会社比較法、純資産を時価評価する時価純資産法です。これらを併用し、一点の金額ではなく評価レンジで捉えるのが実務の基本です。3つのアプローチの違いは3つの評価アプローチの違いで整理しています。
相続税評価とM&A評価の違い
| 相続税の株価評価 | M&Aの企業価値評価 | |
|---|---|---|
| 目的 | 相続税・贈与税の計算 | 取引価格の検討 |
| 根拠 | 財産評価基本通達(課税ルール) | 収益力・市場の評価 |
| 主な手法 | 類似業種比準・純資産価額・配当還元 | DCF・類似会社比較・時価純資産 |
| 性質 | 画一的・客観的な計算 | 前提により幅のある評価 |
| のれん・収益力 | 反映されにくい | 収益力として反映される |
なぜ金額が違うのか
相続税評価とM&A評価で金額が異なる最大の理由は、「将来の収益力(のれん)」の扱いです。相続税評価は、課税の公平のために過去の実績や純資産を基準にする画一的な計算で、将来の収益力(のれん・営業権)が価格に反映されにくい傾向があります。一方、M&Aの価格は、買い手がその会社の将来の稼ぐ力に対して支払うものなので、収益力の高い会社ほど、相続税評価より高い価格がつくことがあります。逆に、資産は多いが収益力が低い会社では、M&A評価の方が低くなることもあります。つまり、同じ会社でも「何のための価格か」で金額が変わるのです。この違いを理解しておかないと、相続税評価額をM&Aの価格と勘違いし、交渉の前提を誤りかねません。
税理士が両方を扱う意義
税理士は相続税評価に精通していますが、M&Aの場面ではその評価をそのまま使うことはできません。とはいえ、財務を熟知し、評価の前提となる正常収益力の整理に強みを持つ税理士は、M&A評価にも適性があります。両方の評価を理解し、使い分けられることは、顧問先に対して大きな価値になります。たとえば、「相続税の評価額はこのくらいだが、M&Aで譲渡するならこのくらいの価格が見込める」と両面から示せれば、経営者は承継方法の選択(親族承継かM&Aか)をより的確に判断できます。相続税評価とM&A評価の橋渡しができることは、顧問税理士ならではの強みです。
M&A評価で税理士が押さえるべき点
税理士がM&Aの評価に関わる際は、相続税評価との発想の違いを意識する必要があります。鍵となるのは、正常収益力の把握です。役員報酬やオーナー個人経費、一過性損益を調整し、事業本来の稼ぐ力を明らかにすることが、M&A評価の出発点になります。財務を熟知する税理士は、この調整を根拠を持って行える点で強みがあります。そのうえで、DCF法や類似会社比較法で価格レンジを示し、その前提(採用手法・倍率の出所)を説明できるようにします。評価ツールを使えば、これらの計算を効率的に行え、専門の評価人員を抱えなくても説得力のある評価を示せます。
依頼の使い分け
実務では、目的に応じて評価を使い分けます。相続・贈与の税務申告なら相続税評価(財産評価基本通達)を、M&Aの価格検討ならM&A評価(DCF・類似会社比較等)を用います。両者は併存するもので、どちらかが正しくどちらかが間違いというものではありません。顧問先には、「今は何のための株価が必要なのか」を明確にしたうえで、適切な評価を提示することが大切です。M&Aの評価を外部の専門機関に依頼することもありますが、財務を理解する税理士がツールを活用して自ら示すこともでき、費用や対応のスピードを踏まえて使い分けます。株価算定の費用感は株価算定の費用相場も参考になります。
注意点
よくある質問
相続税評価額でM&Aの会社は売れますか?
相続税評価額は課税のための計算で、M&Aの取引価格とは異なります。収益力の高い会社では、M&Aの価格が相続税評価額を上回ることもあります。M&Aの価格は収益力や市場倍率にもとづいて別途評価します。
どちらの評価が「正しい」のですか?
どちらも目的が違うため、それぞれの目的において正しい評価です。相続・贈与の税務なら相続税評価、M&Aの価格検討ならM&A評価、と使い分けます。一方が他方より正しいということはありません。
税理士がM&A評価を行うことはできますか?
