事業承継・引継ぎ支援センターの使い方|無料でどこまで支援してもらえるか

最終更新: 2026-09-12

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「事業承継の相談は無料でできる公的な窓口がある」という話は、多くの経営者が一度は聞いたことがあると思います。事業承継・引継ぎ支援センターのことです。ただ、名前は知っていても、実際に何をしてくれるのか、どこまでが無料で、どこから費用がかかるのかを具体的に説明できる人は多くありません。「役所の窓口だから話を聞いてくれるだけだろう」と思って足が向かない、という声もよく聞きます。

結論から言えば、センターは「話を聞くだけの窓口」ではありません。親族内承継の計画づくりから、第三者への承継(M&A)の相手探し、民間の支援機関への橋渡し、後継者人材バンクを使った起業希望者とのマッチングまで、実際に承継を前に進めるための機能を持っています。しかもセンターに対する相談自体は無料です。一方で、契約書の作成や株価算定など、専門家に実務を依頼する部分は通常どおり費用が発生します。この線引きを理解しないまま行くと、「思ったより手厚かった」あるいは「結局は民間に紹介されただけだった」と、どちらの方向にも誤解が生まれます。

本稿は、相談先そのものの比較ではなく、センターという一つの窓口を実際にどう使うかに絞って整理します。顧問税理士・金融機関・M&A仲介など相談先ごとの違いや、話す順番については事業承継は誰に相談する? 相談先の違いと話す順番にまとめていますので、そちらとあわせてお読みください。

先に要点

  • センターは国の事業として全国47都道府県に設置された公的窓口です。中小企業基盤整備機構(中小機構)が「中小企業事業承継・引継ぎ支援全国本部」として各センターを支援しています。
  • センターへの相談は無料。回数の制限を設けていないセンターが一般的で、方向性が固まるまで何度でも相談できます。
  • 費用が発生するのは「実務を専門家に依頼した瞬間」から。登録支援機関(民間の仲介会社や金融機関など)に依頼した場合の手数料、株価算定、デューデリジェンス、契約書作成などがこれにあたります。
  • 扱う案件は小規模なものが中心。令和6年度にセンターで成約した譲渡企業のうち、売上1億円以下が68.0%を占めています(中小機構公表資料)。
  • スピードより中立性が強み。特定の取引を成立させる立場にないため、「そもそも今動くべきか」を率直に相談できます。逆に、期限を切って急ぐ話には民間のほうが向く場面もあります。

事業承継・引継ぎ支援センターとは何か

事業承継・引継ぎ支援センターは、産業競争力強化法にもとづく国の事業として、全国47都道府県に設置されている事業承継の公的相談窓口です。各センターは都道府県の商工会議所や産業支援財団などが受託して運営しており、独立行政法人中小企業基盤整備機構が「中小企業事業承継・引継ぎ支援全国本部」として、各センターへの助言・研修・広報を担っています。

現在の形になったのは令和3年(2021年)4月です。それ以前は、親族内承継の支援を担う「事業承継ネットワーク」と、第三者への承継(M&A)を支援する「事業引継ぎ支援センター」が別々に運営されていました。この2つが統合され、親族内承継・従業員承継・第三者承継のいずれについても、まず一か所で相談できるワンストップの窓口になったという経緯があります(中小企業庁「事業承継・引継ぎ支援センター」資料/令和4年7月)。統合にともなって、事業承継時の経営者保証の解除に向けた支援も新たに業務に加わりました。

性格としては、次の3点が重要です。

  • 公的機関である:国の事業として運営されており、相談者から成功報酬を受け取る立場にありません。各センターは「相談無料・秘密厳守・公平中立」を掲げています(各都道府県センターの公表情報)。
  • 中立である:特定の買い手や特定の仲介会社に案件を回すことで収益を得る構造になっていません。したがって「M&Aをやめておいたほうがよい」という助言もありえます。
  • 実務を担う人は専門家である:中小企業診断士、税理士、弁護士、金融機関出身者などが相談員・コーディネーターとして配置されています。行政職員が制度説明をするだけの窓口ではありません。
センターの支援内容・体制・運用は、都道府県ごとに、また年度ごとに異なります。本稿の記述は公表資料にもとづく一般的な整理であり、実際の支援範囲は最寄りのセンターにご確認ください。制度や事業の枠組みは見直されることがあります。

