事業承継ガイドラインの要点|承継のステップと、親族内・従業員・第三者の選び方
最終更新: 2026-09-12
「事業承継の準備をしたいが、何から手を付ければよいのか分からない」。この問いに対して、国が示している道しるべが「事業承継ガイドライン」です。中小企業庁が公表しているもので、本稿執筆時点で最新のものは第3版(令和4年3月改訂)です。同ガイドライン本文にも「前回改訂された2016年」との記述があり、2016年の改訂を経て、2022年3月に第3版として改訂されたことが確認できます。
このガイドラインは、中小企業・小規模事業者の経営者に事業承継の課題を知ってもらうことを目的としつつ、支援機関・金融機関・自治体・士業等専門家が「事業承継支援のスタンダード」として使うことを想定した、かなり実務的な内容になっています(同ガイドライン「はじめに」より)。第3版では、基本的な構成は変えずに、①事業承継に向けた早期取組の重要性(事業承継診断の実施)、②事業承継に向けて踏むべき5つのステップ、③地域における事業承継支援体制の強化の必要性——の3点を中心に改訂されたと明記されています。
本稿は、ガイドラインの逐条の要約ではなく、「ガイドラインが示す進め方」と「経営者が実際に何から手を付けるか」を結び付けて整理したものです。出典は、中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」(令和4年3月改訂)です。制度・統計・支援策の内容は改正されるため、実際の判断にあたっては必ず最新の公表資料をご確認ください。
ガイドラインの位置づけ:法令ではなく「指針」
まず押さえておきたいのは、事業承継ガイドラインは法令ではなく指針(ガイドライン)だという点です。従わなければ罰則がある、というものではありません。ガイドライン自身も、経営者にとっては課題を認識して必要な準備に着手するための「道しるべ」、支援機関にとっては日々の支援業務の「スタンダード」として役立ててほしい、という位置づけを示しています。
しかし、実務上の影響力は小さくありません。たとえば「認定経営革新等支援機関」には、業務の実施にあたり本ガイドラインおよび「中小M&Aガイドライン」を踏まえて計画的な事業承継に向けた取組を促す役割が期待されている、と国の基本方針に記載されている旨がガイドライン内で紹介されています。つまり、公的な支援の現場では、このガイドラインが共通言語として使われているということです。相談に行った先で出てくる用語(見える化、磨き上げ、5つのステップ)を先に理解しておくと、話が早く進みます。
承継の進め方:5つのステップとポスト事業承継
ガイドラインは、第二章「事業承継に向けた準備の進め方」で、「事業承継に向けた5ステップ」を示しています。ステップ1〜3は親族内承継・従業員承継・社外への引継ぎ(M&A)に共通で、ステップ4で道が分かれ、ステップ5で実行に至る、という構成です。さらにその後に「ポスト事業承継(成長・発展)」が置かれています。
| ステップ(ガイドラインの表現) | ガイドラインが示す内容 | 経営者が実際にやること(実務目線) |
|---|---|---|
| ステップ1:事業承継に向けた準備の必要性の認識 | 後継者教育等の準備に要する期間を考慮し、経営者が概ね60歳に達した頃には準備に取りかかることが望ましいとされる。60歳を超えている場合は、すぐにでも身近な支援機関に相談すべきとされる | 「まだ早い」をいったん脇に置き、引退希望時期を仮でよいので紙に書く。公的窓口や顧問税理士に一度話をしてみる。社内・家族には、まだ何も決めていない旨を前置きして話す |
| ステップ2:経営状況・経営課題等の把握(見える化) | 経営状況・経営課題・経営資源等を見える化し、現状を正確に把握することから始まる。会社の経営状況の見える化と、事業承継課題の見える化の2つが挙げられている | 決算書の適正性の点検、株主名簿と実態の突合、保有株式数の確認と株価評価、会社と個人(不動産・貸借・保証)の関係の整理、後継者候補の有無の確認 |
| ステップ3:事業承継に向けた経営改善(磨き上げ) | 本業の競争力強化、経営体制の総点検、経営強化に資する取組など。対象は業績改善や経費削減にとどまらず、ブランド、優良な顧客、人材、知的財産、法令遵守体制等を含むとされる | 属人性の解消(社長しかできない業務の棚卸しと権限委譲)、不要資産・滞留在庫の処分、規程やマニュアルの整備、取引先の偏りの是正 |
