中小M&Aガイドラインの要点|売り手が知っておきたい仲介・FAの義務とチェックポイント
最終更新: 2026-09-12
会社の譲渡を検討して支援機関に相談すると、契約書や手数料表、専門用語の並んだ説明資料が一度に出てきます。何が一般的で、何が引っかかるべき条件なのか。その判断の物差しになるのが、中小企業庁が公表している「中小M&Aガイドライン」です。
このガイドラインは、後継者不在の中小企業と、そのM&Aを支援する機関の双方に向けて作られています。売り手にとって重要なのは、後半部分に支援機関が守るべき行動指針が具体的に書かれていることです。つまり「自分がどう扱われるべきか」が公的な文書に示されているということで、これを知っているかどうかで、契約前の交渉の立ち位置は変わります。
本稿では、公表資料で確認できた範囲に絞って要点を整理し、売り手が実務で何をチェックすべきかという形に読み替えます。出典は文中に明記しますが、制度は改訂されるため、実際の判断は必ず最新の公表資料をご確認ください。
中小M&Aガイドラインとは何か
本稿が参照するのは、中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)-第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-」(令和6年8月)です。以下、単に「ガイドライン」と呼びます。
法令ではなく「指針」である
まず押さえておきたいのは、これが法令ではなく指針だということです。ガイドライン自身、第2章について「支援機関にとって、基本的な事項を記載した指針となる部分である」と述べており、第1章についても「ここに記載してある内容はいずれも目安であり、実際にM&Aを進める際には、個別具体的な事情を踏まえて、支援機関との相談の上で判断されたい」としています。
違反すれば直ちに罰則が科される、という性質のものではありません。ただし後述するとおり、公的な登録制度がガイドラインの遵守宣言を登録の要件としているため、実務上の拘束力はゼロではありません。「守らなくても罰せられない」ではなく、「守ることを宣言した相手には、宣言どおりの対応を求められる」と理解するのが実態に近い読み方です。
改訂の経緯
ガイドラインには、これまでの経緯が「はじめに」として版ごとに残されています。確認できる範囲では次の流れです。
| 時期 | 文書 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 平成27年3月 | 事業引継ぎガイドライン | 中小企業向け事業引継ぎ検討会による、事業引継ぎの手引き |
| 令和2年3月 | 中小M&Aガイドライン(初版) | 上記を全面改訂。中小企業向けの手引きに加え、支援機関向けの行動指針を新設 |
| 令和5年9月 | 中小M&Aガイドライン(第2版) | 手数料の考え方、契約前の書面交付と説明、直接交渉の制限に関する条項の留意点などを追加 |
| 令和6年8月 | 中小M&Aガイドライン(第3版) | 業務内容と手数料の関係の解説、営業・広告に係る規律、仲介者に禁止される利益相反行為の具体化、不適切な譲り受け側への対応などを追加 |
第3版の「はじめに」は、改訂の理由をこう説明しています。M&A専門業者について「その契約内容や手数料のわかりにくさ、担当者によっては支援の質が十分と言えない場合があるといった声が聞かれるようになった」こと、そして最終契約の不履行、とりわけ「譲り渡し側の経営者保証を譲り受け側に移行させる想定であったにもかかわらず移行しない等の行為を行う譲り受け側の存在」が指摘されていること。つまり実際に起きたトラブルが、改訂の直接の動機になっているわけです。
2つの章でできている
ガイドラインは2章構成です。第1章が「後継者不在の中小企業向けの手引き」、第2章が「支援機関向けの基本事項」。売り手が自分のこととして読むべきなのは第1章ですが、実務上の交渉力になるのは第2章です。第2章には、支援機関が「〜しなければならない」「〜すべきである」と書かれた事項が並んでおり、それはそのまま売り手が受けられるはずの取扱いを意味します。
第1章:売り手向けの手引きが求めていること
早く相談する、そして相談前に手元を整える
第1章は、譲り渡し側の留意点の筆頭に「早期判断の重要性」を挙げています。マッチングには通常数か月から1年程度を要するとされ、判断が遅れた結果、廃業費用すら捻出できない状況に陥るケースもあると指摘されています。同時に、意思決定が済んでいないからこそ身近な支援機関に相談することが必要だとも述べています。決めてから相談するのではなく、決めるために相談するという順序です。
