子会社取得の適時開示と届出の基準|独禁法・臨時報告書・日程の整理
最終更新: 2026-11-05・M&Aバリュークラウド(株式会社ベルシャンス)・ 編集方針
結論から言うと、株式を取得して会社を子会社にする買収で、買い手側に必要になる主な開示・届出は、①東京証券取引所の適時開示(上場会社の場合)、②金融商品取引法の臨時報告書(有価証券報告書の提出会社の場合)、③独占禁止法の株式取得の事前届出(売上高と議決権の基準を超える場合)の3つです。①と②は「決めたとき」に出すもの、③は「取得する前」に出して30日の待機期間を置くものなので、要否の判定を早めに済ませ、取締役会の日とクロージングの日から逆算して日程を組むのが実務の基本です。
この記事は、上場企業・中堅企業で買収を担当する経営企画の方に向けて、どの手続きがどの基準で、いつ必要になるかを1枚の表にまとめ、それぞれの判定の考え方、日程への落とし込み、インサイダー取引規制と情報管理、よくある失敗を整理したものです。基準の数値は東京証券取引所「会社情報適時開示ガイドブック」(2026年7月版)、金融商品取引法・企業内容等の開示に関する内閣府令、独占禁止法・同法施行令の条文(e-Gov法令検索で2026年11月に確認)に基づいています。
全体像:どの手続きが、どの基準で、いつ必要か
まず、株式取得による子会社化で検討する手続きを一覧にします。上場会社であれば①と②はほぼセットで検討し、③は上場・非上場を問わず、売上高の規模と取得後の議決権割合で判定します。④と⑤は買い手の属性や対象会社の業種によって出てくるものです。
| 手続き | 対象になる会社 | 主な判定基準(目安) | タイミング | 根拠 |
|---|---|---|---|---|
| ①適時開示 | 買い手が上場会社 | 子会社等の異動を伴う株式取得で、対象会社の総資産・売上高・利益・取得対価などが基準以上(後述) | 業務執行を決定する機関が決定したとき、直ちに | 東証 有価証券上場規程402条1号q、同施行規則401条1項5号 |
| ②臨時報告書 | 買い手が有価証券報告書の提出会社 | 特定子会社の異動、または子会社取得の対価が純資産額の15%以上 | 決定したとき、遅滞なく | 金融商品取引法24条の5第4項、開示府令19条2項3号・8号の2 |
| ③独占禁止法の事前届出 | 上場・非上場を問わない | 取得会社グループの国内売上高合計200億円超、対象会社(子会社を含む)の国内売上高合計50億円超、取得後の議決権割合が20%・50%を超える | 株式を取得する前。届出受理から30日間は取得できない | 独占禁止法10条2項・8項、同法施行令16条 |
| ④外為法の対内直接投資の届出 | 買い手が外国投資家 | 対象会社の業種などによる | 業種により事前届出または事後報告 | 外国為替及び外国貿易法 |
| ⑤業法上の許認可・届出 | 対象会社が許認可事業を営む | 業種ごとに異なる | 業種ごとに異なる(事前承認が要る場合もある) | 各業法 |
表のうち、①②は「投資者への情報開示」、③は「競争への影響の審査」、④は「安全保障などの観点からの審査」と目的がまったく違います。目的が違うので、基準となる数字も、見る会社の範囲(連結か単体か、国内売上高か全体の売上高か)も別々です。「適時開示が不要だったから独禁法の届出も要らないだろう」といった横流しの判断は危険で、手続きごとに判定するのが原則です。
上場会社の適時開示:「子会社等の異動を伴う株式の取得」
買い手が上場会社の場合、株式取得によって対象会社が子会社(東証の規程でいう「子会社等」)になることは、適時開示の「決定事実」の一つです。東証の会社情報適時開示ガイドブック(2026年7月版)では、「子会社等の異動を伴う株式又は持分の譲渡又は取得その他の子会社等の異動を伴う事項」として、有価証券上場規程402条1号q・同施行規則401条1項5号を根拠に挙げています。
開示が必要になる基準
すべての子会社取得が開示対象になるわけではなく、次の基準のいずれかに該当する場合(該当しないことが明らかでない場合を含む)に、直ちに開示することが義務付けられています。逆に言えば、すべての基準を下回ることが明らかな小さな取得は開示が不要で、これが一般に「軽微基準」と呼ばれる考え方です。