| ステップ4-1:事業承継計画の策定(親族内・従業員承継の場合) | 会社の将来(例えば10年後)を見据え、いつ・どのように・何を・誰に承継するのかを具体的に計画する。後継者や親族と共同で策定し、関係者と共有することが望ましいとされる | 後継者と一緒に10年(または5年)の表を作る。社長交代の時期、株式の移転時期、後継者教育の内容を年ごとに置いていく |
| ステップ4-2:M&Aの工程の実施(社外への引継ぎの場合) | ①意思決定 ②仲介者・FAの選定 ③バリュエーション ④譲受側の選定(マッチング)⑤交渉 ⑥基本合意の締結 ⑦デュー・ディリジェンス ⑧最終契約の締結 ⑨クロージング | 秘密保持を徹底したうえで相談先を選ぶ。自社の価値のレンジを事前に把握しておく。資料(決算書、契約書、許認可、株主名簿)を揃える |
| ステップ5:事業承継・M&Aの実行 | 把握された課題を解消しつつ、事業承継計画やM&A手続に沿って資産の移転や経営権の移譲を実行する。税負担や法的手続が生じることが多く、士業等専門家の協力を仰ぐことが望ましいとされる | 実行スケジュールと関係者への開示順序を決める。税務・法務の手続は専門家に確認しながら進める |
| ポスト事業承継(成長・発展) | 後継者が新たな視点で従来の事業の見直しを行い、新たな成長ステージに入ることが期待される。事業承継前の中長期目標策定の過程で、承継後の取組もイメージしておくべきとされる | 承継後1〜3年でやることを、承継前の計画に書き込んでおく。取引先・金融機関との関係の引継ぎを漏らさない |
この並びで重要なのは、ステップ2(見える化)とステップ3(磨き上げ)が、どの承継方法を選ぶ場合でも共通の土台になっていることです。親族内で継ぐにせよ、従業員に継ぐにせよ、第三者に引き継ぐにせよ、まず自社の状態を正確に把握し、引き継ぐに値する状態まで持ち上げる。ここを飛ばして「誰に継がせるか」だけを議論しても、話は前に進みません。
また、ガイドラインはステップ4-2のバリュエーション(企業価値評価・事業価値評価)について、M&Aにおける評価額は相続税等を計算するための株価評価とは異なる金額となることが一般的であり、算出された金額が必ずそのまま譲渡額になるわけではないという趣旨の注意を明記しています。同じ「株価」という言葉でも、目的によって出てくる数字が違うということです。この違いは事業承継時の株価算定と非上場株式の評価方法で整理しています。
3つの承継方法:ガイドラインが挙げる特徴と留意点
ガイドラインは、事業承継を①親族内承継 ②従業員承継 ③社外への引継ぎ(M&A)の3類型に区分し、それぞれの主な特徴・近年の傾向・主な留意点を示しています。ここは、承継方法を決める段階で最も参照される部分です。
| ①親族内承継 | ②従業員承継 | ③社外への引継ぎ(M&A) | |
|---|---|---|---|
| ガイドラインが挙げる主な特徴 | 内外の関係者から心情的に受け入れられやすい。後継者の早期決定により長期の準備期間を確保できる。相続等により所有と経営の一体的な承継が期待できる | 親族以外の役員・従業員に承継させる方法。経営者としての能力のある人材を見極めて承継させられる。長く働いてきた従業員なら経営方針等の一貫性を保ちやすい | 株式譲渡や事業譲渡等により社外の第三者に引き継ぐ方法。親族や社内に適任者がいない場合でも広く候補者を外部に求められる。現経営者は会社売却の利益を得られる |
| ガイドラインが挙げる近年の傾向 | 事業承継全体に占める割合が急激に落ち込んでいる。事業の将来性への不安や、家業にとらわれない職業選択など、子ども側の多様な価値観の影響が指摘されている | 親族内承継の減少を補うように割合が増加。資金力問題についても、種類株式・持株会社・従業員持株会を活用するスキームの浸透等により、実施しやすい環境が整いつつあるとされる | 後継者確保の困難化等の影響で、法人・個人事業主を問わず増加傾向。民間のM&A支援機関の増加や事業承継・引継ぎ支援センターの全国設置による認知の高まりも一因とされる |
