営業権(のれん)の計算方法|年買法・超過収益法・差額での求め方と税務の扱い
最終更新: 2026-09-12
M&Aの価格交渉では、「営業権をいくらで見るか」が最後まで残る論点になりがちです。純資産のように帳簿から一意に決まる数字ではなく、計算の入口を変えるだけで金額が数千万円単位で動くためです。「営業権 計算方法」「のれん 計算」「営業権 何年分」といった疑問は、結局のところどの計算式を使い、どの利益に、何年分・何%を掛けるかという実務の話に行き着きます。
本稿は、営業権(のれん)の計算方法に振り切って解説します。用語としての定義はのれん(営業権)とは、会計上の償却・減損はのれんの償却とはで扱っているため、ここでは最小限にとどめ、①年買法、②超過収益法、③差額方式という3つの計算アプローチを、同じ会社の数字で並べて比較します。あわせて、年数・割引率の決め方、営業権の大きさを直接左右する正常収益力の調整、事業譲渡での税務上の扱い、営業権がゼロ・マイナスになるケース、交渉での使われ方までを整理します。
営業権は価格のどこに現れるか
営業権(のれん)は、単独で見積書に載る項目というより、算定された価値と純資産との差として結果的に姿を現すものです。どのスキームで売買するかによって、現れ方が変わります。
株式譲渡の場合:株式価値と時価純資産の差
株式譲渡では、売買されるのは会社の株式そのものです。合意した株式価値が3億円、資産・負債を時価に評価し直した時価純資産が2億円であれば、差額の1億円が実質的な営業権に相当します。契約書に「営業権1億円」と書かれるわけではなく、あくまで価格の内訳を説明するための概念です。株式価値と事業価値(企業価値)の関係は企業価値と株式価値の違いで整理しています。
事業譲渡の場合:譲渡対価の内訳として明示される
事業譲渡では、譲り渡す資産・負債を個別に特定して売買します。このため、譲渡対価の総額から、引き継ぐ資産の時価と引き継ぐ負債の時価の差額を引いた残りが、契約上も明確に営業権(のれん)として現れます。譲渡対価3億円、引き継ぐ資産の時価2.4億円、引き継ぐ負債0.6億円であれば、営業権は3億円−(2.4億円−0.6億円)=1.2億円という具合です。事業譲渡と株式譲渡では、この点も含めて実務が大きく異なるため、事業譲渡と株式譲渡の違いもあわせてご覧ください。
営業権の3つの計算アプローチを比較する
営業権の計算方法は、大きく3つに整理できます。どれか1つが正解というものではなく、規模や資料の揃い方に応じて使い分け、複数の結果をレンジとして持つのが実務的です。
| アプローチ | 計算式のイメージ | 向いている場面 | 弱点 |
|---|---|---|---|
| ①年買法(年倍法) | 正常営業利益 × 年数(一般に2〜5年程度) | 中小・小規模のM&A。資料が限られていても目安を出せる | 年数の根拠が薄くなりやすく、投下資本の大きさを反映しない |
| ②超過収益法 | (正常収益力 − 投下資本 × 期待収益率)を数年分、必要に応じて現在価値に割り引く | 資産を多く持つ会社。資産の裏付けと収益力を分けて説明したいとき | 期待収益率・持続年数・割引率の設定に幅があり、前提の説明が必要 |
| ③差額方式 | DCF法や類似会社比較法で出した株式価値 − 時価純資産 | 事業計画がある会社、買い手が理論値で検証したい場面 | 評価手法の前提に結果が左右され、営業権だけを取り出す意味が薄まることも |
①は「何年で回収できるか」という買い手の感覚に近い計算、②は「資産が生む当たり前の利益を超えた分だけが営業権だ」という理屈に忠実な計算、③は「価値を先に出して差を見る」という逆算です。評価手法全体の位置づけは株式評価の3つのアプローチ比較、非上場会社での使い分けは非上場株式の評価方法で解説しています。
比較の前提となるモデル会社(仮の数値)
3つの計算方法を同じ土俵で比べるため、次のような仮の会社を想定します。以降の計算はすべてこの数字を使います。
| 項目 | 金額(仮) | 補足 |