事前準備として挙げられているのは、直近3年分の税務申告書・決算書・勘定科目内訳明細書に事業概要を添えること、親族内・社内に後継者が不在であることの確認、引退後のビジョンと希望条件(事業への関与の有無、譲渡対価、従業員の雇用継続など)の検討と優先順位づけ、そして株式・事業用資産等の整理・集約です。特に株式が相続で分散している場合や、会社と経営者個人の財産が分離されていない場合は、先に手を打つ必要があります。全体の進み方はM&Aによる会社売却の流れで、売却前の整理はセルサイドDDと売却前の磨き上げで解説しています。
秘密保持は売り手側の課題でもある
ガイドラインは、情報が意図せず取引先や従業員に伝わることでM&Aが頓挫するケースがあることに触れ、複数の支援機関に依頼する場合は情報の出回りに注意するよう促しています。また、別の支援機関にも依頼したりセカンド・オピニオンを求めたりする場合は、事前にその旨を元の支援機関に伝えておく必要があるとしています。秘密保持の実務は秘密保持契約(NDA)とは、開示情報の作り方はノンネームシートとIMで扱っています。
価格については「唯一の答えではない」と明言している
バリュエーションについて、ガイドラインは仲介者・FAに対し、評価の手法や前提条件を事前に説明し、依頼者の納得を得ることを求めたうえで、「当該評価の手法や価格帯が唯一のものではないことを明示」すべきだとしています。さらに、仲介者(売り手・買い手の双方と契約する形態)については、バリュエーションが一方当事者の意向を反映しやすいことを理由に「確定的なバリュエーションを実施すべきではない」とし、参考資料としての簡易な算定結果を示す場合には、確定的な評価ではないこと、必要に応じて士業等専門家等の意見を求められることを明示すべきだとしています。
売り手の実務としては、示された金額を「決まった値段」と受け取らないことが要点です。手法(時価純資産法、マルチプル法、DCF法など)と前提が説明できるか、そして自分の側でも独立した目線を持てているか。価格の考え方の基礎は会社売却の相場はいくらか、第三者の検証という選択肢はM&A価格のセカンドオピニオンで整理しています。
手数料は「率」ではなく「絶対額」で確認する
第3版で厚く書かれたのが手数料の見方です。ガイドラインは、確認すべき算定基準として、成功報酬の報酬率、報酬基準額(譲渡額/純資産/移動総資産等)、最低手数料の額、報酬の発生タイミング(着手金/月額報酬/中間金/成功報酬)を挙げ、複数の仲介者・FAを比較検討することが重要だとしています。
そのうえで、注意点として次のことを明記しています。同水準の報酬率でも、最低手数料の額や報酬基準額が異なれば支払額に差が生じること、特に報酬基準額として「移動総資産」が採用される場合は「譲渡額」「純資産」が採用される場合よりも報酬額は高くなること。したがって「単にレーマン方式の階層ごとの報酬率のみではなく、成立する譲渡額に応じて最終的に支払う報酬の絶対額を確認することが重要である」としています。計算の仕組みはレーマン方式の計算方法、水準の全体像はM&A仲介手数料の相場で解説しており、自社の想定額での概算はレーマン方式の手数料計算ツールで試せます。
もう一つ、第3版で踏み込まれたのが相手方(買い手)の手数料です。ガイドラインは、買い手の予算という上限のなかで「譲渡額」と「買い手が仲介者に払う手数料」が決まる構造を図解し、相手方の手数料の額が自らの利益に影響する構造にあると説明しています。そして売り手にとって直接影響するのは譲渡額そのものではなく、そこから自分の手数料を引いた受取額だとしています。税引後に手元に残る額の概算は株式譲渡の手取り計算ツールで確認できます(実際の税額は取得費など個別事情で変わるため、税理士にご確認ください)。
第2章を「売り手がされるべきこと」として読む
ここからが本題です。第2章はM&A専門業者などの支援機関に向けて書かれていますが、内容を売り手の側から読み替えると、契約前に確認すべき項目のリストになります。以下は、いずれもガイドライン(第3版)の記載を要約したものです。断定的な表現は避けますが、原文で「しなければならない」「すべきである」とされている事項は、その強さも併せて示します。
仲介とFAの区別、そして双方から手数料を受け取ること