| 基準 | 対象会社側の数値 | 上場会社側の比較対象 | 割合 |
|---|---|---|---|
| a 総資産 | 直前事業年度末の総資産の帳簿価額 | 直前連結会計年度末の連結純資産 | 30%以上 |
| b 売上高 | 直前事業年度の売上高 | 直前連結会計年度の連結売上高 | 10%以上 |
| c 経常利益 | 直前事業年度の経常利益 | 直前連結会計年度の連結経常利益 | 30%以上 |
| d 当期純利益 | 直前事業年度の当期純利益 | 親会社株主に帰属する当期純利益 | 30%以上 |
| e 仕入高 | 対象会社からの仕入高 | 上場会社の仕入高の総額 | 10%以上 |
| f 売上高(対象会社向け) | 対象会社に対する売上高 | 上場会社の売上高の総額 | 10%以上 |
| g 資本金 | 資本金または出資の額 | 上場会社の資本金 | 10%以上 |
| h 取得対価(連結) | 子会社取得の対価(一連の取得を合算) | 直前連結会計年度末の連結純資産 | 15%以上 |
| i 取得対価(単体) | 同上 | 直前事業年度末の純資産額 | 15%以上 |
このほか、インサイダー取引規制の軽微基準(取引規制府令49条1項11号)に該当しない場合も開示対象になる、という基準(j)が置かれています。押さえておきたい注意点は次のとおりです。
- 取得対価には手数料等を含む:h・iの「対価の額」には、株式の売買代金だけでなく、子会社取得に当たって支払う手数料・報酬その他の費用等が含まれるとされています。アドバイザー報酬が大きい案件では、株価だけで判定すると基準を見誤ります。
- 一連の取得は合算する:段階的に株式を買い増す場合や、実質的に一体の複数の子会社取得は合算して判定します。
- 赤字の会社は絶対値で判定:対象会社が経常損失・当期純損失の場合は、その絶対値で基準に当たるかを判断します。
- 利益が少額な上場会社には特例がある:連結経常利益が連結売上高の2%に満たない場合などは、利益基準の判定に特例があります(ガイドブックの該当章を確認)。
基準hが置かれているのは、売上高や資産が小さい会社を高い対価で買う場合(たとえば成長企業の買収)に、売上高・総資産の基準だけでは開示対象にならないためです。対象会社の規模が小さくても、取得価額が大きければ開示が必要になると考えておきましょう。取得価額が対象会社の規模に比べて妥当かどうかは、買収価格の妥当性チェックで倍率から逆算して確かめられます。
開示のタイミング:「機関決定」は取締役会決議とは限らない
適時開示は、業務執行を決定する機関が決定したときに「直ちに」行います。ガイドブックは、開示すべき時期は取締役会決議などの形式にとらわれず実態的に判断するものとし、一般に、業務執行を実質的に決定する機関がその事実を実行することを事実上決定した段階で開示が必要になる、と説明しています。実務上は、取締役会決議事項であれば取締役会決議後直ちに開示することが多いとされています。
経営企画が特に気をつけたいのが、基本合意書(MOU)や意向表明書(LOI)を結ぶ段階です。ガイドブックは、基本合意書等を締結して当該行為について事実上決定した場合は、その時点で適時開示が必要としつつ、単なる準備行為や、交渉を始めるための合意にすぎず成立の見込みが立たない場合などは、その時点での開示までは求めないとしています。また、法的拘束力の有無だけで開示不要と判断すべきではないと注意しています。基本合意書の書き方は意向表明書・基本合意書の書き方で解説していますが、上場会社が結ぶ場合は、その内容と開示の要否を同時に検討しておくのが安全です。
また、許認可の取得や独占禁止法の待機期間の経過がクロージングの条件になっている場合でも、原則として会社として決定した時点で開示し、当局の認可等が実行の条件である旨を開示資料に書く、という扱いです。「届出が済んでから開示する」のではない点に注意してください。
開示書類の主な記載事項
ガイドブックが示す開示事項は次のとおりです。対象会社や売り手から集める情報が多いので、デューデリジェンスの段階で開示用の情報も一緒に集めておくと、決議直前に慌てずに済みます。
| 記載事項 | 主な内容 | 準備のポイント |
|---|---|---|
| 異動の理由 | 買収の目的・狙い | 取締役会資料の目的欄と表現をそろえる |
