税理士事務所の後継者問題|承継の選択肢と相談先の選び方、事務所の価値の考え方
最終更新: 2026-09-12
「そろそろ引退を考えているが、事務所を継ぐ人がいない」「長年お付き合いしてきた顧問先や職員をどうすればよいのか」。こうした悩みを抱える所長税理士は少なくありません。税理士事務所は所長個人の資格と信頼で成り立つ面が大きく、一般の中小企業とは承継の進め方や論点が異なります。一方で、他の事務所や税理士法人への譲渡(M&A)、合併といった、廃業以外の選択肢も広がってきました。本稿では、税理士事務所・会計事務所の後継者問題について、承継の選択肢の比較、税理士事務所ならではの論点、事務所の価値の考え方、相談先の選び方と進め方を、実務目線で整理します。
顧問先の事業承継を支援してきた税理士ほど、自らの事務所の承継は後回しになりがちです。顧問先に「承継の準備は早めに」と伝えてきたことは、そのまま自分の事務所にも当てはまります。一般企業の後継者不在の選択肢は後継者不在の選択肢、事業承継で税理士が担う役割は事業承継における税理士の役割もあわせてご覧ください。
税理士業界の高齢化と後継者不在はどこまで進んでいる?
税理士業界は、士業の中でも高齢化が進んでいる業界の一つと言われます。業界団体の調査などでは、税理士の平均年齢は60歳前後かそれ以上とも言われ、60代・70代で現役を続ける開業税理士も珍しくありません。また、税理士試験の受験者数は長期的に見て減少傾向にあるとも言われ、若い世代の有資格者が十分に育っていないことが、事務所の後継者不足に拍車をかけていると指摘されています。
個人事務所の場合、所長が税理士業務を行えなくなると、事務所としての業務継続そのものが難しくなります。親族に税理士資格を持つ後継者がいない、期待していた勤務税理士が独立した、そもそも有資格の職員がいない、といった事務所では、手を打たないまま所長が高齢になると、顧問先・職員ともに行き場を失うおそれがあります。一方で、規模の拡大を目指す税理士法人や、地域での顧客基盤を広げたい事務所など、事務所の引継ぎに関心を持つ側の存在も見られます。後継者がいないからといって、廃業だけが道というわけではありません。
注意したいのは、所長の健康状態の変化が予告なく訪れることです。急な病気や相続が発生した場合、顧問先の申告期限は待ってくれず、職員も先の見えない状況に置かれます。業界で「事務所の承継は所長が元気なうちに」と言われるのは、このためです。承継の検討を始める時期が早いほど、選択肢と引継ぎ期間に余裕が生まれます。
税理士事務所の承継にはどんな選択肢がある?
税理士事務所の承継の選択肢は、大きく「親族・勤務税理士への承継(内部承継)」「他事務所・税理士法人への譲渡(M&A)」「合併・法人化」「廃業」の4つに分けられます。それぞれに向き不向きがあり、事務所の規模や職員体制、所長の希望によって現実的な選択肢は変わります。まずは全体像を比較表で確認しましょう。
| 選択肢 | 概要 | 向いているケース | 主な注意点 |
|---|---|---|---|
| 親族への承継 | 税理士資格を持つ子どもや親族に事務所を引き継ぐ | 親族が有資格者で、事務所を継ぐ意思がある | 資格取得までの期間の体制、職員・顧問先の受け止め |
| 勤務税理士への承継 | 事務所で働く勤務税理士を後継者にする | 顧問先をよく知る有資格の職員がいる | 承継対価の資金負担、他の職員との関係 |
| 他事務所・税理士法人への譲渡(M&A) | 顧問先・職員を他の事務所や税理士法人に引き継ぎ、対価を受け取る | 内部に後継者がいない、職員の雇用を守りたい | 引継ぎ先の方針との相性、顧問先の同意と継続率 |
| 合併・法人化 | 税理士法人との合併や法人への参加、自らの法人化で承継の受け皿をつくる | 段階的に引退したい、組織として事務所を存続させたい | 法人の運営ルール、持分や報酬の取り決め |
| 廃業 | 新規受託を止め、顧問先に他の税理士を紹介して事務所を閉じる | 顧問先が少ない、所長一人で運営している | 紹介先の確保、職員の再就職、対価はほとんど得られない |
親族・勤務税理士に承継する場合のポイントは?