ガイドラインは、仲介者・FAが契約締結前に説明すべき重要事項の筆頭に、「両当事者と契約を締結し双方に助言する仲介者、一方当事者のみと契約を締結し一方のみに助言するFAの違いとそれぞれの特徴」を挙げ、括弧書きで「仲介者として両当事者から手数料を受領する場合には、その旨も含む」としています。つまり売り手は、相手が仲介なのかFAなのか、そして買い手からも報酬を得るのかを、契約前に説明されるべき立場にあります。両者の構造的な違いはM&A仲介とFAの違いで詳しく扱っています。
契約前に、書面を交付したうえでの説明
第2版以降で明確化された点として、ガイドラインは「契約に係る重要な事項を記載した書面を交付して(メール送付等といった電磁的方法による提供を含む。)、説明しなければならない」としています。加えて、説明は契約締結権限を有する者に対して行うこと、説明後に依頼者に十分な検討時間を与えるべきであること、説明者は質問や意見に適切に対応できる十分な経験・能力を有する者が行うことが望ましいこと、が述べられています。
書面に記載して説明すべき事項として挙げられているのは、仲介とFAの違い、提供する業務の範囲・内容(提供しない業務も含む)、担当者の保有資格・経験年数・成約実績、手数料に関する事項(算定基準、金額、最低手数料、既払い手数料の控除、支払時期等)、手数料以外に支払う費用、仲介の場合は相手方の手数料に関する事項、秘密保持、直接交渉の制限、専任条項、テール条項、契約期間と更新、解除・中途解約、責任(免責)、契約終了後も効力を有する条項、仲介の場合は利益相反のおそれがあると想定される事項、譲り受け側に対して実施する調査の概要など、広範囲にわたります。
利益相反:仲介者に禁止されている行為
ガイドラインは、仲介者について「両当事者から依頼を受ける以上、両当事者に対して中立・公平でなければならず、不当に一方当事者の利益又は不利益となるような利益相反行為を行ってはならない」としたうえで、少なくとも次の行為を行ってはならず、仲介契約書においてこれらを行わない旨を仲介者の義務として定めなければならないと述べています。
- 譲り受け側から追加で手数料を取得し、当該譲り受け側に便宜を図る行為(ニーズに反したマッチングの優先的実施、不当に低額な譲渡価額への誘導等)
- リピーターとなる依頼者を優遇し、便宜を図る行為(同上)
- 希望した譲渡額より高い(低い)額で成立した場合に、正規の手数料とは別に、差分の一定割合を報酬として要求する行為
- 一方当事者から伝達を求められた事項を他方に伝達しない、または実際には告げていない事項を偽って伝達する行為
- 一方当事者にとってのみ有利または不利な情報を認識した場合に、当該当事者に伝達せず秘匿する行為
あわせて、仲介者が講じるべき最低限の措置として、双方と契約する仲介者である旨(双方から手数料を受領する場合はその旨)を両当事者に伝えること、バリュエーションやDDといった一方当事者の意向を踏まえた内容になりやすい工程に係る結論を決定しないこと、利益相反のおそれがあると想定される事項を契約締結にあたり明示的に説明し、後に認識した場合も適時に開示すること、が挙げられています。なお、ガイドラインは「利益相反が直ちに違法となるものではない」とも明記しており、仲介という形態自体を不適切と断ずることは現実的ではないという立場です。デューデリジェンスの位置づけはデューデリジェンスとはで解説しています。
専任条項:範囲を限定し、期間は最長でも6か月〜1年が目安
専任条項(並行して他の業者に依頼することを禁じる条項)について、ガイドラインは一定の合理性を認めつつ、次のように述べています。仮に設けるとしても対象範囲を可能な限り限定すべきであり、依頼者が意見を求めたい部分を明確にしたうえで、妨げるべき合理的な理由がない場合にはセカンド・オピニオンを求めることを許容すべきである。ただし情報漏えいのリスクがあるため、相談先を秘密保持義務のある者や事業承継・引継ぎ支援センター等の公的機関に限定するなど、情報管理への配慮は必要である、と。
期間については、「専任条項を設ける場合には、仲介契約・FA契約の契約期間を最長でも6か月〜1年以内を目安として定めるべきである」とし、加えて依頼者が任意の時点で中途解約できる旨を明記する条項を設けることが望ましいとしています。
直接交渉の制限:紹介された候補先に、M&Aの目的で、契約終了まで
依頼者が候補先と直接接触することを禁じる条項についても、ガイドラインは3つの限定を示しています。制限される候補先は、依頼者が自ら候補先を発見しないこと等を明示的に了解している場合を除き、その業者が関与・接触し、紹介した候補先のみに限定すべき。制限される交渉は、依頼者と候補先のM&Aに関する目的で行われるものに限定すべき(通常の事業取引の交渉まで禁じると本業を阻害するため)。そして条項の有効期間は仲介契約・FA契約が終了するまでに限定すべき、というものです。
