表明保証保険(M&A保険)とは|費用の考え方と中小企業での使い方
最終更新: 2026-11-05・M&Aバリュークラウド(株式会社ベルシャンス)・ 編集方針
結論から言うと、表明保証保険(M&A保険とも呼ばれます)は、売り手が株式譲渡契約書(SPA)で表明保証した内容に違反があった場合に、買い手(または売り手)が被る損害を保険会社が填補する保険です。買主用の保険であれば、買い手は売り手ではなく保険会社に保険金を請求できるため、「売り手にお金が残っていない」「元オーナーとの関係が悪くなる」といった補償請求の弱点を補えます。一方で、保険はデューデリジェンス(DD)の結果を前提に引き受けられるため、買い手が知っていた事項やDDで調べていない範囲は補償されにくいのが一般的な傾向です。保険を付ければSPAの交渉が要らなくなるわけではなく、補償上限・期間・特別補償・エスクローと組み合わせて使う道具だと考えるのが現実的です。
この記事は、買収を検討している事業会社の経営企画・M&A担当者の方に向けて、表明保証保険を使うかどうかを社内で判断し、稟議書に「残るリスクとその手当て」を書ける状態にするための論点を整理したものです。保険の仕組み、補償される範囲と典型的な免責、保険料・自己負担額・てん補限度額の考え方、引受の流れ、中小M&Aでの注意点、SPAの補償条項との使い分け、よくある失敗の順に見ていきます。
表明保証と補償のおさらい:売り手に請求する仕組みとその限界
表明保証保険を理解するには、まず保険が補おうとしている「表明保証と補償」の仕組みを押さえておく必要があります。SPAでは、売り手が対象会社について「財務諸表は適正に作成されている」「簿外債務はない」「重要な訴訟はない」「税務申告は適正に行われている」「未払残業代はない」といった事項を、契約時点やクロージング時点で真実かつ正確であると表明し保証します。これが表明保証です。
クロージング後に表明保証に反する事実が見つかり、買い手に損害が生じた場合、買い手はSPAの補償条項に基づいて売り手に損害の補償を請求します。中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月)も、表明保証が契約当事者間の潜在的なリスクを分担する機能を持つことを説明し、たとえば労働紛争がないと表明保証していたのに実際には紛争があり、M&A実行後に和解金を払うことになった場合に、その相当額を譲り渡し側が負担するケースを例として挙げています。
売り手への補償請求の限界
理屈の上では、表明保証と補償条項があれば買い手は守られます。しかし、実際に請求する場面では次のような壁があります。
- 売り手の資力:中小M&Aの売り手は個人のオーナーであることが多く、譲渡代金を受け取った後に返済・納税・生活資金・次の投資に使ってしまうと、請求しても回収できないことがあります。売り手が複数の個人株主に分かれていると、誰にいくら請求するかで手間も増えます。
- 関係の悪化:元オーナーが顧問や役員として残り、引継ぎや取引先対応を担っている場合、補償請求はその関係を壊しかねません。請求をためらって泣き寝入りする、という結果になりがちです。
- 紛争になりやすい:中小M&Aガイドラインは、表明保証の範囲を巡る紛争は当事者の関係が悪化したときに生じやすく、たとえば想定した収益が実現しない場合や、DDで検出されなかった問題が顕在化した場合に、感情面の対立が大きく、損害額の算定も難しいため請求が過大になりやすいと指摘しています。
- 売り手側が交渉で受け入れない:売り手は補償の上限を低く、期間を短くしたいと考えます。買い手が十分な補償を求めるほど交渉が長引き、案件そのものが止まることがあります。
表明保証保険は、主にこの「回収できるか」と「交渉がまとまるか」の2点に対する手当てです。中小M&Aガイドラインも、表明保証保険の購入により表明保証違反に関するリスクを保険会社に引き受けさせることができ、表明保証や補償の範囲に関する交渉が円滑化する場合もある、と記載しています。
表明保証保険の仕組み:買主用と売主用の違い