| ガイドラインが挙げる主な留意点 | 後継者にとって「引き継ぐに値する企業であるか」が問われる。引退時期を定め、そこから後継者育成に必要な期間を逆算して後継者教育に計画的に取り組むことが大切とされる。経営者保証も課題になり得る | 親族株主の了解を得ることが重要なポイント。早期に親族間の調整を行い、関係者全員の同意と協力を取り付けておく。資金力問題、他の役員・従業員との関係性、経営者保証にも留意が必要 | 企業価値を十分に高めておく必要があるため、早期に支援機関に相談し磨き上げに着手することが望まれる。マッチングまでの期間は事案により幅があり、十分な時間的余裕をもって臨むことが大切とされる |
| 実務でつまずきやすい点 | 意思確認を先送りして数年が過ぎる。株式が分散したまま相続が起きる | 後継者個人に買取資金がない。既存借入の個人保証の引継ぎで本人が尻込みする | 価格の目安を持たないまま交渉に入る。情報管理を誤って社内に不安が広がる |
3類型のどれを選ぶかは、後継者候補の有無だけでなく、残された準備期間とオーナーの手取りにも左右されます。この比較は後継者がいない会社の選択肢で、廃業も含めて詳しく整理しています。従業員承継の資金調達についてはMBO(マネジメント・バイアウト)と持株会社、第三者への引継ぎの流れはM&Aによる会社売却の流れとスモールM&Aを参照してください。
なお、ガイドラインは、事業承継を「株式の承継+代表者の交代」と捉える発想に注意を促し、後継者に承継すべき経営資源を「人(経営)」「資産」「知的資産」の3要素に大別しています。知的資産とは、貸借対照表に載らない無形の資産——人材、技術、技能、知的財産、組織力、経営理念、顧客とのネットワーク等——を指すものと説明されています。株式の承継は「資産の承継の一部に過ぎない」という整理は、承継の全体像を見誤らないために有用です。
「見える化」で経営者が実際にやること
ステップ2の「見える化」は抽象的に聞こえますが、ガイドラインは具体的な取組を列挙しています。実務に落とすと、次のような作業になります。
- 会社と個人の関係を明確にする:経営者所有の不動産を事業に使っていないか、その不動産に会社借入の担保が設定されていないか、経営者と会社の間の貸借関係、経営者保証の有無——これらを洗い出します。ガイドラインが最初に挙げている項目です。承継でもM&Aでも、ここが曖昧だと必ず論点になります。
- 適正な決算処理が行われているか点検する:「中小企業の会計に関する指針」「中小企業の会計に関する基本要領」等を活用した点検が挙げられています。見える化の目的は経営者自身の理解にとどまらず、関係者への開示でもあるため、正確で適正な決算書の作成が前提になります。
- 保有する自社株式の数を確認し、株価評価を行う:ガイドラインが見える化の取組として明示している項目です。自社株の評価額を把握して初めて、贈与・相続の税負担の規模も、従業員が買い取る場合の必要資金も、第三者に譲渡する場合の水準感も議論できます。目安の掴み方は事業承継の株価の相場で解説しています。
- 部門別・商品別の損益や在庫の状況を把握する:商品ごとの月次の売上・費用の分析による稼ぎ頭の把握、不良品の発生状況の調査、在庫の売れ筋・不良の把握などが挙げられ、これを「磨き上げ」に繋げるとされています。
- 知的資産を棚卸しする:なぜ他社ではなく自社が取引先に選ばれているのか、という観点から事業価値の源泉を認識する。ガイドラインは、レポートの作成自体を目的とせず、経営者自ら整理したうえで後継者等との「対話」を通じて認識を共有することが不可欠だとしています。
- 事業承継課題そのものを見える化する:後継者候補の有無の確認、候補がいない場合の社内外の可能性の検討、後継者候補に対して親族内株主や取引先から異論が生じ得る場合の対応策の事前検討、親族内承継なら相続財産の特定・相続税額の試算・納税方法の検討——が挙げられています。相続税額の試算は相続税シミュレーターで概算を掴めます。
株式の分散は、見える化の段階で最初に発見しておきたい論点です。ガイドラインは、1990年の商法改正前は株式会社の設立に最低7人の発起人が必要だったことに触れ、そのため名義株が多く発生したこと、放置すると見ず知らずの「自称」株主から権利を主張されたり、将来M&Aを行う際に譲渡を拒否されたり対価を要求されたりする問題が生じ得ることを指摘しています。承継に先立ち株主名簿を整理して株主を確定し、名義株があれば専門家に相談のうえ権利関係を明確にしておくべきとされています。実務は名義株の整理、議決権の水準感は議決権とはと議決権比率シミュレーターで確認してください。