テール条項:最長2年〜3年以内が目安、対象はネームクリア済みの紹介先
契約終了後の一定期間内にM&Aが成立した場合に手数料を請求できるテール条項について、ガイドラインは「テール期間は最長でも2年〜3年以内を目安とすることが望ましい」としています。対象範囲についてはさらに具体的で、「ロングリスト/ショートリストやノンネーム・シート(ティーザー)の提示のみにとどまる場合はテール条項の対象とすべきでなく、少なくともネームクリア(譲り受け側に対して企業概要書を送付し、譲り渡し側の名称を開示すること)が行われ、譲り渡し側に対して紹介された譲り受け側に限定すべき」と述べています。
また、専任条項がない契約で複数の業者から同一の候補先を紹介された場合について、「選択されなかったM&A専門業者がテール条項を根拠として手数料を請求すべきではない」とも明記されています。契約書で読むべきは、期間の長さと、対象先の特定方法の2点です。
営業・広告:断ったら止める、即断を迫らない、過大な評価額を示さない
第3版で新たに整理されたのが営業・広告の規律です。ガイドラインは、広告・営業先からM&Aの意向がない旨や引き続き営業を受けることを希望しない旨(停止意思)を示された場合、これを拒んではならず、ただちに広告・営業を停止しなければならないとし、停止意思の内容を組織的に記録・共有すること、再開する場合は組織的な判断によることを求めています。
また、行ってはならない広告・営業として、名称や勧誘目的を告げずに行うもの、意思決定に必要な時間を与えず即時の判断を迫るもの、譲り受け(譲り渡し)の意向がない企業や実在しない企業について意向があると偽るもの、譲渡額の水準について過大なバリュエーションを提示するもの、財務状況や見通しを実際より優良・有利と誤認させるもの、M&Aの成立可能性や条件について確定的な判断を下すもの、が列挙されています。
買い手側の確認と、経営者保証の扱い
第3版は、最終契約の不履行を起こすような不適切な譲り受け側を市場から排除する観点から、仲介者・FAに対し、譲り受け側の財務状況・事業実態・コンプライアンス面(反社会的勢力への該当性、過去のM&Aでのトラブルの有無等)の調査を求めています。そして売り手に対しては、契約締結前にその調査の概要を説明しなければならないとし、説明を踏まえて売り手から依頼があれば調査内容の見直しを検討しなければならない、としています。
経営者保証については、譲り受け側への移行を想定していたのに移行しない事例が指摘されたことを受け、対応策が具体化されました。士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センターへの相談、金融機関等への事前相談、そして最終契約において解除または移行を明確に位置づけること(譲り受け側の義務として設定し、クロージング条件や、なされなかった場合の契約解除条項・補償条項を盛り込む)が挙げられています。解除の可否は最終的に金融機関等の判断による点にも留意が必要です。詳しくはM&Aにおける個人保証(経営者保証)の解除、契約条項の読み方は株式譲渡契約書(SPA)の要点をご覧ください。
契約前チェックリスト
ここまでの内容を、実際に使える形にまとめます。3つに分けました。契約前に確認する項目、面談で聞く質問、契約書で読む条項です。
契約前に確認する項目
| 確認項目 | ガイドラインが求めていること | 確認の観点 |
|---|---|---|
| 業務形態 | 仲介かFAかの違いと特徴を説明。仲介で双方から手数料を受領する場合はその旨も | 契約書の表題ではなく、実際に誰と契約し誰に助言するのかを確認する |
| 重要事項の書面 | 契約に係る重要な事項を記載した書面を交付して説明(電磁的方法による提供を含む) | 口頭説明のみで書面がない項目がないか。目次と説明内容を突き合わせる |
| 検討時間 | 説明後、依頼者が適切に判断するための十分な検討時間を与えるべき | その場での押印を求められていないか。持ち帰れるか |
| 業務の範囲 | M&Aのプロセスごとに提供する業務を整理し、提供しない業務も明確に説明 | DDやバリュエーションを自ら行うのか、他機関への依頼が必要なのか |
| 担当者の情報 | 担当者の保有資格、経験年数、成約実績を説明すべき | 会社の実績ではなく、担当する人の実績を聞く |
| 手数料の算定基準 | 報酬率、報酬基準額、最低手数料、発生タイミングを書面で説明 | 報酬基準額が譲渡額か移動総資産か純資産か。想定額での総額を出してもらう |