中小M&Aガイドライン(第3版)の用語解説では、表明保証保険を「譲り渡し側が一定の事項について真実・正確であることを表明保証していたにもかかわらず表明保証違反があった場合に、それにより譲り渡し側(売主用の場合)又は譲り受け側(買主用の場合)が被る損害を填補する保険」と説明し、日本国内でも一部の損害保険会社により提供が開始されているとしています。つまり、誰が保険契約者・被保険者になるかで、買主用と売主用の2つの型があります。
| 項目 | 買主用の表明保証保険 | 売主用の表明保証保険 |
|---|---|---|
| 守られる人 | 買い手(表明保証違反で被った損害) | 売り手(買い手から補償請求を受けて負う賠償責任) |
| 保険金を請求する相手 | 買い手が保険会社に直接請求する | 売り手が、買い手への補償に充てる形で保険会社に請求する |
| 買い手から見た効果 | 売り手の資力に左右されにくい。元オーナーとの関係を保ちやすい | 売り手が払えないリスクは減るが、請求の相手は売り手のまま |
| 交渉上の使い方 | 売り手の補償上限を低くする代わりに保険でカバーする、という譲歩材料になる | 売り手が広めの表明保証を受け入れやすくなる |
| 向いている場面 | 売り手が個人・複数株主・ファンドで、事後の回収や関係維持に不安がある案件 | 売り手が自らのリスクを限定したい案件 |
買い手の経営企画が検討するのは、多くの場合は買主用です。買主用の最大の特徴は、表明保証違反があったときの請求先が売り手から保険会社に移ることです。売り手が譲渡代金を使ってしまっていても、元オーナーが社内に残っていても、保険の範囲内であれば保険会社に請求できます。ただし、請求先が保険会社になるということは、保険金の支払いの可否を保険会社が約款と保険証券の条件に照らして判断するということでもあります。「売り手への請求なら交渉で決着できた」ものが、保険では免責として支払われない、ということも起こりえます。
また、保険金を支払った保険会社が売り手に求償するかどうかは、契約条件によります。売り手に故意や詐欺があった場合の扱いなど、保険会社が売り手に請求できる場面が定められていることがあるため、詳細は保険会社(代理店)に確認してください。
補償される範囲と典型的な免責
表明保証保険が補償するのは、原則として「SPAに書かれた表明保証の違反によって生じた損害」です。逆に言えば、SPAに書かれていない事項や、表明保証の対象外とされた事項は補償されません。さらに、保険には保険独自の免責(補償しない事項)があります。具体的な範囲は約款・保険証券・引受条件によって案件ごとに異なりますが、一般的な傾向として次のようなものが免責や補償対象外になりやすいとされます。
| 補償されにくいもの | 理由(一般的な考え方) | 買い手の手当ての例 |
|---|---|---|
| 買い手が知っていた事項 | 既知のリスクは「偶然の事故」ではなく、価格や契約で手当てすべきものとされるため | 価格の減額、特別補償、クロージング前の是正 |
| DDで調べていない範囲 | 保険会社はDDの範囲・深さを前提に引き受けるため、調査していない領域はリスクを評価できない | DDの範囲を広げる、または売り手の補償で受ける |
| 将来の見通し・事業計画 | 事業計画や売上予測が実現しないことは表明保証違反ではない | 価格の前提を保守的にする、アーンアウトを使う |
| 価格調整・純資産の不足 | クロージング時の運転資本や純有利子負債のずれは価格調整条項で精算するもの | 価格調整条項(運転資本ペグ・ネットデット調整) |
| 既知の訴訟・紛争 | 開示済みの訴訟は既知のリスクにあたるため | 特別補償、エスクロー、価格への織り込み |
| 罰金・課徴金など | 法令上・公序良俗上、保険で填補できない、またはしないとされることが多い | コンプライアンスDDと是正、売り手の補償 |
| 特定の高リスク領域 | 業種や対象会社の事情により、引受時に個別の除外項目が付くことがある | 除外された項目を一覧にし、売り手の補償で受ける |
経営企画として特に意識したいのは、上から2つ、「知っていた事項」と「調べていない範囲」です。この2つは、DDの質と直接つながっています。DDで問題を見つければ、それは既知事項になって保険の対象から外れます。DDで調べなければ、その領域は保険でも見てもらえない可能性があります。つまり保険は「DDをしっかり行ったうえで、それでも見つからなかったリスク」を受け持つものです。