内部承継の最大の利点は、事務所の方針や顧問先との関係を維持しやすいことです。顧問先にとっても「見知った人が継ぐ」安心感があり、継続率が保たれやすい傾向があります。一方、親族が税理士試験の勉強中である場合は、資格を取得するまでの期間をどうつなぐかが課題になります。勤務税理士への承継では、後継者が承継の対価を一度に支払うのが難しいことも多く、分割払いや、承継後の事務所の収益から段階的に支払う形などが検討されます。いずれの場合も、所長が一定期間残って顧問先に後継者を紹介し、信頼を移していく期間を設けることが大切です。
他事務所・税理士法人への譲渡(M&A)はどんな形になる?
内部に後継者がいない事務所で検討が増えているのが、他の事務所や税理士法人への譲渡です。個人事務所の場合、会社のように株式を譲渡するのではなく、顧問契約の引継ぎ(顧問先の紹介)、職員の受け入れ、事務所設備や賃貸契約の引継ぎなどを組み合わせる形が一般的で、実質的には事業譲渡に近い取引といえます。取引形態の違いは事業譲渡と株式譲渡の違いも参考になります。引継ぎ先にとっては、顧客基盤と経験のある人材を一度に得られる点が魅力であり、所長にとっては職員の雇用と顧問先へのサービスを継続させながら、対価を得られる点が利点です。
合併・法人化はどんなときに向いている?
税理士法人との合併や、個人事務所の所長が既存の税理士法人に社員として加わり、数年かけて段階的に引退していく形もあります。また、自ら税理士法人を設立し、勤務税理士を社員に迎えることで、所長が退いた後も組織として業務を続けられる体制をつくる方法もあります。法人化によって業務が所長個人に依存しにくくなり、承継の受け皿を整えやすくなる一方、法人の設立要件や社員の構成、持分や報酬の取り決めなど、検討事項は少なくありません。設立要件は制度改正の動向も含めて、所属する税理士会や専門家に確認するのが確実です。合併の一般的な仕組みは合併とはで解説しています。
廃業を選ぶ場合に気をつけることは?
顧問先が少ない、所長一人で運営しているといった事務所では、廃業が現実的な選択肢になることもあります。ただし、廃業では対価をほとんど得られないうえ、顧問先は自力で新しい税理士を探す負担を負い、職員の雇用も失われます。まだ収益が出ている事業が失われる問題は黒字廃業でも取り上げています。廃業を選ぶ場合でも、顧問先ごとに相性のよい紹介先を丁寧に選び、申告や決算の途中で空白が生じないよう時期を調整することが、所長としての最後の責任になります。
税理士事務所の承継ならではの論点は?
税理士事務所の承継には、一般の中小企業のM&Aにはない固有の論点があります。とくに、顧問先の引継ぎ、税理士法上の資格・名義、守秘義務、職員の雇用、所長の引退時期の5つは、どの選択肢を選ぶ場合でも整理が欠かせません。
顧問先の引継ぎには一社ずつの同意が前提
顧問契約は、所長(または法人)と顧問先との間の委任・準委任の契約であることが多く、事務所を譲渡しても自動的に引継ぎ先へ移るものではありません。顧問先ごとに引継ぎ先との契約を改めて結ぶ、つまり一社ずつ同意を得ることが前提と考えるのが基本です。顧問先は所長個人を信頼して契約していることが多いため、説明の仕方やタイミングによって継続率は大きく変わります。所長が同行して引継ぎ先を紹介する、担当職員を当面そのまま継続させる、報酬体系を一定期間据え置く、といった配慮が継続率を左右します。
税理士法上の名義・資格の論点は?