できることの一覧と、どこまでが無料か

センターの支援メニューを、内容と費用の扱いで並べると次のようになります。「無料」と書いた項目は、センターが自ら提供する支援について費用を求めないという意味です。

支援メニュー内容費用の扱い
相談対応承継全般の相談。親族内承継、従業員・役員への承継、第三者承継(M&A)、廃業を含む選択肢の整理まで。予約制で、回数制限を設けていないセンターが一般的無料
事業承継診断・課題の見える化後継者の有無、財務状況、株主構成、個人保証などを整理し、承継に向けた課題を洗い出す無料
親族内承継・従業員承継の支援事業承継計画の策定支援、経営権・資産・組織・従業員の引継ぎに関する助言、経営者保証の解除に向けた支援無料(計画策定に伴う個別業務の依頼は別)
第三者承継(M&A)のマッチング譲渡・譲受の希望を登録し、センター間の広域マッチングを含めて相手候補を探す。相談者の許諾を得た案件は、社名を伏せたノンネームのデータベースに登録される運用がある無料
登録民間支援機関の紹介センターに登録された民間のM&A仲介業者・FA・金融機関などを紹介し、そこでマッチングから成約まで進める紹介は無料。依頼先での支援は有償
後継者人材バンク第三者に事業を引き継ぎたい小規模事業者と、起業したい個人・引継ぎ創業希望者をつなぐ仕組み登録・マッチングは無料
専門家の派遣・専門家との連携税理士・弁護士・中小企業診断士などの専門家を交えた検討。センターによって派遣制度の枠組みが異なる無料枠がある場合と、一定の自己負担が生じる場合がある(地域・年度により異なる)
セミナー・相談会事業承継やM&Aの基礎、税制や補助金の解説など。地域の金融機関や士業団体と共催する形が多い無料のものが中心

つまり「相談し、整理し、相手を探し、つないでもらう」までは無料です。では、どこから費用がかかるのか。境目は「センターの支援」と「専門家による実務」の間にあります。東京都事業承継・引継ぎ支援センターは、相談は無料としたうえで、契約書作成・株価算定・税務アドバイスなど専門家への実務依頼は別途費用が必要である旨を明示しています(同センター公表情報)。

費用が発生しうる場面内容目安の考え方
登録支援機関に依頼した場合の報酬紹介を受けた民間の仲介会社・FAと契約し、相手探しから成約までを依頼する場合の着手金・中間金・成功報酬会社ごとに体系が異なる。考え方は「M&A仲介手数料の相場」で整理
株価算定・企業価値評価譲渡価格の検討や説明のために、外部に評価書を作成してもらう場合目的と精度により幅がある
デューデリジェンス(買収監査)譲受側が実施する財務・税務・法務などの調査。売り手側が事前調査を行う場合もある調査範囲と会社規模による
契約書の作成・レビュー基本合意書、株式譲渡契約書、秘密保持契約書などの作成・確認を弁護士等に依頼する場合案件の複雑さによる
税務・法務の個別助言、登記等の実費承継スキームの税務検討、株式の集約、役員変更登記など依頼先ごとの報酬体系による

なお、この「有償になる部分」については、要件を満たせば国の補助金を活用できる場合があります。事業承継・M&A補助金の専門家活用に係る枠では、M&A支援機関登録制度に登録された機関の支援に係る費用が補助対象とされています。制度の内容は事業承継・M&A補助金に、登録制度そのものの仕組みはM&A支援機関登録制度にまとめています。公的支援の全体像はM&Aの公的支援を参照してください。

利用の流れと、準備していく資料

中小企業庁の資料では、センターの業務は一次対応(相談対応)、二次対応(M&A候補案件の登録機関への橋渡し)、三次対応(登録機関で対応できない案件等の引継ぎ支援)として整理されています(中小企業庁「事業承継・引継ぎ支援センター」資料/令和4年7月)。実際に経営者の側から見た流れに置き換えると、次のようになります。