もう一つ、株式譲渡でM&Aを行う場合に見落とせないのが簿外債務・偶発債務です。ガイドラインは、株式譲渡では会社組織がそのまま引き継がれるため手続が相対的に簡便である一方、未払残業代等の貸借対照表に表れない簿外債務や、紛争に関する損害賠償債務等の偶発債務もそのまま引き継ぐことになる、と明記しています。買い手はここをデューデリジェンスで調べます。売り手側で先に洗い出しておく考え方はセルサイドDDと売り手の磨き上げにまとめています。
「磨き上げ」は節税とは別の話
ステップ3の「磨き上げ」について、ガイドラインは踏み込んだ指摘をしています。親族内承継では相続税対策に重点が置かれすぎるあまり、事業とは無関係な資産の購入や、節税を目的とした持株会社の設立等により株価を意図的に低下させるなど、中小企業の事業継続・発展にそぐわない手法が用いられる場合があるとの指摘がなされている、という趣旨の記述です。
そのうえで、事業承継は経営者交代を機に事業を発展させる機会であること、経営者は次世代にバトンを渡すまで事業の維持・発展に努め続けなければならないことを挙げ、親族内に後継者がいる場合でも現経営者は経営改善に努め、より良い状態で引き継ぐ姿勢を持つことが望まれる、としています。「評価額を下げる工夫」と「会社を良くする取組」は方向が逆になり得る——この整理は、税務中心で進みがちな承継の議論に対する重要な視点です。税制そのものの内容は事業承継税制を参照し、適用の可否は必ず税理士にご確認ください。
磨き上げの中身としてガイドラインが挙げているのは、①本業の競争力強化(強みを作り弱みを改善する。取引先やマーケットに偏りがあれば是正し事業リスクを分散する)、②経営体制の総点検(職制・職務権限の明確化と段階的な権限委譲、規程類・マニュアルの整備、ガバナンス・内部統制の向上、不要資産や滞留在庫の処分、余剰負債の返済)、③経営強化に資する取組(財務状況をタイムリーかつ正確に把握し、利害関係者に説明することで信用力を獲得する)、④業績が悪化した中小企業における事業承継(事業承継のタイミングは事業再生を行う契機であり、早期に着手する必要がある)です。
②の「段階的な権限委譲」は、実務では属人性の解消として現れます。社長が値決めをし、社長が主要取引先を握り、社長の頭の中にしか手順がない——この状態は、後継者にとっても買い手にとっても大きなリスクです。誰が引き継ぐ場合でも、決裁と業務を仕組みに移す作業は避けて通れません。買い手が見る利益の実態については正常収益力もあわせてご覧ください。
早期着手と、後継者育成に要する期間
ガイドラインが繰り返し強調しているのが早期・計画的な取組です。数字で示されている考え方を、確認できた範囲で整理します。
- 後継者を決めてから事業承継が完了するまでの後継者への移行期間(後継者の育成期間を含む)は、3年以上を要する割合が半数を上回り、10年以上を要する割合も少なくないとされています(ガイドラインが引用する民間調査。図表16)。
- 平均引退年齢が70歳前後であることを踏まえると、概ね60歳頃には事業承継に向けた準備に着手することが望ましい。既に60歳を超えている場合は速やかに身近な支援機関に相談すべきであり、特に70歳を超えている場合にはすぐにでも準備に着手すべきとされています。
- 後継者側の目線として、事業を引き継いだ後継者が経営者に就任する年齢は概ね50歳程度である一方、事業を承継した経営者の多くは40代前半頃を「ちょうどよい時期だった」と評価しているという調査結果が紹介され、現在行われている事業承継の時期は後継者にとっては遅いと評価されている可能性があると指摘されています。
- 親族内承継の留意点として、現経営者が自らの引退時期を定め、そこから後継者の育成に必要な期間を逆算し、十分な準備期間を設けて後継者教育(技術やノウハウ、営業基盤の引継ぎを含む)に計画的に取り組むことが大切だとされています。
- 社外への引継ぎ(M&A)については、通常、希望する譲受側とのマッチングには数か月〜1年程度の時間を要することが見込まれるとされ、決断が遅れるほどM&Aの選択肢は狭まる傾向にある、と明記されています。