税理士業務は、原則として税理士または税理士法人でなければ行えません。そのため承継の過程で、資格のない親族や職員が実質的に業務を担う、所長の名義を残したまま別の者が事務所を運営する、といった形は、名義貸しなどの問題となるおそれがあります。親族が資格を取得するまでの「つなぎ期間」の体制や、所長の引退後に事務所の名称をどう扱うかなども、判断を誤りやすいポイントです。こうした論点は個別の事情によって結論が変わるため、具体的な体制を決める前に、所属する税理士会や専門家に確認してください。
守秘義務と情報開示の順序はどう考える?
税理士には守秘義務があるため、譲渡を検討する段階で、顧問先の名称や財務情報を引継ぎ候補にどこまで開示できるかは慎重に考える必要があります。初期段階では、顧問先を特定できない形(件数、業種別の構成、報酬の合計や分布など)で情報を示し、秘密保持契約を結んだうえで、顧問先の同意取得の段取りに応じて段階的に開示していくのが一般的な考え方です。秘密保持契約の基本はNDA(秘密保持契約)とはを参照してください。具体的な開示の範囲や方法は、税理士会や専門家に確認することをおすすめします。
職員の雇用と処遇をどう守るか
税理士事務所の価値は、顧問先を実際に担当している職員に大きく依存しています。引継ぎ先での雇用継続はもちろん、給与水準、勤務地、担当している顧問先の継続、会計ソフトや業務フローの変更、評価制度など、職員が気にする点は多岐にわたります。職員への伝え方とタイミングも重要で、早すぎれば動揺や退職を招き、遅すぎれば不信感につながります。キーマンとなる職員には比較的早い段階で個別に話し、承継後の役割を一緒に考えるのが現実的です。承継後の統合の進め方はPMIの進め方も参考になります。
所長の引退時期と引継ぎ期間はどれくらい見込む?
税理士事務所の承継では、譲渡後も所長が一定期間事務所に残り、顧問先への挨拶回りや業務の引継ぎを行うのが一般的とされます。期間は1〜3年程度が一つの目安と言われ、確定申告や決算の繁忙期を引継ぎ先と一緒に1〜2回経験することで、引継ぎが安定しやすくなります。完全に引退したいのか、顧問や社員として当面関わり続けたいのかによって、選ぶべき承継先や条件も変わります。自分がいつ、どのような形で退きたいのかを、早い段階で言葉にしておきましょう。
税理士事務所の価値(売却相場)はどう考える?
「自分の事務所はいくらで引き継いでもらえるのか」は、所長にとって最も気になる点の一つでしょう。一般の中小企業では、純資産に営業利益の数年分を加える年倍法や、収益力をもとにした評価が使われます。これに対して税理士事務所は、設備などの有形資産が少なく、価値の大半は顧問先との関係、つまり営業権(のれん)にあります。のれんの考え方はのれん(営業権)とはで解説しています。
「年間顧問報酬の何年分」という目安
業界で語られる目安の一つに、「年間の顧問報酬(決算料などを含む)の何年分」という考え方があります。1年分前後を中心に、条件によってはそれを下回るレンジから上回るレンジまで幅があると言われますが、あくまで慣行的な出発点にすぎません。同じ報酬総額でも、顧問先の継続見込みや単価、業種構成、職員体制によって評価は大きく変わります。また、この目安は顧問先が実際に引き継がれることを前提にしているため、引継ぎ後の継続率に応じて最終的な対価を調整する設計も見られます。
事務所の価値を左右する要素は?