段階行うこと自社が準備すること期間の目安
1. 問い合わせ・予約最寄りのセンターに電話またはメールで連絡し、面談を予約する。完全予約制のセンターが多い会社名、業種、おおまかな相談内容。この時点で詳細な資料は不要即日〜数日
2. 初回相談相談員が状況をヒアリングし、選択肢を整理する。この場で結論を出す必要はない決算書3期分、会社案内、希望する時期。手ぶらでも相談は可能1〜2時間程度
3. 現状把握・事業承継診断後継者の有無、財務、株主構成、借入と個人保証、許認可などを整理し、課題を洗い出す税務申告書一式、勘定科目内訳明細書、株主名簿、借入・保証の一覧、登記簿謄本数週間〜
4. 方針決定親族内承継、従業員・役員承継、第三者承継(M&A)のいずれで進めるかを固める。廃業も選択肢として比較する家族・後継者候補の意向、譲れない条件(雇用・社名・所在地など)数週間〜数か月
5-A. センターによるマッチング第三者承継の場合、相談者の許諾を得たうえでノンネーム情報を登録し、センター間の広域マッチングも含めて相手候補を探すノンネーム情報の内容確認、開示範囲の判断案件による
5-B. 登録支援機関・専門家の紹介民間の仲介会社・FA・金融機関や、士業などを紹介してもらい、実行フェーズを委ねる紹介先を比較する視点、契約条件の確認案件による
6. 交渉・成約候補先との面談、条件交渉、基本合意、デューデリジェンス、最終契約。センターは進め方の助言を継続する開示資料の整備、従業員への説明時期の設計数か月〜1年程度
7. 成約後のフォロー引継ぎ後の相談。親族内承継の場合は計画の実行状況の確認など引継ぎ事項の整理、統合後の課題の共有
期間の目安は一般的な傾向であり、案件の規模・業種・相手方の状況によって大きく変わります。相手候補が見つかるかどうか、また見つかるまでの期間を約束できるものではありません。

初回に持っていくと話が早い資料

手ぶらでも相談はできますが、資料があると一往復の無駄が減ります。センターの案内でも、直近3期分の税務申告書・決算書・勘定科目内訳明細書、登記簿謄本、会社案内やカタログなどを持参すると、より具体的な助言が受けられるとされています。実務上は、次の6点が揃っていれば初回から踏み込んだ話ができます。

  • 決算書3期分:貸借対照表・損益計算書に加え、勘定科目内訳明細書と法人税申告書一式まであると理想的です。単年度の特殊要因を除いた収益の傾向を見るために3期分が必要になります。
  • 登記簿謄本(履歴事項全部証明書)と会社案内:資本金、役員構成、事業目的、沿革が一目で分かります。
  • 株主名簿と実態の突き合わせ:名簿上の株主と、実際に出資した人・現在の所在が一致しているか。設立時の名義貸しや、相続を重ねて所在が分からなくなった株式は、どの選択肢でも支障になります。
  • 借入と個人保証の一覧:金融機関ごとの残高、担保、経営者個人が保証している債務。個人保証の扱いは自動的に決まるものではなく交渉事項です。考え方はM&Aにおける個人保証の解除にまとめています。
  • 家族・後継者候補の状況:子や親族の年齢・職業・意思、社内幹部の年齢と適性。事実として整理してあれば十分です。
  • 希望する時期と譲れない条件:いつ引退したいか、従業員の雇用や社名についてどう考えているか。ここが言語化されているほど、助言は具体的になります。

加えて、自社の価値のおおよその目安を持っていくと、相談の密度が一段変わります。「その価格は妥当か」「その金額で引退後の生活は成り立つか」という具体的な議論に最初から入れるからです。承継までの時間軸を確認するには事業承継タイムライン、自社の状況をざっと把握するにはかんたん企業価値診断が使えます。価格の考え方そのものは会社売却の相場はいくらかで整理しています。

民間のM&A仲介会社との違い

センターと民間の仲介会社は、しばしば「どちらを使うべきか」という形で比較されます。しかし両者は競合というより、機能が違うと考えたほうが実態に近い。センター自身が、登録された民間支援機関を紹介する役割を持っているからです。それでも、最初にどちらの扉を叩くかで進み方は変わりますので、違いを整理します。