言い換えると、「引退したい時期」から逆算すると、着手すべき時期は自動的に決まるということです。育成に3年以上かかることが多く、M&Aでも相手探しに数か月〜1年程度を見込むのであれば、60歳前後で動き始めるという目安には合理性があります。逆算の考え方は事業承継タイムラインで、引退時期から必要な着手時期を確認できます。
ガイドラインは、廃業についても踏み込んでいます。休廃業・解散する直前期の決算で当期損益が黒字であった、いわゆる黒字廃業の割合が廃業の約6割を占める状況が続いていると紹介したうえで、支援機関は経営者から廃業の相談を受けてもすぐに廃業手続を進めるのではなく、まずはステップ2(見える化)から順に検討すべきだとしています。廃業時に直面した課題としては「顧客や販売先への説明」「従業員の処遇」「資産売却先の確保」が上位に挙げられた調査結果も紹介されています。この論点は黒字廃業で詳しく扱っています。承継・M&Aの件数動向は中小M&Aの統計を参照してください。
事業承継計画の作り方
親族内承継・従業員承継の場合、ステップ4-1で作るのが事業承継計画です。ガイドラインは、会社の将来(例えば10年後)を見据え、いつ・どのように・何を・誰に承継するのかについて具体的な計画を立案する必要があるとし、後継者や親族と共同で、取引先・従業員・取引金融機関等との関係を念頭に策定し、策定後は関係者と共有しておくことが望ましいとしています。
重要なのは、計画書という成果物を作ること自体が目的ではないと明言されている点です。現経営者と後継者が共通の目的意識のもとで対話しながら策定するプロセスにこそ意味がある、という整理です。あわせて、後継者を誰にするかは経営者の親族にとっても強い関心事であるため、早期に家族会議・親族会議を開催し、親族の同意を得ておくことが極めて重要だとされています。
策定プロセスとして挙げられているのは、ア)自社の現状分析(ステップ2で把握した現状をもとに改善点や方向性を整理)、イ)今後の環境変化の予測と対応策・課題の検討、ウ)事業承継の時期等を盛り込んだ事業の方向性の検討、エ)具体的な目標の設定(売上や利益、マーケットシェア等の指標ごと)、オ)円滑な事業承継に向けた課題の整理——の5つです。また、計画に先立ち、経営者が過去から現在までを振り返りながら経営に対する想い・価値観・信条を再確認するプロセスを「事業承継の本質」と位置づけている点も特徴的です。
ガイドラインの巻末には、10カ年版と5カ年版の事業承継計画の様式と記入例が収録されています。記載欄のイメージは次のとおりです。
| 区分 | 計画に置かれている主な欄 | 書くときの実務ポイント |
|---|---|---|
| 全体 | 基本方針、年度(1年目〜10年目、または1年目〜5年目) | 「誰に、いつ、どう渡すか」を最初に3行程度で言語化する。年度は西暦か年齢で揃えると関係者が読みやすい |
| 事業計画 | 売上高、経常利益などの目標値、定款の変更予定、その他の施策 | 背伸びした数字より、後継者が達成にコミットできる数字を置く。承継後の取組も同じ表に載せる |
| 現経営者 | 年齢、役職、関係者の理解(社内・取引先・金融機関への説明時期)、持株比率、個人資産の配分 | 代表交代の年と、株式をゼロにする年を明示する。役職が残る場合は権限の範囲も決めておく |
| 後継者 | 年齢、役職、後継者教育(社内での実務経験、社外研修等)、持株比率 | 「営業→製造→管理部門」のように配属の順序と期間まで書くと、教育計画として機能する |
| その他 | 遺言・遺留分への配慮、贈与の実施(暦年課税制度等)、納税猶予の活用、専門家への依頼 | 税務・法務は必ず専門家に確認する。他の相続人とのバランスは早い段階で家族会議に載せる |
株式の移転にあたっては、議決権を後継者に集約しつつ財産価値は分散させる、といった設計が必要になる場合があります。ガイドラインは第四章で、種類株式・信託・生命保険・持株会社の活用を「事業承継の円滑化に資する手法」として整理しています。種類株式の考え方は種類株式とはを参照してください。
支援機関の役割:どこに何を相談するか
ガイドラインは第六章で、事業承継をサポートする仕組みと機関を整理しています。第3版の改訂の柱の一つが「地域における事業承継支援体制の強化の必要性」であり、支援機関の側にも受け身にならず働きかけることを求めている点が特徴です。全都道府県で支援機関のネットワーク(事業承継ネットワーク)を構築し、準備状況の確認や次に行うべきことの提案を行う「事業承継診断」をプッシュ型で実施しているとされています。