| 相手方の手数料 | 仲介の場合、相手方の手数料に関する事項も書面で説明すべき | 買い手側の料率・基準額・最低手数料。増額時の開示基準も合意しておく |
| 買い手の調査 | 譲り受け側に対して実施する調査の概要を、契約締結前に説明しなければならない | 財務・事業実態・コンプライアンスの各項目をどう調べるのか |
| 利益相反 | 利益相反のおそれがあると想定される事項を、事前に明示的に説明 | 説明を受けた内容が書面に残っているか |
| 登録の有無 | (制度側の要件)M&A支援機関登録制度の登録要件を充足している旨を顧客に事前説明 | 登録の有無と、公表されている手数料の算定基準を照合する |
面談で聞く質問
| 質問 | 聞く狙い | 回答から読み取ること |
|---|---|---|
| 御社は仲介ですか、FAですか。買い手からも報酬を受け取りますか | 利益相反構造の把握 | 即答できるか。双方受領の場合、中立性をどう担保するかを語れるか |
| 契約前に重要事項の書面をいただけますか | 書面交付の運用確認 | 様式が用意されているか。渡すのを渋る反応がないか |
| この価格帯はどの手法で、どんな前提で出した数字ですか | 評価の説明可能性 | 手法と前提を説明し、唯一の答えではないと述べられるか |
| 想定譲渡額◯円のとき、当社の支払総額はいくらですか | 絶対額での比較 | 最低手数料・報酬基準額を含めた金額を書面で出せるか |
| 買い手側の手数料の算定基準を教えてください | 相手方手数料の開示 | 説明を拒まないか。増額時の開示基準を合意できるか |
| セカンド・オピニオンを取っても問題ありませんか | 専任条項の運用 | 情報管理の条件付きで許容するか、一律に拒むか |
| 買い手候補はどのように調査しますか | 不適切な買い手の排除 | 財務・事業実態・コンプライアンスの調査内容を具体的に語れるか |
| 経営者保証は、どの段階でどう扱いますか | 第3版で強化された論点 | 最終契約への位置づけや金融機関への相談の段取りを語れるか |
| 担当者の方の経験年数と成約実績を教えてください | 支援の質 | 会社の数字にすり替えず、本人の実績を答えられるか |
契約書で読む条項
| 条項 | ガイドラインが示す目安 | 読むときの注意 |
|---|---|---|
| 専任条項 | 対象範囲は可能な限り限定。合理的な理由がなければセカンド・オピニオンは許容すべき | 禁止される行為が具体的に何かを条文で特定する |
| 契約期間 | 専任条項を設ける場合、最長でも6か月〜1年以内が目安 | 自動更新の有無と、更新を止める手続の期限 |
| 中途解約 | 任意の時点で中途解約できる旨を明記する条項を設けることが望ましい | 既払い金の扱いと違約金の有無 |
| 直接交渉の制限 | 紹介された候補先に限定、M&Aに関する目的に限定、有効期間は契約終了まで | 「当社が紹介したか否かを問わず」といった無限定の書き方になっていないか |
| テール条項 | テール期間は最長でも2年〜3年以内が目安。対象はネームクリア済みの紹介先に限定 | 対象先を名簿で特定する運用になっているか |
| 利益相反の禁止 | 禁止行為を行わない旨を仲介契約書に仲介者の義務として定めなければならない | 契約書に条項として入っているかを実際に探す |
| 秘密保持 | 士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センター等への相談を妨げない設計 | 相談先が秘密保持義務の一部解除の対象になっているか |
| 責任(免責) | 損害賠償責任の発生要件、賠償額の範囲を説明すべき事項として列挙 | 免責の範囲が広すぎないか。説明されたことと効力は別問題である点にも留意 |
| 契約終了後も効力を有する条項 | 該当条項とその有効期間を説明すべき事項として列挙 | 終了後に何がどれだけ残るのかを一覧にする |
M&A支援機関登録制度との関係
ガイドラインの実効性を支えているのが、M&A支援機関登録制度です。ガイドラインの用語集は、この制度を「中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤を構築するために令和3年8月に創設された国の制度」と説明し、「本ガイドラインの遵守を宣言する等した仲介業務又はFA業務を行う者が登録を受けることができる」としています。登録は任意で、登録していなくても仲介業務やFA業務を行うことは可能である点も明記されています。