| 異動の方法 | 株式の取得(相対取引など) | スキームが決まっていること |
| 異動する子会社等の概要 | 名称・所在地・代表者・事業内容・資本金・設立年月日・大株主と持株比率・上場会社との関係・最近3年間の財政状態と経営成績 | 対象会社の3期分の数値(純資産・総資産・売上高・営業利益・経常利益・当期純利益・1株当たり数値など) |
| 取得の相手先の概要 | 売り手の名称・所在地・事業内容など、上場会社との関係、関連当事者への該当状況 | 売り手が個人の場合は氏名・住所(市区町村まで) |
| 取得株式数・取得価額 | 取得価額は売買代金と手数料等の合計(概算)、可能な範囲で内訳 | アドバイザー報酬の概算を把握しておく |
| 取得前後の所有株式数・議決権所有割合 | 取得前と取得後の比率 | 自己株式・種類株式の有無も確認 |
| 異動の日程 | 取締役会決議日・契約締結日・株式譲渡実行日など | 独禁法の待機期間を織り込んだ日程 |
| 今後の見通し | 業績に与える影響の見込み | 業績予想の修正が要るかを経理と確認 |
対象会社が非上場のオーナー企業の場合、「最近3年間の財政状態及び経営成績」の開示について売り手の理解を得ておく必要があります。秘密保持契約の段階で、上場会社として開示義務がありうることを伝えておくと、後でもめにくくなります。秘密保持契約の論点はM&AのNDAの実務を参照してください。議決権所有割合の計算は、自己株式や議決権のない株式の扱いで結果が変わるので、議決権比率の計算ツールで取得前後の比率を確かめておくと確実です。議決権の考え方そのものは議決権とはで解説しています。
金融商品取引法の臨時報告書:子会社取得と特定子会社の異動
有価証券報告書を提出している会社は、金融商品取引法24条の5第4項により、内閣府令で定める事由が生じたときに臨時報告書を「遅滞なく」提出しなければなりません。提出事由は企業内容等の開示に関する内閣府令(開示府令)19条2項に列挙されており、株式取得による買収で関係するのは主に次の2つです。
| 提出事由 | 内容 | 判定の目安 |
|---|---|---|
| 特定子会社の異動(19条2項3号) | 子会社でなかった会社が提出会社の特定子会社になることが決定された場合など | 対象会社が「特定子会社」に当たるか(次の表) |
| 子会社取得(19条2項8号の2) | 子会社取得が決定された場合で、対価の額(一連の行為として行う近接取得を合算)が提出会社の最近事業年度末の純資産額の15%以上 | 取得対価÷純資産額が15%以上か |
特定子会社とは、開示府令19条10項で、次のいずれか一つ以上に当てはまる子会社と定められています。
- 提出会社の最近事業年度に対応する期間で、提出会社に対する売上高の総額または仕入高の総額が、提出会社の仕入高の総額または売上高の総額の10%以上
- 純資産額が提出会社の純資産額の30%以上(提出会社が債務超過の場合を除く)
- 資本金の額または出資の額が提出会社の資本金の額の10%以上
子会社取得の臨時報告書では、取得対象子会社の商号・所在地・代表者・資本金・純資産・総資産・事業内容、最近3年間の売上高・営業利益・経常利益・純利益、提出会社との資本関係・人的関係・取引関係、取得の目的、取得の対価の額などを記載します。適時開示とほぼ同じ情報なので、両者は同時に準備するのが効率的です。なお、子会社取得の定義からは公開買付け(TOB)と株式交付によるものが除かれており、上場会社を買う場合は別の規制体系になります。
「遅滞なく」の具体的な日数や、連結子会社が取得する場合の扱いなど、実際の提出時期と様式は、主幹事証券会社や証券代行、管轄の財務局に確認するのが確実です。
独占禁止法の株式取得の事前届出
独占禁止法10条2項は、一定規模以上の会社が一定規模以上の会社の株式を取得し、取得後の議決権割合が基準を超える場合に、あらかじめ株式取得の計画を公正取引委員会に届け出ることを求めています。基準額は同法施行令16条で定められており、2026年11月時点の条文では次のとおりです。
| 要件 | 基準 | 見る範囲 |
|---|---|---|
| 取得会社側の規模 | 国内売上高合計額が200億円を超える | 取得会社が属する企業結合集団(親会社・兄弟会社・子会社を含むグループ)の国内売上高の合計 |