| 要素 | 評価されやすい状態 | 評価が下がりやすい状態 |
|---|---|---|
| 顧問先の継続率 | 長期の契約が多く、解約が少ない | 所長個人とのつながりだけで契約している先が多い |
| 顧問単価 | 業務量に見合った報酬で、改定の余地も説明できる | 低単価の先が多く、業務量に対して採算が合わない |
| 業種・規模構成 | 業種が分散し、法人の顧問先が中心 | 特定の業種や大口先への依存度が高い |
| 職員体制 | 担当職員が顧問先を持ち、引継ぎ後も残る見込み | 所長がほぼすべての実務を担っている |
| 業務の標準化 | 会計ソフトや業務フローが整理され、記録が残っている | 処理方法が属人的で、引継ぎに時間がかかる |
| 業務の幅 | 資産税・経営支援・給与計算など収益源が多様 | 記帳代行と申告のみで、報酬が下落傾向 |
要するに、報酬の総額そのものよりも、「引き継いだ後にどれだけの顧問先が残り、どれだけの利益を生むか」が評価の本質です。職員が担当を持ち、業務が標準化されている事務所は、所長が退いた後も収益が続く見込みが高く、評価されやすくなります。サービス業全般の評価の考え方は小売・サービス業の企業価値評価も参考になります。一般的な中小企業の目安を試算したい場合は年倍法の無料計算ツールも使えますが、税理士事務所では顧問報酬ベースの目安とあわせて参考程度にとどめるのがよいでしょう。
対価の受け取り方も価値の一部
対価の受け取り方には、一括払い、分割払い、継続率連動(引継ぎ後の一定期間に継続した顧問先の報酬をもとに対価を確定する)、引継ぎ期間中の所長報酬として受け取る形などがあります。所長にとっては一括払いのほうが確実性は高い一方、継続率連動は顧問先がしっかり残れば総額が大きくなることもあります。どの形が有利かは、所長の引退時期や顧問先との関係の強さによって変わります。対価の税務上の取扱い(所得区分や消費税など)も取引形態によって変わるため、ご自身の専門分野であっても、第三者の専門家の目で確認しておくと安心です。
税理士事務所の後継者問題はどこに相談すればよい?
税理士事務所の承継の相談先には、公的な窓口から民間の仲介まで複数の選択肢があり、得意分野や費用、秘密保持の体制がそれぞれ異なります。最初の相談先の選び方で、その後の進み方が大きく変わることもあるため、特徴を比べたうえで使い分けるのがおすすめです。一般的な事業承継の相談先は事業承継の相談先でも整理しています。
| 相談先 | 特徴 | 向いている相談 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 所属する税理士会 | 会員向けの相談窓口や、事務所承継に関する情報提供を行っている場合がある | 税理士法上の論点、承継の一般的な進め方 | 個別の引継ぎ先探しまでは対応範囲外のことが多い |
| 事業承継・引継ぎ支援センター | 国の事業として各都道府県に設置された公的な相談窓口で、相談は無料 | 承継の方向性の整理、第三者承継の初期相談 | 士業事務所の案件に詳しい担当者とは限らない |
| 会計事務所専門のM&A仲介 | 税理士事務所・会計事務所の譲渡を専門に扱う | 引継ぎ先の探索、条件交渉、顧問先引継ぎの段取り | 手数料体系や候補先の範囲を事前に確認する |
| 一般のM&A仲介・マッチングサイト | 業種を問わず幅広い買い手との接点がある | 候補先を広く探したい場合 | 税理士事務所特有の論点への理解に差がある |
| 知人の税理士・税理士法人 | 人柄や方針を知った相手と直接話せる | 方針の合う相手がすでに思い浮かぶ場合 | 条件の相場観が偏りやすく、断りにくい |
| 弁護士・金融機関など | 契約書の確認や資金面の相談に強い | 契約内容の確認、承継側の資金調達 | 承継全体を進める窓口ではないことが多い |
相談先を選ぶときのチェックポイント
- 税理士事務所・会計事務所の承継を扱った経験があり、顧問先の同意取得や職員の処遇といった固有の論点を理解しているか
- 手数料の体系(着手金・中間金・成功報酬・最低報酬)が明確で、総額の見込みを事前に示してくれるか
- 売り手・買い手の双方に関与する仲介なのか、売り手側だけに立つアドバイザーなのか
- 顧問先や職員への情報開示の順序について、守秘義務に配慮した方針を示してくれるか
- 特定の相手ありきではなく、複数の候補先を比較できるか
- 担当者が所長の希望を丁寧に聞き、急かさずに進めてくれるか
手数料の水準はM&A仲介の手数料相場、成功報酬の計算方法はレーマン方式の計算方法で解説しています。見込みの金額はレーマン方式の無料計算ツールで試算できます。仲介会社の選び方全般はM&A仲介の選び方、公的な支援策はM&Aの公的支援や事業承継・引継ぎ補助金もあわせてご覧ください。補助金などの対象になるかどうかは、制度ごとの要件を確認する必要があります。
相談前に整理しておきたいことは?