補助金との関係についても記載があります。ガイドラインの用語集は、令和5年9月現在として、事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用型)において、仲介またはFAの手数料の補助はあらかじめ登録制度に登録を受けた支援機関の提供する支援に係るもののみを補助対象としていると説明しています。補助金の名称・要件・補助率・上限額・対象経費・公募期間は年度や公募回ごとに変わるため、利用を検討する場合は依頼先を決める前に最新の公募要領を確認してください。制度の概要は事業承継・M&A補助金で解説しています。
売り手にとって実用的なのは、登録制度のデータベースです。ガイドラインは、登録制度のホームページで、登録支援機関の種類(専門業者、金融機関等の別)、M&A支援業務の開始時期や専従者数、手数料の算定基準(報酬率、報酬基準額、最低手数料、報酬の発生タイミング)などを確認できるとし、仲介者・FAを選定する際の情報収集手段として有用であるとしています。面談で受け取った見積もりと、公表されている算定基準を突き合わせられるということです。
ガイドラインに沿わない対応を受けたときの相談先
ガイドラインは第1章の末尾に「問い合わせ窓口」の項を設け、目的別に窓口を挙げています。確認できる範囲では次のとおりです。
- 意見や相談を求めたい場合:事業承継・引継ぎ支援センター。ガイドラインは中小M&A全般についての問い合わせ窓口とし、「どの窓口に相談するか迷う際には、まずこちらの窓口に相談されたい」としています。全国の都道府県に設置されており、相談は無料です(M&Aの公的支援制度)。
- 法的な観点の助言がほしい場合:日本弁護士連合会(ひまわりほっとダイヤル)。電話で弁護士との面談予約ができるサービスとして案内されています。
- 不適切事例や苦情を申し出たい場合:M&A支援機関登録制度の情報提供受付窓口。登録された仲介者・FAによる支援に関する不適切事例等の情報を受け付け、注意喚起や、登録機関のガイドライン遵守状況の確認に用いられるとされています。あわせて、業界の自主規制団体であるM&A仲介協会が設置する苦情相談窓口も挙げられています。
ただしガイドラインは、不適切事例・苦情の窓口について「紛争の解決や助言を目的とするものではない」と明記しています。個別の紛争の解決を求めるなら弁護士への相談が必要です。相談先の全体像は事業承継の相談先の選び方で整理しています。
よくある質問(FAQ)
Q. 中小M&Aガイドラインに法的拘束力はありますか?
A. ガイドライン自体は法令ではなく、中小企業庁が示す指針です。ガイドラインも第1章の内容を「目安」と位置づけ、第2章を支援機関向けの「指針」と説明しています。ただし、M&A支援機関登録制度が登録にあたってガイドラインの遵守宣言を求めているため、登録機関にとっては自ら宣言した行動規範という意味を持ちます。また、契約前の説明義務や利益相反の禁止といった内容は、契約上・民法上の善管注意義務の議論と重なる部分もあります。実際の法的評価は事案ごとに異なるため、争いになりそうな場面では弁護士にご相談ください。
Q. 守られなかった場合、どうなりますか?
A. ガイドライン違反そのものに対する罰則の定めは、公表資料からは確認できません。制度的な受け皿として設けられているのが、M&A支援機関登録制度の情報提供受付窓口です。ガイドラインの説明によれば、受け付けた情報は他の中小企業への注意喚起に用いられるほか、登録機関のガイドライン遵守状況の確認など、登録制度の運営に利用されるとされています。なお、これらの窓口は紛争解決を目的としたものではないと明記されています。実害の回復を求めるなら、窓口への情報提供とは別に法的な手段を検討するという整理になります。
Q. 仲介は必ず利益相反になるのですか?
A. ガイドラインは、譲渡対価について売り手は高いほうが、買い手は安いほうが望ましいという構造から「構造的に譲り渡し側・譲り受け側の両者間において利益が対立するといわれる部分もある」と述べ、仲介者が一方(特にリピーターになり得る買い手)の利益を優先する動機があるという指摘を紹介しています。同時に「利益相反が直ちに違法となるものではない」とも明記し、中小M&Aの実務では仲介という形態が多く用いられている実情を踏まえ、仲介という業態を不適切と断ずることは現実的ではないという立場を取っています。そのうえで、双方と契約している旨の伝達、バリュエーションやDDの結論を決定しないこと、利益相反のおそれがある事項の事前説明と適時開示という最低限の措置を求めています。構造の違いはM&A仲介とFAの違いをご覧ください。