| 支援機関 | ガイドラインが挙げる主な役割 | 相談する場面 |
|---|---|---|
| 事業承継・引継ぎ支援センター(公的機関) | 事業承継に関するワンストップ窓口。親族内承継支援(事業承継計画策定等)、第三者承継支援(相談からマッチング、成約まで)、後継者人材バンク、経営者保証に関する支援 | 何から手を付けるか分からない段階。中立的な意見が欲しいとき |
| 税理士 | 顧問契約を通じて経営者との関わりが深く、経営者向けアンケートでも事業承継の相談先のトップに位置するとされる。相続税に関する助言、株価の評価、生前贈与のやり方、種類株式の発行に関する助言等 | 最初の相談。親族内承継の税務検討。数字の整理 |
| 公認会計士 | 見える化・磨き上げといったプレ承継、非上場株式の評価やM&Aにおける売却価格試算等の公正な評価、経営者保証の解除、適正な会計の導入支援 | 株式価値の評価。財務の整理と会計の適正化 |
| 弁護士 | 利害関係者への説明・説得、株主関係が複雑な場合や会社債務・経営者保証に関する金融機関との調整、M&Aのスキーム設計と契約書等の作成 | 株主の整理。契約と保証の交渉 |
| 司法書士・行政書士・中小企業診断士 | 司法書士は商業登記・不動産登記、種類株式や民事信託の活用等。行政書士は許認可申請や各種書類の作成。中小企業診断士は事業承継診断、計画策定支援、後継者教育支援、磨き上げ支援等 | 登記・許認可の手続。計画づくりと磨き上げの伴走 |
| 金融機関 | 日常的に経営状況を把握する立場から、事業承継に向けた準備を促し、専門家の紹介、M&Aマッチング、株式取得等に必要な資金需要への対応を行うことが期待される | 資金調達。借入と保証の整理 |
| 登録M&A支援機関 | 中小企業のM&Aで仲介またはFA業務を行う支援機関のうち、「中小M&Aガイドライン」の遵守等を登録要件とする「M&A支援機関登録制度」に登録された者 | 第三者へのM&Aを本格的に進める段階 |
| 商工会議所・商工会、中小企業団体中央会、よろず支援拠点、中小機構 | 身近な相談・情報提供、セミナー開催、専門家や事業承継・引継ぎ支援センターへの紹介、後継者研修等 | 情報収集の段階。まず誰かに話してみたいとき |
ガイドラインは、事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用型)において、M&A支援機関の活用に係る費用のうち仲介・FAに係るものへの補助は、あらかじめ登録された支援機関の提供する支援に係るものだけが対象となる、と説明しています(同ガイドライン公表時点の記載)。補助金の名称・要件・公募時期は改正されるため、活用を検討する場合は必ず最新の公募要領をご確認ください。制度の概要はM&Aの公的支援と事業承継・M&A補助金にまとめています。相談先ごとの立場の違いは事業承継の相談先、仲介とFAの違いはM&A仲介とFAの違い、税理士の関与範囲は事業承継における税理士の役割を参照してください。
経営者保証についても記載があります。「経営者保証に関するガイドライン」研究会が、事業承継時の経営者保証の取扱いを明確化するため「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」を取りまとめ、2020年4月から適用を開始していること、本特則では金融機関に対し、原則として前経営者・後継者の双方から二重には保証を求めないことなどが求められている旨が紹介されています。M&Aにおける保証解除の実務は個人保証の解除で扱っています。
よくある質問(FAQ)
Q. 事業承継ガイドラインは、守らないと不利益がありますか?
A. 法令ではなく指針であり、直接の罰則はありません。ただし、公的な支援の現場では共通の枠組みとして参照されています。認定経営革新等支援機関には、本ガイドラインおよび「中小M&Aガイドライン」を踏まえて計画的な事業承継に向けた取組を促す役割が期待されている旨が、国の基本方針を引用する形でガイドライン内に記載されています。実務的には、相談先と話をするときの共通言語として理解しておくと、説明の手間が減り、論点の抜け漏れも防げます。