|---|---|---|
| 時価純資産 | 2.0億円 | 現預金0.8億円、有利子負債0.5億円、非事業用の遊休不動産0.3億円を含む |
| 決算書上の営業利益 | 3,000万円 | 直近期。過去3期も概ね同水準 |
| 正常営業利益(調整後) | 4,000万円 | 役員報酬・私的経費・一時損益・地代家賃を調整した後 |
| 減価償却費 | 1,000万円 | 正常EBITDAは5,000万円 |
| 事業に投下されている資本 | 1.7億円 | 時価純資産2.0億円 − 非事業用資産0.3億円 |
①年買法での計算例
年買法(年倍法)は、正常営業利益に年数を掛けた金額をそのまま営業権とみなす方法です。仕組みの詳細は年買法(年倍法)とはで解説しています。
| 加算年数 | 営業権の計算 | 営業権 | 株式価値の目安(時価純資産2.0億円+営業権) |
|---|---|---|---|
| 2年 | 4,000万円 × 2年 | 0.8億円 | 2.8億円 |
| 3年 | 4,000万円 × 3年 | 1.2億円 | 3.2億円 |
| 5年 | 4,000万円 × 5年 | 2.0億円 | 4.0億円 |
年数を2年から5年に変えるだけで、営業権は0.8億円から2.0億円へと2.5倍に膨らみます。年買法が「わかりやすいが、年数の根拠が交渉の全てになる」と言われるのはこのためです。手元の数字で試す場合は年買法の無料計算ツールが使えます。
②超過収益法での計算例
超過収益法は、「会社が持っている資産は、それ自体が一定の利益を生んで当然である。その当然の水準を超えて稼げている部分こそが営業権だ」という考え方に立ちます。計算は次の手順です。
- 手順1:正常収益力を求める(この例では正常営業利益4,000万円)。
- 手順2:事業に投下されている資本を求める(時価純資産2.0億円 − 非事業用資産0.3億円 = 1.7億円)。
- 手順3:投下資本が生んで当然の利益を計算する(1.7億円 × 期待収益率8% = 1,360万円)。
- 手順4:超過収益を求める(4,000万円 − 1,360万円 = 2,640万円)。
- 手順5:超過収益が続く年数分を合計する。単純合計する方法と、現在価値に割り引く方法があります。
| 前提 | 計算 | 営業権 |
|---|---|---|
| 超過収益が3年続くと見る(単純合計) | 2,640万円 × 3年 | 約0.79億円 |
| 超過収益が5年続くと見る(単純合計) | 2,640万円 × 5年 | 約1.32億円 |
| 超過収益が5年続き、割引率10%で現在価値にする | 2,640万円 × 年金現価係数3.79 | 約1.00億円 |
現在価値に割り引くと、5年分でも約1.0億円と、単純合計の1.32億円より小さくなります。「将来もらえるお金は今の同額より価値が低い」という割引の考え方によるもので、理屈はDCF法とはと同じです。この方法で株式価値を組み立てると、事業用投下資本1.7億円 + 営業権1.0億円 + 非事業用資産0.3億円 = 3.0億円となります。
超過収益法の良いところは、資産をたくさん持っている会社ほど営業権が小さく出る点にあります。多額の設備や不動産を抱えながら利益が薄い会社は、年買法では純資産に利益の数年分が素直に上乗せされますが、超過収益法では「その資産量なら本来もっと稼げるはずだ」という基準で評価されるため、営業権が圧縮されます。買い手が資産効率を重視する場合、この差が交渉の争点になります。
③差額方式での計算例
差額方式は、まず株式価値を算定し、そこから時価純資産を引いて営業権相当を逆算する方法です。類似会社比較法(EV/EBITDA倍率)やDCF法の結果を使います。
| 算定手法 | 計算 | 株式価値 | 営業権相当(株式価値 − 時価純資産2.0億円) |
|---|---|---|---|
| EV/EBITDA倍率法(4倍) | EBITDA5,000万円 × 4倍 = EV2.0億円、+現預金0.8億円 −有利子負債0.5億円 | 2.3億円 | 0.3億円 |