Q. テール条項は何年が普通ですか?
A. 「普通」を示す公的な統計は確認できませんが、ガイドラインは目安として「テール期間は最長でも2年〜3年以内を目安とすることが望ましい」としています。あわせて、対象となる譲り受け側は、少なくともネームクリア(企業概要書を送付し譲り渡し側の名称を開示すること)が行われ、譲り渡し側に紹介された者に限定すべきだとしています。ロングリスト/ショートリストやノンネームシートの提示のみにとどまる先は対象とすべきでない、とも明記されています。契約書を読むときは、期間の数字だけでなく対象先をどう特定するかを必ず確認してください。
Q. 専任契約を結んだら、他に相談できなくなりますか?
A. ガイドラインの考え方では、そうあるべきではないとされています。専任条項の対象範囲は可能な限り限定すべきであり、依頼者が意見を求めたい部分を明確にしたうえで妨げるべき合理的な理由がない場合には、セカンド・オピニオンを求めることを許容すべきだとされています。ただし情報漏えいのリスクへの配慮として、相手方に関する情報の開示を禁じたり、相談先を秘密保持義務のある者や事業承継・引継ぎ支援センター等の公的機関に限定したりすることは想定されています。実務上は、契約前に「どこまでの相談が許容されるか」を条文で確認しておくのが確実です。第三者に価格を検証してもらう選択肢はM&A価格のセカンドオピニオンで扱っています。
Q. 自分でガイドラインの内容を確認するにはどうすればよいですか?
A. 中小企業庁のウェブサイトに「中小M&Aガイドライン」のページがあり、本文PDFが公開されています。確認するときは、まず表紙の版数と年月を見てください(本稿が参照したのは第3版・令和6年8月です)。売り手が読むべきは第1章で、なかでも仲介契約・FA契約の締結に関する部分と、手数料についての考え方の整理の部分が実務に直結します。第2章は支援機関向けですが、専任条項・直接交渉の制限・テール条項の留意点、および仲介者における利益相反の項は、目安の数字が明記されているので目を通す価値があります。末尾には仲介契約・FA契約締結時のチェックリストや各種契約書サンプル、重要事項説明書のサンプルといった参考資料も添付されています。
Q. 小規模な譲渡でも、ガイドラインの考え方は使えますか?
A. 使えます。ガイドラインは小規模企業・個人事業主の成立事例も取り上げており、譲り渡し側が小規模事業の場合、より簡易なプロセスで行うケースが多いとしています。M&Aプラットフォームについても、低コストでマッチングを行える支援ツールとして紹介する一方、情報開示の範囲への注意や、プラットフォームは一般にマッチングまでにとどまることが多いため他の支援機関との併用が望ましいことを挙げています。小規模案件の進め方はスモールM&Aとは、プラットフォームの比較はM&Aマッチングサイトの選び方を、市場全体の規模感は中小M&Aの統計データをご覧ください。
まとめ
中小M&Aガイドラインは法令ではなく指針ですが、売り手にとっては「自分がどう扱われるべきか」が公的な文書に書かれているという点に価値があります。契約前に重要事項を記載した書面を交付して説明を受けられること、仲介かFAかと双方から報酬を受け取るかを明示されること、手数料の算定基準と相手方の手数料まで説明されること、専任条項の期間は最長でも6か月〜1年、テール期間は最長でも2年〜3年以内が目安とされ、テールの対象はネームクリア済みの紹介先に限定すべきとされていること。これらを知らずに契約書を読むのと、知って読むのとでは、質問の精度がまったく変わります。
一方で、目安の範囲内に収まっていれば安心というわけでもありません。数字そのものより、なぜその条件なのかを説明してもらえるか、そして説明された内容が書面に残るか。判断の軸はそこにあります。ガイドラインは改訂を重ねている文書ですので、契約や重要な意思決定の前には、中小企業庁の公表ページで最新版と版数を必ずご確認ください。
そしてもう一つ、ガイドラインが繰り返し示しているのは、価格には唯一の答えがないという前提です。示された金額を検証するには、比較の基準となる自分の数字が必要になります。
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