Q. 5つのステップは、必ず順番どおりに進める必要がありますか?
A. ガイドラインは、準備の必要性の認識(ステップ1)から始め、見える化(ステップ2)、磨き上げ(ステップ3)を経て、承継方法に応じた計画策定またはM&Aの工程(ステップ4)、実行(ステップ5)へ進む流れを示しています。特に、ステップ2を十分に実施することが実効的な事業承継計画策定の前提になる、と明記されています。ただし、実務では磨き上げと計画策定を並行させることも一般的です。順序そのものより、見える化を飛ばして先に進まないことが要点だと理解するのが実務的です。
Q. 「見える化」で株価評価まで必要なのはなぜですか?
A. ガイドラインは、会社の経営状況の見える化に資する取組の一つとして「保有する自社株式の数を確認するとともに株価評価を行う」ことを挙げています。理由は単純で、評価額が分からないと判断ができないからです。親族内承継なら贈与税・相続税の規模と納税資金、従業員承継なら後継者が調達すべき金額、第三者への譲渡なら交渉の出発点——いずれも自社株の価値が起点になります。なお、M&Aにおける評価額と相続税等の計算のための株価評価は異なる金額になることが一般的である旨がガイドラインに明記されています。目的に応じた使い分けが必要です。
Q. 後継者がまだ決まっていない段階でも、計画は作れますか?
A. 事業承継計画は本来、後継者と共同で策定することが望ましいとされています。後継者が決まっていない段階では、まずステップ2の「事業承継課題の見える化」——後継者候補の有無の確認、候補がいない場合の社内外の可能性の検討——から着手することになります。並行して、見える化と磨き上げを進めておけば、その成果はどの承継方法を選んでも無駄になりません。後継者不在の場合の選択肢は後継者がいない会社の選択肢で整理しています。
Q. 検討していることが社内に知られるのが心配です。
A. ガイドラインは、M&Aに関する手続の全般にわたり秘密を厳守し情報の漏えいを防ぐことは極めて重要だとしています。外部はもちろん、親戚や友人、社内の役員・従業員に対しても、知らせる時期や内容には十分な注意が必要であり、最終契約締結前にごく一部の関係者にのみ知らせることはあっても、それ以外の関係者には原則として可能な限りクロージング後(早くとも最終契約締結後)に知らせるべきとされています。開示の設計は従業員への開示タイミングを参照してください。
Q. 業績が悪い状態でも、承継の準備を進める意味はありますか?
A. あります。ガイドラインは、中小企業の財務状態を改善することは円滑に事業承継を行うために極めて重要だとし、債務整理等の事業再生が必要な場合にこれを放置すれば後継者を確保することもままならないと指摘しています。そのうえで、事業承継のタイミングは事業再生を行う契機であり、円滑に事業承継を行うためにも早期に事業再生に着手する必要があるとしています。まずは弁護士等の専門家に相談することが重要だとされており、私的整理・法的整理の代表的な手続も紹介されています。判断は必ず専門家にご確認ください。
まとめ
中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」(令和4年3月改訂)は、法令ではなく指針ですが、公的支援の現場で共通言語として使われている実務的な道しるべです。示されているのは、①準備の必要性の認識 ②見える化 ③磨き上げ ④事業承継計画の策定(親族内・従業員承継)またはM&Aの工程(社外への引継ぎ)⑤実行——という5つのステップと、その先のポスト事業承継です。
経営者の側から見ると、やることは大きく3つに集約されます。引退時期から逆算して着手時期を決めること(概ね60歳頃、既に超えていれば速やかに)、自社の状態を数字と事実で把握すること(決算の適正性、会社と個人の関係、株主名簿と株価、簿外債務、属人性)、そして後継者や支援機関と対話しながら計画に落とすことです。計画書という紙を作ることが目的ではない、というガイドラインの指摘は、そのまま実務の要点でもあります。
承継方法は、親族内・従業員・社外への引継ぎ(M&A)の3つ。どれを選ぶにせよ、見える化と磨き上げという土台は共通です。そして、その土台の最初の一段に置かれているのが、自社株式の数の確認と株価評価でした。
「見える化」の第一歩として、自社株の価値の目安を把握できます。「M&Aバリュークラウド」では、財務数値を入力すると、DCF法・類似会社比較法・純資産法による株式価値のレンジを算定し、PDF報告書にまとめられます(簡易版2,200円・詳細版5,500円、税込)。相続税評価額の算定ではありません。登録と試算は無料です。無料で登録して試算する