| 対象会社側の規模 | 国内売上高合計額が50億円を超える | 対象会社とその子会社の国内売上高の合計 |
| 議決権保有割合 | 20%以下から20%を超える場合、または50%以下から50%を超える場合 | 取得会社と、同じ企業結合集団に属する会社が保有する議決権の合計 |
ポイントは3つあります。1つめは、「国内売上高」で判定することです。全体の売上高ではなく、国内で供給された商品・役務の額で見るので、海外売上の多い会社はグループの連結売上高と数字が大きく違うことがあります。2つめは、取得会社側はグループ全体(企業結合集団)で見ることです。買収を子会社や買収目的会社に行わせる場合でも、親会社を含むグループの国内売上高で判定します。3つめは、議決権の基準は20%と50%の2段階で、たとえば15%を保有している会社が30%まで買い増すと20%を超えるので届出の対象になり、その後60%まで買い増すときは50%を超えるので改めて対象になります。議決権割合の計算は議決権比率の計算ツールで確認できます。
待機期間30日と届出前相談
届出をした会社は、届出受理の日から30日を経過するまでは、その株式を取得できません(独占禁止法10条8項)。公正取引委員会が必要と認める場合には期間を短縮できるとされている一方、詳細な審査に進んで報告等を求められた場合は、届出受理から120日または全ての報告等を受理してから90日のいずれか遅い日までが審査の期間になります(同条9項)。競合関係や取引関係が近い会社どうしの統合では、この長期化の可能性も日程に織り込んでおく必要があります。
公正取引委員会は、届出予定の会社が届出の前に任意で相談できる「届出前相談」を設けており、届出書の記載方法などを相談したり、届出書案の確認を受けたりできます(企業結合審査の手続に関する対応方針)。ドラフトの確認には一定の期間がかかるため、届出をクロージングから逆算する際は、届出前相談の期間も見込んでおくと安心です。届出書の様式と記載要領は公正取引委員会のウェブサイトで公開されています。
計算例:3つの基準を同じ案件で判定する(仮の数字)
ここでは、すべて説明のための仮の数字で、上場会社A社が非上場のB社の株式60%を取得する案件を判定してみます。実在の会社を示すものではありません。
- A社(上場・連結財務諸表作成会社):連結売上高1,000億円、連結純資産400億円、単体の純資産額350億円、単体の資本金50億円。A社グループの国内売上高合計800億円
- B社(子会社を含む):売上高60億円(うち国内55億円)、総資産80億円、純資産40億円、資本金1億円。A社グループとの取引はない
- 取得対価:株式の売買代金68億円+アドバイザー報酬などの費用2億円=70億円。A社はB社株式を保有していない(取得前0%→取得後60%)
| 手続き | 判定 | 計算 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 適時開示 a 総資産 | 80億円 ÷ 連結純資産400億円 | 20%(30%未満) | 該当しない |
| 適時開示 b 売上高 | 60億円 ÷ 連結売上高1,000億円 | 6%(10%未満) | 該当しない |
| 適時開示 h 取得対価(連結) | 70億円 ÷ 連結純資産400億円 | 17.5%(15%以上) | 該当する → 開示が必要 |
| 臨時報告書 特定子会社 | 純資産40億円 ÷ 350億円、資本金1億円 ÷ 50億円 | 約11.4%(30%未満)、2%(10%未満) | 特定子会社には当たらない |
| 臨時報告書 子会社取得 | 70億円 ÷ 単体の純資産額350億円 | 20%(15%以上) | 該当する → 提出が必要 |
| 独禁法 事前届出 | A社グループ国内800億円、B社国内55億円、議決権0%→60% | 200億円超・50億円超・50%を超える | 該当する → 届出と30日待機 |
この例では、B社の売上高・総資産はA社に比べて小さいため、規模の基準だけを見ると適時開示は不要に見えます。しかし、取得対価が連結純資産の15%以上になるため、適時開示も臨時報告書も必要になります。また、手数料等を含めない売買代金68億円で計算すると連結純資産比は17%で結論は変わりませんが、基準に近い案件では手数料の算入で結論が変わることがあります。利益基準(c・d)など、ここで計算を省いた基準も実際にはすべて確認します。