観点事業承継・引継ぎ支援センター民間のM&A仲介会社・FA
費用センターへの相談・マッチング支援は無料。専門家への実務依頼は別途着手金・中間金・成功報酬など。最低報酬額が設定されていることが多い
スピード案件による。中立な整理に時間をかける分、急ぐ話には向かない場合がある相対的に速いことが多い。成約が収益に直結するため推進力がある
扱う案件の規模感小規模が中心。令和6年度の成約譲渡企業は売上1億円以下が68.0%(中小機構)最低報酬額の水準により、一定規模以上でないと受託されない場合がある
中立性高い。特定の取引の成立から報酬を得る立場にない。「今は動かないほうがよい」という助言もありうる会社により異なる。仲介は売り手・買い手の双方から報酬を受ける形態がある
対応できる範囲親族内承継・従業員承継・第三者承継・廃業の比較まで含めて相談できる。実行の一部は外部に委ねる第三者への譲渡の実行支援に特化。相手探しから契約までを一貫して担う
相手探しの広さセンター間の広域マッチング、登録支援機関経由の紹介、後継者人材バンク自社の買い手データベースやネットワーク。数の面では広いことが多い
断りやすさ契約に縛られないため、途中でやめる判断がしやすい専任のアドバイザリー契約を結ぶと、期間中は他社に依頼できない定めが一般的

どちらが向くか

率直に整理すると、次のようになります。

  • センターが向く:方針がまだ固まっていない。親族内承継とM&Aを並べて比べたい。小規模で、民間の最低報酬額に見合わない可能性がある。費用をかけずにまず全体像を知りたい。特定の業者に囲い込まれるのを避けたい。急いでいない。
  • 民間が向く:第三者への譲渡と方向が決まっている。一定の規模があり、複数の買い手候補を競わせたい。期限が切られている(健康上の事情、取引先との関係、株主の事情など)。専任で強く推進してくれる担当者が欲しい。

そして現実には、「センターで方向を決め、実行は民間に委ねる」という順番が最も無理がありません。中立な相手に方向性を確かめてから、推進力のある相手に実行を任せる。この順序が逆になると、方向を決める前に実行の話が進んでしまいます。民間に依頼する場合の比較の視点はM&A仲介・アドバイザーの選び方、報酬の考え方はM&A仲介手数料の相場にまとめています。小規模案件そのものの特徴はスモールM&Aとはを参照してください。

後継者人材バンク

センターの機能のなかで、民間にはあまり代替物がないのが後継者人材バンクです。第三者に事業を引き継ぎたい小規模事業者と、起業したい個人・引継ぎ創業希望者をつなぐ仕組みで、事業承継・引継ぎポータル(中小機構)では「創業」と「事業承継」を同時に実現する仕組みとして紹介されています。

通常のM&Aマッチングとの違いは、譲受側が法人ではなく個人である点です。ここから、いくつかの実務的な特徴が生まれます。

  • 小規模な事業でも相手が見つかる可能性がある:法人の買い手が関心を示しにくい規模でも、独立を志す個人にとっては十分に魅力的な事業であることがあります。個人事業や、店舗一つの事業でも対象になりえます。
  • 対価の水準は大きくならないことが多い:個人の資金力には限りがあります。譲渡対価を最大化したい場合には向きません。「事業と従業員を残すこと」を優先する場合の選択肢です。
  • 引継ぎに時間がかかる:譲受側が未経験である場合、技術やノウハウ、取引先との関係の引継ぎに一定の期間が必要になります。前経営者が一定期間残って教えるケースが多くなります。
  • 相性の見極めが重要:規模が小さいほど、経営者個人の資質と地域・顧客との関係が事業の中身そのものです。数字だけでは判断できません。

規模は年々広がっています。令和7年度(2025年度)の後継者人材バンクの新規登録者数は1,472者、累計登録者数は11,547者、成約件数は114件で過去最多を更新しました(中小機構「令和7年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績について」/2026年5月公表)。前年度の令和6年度は新規登録1,551者、累計10,075者、成約106件でした(同「令和6年度」/2025年5月公表)。累計1万者を超える登録に対して年間の成約が100件台という水準ですから、登録すれば相手が見つかる仕組みではありません。それでも、他に選択肢が乏しい小規模事業者にとって、無料で試せる現実的な一手であることは確かです。

後継者が不在の場合の選択肢全体の比較は後継者がいない会社の選択肢に、買い手の探し方の一般論はM&Aの買い手の探し方にまとめています。

実績データ(公表年度つき)