相談の前に事務所の現状と所長の希望を整理しておくと、相談先から具体的な助言を得やすくなり、価値の目線もつかみやすくなります。完璧な資料である必要はありません。次の項目を、手元の情報で一覧にしておくだけでも十分な出発点になります。
- 顧問先リスト:顧問先ごとの業種、法人・個人の別、契約開始年、担当職員、所長との関係の深さ
- 報酬:月額顧問料、決算料、年末調整や給与計算などのスポット報酬と、直近数年の推移
- 契約形態:顧問契約書の有無、業務範囲、解約に関する条項、報酬改定の履歴
- 職員:人数、資格の有無、年齢、担当件数、給与などの雇用条件、承継後も働く意向
- 事務所の資産・契約:事務所の賃貸契約、会計ソフトやシステムの契約、リース、書類の保管状況
- 所長の希望:引退の時期、引継ぎ期間中の関わり方、対価の希望、職員・顧問先について譲れない条件
初期の相談では、顧問先の名称を伏せた集計(業種別の件数、報酬帯別の件数、担当者別の件数など)を用意しておくと、守秘義務に配慮しながら話を進められます。また、「対価」「職員の雇用」「顧問先へのサービス水準」「事務所の名称や方針」のうち、何を優先するのかを決めておくと、候補先を比較するときの判断がぶれにくくなります。すべての条件を満たす相手が見つかるとは限らないため、譲れない条件と歩み寄れる条件を分けておくことが大切です。
税理士事務所の承継はどんなステップで進む?
他事務所・税理士法人への譲渡を例に、承継の一般的な流れを整理します。期間はあくまで目安で、事務所の規模や候補先の見つかり方によって前後します。
| ステップ | 主な内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 1. 方針の整理 | 引退時期、承継の選択肢、譲れない条件を整理する | 1〜3ヶ月 |
| 2. 相談先の選定 | 税理士会・支援センター・仲介などに相談し、進め方を決める | 1〜2ヶ月 |
| 3. 情報整理と価値の目線 | 匿名化した顧問先情報、報酬、職員体制をまとめ、価値の目安を把握する | 1〜2ヶ月 |
| 4. 候補先の探索・面談 | 秘密保持契約を結び、方針・人柄・職員の待遇を確認する | 3〜6ヶ月 |
| 5. 条件合意・契約 | 対価と支払い方法、引継ぎ期間、職員の処遇を取り決める | 1〜3ヶ月 |
| 6. 顧問先・職員への説明と引継ぎ | 同行での挨拶、担当の引継ぎ、繁忙期を共に経験する | 1〜3年 |
全体では、準備を始めてから所長が引退するまで数年単位になることが多いと考えておくとよいでしょう。顧問先への説明や挨拶回りは、確定申告や3月決算などの繁忙期を避けて計画するのが現実的です。また、候補先との面談では条件面だけでなく、顧問先への向き合い方や職員の育て方といった事務所の文化が合うかどうかも確認しましょう。承継後に顧問先や職員が離れてしまえば、所長の想いも対価も損なわれてしまいます。
税理士事務所の承継でよくある失敗は?