| EV/EBITDA倍率法(5倍) | EBITDA5,000万円 × 5倍 = EV2.5億円、+現預金0.8億円 −有利子負債0.5億円 | 2.8億円 | 0.8億円 |
| DCF法(一定の成長と割引率を仮定) | 将来キャッシュフローの現在価値から純有利子負債を調整 | 3.4億円 | 1.4億円 |
EBITDAの意味はEBITDAとは、割引率の考え方はWACCとはで解説しています。倍率法の試算はEV/EBITDA倍率の無料計算ツール、DCF法の試算はDCF法の無料計算ツールでも確認できます。
3つの結果を並べる:同じ会社でも営業権は0.3億〜2.0億円に広がる
| 計算方法 | 前提 | 営業権 | 株式価値の目安 |
|---|---|---|---|
| ①年買法 | 正常営業利益4,000万円 × 3年 | 1.2億円 | 3.2億円 |
| ②超過収益法 | 超過収益2,640万円が5年、割引率10% | 1.0億円 | 3.0億円 |
| ③差額方式(倍率法) | EV/EBITDA 5倍 | 0.8億円 | 2.8億円 |
| ③差額方式(DCF法) | 事業計画にもとづく試算 | 1.4億円 | 3.4億円 |
なお、複数の手法でレンジを持つ意義は会社売却の相場はいくらかでも触れています。提示された価格が妥当かを検証したい場合は買収価格の妥当性の検証も参考になります。
年数・期待収益率・割引率をどう決めるか
営業権の計算は、掛ける年数と率の設定でほぼ決まります。ここが最も「主観が入る」部分であり、同時に最も丁寧に説明すべき部分です。
加算年数(何年分か)の考え方
年買法の年数は、一般に2〜5年程度で議論されることが多いとされます。この年数には、実務上いくつかの読み方が重なっています。
- 回収年数としての読み方:買い手が純資産を超えて支払った金額を、利益で何年かけて回収するか。3年なら3年で回収できる計算になり、買い手にとって受け入れやすい水準になります。
- 超過収益の持続期間としての読み方:今の稼ぐ力が、競合の参入や顧客の入れ替わりを経ても何年続くと見るか。参入障壁が高い事業なら長め、価格競争が激しい事業なら短めになります。
- リスクの吸収期間としての読み方:想定外の離職や取引先の離反が起きても回収できる範囲に抑えたい、という買い手側の防衛ライン。
年数を長めに見てもらいやすい会社の特徴と、短めになりやすい特徴を整理すると次のとおりです。
| 観点 | 年数が長めになりやすい | 年数が短めになりやすい |
|---|---|---|
| 収益の安定性 | 過去数期の利益のブレが小さく、赤字期がない | 年によって利益が大きく振れる、直近だけ好調 |
| 収益の構造 | 保守・定期契約・サブスクなど継続収入の比率が高い | スポット受注中心で、毎期ゼロから積み上げている |
| 顧客の分散 | 取引先が分散し、上位1社の比率が低い | 上位1社で売上の大半を占める |
| オーナー依存度 | 営業も管理も組織で回り、社長が抜けても続く | 受注も価格決定も社長個人の人脈・技能に依存 |
| 業種の安定性 | 需要が景気に左右されにくく、規制や許認可が参入障壁になる | 流行や単価下落の影響を受けやすく、参入が容易 |
| 人材の継続性 | キーパーソンが複数おり、定着率が高い | 資格者・技術者が高齢、または少人数に集中 |
オーナー依存度は、営業権の議論で最も重く扱われる要素の一つです。社長の個人的な関係で受注が回っている会社は、「その利益は会社の営業権なのか、社長個人のものなのか」という根本的な問いを突きつけられます。この場合、年数を短くする代わりに、一定期間の引き継ぎ関与を条件にする、後述のアーンアウトで調整する、といった折衷案が採られることがあります。
期待収益率(超過収益法)の考え方