センターの実績は、中小機構が毎年度、全国分を取りまとめて公表しています。直近2年度分の主な数字は次のとおりです。

指標令和6年度(2024年度)令和7年度(2025年度)
新規相談者数23,000者超24,030者(過去最多)
相談回数92,509回(過去最多)
第三者承継(M&A)に関する新規相談者数16,045者16,322者(過去最多)
第三者承継(M&A)の成約件数2,132件(当時の過去最高)2,265件(過去最多を更新)
後継者人材バンクの成約件数106件114件(過去最多)
後継者人材バンクの新規登録者数1,551者1,472者
後継者人材バンクの累計登録者数10,075者11,547者
相談者数の累計(開設以来)150,655者174,685者
第三者承継の成約件数の累計12,306件14,571件

出典は中小機構「令和6年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績について」(2025年5月公表)および「令和7年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績について」(2026年5月公表)です。

この数字の読み方:年間2万4千者が新規に相談し、そのうち第三者承継の成約に至るのが2,265件(令和7年度)です。相談者数と成約件数を単純に割ることには意味がありません。相談には親族内承継や従業員承継の相談が含まれますし、第三者承継の相談も、その年度のうちに結論が出るとは限らないからです。それでも、相談したからといって全件が成約するわけではないという当然の事実は、数字の桁を見れば分かります。

規模感も押さえておきたいところです。令和6年度にセンターで成約した譲渡企業の売上規模は、30百万円以下が36.1%、30百万円超〜1億円以下が31.9%で、1億円以下が68.0%。5億円以下まで含めると95.0%を占めます(中小機構公表資料)。センターに持ち込まれる案件は小規模なものが中心だということです。自社が「小さすぎて相手にされないのでは」と心配している場合、むしろセンターの主戦場に近いと考えてよいでしょう。

国内M&A件数、後継者不在率、経営者の年齢構成、登録支援機関を通じた中小M&Aの報告件数、譲渡価額の倍率分布なども含めた統計の全体像は、中小企業のM&A・事業承継の統計データまとめに出典と年次つきで一覧化しています。本稿の数字はいずれも同記事と同じ出典によるものです。

使うときのコツ

1. 決める前に行く

最も多い誤解が「方針が決まってから行くところだ」というものです。実際は逆で、決まっていない段階の相談が最も多く、また最も価値があります。親族内承継とM&Aと廃業を並べて比較する作業こそ、中立な立場でなければやりにくいからです。決めてから行くと、その決定を前提にした助言しか得られません。

時期についても同じことが言えます。親族内や社内で後継者を育てるなら5年程度、第三者への譲渡でも準備から成約まで1〜3年程度をみておくのが一般的な目安とされます。加えて、業績が下降局面に入ってから動くと、どの選択肢でも条件は不利になります。利益が出ているうちに何も手を打たず、最終的に清算せざるを得なくなる黒字廃業の多くは、判断の遅れが原因です。相談は決断ではありません。

2. 複数の選択肢を残したまま相談する

「M&Aで売りたい」と最初に言い切ってしまうと、その線での支援が始まります。そうではなく、「後継者候補は一応いるが本人の意思が不明。いない場合はどうするか」という形で、複数の可能性を残したまま相談したほうが、得られる情報は広くなります。センター側も、親族内承継の支援機能を持っていますから、両方の道を並行して検討できます。

3. 秘密保持と情報の経路を最初に確認する

各センターは秘密厳守を掲げており、公的機関として情報管理の枠組みを持っています。ただし、第三者承継のマッチングを進める場合、相談者の許諾を得たうえで、社名を伏せたノンネーム情報を全国のセンターや登録機関が閲覧できるデータベースに登録する運用があります。「どの範囲に、どの粒度の情報を出すか」は自分で決められるということです。業種と地域と売上規模を書けば、地域によっては特定されうることもあります。初回に、登録の範囲と、社名が開示される時点を確認しておいてください。ノンネーム情報の作り方の考え方はノンネームシートとIMにまとめています。

社内から情報が漏れる経路は、センターの守秘義務では守れません。資料の準備を誰に頼むか、連絡先をどこにするかは、自社で設計する必要があります。

4. 担当者との相性は、遠慮せず伝える

センターの相談員は専門家ですが、経歴も得意分野もさまざまです。金融機関出身者、税理士、中小企業診断士では、同じ相談でも切り口が変わります。話が噛み合わないと感じたら、相談内容の性質を伝えて担当を相談することは失礼にあたりません。無料であるがゆえに遠慮してしまう人が多いのですが、公的な支援を受ける権利があるのですから、遠慮する理由はありません。