中小企業庁が2021年3月に検討会資料として示した「取引の安全・安心の確保」でも、表明保証保険はDDを可能な限り実施しても避けられないリスクに対応するものであり、損害保険会社はDDが事前に適切に実施されていることを前提に、DDの範囲・精度・深度・正確性等を評価したうえで引受の可否を判断し、DDが不十分と判断される場合には引き受けないこともある、と整理されています。
また、「将来の見通し」と「価格調整」が対象外であることも見落とされがちです。売り手の事業計画が達成されないリスクは保険の問題ではなく価格の問題なので、買収価格の前提を保守的に置くか、業績連動のアーンアウト・シミュレーターで支払額の振れ幅を確かめながら、達成時だけ追加で払う形にします。運転資本や純有利子負債のずれは価格調整の領域です。
保険料・自己負担額(リテンション)・てん補限度額の考え方
表明保証保険の費用と補償の大きさは、主に「てん補限度額」「自己負担額(リテンション)」「保険料」の3つで決まります。具体的な料率や最低保険料は保険会社・時期・案件で異なり、公的資料で一律の水準は示されていないため、本記事では数字を挙げません。取引規模と補償範囲を伝えて見積もりを取るものと考えてください。
| 用語 | 意味 | 決め方の考え方 |
|---|---|---|
| てん補限度額(保険金額) | 保険会社が支払う保険金の上限 | 譲渡価格に対してどの程度の損害まで備えたいか。SPAの売り手補償上限と合わせて総額で考える |
| 自己負担額(リテンション) | 損害のうち、保険金が支払われずに被保険者側が負担する部分 | 少額の損害は保険でなく売り手の補償や買い手自身で受ける。SPAのデミニミス・バスケットとの整合を取る |
| 保険料 | 保険契約の対価。引受審査の結果で決まる | 限度額・リテンション・補償範囲・業種・DDの質で変わる。買い手と売り手のどちらが負担するかも交渉事項 |
| 保険期間(請求できる期間) | 違反を発見して請求できる期間 | SPAの補償期間より長く設定できる場合もある。税務など時効の長い論点は特に確認する |
計算例:保険金がいくら出るか(仮の数字)
以下はすべて説明のための仮の数字です。保険金の計算方法は約款によって異なりますが、ここでは「損害額から自己負担額を差し引き、その残りにてん補限度額を当てはめる」という前提で考えます。
- 譲渡価格(株式価値):5億円
- てん補限度額:1億円
- 自己負担額(リテンション):500万円
| ケース | 損害額 | 自己負担額を引いた後 | 保険金 | 保険でカバーされない額 |
|---|---|---|---|---|
| A:未払残業代が判明 | 3,000万円 | 2,500万円 | 2,500万円 | 500万円 |
| B:過年度の税務否認 | 1億2,000万円 | 1億1,500万円 | 1億円(限度額) | 2,000万円 |
| C:少額の契約違反 | 300万円 | 0円 | 0円 | 300万円 |
ケースAは、3,000万円-500万円=2,500万円が保険金になり、自己負担の500万円が残ります。ケースBは、1億2,000万円-500万円=1億1,500万円が限度額の1億円を超えるため、保険金は1億円にとどまり、1億2,000万円-1億円=2,000万円が保険でカバーされません。ケースCは損害が自己負担額以下なので保険金は出ません。カバーされない部分を売り手の補償で受けるのか、買い手が負担するのかを、SPAの補償条項で決めておく必要があります。
保険料は補助金の対象になりうる
中小企業が買い手になる場合は、費用面で公的支援も確認しておきたいところです。中小企業庁が2026年5月22日に公表した「事業承継・M&A補助金」(十五次公募)の公募要領の案内では、専門家活用枠の補助対象経費として、FAや仲介に係る費用、デュー・ディリジェンス、セカンド・オピニオンと並んで「表明保証保険料」が挙げられています。買い手支援類型・売り手支援類型があり、補助率や上限は類型や要件で異なります。