超過収益法で使う期待収益率は、「その資産を事業に投じているなら、最低これくらいは稼いで当然」という水準です。事業用資産に対する要求利回りとして、資本コストや同業の資産利益率を参考に設定されます。率を高く置くほど「当然の利益」が大きくなり、超過収益=営業権は小さくなります。先の例で期待収益率を8%から12%に変えると、当然の利益は1,360万円から2,040万円になり、超過収益は2,640万円から1,960万円へ、5年分の現在価値も約1.0億円から約0.74億円へと縮みます。買い手が資本コストを厳しく見る場合、この一手で営業権が3割近く減ることになります。
割引率の考え方
超過収益を現在価値に割り引く場合の割引率は、事業のリスクに応じて設定します。中小企業の営業権は「続く保証のない超過収益」であるため、会社全体の資本コストより高めの率が使われることもあります。割引率を10%から15%に上げると、5年分の年金現価係数は3.79から3.35へ下がり、営業権は約1.0億円から約0.88億円になります。率の設定は結果に直結するため、なぜその水準なのかを言葉で説明できるようにしておくことが大切です。
正常収益力の調整が営業権の大きさを決める
ここまでの計算はすべて「正常営業利益4,000万円」を出発点にしています。この4,000万円が3,000万円だったら、年買法3年での営業権は1.2億円から0.9億円へ、3,000万円の差が生まれます。営業権の計算で最も金額インパクトが大きいのは、掛ける年数よりも、掛けられる利益の側だと言っても言い過ぎではありません。詳しい考え方は正常収益力とはで解説しています。
モデル会社の決算書上の営業利益3,000万円が、どうやって4,000万円になったのかを分解すると次のとおりです。
| 調整項目 | 調整額(仮) | 調整の理由 |
|---|---|---|
| 決算書上の営業利益 | 3,000万円 | 出発点 |
| 役員報酬の適正化 | +1,500万円 | オーナーの報酬が同規模・同業の経営者水準より高い分を戻す。買収後は通常の報酬水準になる前提 |
| 私的経費の除外 | +300万円 | 社用車、保険、交際費など、事業運営に必須とはいえない支出を戻す |
| 一時的な利益の除外 | −400万円 | 補助金収入や保険解約益など、来期以降は繰り返されない収益を除く |
| 地代家賃の適正化 | −300万円 | オーナー所有の不動産を相場より安い賃料で使っていた場合、相場賃料に引き直す |
| 正常営業利益 | 4,000万円 | この金額に年数・倍率を掛ける |
調整はプラス方向だけではありません。地代家賃のように、実は利益を押し上げていた要因を戻すとマイナスになる項目もあります。売り手側が有利な調整だけを並べると、デューデリジェンスの段階でまとめて否認され、かえって信頼を失います。デューデリジェンスとはで説明しているとおり、買い手は同じ資料を逆側から検証するため、プラスとマイナスを両方載せた調整表を最初から示すほうが、結果として高い水準で合意しやすくなります。
調整の際に押さえておきたい実務上のポイントは次のとおりです。
- 単年ではなく3期程度で見る:直近1期だけが好調な場合、平均や加重平均で見られることが一般的です。
- 裏付け資料を用意する:役員報酬なら賃金統計や同業の水準、私的経費なら勘定科目内訳や領収書レベルの説明。
- 買収後に発生する費用を織り込む:オーナーが担っていた業務を人材で置き換える必要があれば、その人件費は控除項目です。
- 非事業用資産を切り分ける:遊休不動産や事業と無関係の投資有価証券は、収益力の計算から外し、純資産側で別途評価します。
営業権の税務上の扱い(執筆時点の一般論)
営業権は税務でも独自の扱いを受けます。以下は執筆時点における一般的な整理であり、制度改正や個別の事情によって取り扱いは変わります。実際の申告・スキーム選択にあたっては、必ず税理士に確認してください。会計上ののれん償却(日本基準の定期償却、IFRSの減損テスト)についてはのれんの償却とはをご覧ください。
事業譲渡の場合:資産調整勘定と5年均等償却