5. 民間と併用する場合は、契約関係を整理してから

センターに相談しながら民間の仲介会社とも話を進めること自体は問題ありません。ただし注意点が二つあります。第一に、民間と専任のアドバイザリー契約を結ぶと、契約期間中は他の経路で相手探しを進められない定めになっていることが一般的です。センター経由のマッチングも制約を受けうるため、契約前に範囲を確認してください。第二に、同じ買い手候補に複数の経路から接触してしまうと、話が混乱し、交渉上も不利になります。どの経路でどこまで進んでいるかは、自分で把握しておく必要があります。

なお、M&A支援の実務の作法については、中小企業庁が「中小M&Aガイドライン」を策定しており、支援機関が守るべき事項が示されています。内容は事業承継ガイドラインとあわせて確認しておくと、支援機関を見る目が変わります。

よくある質問(FAQ)

Q. 本当に無料ですか。あとから請求されませんか

A. センターへの相談は無料です。各センターは「相談無料・秘密厳守・公平中立」を掲げており、相談回数に制限を設けていないセンターが一般的です。成功報酬を請求されることもありません。費用が発生するのは、センターの外側で専門家に実務を依頼したときです。具体的には、紹介を受けた民間の仲介会社・FAとの契約、株価算定書の作成、デューデリジェンス、契約書の作成やレビュー、税務・法務の個別助言、登記等の実費などです。専門家派遣制度については、無料枠が設けられている場合と一定の自己負担が生じる場合があり、運用は地域や年度によって異なります。初回の面談で「どこまでが無料で、どこから費用が発生しますか」と率直に聞いておけば、認識のずれは防げます。

Q. どこに行けばよいですか

A. 全国47都道府県に設置されていますので、原則として本社所在地の都道府県のセンターに連絡します。運営主体は都道府県ごとに異なり、商工会議所や産業支援財団などが受託しています。多くのセンターは完全予約制で、電話またはメールで受け付けています。受付時間は平日の日中が一般的です。なお、第三者承継のマッチングについては各センター間で広域の連携が行われていますので、「相手が県内にしかいない」ということではありません。連絡先は、中小機構の事業承継・引継ぎポータルや、各都道府県センターのウェブサイトで確認できます。

Q. 小さな会社でも相手は見つかりますか

A. 見つかることを約束できるものではありませんが、小規模であることはセンターにおいて不利ではありません。令和6年度にセンターで成約した譲渡企業のうち、売上1億円以下が68.0%を占めています(中小機構公表資料)。むしろ、民間の仲介会社では最低報酬額の関係で受託が難しい規模の案件を、公的機関が受け止めている構図です。個人事業や、従業員数名の会社でも相談できます。相手が個人(起業希望者)でもよいのであれば、後継者人材バンクという経路もあります。ただし、赤字が続いている、特定の取引先に極端に依存している、経営者個人の技能に事業が依存しているといった事情があると、相手探しは難しくなります。こうした課題は早めに手を打つほど改善の余地があります。

Q. どのくらい時間がかかりますか

A. 初回相談は予約から数日〜数週間で受けられることが多く、面談自体は1〜2時間程度です。そこから先は案件によって大きく変わります。第三者承継の場合、準備から成約まで1〜3年程度をみておくのが一般的な目安とされ、相手候補との交渉が始まってからでも数か月〜1年程度かかります。親族内承継であれば、後継者の育成まで含めて5年程度を見込む考え方が一般的です。センターは特定の取引を成立させる立場にないため、民間の仲介会社のような期限を切った推進力を常に期待できるとは限りません。時間的な制約が明確にある場合は、その事情を最初に伝えてください。進め方の判断が変わります。承継までの時間の見取り図は事業承継タイムラインで確認できます。