その他の手続き:外為法と業法上の許認可
外為法の対内直接投資(買い手が外国投資家の場合)
買い手が外国投資家に当たる場合(外国企業や、外国企業が支配する日本の会社が買う場合など)は、外国為替及び外国貿易法(外為法)の対内直接投資等の規制を確認します。対象会社の事業が安全保障などの観点で指定された業種に当たると、取得前の事前届出と審査期間の経過が必要になり、それ以外は事後報告で足りる場合もあります。業種の該当性の判断は複雑なので、財務省・事業所管省庁の案内を確認し、弁護士に相談してください。日本企業が海外企業を買う場合は逆に相手国の規制が問題になり、米国の届出・審査の概要は米国M&Aの実務で触れています。
業法上の許認可の承継・変更届(業種ごとに確認)
株式取得では対象会社という法人そのものは変わらないため、事業譲渡と違って許認可を取り直す必要がないことが多いのが利点です。ただし、業種によっては株主や役員の変更について届出や事前の承認を求めるものがあり、許認可の条件に「欠格事由のある役員がいないこと」などが含まれる場合は、買収後に役員を送り込む際にも確認が要ります。建設業、人材派遣・職業紹介、運送、医療・介護、金融など、規制の濃い業種ほど早めの確認が必要です。人材ビジネスの例は人材派遣・人材紹介会社の売却相場で許可の論点に触れています。対象会社の許認可の一覧と条件は、デューデリジェンスの法務項目で必ず洗い出しておきましょう(買い手のデューデリジェンス)。
なお、対象会社の株式が譲渡制限株式であれば、対象会社側での譲渡承認の手続きも必要です。これは対外的な届出ではありませんが、クロージングの前提条件として日程に入れておきます(譲渡制限株式とは)。
スケジュールへの落とし込み:基本合意からクロージングまで
開示・届出は「いつ出すか」が手続きごとに違うため、日程表に落とし込んで初めて抜け漏れが見えます。上場会社が独禁法の届出が必要な非上場会社を買う場合の、典型的な順番の例を示します。期間はあくまで目安で、案件によって前後します。
| 段階 | 買い手の主な作業 | 開示・届出 | 期間の目安 |
|---|---|---|---|
| 秘密保持契約・初期検討 | インサイダー管理の開始(関係者リスト)、開示・届出の要否の一次判定 | - | - |
| 基本合意(MOU・LOI) | 基本合意の内容と開示の要否を検討 | 事実上の決定に当たれば適時開示(必要に応じて臨時報告書) | - |
| デューデリジェンス | 開示書類用の対象会社情報も収集。国内売上高の算定 | 公取委への届出前相談(任意) | 数週間〜数か月 |
| 取締役会決議・株式譲渡契約の締結 | 付議資料の作成、決議 | 決議後直ちに適時開示、遅滞なく臨時報告書 | 決議当日〜 |
| 独禁法の届出 | 届出書の提出 | 株式取得の計画の届出 | 契約締結の前後 |
| 待機期間 | 許認可の届出・承認、譲渡承認、資金の準備 | - | 届出受理から30日(短縮・延長あり) |
| クロージング(株式譲渡の実行) | 代金支払い・株式の取得 | 異動の日程に変更があれば適時開示の続報 | 待機期間の経過後 |
| 取得後 | PMI開始、連結開始 | 業績予想の修正が必要か検討 | - |
日程を組むときの要点は、クロージング日から逆算して独禁法の届出日を決め、そこからさらに届出前相談と国内売上高の集計に要する期間を逆算することです。取締役会の日程は、適時開示の資料と臨時報告書の準備が間に合う日に置きます。取締役会に付議する資料には、開示・届出の要否の判定結果と日程を1枚で載せておくと、決議の場で「手続きは問題ないのか」という質問に答えやすくなります。株式取得の稟議書・取締役会付議資料のWordのひな形は買い手向けの無料ひな形で用意しています。株式譲渡契約では、独禁法の待機期間の経過や許認可の取得をクロージングの前提条件に書くのが一般的です(株式譲渡契約書(SPA)の要点)。
付議資料に添える価格の根拠の作り方は稟議に使う株価算定書で、上限価格の決め方は買収価格の決め方で解説しています。
インサイダー取引規制と情報管理