事業譲渡で買い手が支払った対価が、引き継いだ資産・負債の時価純額を上回る場合、その差額は税務上「資産調整勘定」として扱われるのが一般的です。これがいわゆる税務上ののれんです。資産調整勘定は、原則として5年(60か月)にわたって均等に取り崩し、各期の損金に算入していくとされています。会計上の償却期間(日本基準では20年以内で設定)とは切り離された、税務独自のルールである点が重要です。
逆に、対価が時価純額を下回る場合には「差額負債調整勘定」として扱われ、同じく5年で取り崩して益金に算入する、という整理になります。
株式譲渡の場合:買い手の単体決算にのれんは立たない
株式譲渡では、買い手が取得するのは株式そのものです。買い手の単体の帳簿には「子会社株式」として取得価額が計上されるだけで、のれんという資産は現れません。したがって、税務上の償却による損金算入も原則として生じません。一方、買い手が連結財務諸表を作成する場合は、連結手続のなかで会計上ののれんが認識され、日本基準であれば償却の対象になります。つまり「会計(連結)ではのれんが出るが、税務上の損金にはならない」という状態が起こり得ます。
売り手側の課税
| スキーム | 誰に課税されるか | 一般的な扱い |
|---|---|---|
| 株式譲渡(個人株主) | 株主個人 | 譲渡所得として申告分離課税。税率は所得税・住民税等を合わせて約20%台前半とされる |
| 株式譲渡(法人株主) | 株主である法人 | 譲渡損益が他の損益と合算され、法人税等の対象になる |
| 事業譲渡 | 会社(法人) | 営業権を含む譲渡益が会社の益金となり法人税等の対象。手取りを株主に移すには配当や解散の手続きが別途必要 |
事業譲渡は、会社段階で課税された後、株主が資金を受け取る段階でも課税が生じ得るため、手取りベースでは株式譲渡より不利になることがあります。中小M&Aの税務全体は中小M&Aの税務、事業承継の場面での考え方は事業承継の税制もあわせて参考にしてください。
消費税の扱い
見落とされやすいのが消費税です。一般に、事業譲渡における営業権(のれん)の譲渡は課税取引として扱われます。事業譲渡では、引き継ぐ資産のうち、棚卸資産・機械設備・車両・営業権などは課税対象、土地は非課税、売掛金などの金銭債権は不課税、というように資産ごとに扱いが分かれます。営業権の金額が大きいほど消費税額も大きくなるため、買い手の資金負担や、対価の内訳の決め方に影響します。
一方、株式譲渡における株式の譲渡は非課税取引とされており、対価に消費税は乗りません。この差も、スキームを選ぶ際の検討材料の一つです。具体的な区分や税率の適用は取引内容によって異なるため、契約前に税理士へ確認することをおすすめします。
営業権がゼロ・マイナスになるケース
営業権は必ず付くものではありません。次のような場合には、ゼロと評価されたり、マイナス(負ののれん)になったりします。
| ケース | なぜそうなるか | 価格の考え方 |
|---|---|---|
| 赤字が続いている | 掛ける利益がマイナスのため、年買法でも超過収益法でも営業権が立たない | 時価純資産や、資産を個別に売った場合の価値が価格の基準になりやすい |
| 資産超過だが収益力が低い | 利益は出ていても、投下資本 × 期待収益率を下回るため超過収益がマイナスになる | 超過収益法では営業権ゼロ。純資産を下回る価格が提示されることもある |
| 利益がオーナー個人に紐づいている | 社長が退けば売上が失われると見られ、正常収益力そのものが小さく評価される | 引き継ぎ期間の設定や、業績連動の対価で調整されやすい |
| 簿外債務・偶発債務がある | 未払残業代、係争、保証債務などが発見され、その見積額が価格から控除される | 営業権相当が控除で相殺され、実質ゼロになることがある |
| 負ののれんが生じる | 退職給付の積立不足や不採算事業の整理費用など、買い手が引き受ける負担が大きい | 時価純資産を下回る価格での合意。会計上は負ののれんとして利益計上される |