ただし、補助金の対象経費・補助率・上限・申請期間は公募回ごとに見直されます。対象となる経費の契約・支払いの時期にも条件が付くことがあるため、保険の申込みと補助金の申請時期の前後関係も含め、申請する回の公募要領で必ず確認してください。制度の全体像は事業承継・M&A補助金の記事やM&A・事業承継の公的支援まとめで整理しています。
引受の流れとスケジュール:DD・SPAと並行で進める
表明保証保険は、SPAの締結直前に「ついでに付ける」ものではありません。中小M&Aガイドラインは、表明保証保険を購入する場合、一般的にはDDの結果を報告したDDレポート等を保険会社に提出し、引受審査を経る必要があると記載しています。つまり、DDとSPAの作業と並行してスケジュールを組む必要があります。一般的な流れは次のとおりです。
| 段階 | 買い手がやること | 保険側の動き |
|---|---|---|
| 基本合意(LOI)前後 | 保険を使うかどうかを社内で決め、売り手に伝える。保険料の負担者も論点として挙げておく | 保険会社(代理店)への事前相談。対象になりうる案件かの確認 |
| DDの実施中 | 保険会社が評価できる形でDDを行う。調査範囲・手続を記録に残す | 概算見積もりのための資料(ヒアリング事項、暫定DDレポート、SPA案など)の確認 |
| DD報告書・SPA案の確定 | DD報告書とSPA案を提出。表明保証の文言と開示資料を整える | 引受審査。DDを行った専門家へのヒアリング、除外項目・保険料の提示 |
| SPAの締結(サイニング) | 保険の条件とSPAの補償条項の整合を最終確認して締結 | 保険契約の成立(条件によりクロージング時に確定) |
| クロージング | クロージング時点での表明保証の再確認。サイニング後に判明した事項の扱いを確認 | クロージング時の告知・確認書などの手続 |
中小企業庁の2021年3月の資料では、小規模案件向けの保険の例として、概算保険料の見積もりに必要な書類をヒアリングシート・暫定DDレポート・暫定株式譲渡契約書の3つとする例や、損害保険会社が専門家の助言を受けながら、調査項目の網羅性、調査の確認レベル・精度、業種のリスク、同業種内での対象会社のリスクといった観点でDDを評価し、DDが不十分な場合には追加的なDDを求めることもある、と紹介されています。手続の細部は保険会社や時期で異なりますが、DD報告書が保険審査の中心資料になるという点は押さえておきたいところです。
スケジュール上の注意は、保険審査で追加DDを求められたり、特定の項目が除外されたりした場合に、SPAの交渉に戻る必要が出てくることです。売り手との交渉日程に余裕がないと、「保険の条件が固まらないまま締結する」「除外項目を売り手補償で受ける交渉ができない」といった事態になります。基本合意の段階で保険の利用を前提にした日程を組み、意向表明書・基本合意書にも最終契約までの手続として書いておくと、後の調整が楽になります。
中小M&Aで使うときの注意
中小M&Aでは、DDにかけられる時間や予算が限られがちです。中小企業庁の2021年3月の資料も、中小企業のM&Aでは、DDにかけられる時間や予算等が限定的であることや、相手企業から開示される情報に大きく依拠することから、必ずしも網羅的にリスクを把握できないこともある、と指摘しています。この事情が、表明保証保険の使い方にも影響します。
DDの範囲が狭いと免責が広がる
保険はDDの範囲を前提に引き受けられるため、財務DDだけで法務・労務・税務を見ていなければ、それらの領域は除外されたり、引受そのものが難しくなったりする可能性があります。中小企業庁の同資料では、補償対象を財務諸表・会計帳簿・公租公課・人事労務などに絞った定型的な商品の例も紹介されていました。「保険を付けたから安心」ではなく、「保険で何が守られ、何が守られないか」を一覧にすることが重要です。どの領域のDDを外部に頼むかは買い手のDDの進め方を参照してください。
保険を付けても表明保証の文言設計は必要