金融商品取引法166条は、上場会社の業務等に関する重要事実を職務に関して知った会社関係者が、その公表前に株式を売買することを禁じています。同法施行令28条は、業務執行を決定する機関の決定に係る重要事実として「子会社の異動を伴う株式又は持分の譲渡又は取得」を挙げており、上場会社の子会社取得の決定は、軽微基準に当たらない限り重要事実になります。
注意したいのは、重要事実になる時期が適時開示の時期より早いことがある点です。東証のガイドブックも、内部者取引規制では、判例等を踏まえると実現に向けた作業の開始を決定した段階から(場合によってはそれ以前から)重要事実に該当しうるものとして情報管理が求められる、と注意を促しています。買い手側の情報管理として、少なくとも次の点を押さえておきましょう。
- 関係者リストを作る:案件に関与する役職員・外部アドバイザーの氏名と、情報に接した日を記録する。案件名はコードネームにする。
- 自社株の売買を止める:関係者には案件の公表まで自社株の売買をしないよう周知し、社内規程の売買事前届出の運用を確認する。持株会の拠出の扱いも確認する。
- 対象会社・売り手側の情報管理:売り手が上場会社の場合は相手方の株式にも注意が必要。秘密保持契約で情報の取扱いを定める(NDA(秘密保持契約)とは)。
- 公表の方法を決めておく:重要事実は適時開示などの所定の方法で公表される。社内・取引先への説明は公表の後に行う段取りにする。従業員への伝え方はM&Aを従業員にいつ伝えるかが参考になります。
インサイダー取引規制の適用関係は個別の事情で変わるため、具体的な判断は弁護士や社内の法務・コンプライアンス部門に確認してください。
よくある失敗
最後に、開示・届出の場面で起こりがちな失敗をまとめます。多くは「判定を後回しにした」ことが原因です。
- 取締役会の直前に開示の要否を判定する:開示資料に対象会社3期分の数値や売り手の情報が必要なことに直前で気づき、資料が間に合わない。初期検討の段階で一次判定を済ませておく。
- 規模の基準だけ見て取得対価の基準を見落とす:対象会社が小さくても、取得対価が連結純資産の15%以上なら適時開示の対象になる。手数料等を含めて判定する。
- 独禁法の判定を連結売上高で行う:基準は国内売上高で、取得会社側は企業結合集団全体。海外売上の多いグループや、買収目的会社を使う案件で判定を誤りやすい。
- 待機期間を日程に入れていない:契約締結の翌週にクロージングを置いてしまい、30日の待機期間が経過しないため延期になる。売り手との信頼関係にも響く。
- 基本合意の段階での開示を検討していない:基本合意書の内容によっては、事実上の決定として開示が必要になる場合がある。法的拘束力がないことだけを理由に不要と判断しない。
- 段階取得の2回目で届出を忘れる:20%を超えたときに届け出ても、50%を超える追加取得では改めて判定が必要。適時開示・臨時報告書も一連の取得の合算に注意する。
- 許認可の確認を買収後に回す:株主・役員の変更に届出や承認が要る業種で手続きが漏れ、事業の継続に支障が出る。デューデリジェンスで洗い出す。
- 情報管理が開示時期まで始まらない:重要事実はもっと早い段階から成立しうる。関係者リストと売買の停止は秘密保持契約の時点から始める。
買収後の統合作業の段取りはPMIとはで、取得後に計上されるのれんの考え方はのれん(営業権)とはで解説しています。
まとめ:判定は早く、日程は逆算で
株式取得による買収の開示・届出は、①東証の適時開示(子会社等の異動を伴う株式取得。総資産・売上高・利益・取得対価などの基準)、②臨時報告書(特定子会社の異動、または取得対価が純資産額の15%以上)、③独占禁止法の事前届出(国内売上高200億円超・50億円超、議決権20%・50%超、待機期間30日)を軸に、必要に応じて④外為法、⑤業法上の許認可を確認する、という整理になります。①②は決定時、③は取得前と、出すタイミングが違うため、初期検討の段階で要否を一次判定し、クロージング日から逆算して日程を組むのが基本です。
基準の数値は改正されることがあるため、実際の判定では最新の東証の規程・ガイドブック、法令の条文、公正取引委員会の案内を確認し、弁護士・証券代行・主幹事証券会社・取引所の担当者に確認しながら進めてください。
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