準備を始めるのが遅すぎる
最も多いのが、所長が体調を崩してから慌てて承継先を探し始めるケースです。時間がないと候補先を比較する余裕がなく、条件交渉でも不利になりがちです。引継ぎ期間を十分に確保できず、顧問先の継続率が下がることもあります。引退を考え始めた段階で、まずは情報収集だけでも始めておくことが大切です。
報酬総額だけで価値を見積もる
「年間報酬がこれだけあるから、これくらいの対価になるはず」と報酬総額だけで期待値を置くと、継続率や単価、職員体制を踏まえた引継ぎ先の評価との間に大きなギャップが生まれます。期待とのずれが交渉の決裂につながることもあるため、価値を左右する要素を踏まえて、現実的なレンジで目線を持っておきましょう。
顧問先・職員への伝え方を誤る
承継の話が噂として先に伝わると、職員の退職が相次いだり、顧問先が他の事務所へ移ってしまったりすることがあります。誰に、いつ、どの順番で、誰の口から伝えるのかを事前に計画し、所長自身の言葉で説明することが、信頼をつなぐうえで欠かせません。
引継ぎ先の方針を十分に確かめない
対価の条件だけで相手を選ぶと、承継後に報酬の大幅な改定や業務の進め方の急な変更が起き、顧問先や職員が離れてしまうことがあります。顧問先へのサービス水準、職員の処遇、会計ソフトなどのシステム、所長の関わり方について、引継ぎ先の考え方を面談で具体的に確認しておきましょう。
知人同士だからと条件を曖昧にする
知人の税理士への承継では、関係性ゆえに対価や引継ぎ期間、継続率が下がった場合の扱いを口約束で済ませてしまいがちです。後から認識の違いが表面化すると、長年の関係まで損なわれかねません。親しい相手であっても、条件は書面にまとめ、必要に応じて専門家に確認してもらうことをおすすめします。
よくある質問
税理士事務所の売却相場はどれくらいですか?
業界で語られる目安の一つとして、年間の顧問報酬(決算料などを含む)の1年分前後という考え方がありますが、実際には幅があります。顧問先の継続率、単価、業種構成、職員体制、業務の標準化の度合いによって評価は上下し、継続率に応じて対価を調整する設計がとられることもあります。目安はあくまで出発点として捉え、個別の事情を踏まえて判断することが大切です。
顧問先には承継のことをいつ伝えればよいですか?
一般的には、引継ぎ先との条件がおおむね固まり、引継ぎの体制が見えた段階で、所長自ら説明するのが望ましいとされます。早すぎると顧問先に不安を与え、遅すぎると「知らないうちに決まっていた」と受け止められかねません。引継ぎ先の担当者と同行して挨拶し、担当職員が当面継続することなどを具体的に伝えると、安心してもらいやすくなります。
資格のない親族に事務所を継がせることはできますか?
税理士業務は、原則として税理士または税理士法人でなければ行えないため、資格のない親族がそのまま所長として業務を行うことはできません。親族が資格を取得するまでの間、他の税理士や税理士法人と連携して業務を継続する方法などが考えられますが、名義の扱いなど注意すべき論点があります。具体的な体制は、所属する税理士会や専門家に確認してください。
小規模な個人事務所でも引継ぎ先は見つかりますか?
規模が小さくても、地域での顧客基盤を広げたい事務所や、特定の業種の顧問先に関心を持つ事務所など、引継ぎに関心を持つ相手が見つかる可能性はあります。ただし、所長一人で実務を担っている場合は、引継ぎ期間を長めに確保するなどの工夫が必要です。条件の選択肢を残すためにも、早めに相談を始めることをおすすめします。
顧問先の事業承継を支援してきた経験は、事務所の承継に役立ちますか?
役立つ場面は多いといえます。顧問先の承継やM&Aの相談に応えてきた経験があれば、自らの事務所の承継でも、論点の整理や進め方の判断がしやすくなります。顧問先向けのM&A支援の考え方は税理士のM&A支援、事務所としての取り組み方は会計事務所のM&A業務、相続税評価とM&Aの株価の違いは株価算定と税理士で解説しています。
まとめ
税理士事務所の後継者問題は、所長個人の資格と信頼で成り立つという業種の特性上、一般の中小企業とは異なる論点を多く含みます。承継の選択肢には、親族・勤務税理士への承継、他事務所・税理士法人への譲渡(M&A)、合併・法人化、廃業があり、事務所の規模や職員体制、所長の希望によって向き不向きが変わります。どの道を選ぶ場合でも、顧問先の同意と継続率、税理士法上の資格・名義、守秘義務、職員の雇用、引継ぎ期間の確保が鍵になります。事務所の価値は、業界で語られる「年間顧問報酬の何年分」という目安を出発点に、継続率・単価・業種構成・職員体制で大きく変わります。相談先の特徴を比べ、顧問先リストや報酬、所長の希望を整理したうえで、所長が元気なうちに検討を始めることが、顧問先と職員、そして所長自身にとって納得のいく承継への近道です。
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