表明保証保険が補償するのは、あくまでSPAの表明保証の違反です。表明保証の文言が「知る限り」「重要な点において」と広く限定されていれば、違反と認められる場面が狭くなり、保険金の支払いも限定されます。逆に、売り手が受け入れられないほど広い表明保証を保険を理由に押し込むと、交渉がこじれます。中小M&Aガイドラインは、DDの結果を踏まえ、問題の顕在化の可能性や影響の大きさ、それが譲渡対価に織り込まれているかを勘案しながら双方が認識を擦り合わせることが重要であり、定型的に無期限・無制限の表明保証条項を設定することは慎重に検討すべきだとしています。保険の有無にかかわらず、表明保証の文言は弁護士と一緒に設計してください。
保険があるからといってDDを手抜きしない
中小企業庁の2021年3月の資料には、表明保証保険によって不適切なDDを惹起する懸念もあるのではないか、という指摘も挙げられていました。保険があるからDDを簡略化してよい、という発想は逆効果です。DDを簡略化すれば保険の補償範囲も狭まり、保険では受けられないリスクが増えます。そもそも保険金が出ても、取引先の離反や従業員の動揺、経営陣の時間といった損失は戻ってきません。
案件規模と費用のバランス
小規模な案件では、保険料とDD費用の合計が譲渡価格に比べて重くなることがあります。保険を付けるかどうかは、①売り手の資力と回収の見込み、②元オーナーとの関係を保つ必要性、③DDで潰しきれないリスクの大きさ、④補助金を使えるか、を並べて判断します。保険を付けない場合でも、エスクローや支払いの一部繰延べで回収リスクを下げる方法があります。
SPAの補償条項との組み合わせ方
表明保証保険は単独で使うものではなく、SPAの補償条項・特別補償・エスクロー・価格調整と役割を分けて組み合わせます。リスクの種類ごとに「どの手段で受けるか」を決めておくと、交渉の論点が整理しやすくなります。
| 手段 | 向いているリスク | 買い手から見た長所 | 限界・注意点 |
|---|---|---|---|
| 売り手の一般補償(補償上限・期間) | DDで見つからなかった一般的な表明保証違反 | 保険の免責・除外項目もカバーしうる。費用がかからない | 売り手の資力に依存。上限・期間は交渉で狭まりやすい |
| 表明保証保険 | DDを行っても見つからなかった未知の違反 | 請求先が保険会社。売り手との関係を保ちやすい。補償期間を長めに取れる場合がある | 既知事項・未調査範囲・将来の見通しなどは対象外になりやすい。保険料と審査の手間 |
| 特別補償(個別補償) | DDで見つかったが金額が確定しないリスク(係争中の訴訟、税務調査の見込み、未払残業代など) | 既知事項でも、発生したら全額補償と定められる | 売り手の資力に依存。対象・算定方法・期間を具体的に書く必要 |
| エスクロー・支払いの繰延べ | 売り手の資力に不安がある場合の補償の担保 | 代金の一部を留保するので回収が確実 | 売り手は手取りが遅れるため抵抗しやすい。期間と解放条件の設計が要る |
| 価格の減額 | DDで見つかり、金額が見積もれるリスク | 最も確実で、事後の紛争がない | 売り手の納得が必要。見積もりを誤ると取り返せない |
| 価格調整・アーンアウト | クロージング時の残高のずれ、将来業績の不確実性 | 実額や実績で精算できる | 定義を巡って争いになりやすい。表明保証違反の手当てではない |
典型的な組み合わせは、「DDで見つかった金額の見えるリスクは価格で、金額が確定しない既知のリスクは特別補償とエスクローで、見つからなかった未知のリスクは表明保証保険と売り手の一般補償で受ける」という形です。保険を使う場合には、売り手の一般補償の上限を低めにする代わりに保険で上積みする、保険の自己負担額の部分は売り手の補償で受ける、保険の除外項目は売り手の補償の対象として残す、といった調整がよく検討されます。保険とエスクローの使い分けは米国M&Aの実務でも触れています。
いずれにしても、保険の条件(限度額・自己負担額・除外項目・期間)とSPAの補償条項(上限・下限・期間・特別補償)は、同じ表に並べて隙間がないかを確認するのが確実です。契約の文言は弁護士、保険の条件は保険会社(代理店)に確認し、両者の整合を取ってください。
価格判断と稟議書への書き方