Q. 民間の仲介会社と両方使ってよいですか

A. 基本的に問題ありません。センター自身が民間の登録支援機関を紹介する仕組みを持っていますので、両者は排他的な関係ではありません。ただし、民間と専任のアドバイザリー契約を結んだ場合、契約期間中は他の経路で相手探しを進められない定めになっていることが一般的です。契約前に、専任か非専任か、契約期間と中途解約の条件、着手金・中間金の有無と返還の可否を書面で確認してください。また、同じ買い手候補に複数の経路から接触することは避けるべきです。実務的には、「まずセンターで方針を固め、実行段階で民間に委ねる」あるいは「センターで整理しつつ、紹介を受けた登録支援機関に依頼する」という進め方が整理しやすいと思います。

Q. 途中で断ることはできますか

A. できます。センターとの間に成功報酬の契約はありませんので、相談をやめる、マッチングを取り下げる、提示された相手候補を断るといった判断は自由です。ノンネーム情報をデータベースに登録している場合は、取り下げを申し出れば対応してもらえます。相手候補との交渉に入ったあとでも、基本合意の段階までは、条件が合わなければ断ることができるのが通常です。ただし、最終契約を締結したあとの撤回は困難ですし、基本合意に独占交渉権や一定の効力を持つ条項が含まれている場合もありますので、書面の内容は都度確認してください。断りにくさを感じずに済むことは、公的機関を使う実務的なメリットの一つです。

Q. 相談したことが取引先や従業員に伝わりませんか

A. センターは秘密厳守を掲げており、公的機関として情報管理の枠組みを持っています。第三者承継のマッチングに進む場合も、相手候補に開示されるのはまず社名を伏せたノンネーム情報で、社名の開示には相談者の同意が必要とされる運用が一般的です。データベースへの登録も、相談者の許諾を前提としています。一方で、社内から漏れる経路はセンターの守秘義務では守れません。資料の作成を誰に頼むか、郵便物や連絡先をどうするか、面談場所を社外にするかといった点は、自社で設計する必要があります。従業員にいつ・どの範囲で伝えるかという設計そのものが独立した論点ですので、従業員への開示タイミングもあわせてご確認ください。

本稿で参照した公表資料

  • 独立行政法人中小企業基盤整備機構「令和7年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績について」(2026年5月公表)
  • 独立行政法人中小企業基盤整備機構「令和6年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績について」(2025年5月公表)
  • 独立行政法人中小企業基盤整備機構「事業承継・引継ぎポータル」(事業承継・引継ぎ支援センター/第三者承継支援)
  • 独立行政法人中小企業基盤整備機構「中小企業事業承継・引継ぎ支援全国本部」に関する公表情報
  • 中小企業庁「事業承継・引継ぎ支援センター」資料(令和4年7月)
  • 東京都事業承継・引継ぎ支援センター(東京商工会議所)ほか各都道府県センターの公表情報
本稿の内容は、上記の公表資料にもとづく一般的な整理です。支援の範囲・体制・費用の扱いは都道府県および年度によって異なり、制度の枠組みも見直されることがあります。実際の利用にあたっては、最寄りのセンターおよび最新の公表資料をご確認ください。税務・法務に関わる判断は、必ず専門家にご相談ください。

まとめ

事業承継・引継ぎ支援センターは、国の事業として全国47都道府県に設置された公的な相談窓口です。親族内承継、従業員・役員承継、第三者承継(M&A)のいずれについてもワンストップで相談でき、事業承継診断による課題の整理、センター間の広域マッチング、登録支援機関の紹介、後継者人材バンクによる起業希望者とのマッチングまでを担っています。センターに対する相談・マッチング支援は無料で、費用が発生するのは株価算定・デューデリジェンス・契約書作成・登録支援機関への依頼といった、専門家に実務を委ねる部分からです。

実績は、令和7年度(2025年度)で新規相談者24,030者、第三者承継の成約2,265件、後継者人材バンクの成約114件(中小機構/2026年5月公表)。令和6年度に成約した譲渡企業は売上1億円以下が68.0%を占め、小規模事業者が中心です。「小さすぎて相手にされないのでは」という心配は、少なくともセンターに対しては当てはまりません。

民間の仲介会社と比べると、スピードと相手探しの数では民間に分がある一方、費用がかからず、中立で、途中でやめやすいのがセンターの強みです。したがって現実的な使い方は、「センターで方向を決め、実行は必要に応じて民間に委ねる」という順番になります。方針が決まっていない段階こそ、センターが最も役に立つ段階です。相談は決断ではありませんから、動ける時期に一度確かめておくことが、結果として最も安全な進め方だと思います。

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