できます。財務を熟知し、正常収益力の整理に強い税理士は、M&A評価にも適性があります。評価ツールを活用すれば、複数手法による評価レンジを効率的に示せます。詳しくは税理士のM&A支援をご覧ください。
具体例で見る評価の違い
簡単な例で、相続税評価とM&A評価の違いをイメージしてみましょう。たとえば、純資産は小さいものの、独自のノウハウや安定した顧客基盤で高い利益を上げている会社があるとします。相続税評価では、純資産価額方式の比重が大きいと、純資産が小さい分だけ評価額も低めに出ることがあります。一方、M&A評価では、その高い収益力(将来稼ぐ力=のれん)が価格に反映されるため、相続税評価額を上回る価格がつくことが期待できます。逆に、不動産などの資産は多いが利益は薄い会社では、相続税評価(純資産ベース)の方が高く、M&A評価(収益力ベース)の方が低く出ることもあります。このように、会社の特性によって、どちらの評価が高くなるかは変わります。一律に「M&Aの方が高い」「相続税評価の方が低い」とは言えない点に注意が必要です。
経営者への説明のポイント
顧問先の経営者に株価を説明するとき、最も避けたいのは、相続税評価額をそのままM&Aで売れる金額だと誤解させてしまうことです。「相続税の計算ではこの金額ですが、M&Aで第三者に譲渡する場合の価格は別の考え方で、収益力次第ではこのくらいが見込めます」と、両者を区別して伝えることが大切です。逆に、M&Aの価格を相続税の申告に使うこともできません。目的ごとに正しい評価を使い分けるという原則を、経営者にも分かりやすく伝えることが、誤解にもとづく判断ミスを防ぎます。数字の意味を丁寧に説明できることが、信頼される支援につながります。
M&A評価を効率的に行うには
M&Aの評価は、DCF法・類似会社比較法・時価純資産法といった複数の手法を併用し、市場データや類似会社の倍率を集めて計算する必要があり、手作業では負担が大きい作業です。とくに、上場類似会社の倍率や無リスク利子率などの市場データを都度集めるのは手間がかかります。公的データと連携した評価ツールを使えば、これらのデータ収集と計算を自動化でき、財務を入力するだけで複数手法による評価レンジを短時間で算出できます。専門の評価人員を抱えなくても、顧問先に説得力のある価格目線を示せるようになるため、税理士・会計事務所がM&A評価に取り組むハードルを大きく下げられます。評価の根拠を示せることは、経営者の納得にもつながります。
追加のよくある質問
M&Aの価格は評価額で決まりますか?
いいえ。評価額はあくまで価格交渉の目線づくりの参考で、最終的な価格は売り手・買い手の交渉で決まります。評価で妥当なレンジを把握したうえで、交渉に臨むのが実務です。
少数株主からの買い取り価格も同じ考え方ですか?