表明保証保険を付けるかどうかは、実質的には買収価格の判断の一部です。保険で受けられないリスクが残るなら、その分を価格に織り込むか、補償で受けるかを決めなければなりません。保険料も取引費用として、投資判断の前提に含めます。売り手の希望価格が妥当かどうかは、買収価格の妥当性チェックで、希望価格からEV/EBITDA倍率・年買法の年数・純資産倍率を逆算して目安と比べておくと、残るリスクに対して高すぎないかを議論しやすくなります。価格の考え方そのものは買収価格の決め方、投資判断の基準はM&Aのハードルレートと投資判断基準で整理しています。
稟議書や取締役会資料では、「主なリスクと対応策」の欄に、表明保証・補償条項と保険の関係を書いておくと、承認する側の「買収後に問題が出たらどうなるのか」という質問に答えられます。無料で配布している株式取得の稟議書・取締役会付議資料のひな形には、「主なリスクと対応策」欄に表明保証・補償条項の行があるので、たとえば次のような内容を書き込んで使えます。
- DDで判明した事項と、その手当て(価格への織り込み・特別補償・エスクロー)
- 表明保証保険の有無、てん補限度額、自己負担額、保険期間、主な除外項目
- 売り手の一般補償の上限・期間と、保険との関係(どちらが先に支払うか)
- 保険でも補償でも受けられない残余リスクと、その大きさの見立て
- 保険料の負担者と、補助金の利用予定の有無
取締役会での説明の論点はM&Aの取締役会決議、株価算定書の稟議での使い方は稟議に使う株価算定書を参照してください。
表明保証保険でよくある失敗
最後に、買い手が表明保証保険を使う場面で起こりがちな失敗をまとめます。
- 保険を付ければ何でも補償されると思い込む:既知事項・未調査範囲・将来の見通し・価格調整は対象外になりやすい。除外項目を一覧にせずに稟議を通すと、問題が起きたときに説明がつかない。
- DDで見つかった問題を「保険があるから」と放置する:見つかった時点で既知事項になり、保険では受けられない。価格・特別補償・エスクローで手当てする。
- SPA締結の直前に保険を検討し始める:DD報告書の提出と引受審査に時間がかかり、追加DDや除外項目への対応が間に合わない。基本合意の段階で日程に組み込む。
- 保険とSPAの補償条項の隙間を確認しない:保険の自己負担額、限度額を超える部分、除外項目のどれも売り手補償の対象外になっていて、結局誰も負担しない領域が残る。
- 売り手の一般補償を全部なくしてしまう:保険の免責に当たる事項は買い手がすべて負うことになる。売り手補償を残すか、価格で受けるかを決めておく。
- 保険料の負担者を最後まで決めない:買い手・売り手どちらが払うか、折半か、価格に含めるかでもめる。早めに論点として示す。
- 補助金の公募要領を確認せずに契約・支払いをする:対象経費・期間の要件を満たさず、補助を受けられない。申請する回の公募要領で必ず確認する。
- 保険期間の終わりを管理しない:違反を見つけても、請求できる期間を過ぎていれば請求できない。SPAの補償期間とあわせて期限を一覧で管理する。
まとめ:保険はDDとSPAの補償条項を補う道具
表明保証保険は、売り手の表明保証違反による損害を保険会社が填補する仕組みで、買主用であれば請求先が売り手から保険会社に移ります。売り手の資力や元オーナーとの関係といった補償請求の弱点を補い、表明保証・補償の範囲を巡る交渉を円滑にする効果が期待できます。一方で、DD報告書の提出と引受審査が前提であり、買い手が知っていた事項、DDで調べていない範囲、将来の見通し、価格調整の領域などは補償されにくいのが一般的な傾向です。
使うときは、①DDの範囲を保険の審査に耐える水準にし、②保険の限度額・自己負担額・除外項目とSPAの補償上限・期間・特別補償・エスクローを同じ表に並べて隙間をなくし、③残るリスクを価格に織り込んで稟議に書く、という順で整理するのが基本です。中小企業が買い手であれば、保険料が事業承継・M&A補助金の対象経費になりうる点も確認してください。保険の条件は保険会社(代理店)、契約の文言は弁護士、税務・会計の論点は税理士・公認会計士に確認しながら進めてください。
残るリスクを価格に織り込む前提として、対象会社の単独の価値の目安を持っておくと議論がぶれにくくなります。買い手(経営企画・M&A担当者)向けのページでは、対象会社の決算書3期分と事業計画から、DCF法と類似会社比較法の併用で株式価値のレンジを算定し、算定書にまとめられることを紹介しています。試算と評価レンジの表示は無料です。