少数株主からの買い取りは、また別の論点(公正な価格の検討)が関わります。状況によって考え方が異なるため、目的に応じた評価と、必要に応じて専門家の関与を検討します。
評価手法をもう少し詳しく
M&A評価で使う3つの手法の特徴を、もう少し見ておきましょう。DCF法は、事業計画にもとづく将来のフリーキャッシュフローを、その会社のリスクに見合った割引率(WACC)で現在価値に割り引いて足し合わせる手法です。成長性や収益構造を反映できる一方、事業計画の前提と割引率のわずかな差で結果が大きく動くため、感応度分析とセットで使います。類似会社比較法は、事業内容が似た上場会社のEV/EBITDA倍率などを対象会社に当てはめる手法で、市場の評価水準を反映できます。時価純資産法は、貸借対照表の純資産を時価に評価し直す手法で、資産保有色の強い会社や、収益性が低い会社の評価で重視されます。これらを併用し、それぞれの結果を見比べて評価レンジを作るのが実務です。相続税評価の画一的な計算とは異なり、前提の置き方で結果が変わるため、根拠を説明できることが重要になります。
相続税評価の手法をもう少し詳しく
相続税の株価評価では、会社の規模(大会社・中会社・小会社)や株主の立場(同族株主か少数株主か)に応じて手法が決まります。大会社では、上場している類似業種の株価・配当・利益・純資産を基準に評価する類似業種比準方式が中心になり、小会社では、会社の純資産を相続税評価額で計算する純資産価額方式が中心になります。中会社はこれらの併用です。また、経営に関与しない少数株主が取得する株式には、配当を基準にする配当還元方式が使われることがあります。これらは課税の公平を保つための画一的なルールであり、計算の客観性が重視されます。M&A評価のように前提次第で結果が動くものではなく、定められた方式に従って算出する点が、大きな違いです。
顧問先にとっての価値
相続税評価とM&A評価の両方を理解し、使い分けられる税理士は、顧問先にとって心強い存在です。事業承継を考える経営者は、「相続で子に渡す場合」「従業員に譲る場合」「第三者に売る場合」で、それぞれ税負担や手取りがどう変わるかを知りたいと考えます。それぞれの場面で適切な評価を示し、税負担まで含めて比較できれば、経営者は納得して進む道を選べます。相続税の専門性に加えてM&A評価の引き出しを持つことは、顧問税理士の付加価値を一段高めます。評価ツールを活用すれば、M&A評価の引き出しを実務に取り入れるハードルは大きく下がります。
評価を価格交渉にどう使うか
M&A評価は、税務申告のように一つの確定値を出すためのものではなく、価格交渉の土台を作るためのものです。売り手は「これだけの収益力があるのだから、この価格は妥当だ」と主張する根拠として、買い手は「この前提なら、この価格が上限だ」と判断する材料として、評価を使います。だからこそ、評価の前提(採用した手法、用いた倍率や割引率、正常収益力の調整内容)を説明できることが重要になります。前提が曖昧な評価は交渉で説得力を持ちません。逆に、根拠の明確な評価レンジを示せれば、交渉を有利に、かつ円滑に進められます。税理士が財務理解にもとづいて正常収益力を丁寧に整理し、その前提を説明できることは、価格交渉の場面で大きな強みになります。評価は「数字を出して終わり」ではなく、「交渉で使える根拠を作る」ものだと捉えることが大切です。
追加のよくある質問
M&A評価は外部に依頼すべきですか、自分で行うべきですか?
案件の規模やリスク、必要なスピード、費用感によります。第三者の意見が重視される場面では外部の専門機関に依頼することもありますが、価格目線づくりの段階なら、財務を理解する税理士が評価ツールを使って自ら示すことも十分可能です。目的に応じて使い分けます。
評価額に幅があるのはなぜですか?
M&A評価は前提(事業計画、割引率、適用倍率など)の置き方で結果が変わるため、一点ではなくレンジで捉えます。複数の手法や前提を見比べることで、妥当な価格帯を把握できます。幅があること自体が、評価の性質を表しています。
まとめ
自社株の価値は、相続税評価とM&A評価で目的・前提・手法が異なり、金額も変わります。最大の違いは将来の収益力(のれん)の扱いで、M&Aでは収益力が価格に反映されます。税理士は、両方の評価を理解し使い分けることで、顧問先の承継・M&Aの意思決定を的確に支えられます。M&A評価では、財務理解を活かした正常収益力の整理が強みになります。「今は何のための株価が必要なのか」を見極め、目的に合った評価を示すことが、誤解のない意思決定を支える第一歩です。相続税評価とM&A評価という2つの引き出しを持つことで、税理士は顧問先の承継を多面的に支えられます。
M&Aバリュークラウドは、財務を入力するだけでDCF法・類似会社比較法・時価純資産法による企業価値評価レンジを算出でき、M&Aの価格目線づくりを効率化します。相続税評価に加えてM&A評価も示せる税理士・会計事務所を後押しします。公的データと連携した評価で根拠を担保し、顧問先に説得力のある価格目線を提示できます。専門の評価人員を抱えなくても、M&Aの価格目線を実務に取り入れられます。まずは無料で始めるか、支援者向けの機能をご覧ください。