ただし、赤字だから売れないということではありません。許認可、有資格の人材、顧客リスト、拠点網など、買い手にとって「ゼロから作るより買ったほうが早い」要素があれば、収益力とは別の理由で価格が付くことがあります。赤字・債務超過の会社の売却については赤字・債務超過の会社の売却で詳しく扱っています。
交渉での使われ方
売り手の主張と買い手の反論
営業権の交渉では、同じ数字を巡って次のようなやり取りが繰り返されます。あらかじめ想定しておくと、感情的な応酬になりにくくなります。
| 論点 | 売り手の主張の例 | 買い手の反論の例 |
|---|---|---|
| 加算年数 | 40年続いた会社で顧客も安定しているので5年分は妥当だ | 上位取引先の比率が高く、契約は1年更新。3年が上限と考えたい |
| 利益の水準 | 役員報酬を戻せば実質4,000万円の利益がある | 社長の業務を引き継ぐには2名の採用が必要で、その人件費を差し引くべきだ |
| 計算方法 | 年買法なら3.2億円になる | 資産が重い会社なので超過収益法で見るべきで、3.0億円が妥当だ |
| 非事業用資産 | 遊休不動産0.3億円も純資産として価格に含めてほしい | 事業には不要なので、譲渡前に切り離すか、その分は別建てで議論したい |
| シナジー | 御社の販路に載せれば利益は倍増するはずだ | 統合の努力は買い手側の投資であり、その果実まで価格に含めるのは難しい |
最後のシナジーの扱いは、営業権の交渉で頻出する論点です。買い手が見込む相乗効果をどこまで価格に織り込むかは案件ごとに異なり、一般には「単独でも実現できる価値」までが価格の基礎、それを超える部分は買い手の取り分と整理されることが多いとされます。考え方はM&Aのシナジーとはで解説しています。
分割払い・アーンアウトでの調整
営業権の金額で折り合えないとき、支払い方法で溝を埋める方法があります。代表的なのが、対価の一部を将来の業績に連動させるアーンアウトです。たとえば、基本の対価を2.8億円とし、譲渡後2年間の営業利益が一定水準を維持したら追加で0.4億円を支払う、という設計です。売り手は「営業権は続く」と主張し、買い手は「続くか不安だ」と反論しているわけですから、続いた場合にだけ払うという構造は、双方の主張を両立させます。
設計時には、次の点を契約で明確にしておくことが重要です。
- 連動させる指標(売上か営業利益か、調整項目をどう定義するか)と、その算定ルール。
- 買収後の経費配賦や本社費の付け替えによって指標が動かないようにする取り決め。
- 期間中の売り手の関与の範囲と権限(関与が薄いのに業績責任だけ負う形にならないように)。
- 指標を巡って争いになった場合の解決方法。
また、代金の一部を一定期間留保し、簿外債務などが出なければ支払う、という設計もよく使われます。契約上の詰め方は株式譲渡契約書(SPA)の要点、基本合意の段階での書き方は基本合意書(LOI)の書き方を参考にしてください。
よくある質問(FAQ)
Q. 営業権は何年分が普通ですか?
A. 中小企業のM&Aでは、正常営業利益の2〜5年分程度で議論されることが多いとされ、3年前後が一つの目安として語られます。ただしこれは慣行的な相場観であって、理論的な根拠がある数字ではありません。収益の安定性、継続収入の比率、オーナー依存度、業種の参入障壁などによって上下します。年数を長く主張したい場合は、「なぜその利益が長く続くのか」を数字と事実で説明できるかが鍵になります。
Q. 赤字でも営業権は付きますか?
A. 収益力から計算する方法では、赤字の場合に営業権は立ちません。ただし、許認可、有資格者、顧客基盤、店舗や拠点、システムなど、買い手が自前で用意すると時間や費用がかかる要素があれば、それを理由に純資産を上回る価格が付くことはあります。赤字の原因が一時的なもの(大型の先行投資、特殊要因による損失)であれば、正常収益力に引き直した結果、黒字と評価されて営業権が認められる場合もあります。
Q. 株式譲渡でものれんは関係ありますか?
A. 価格の話としては大いに関係します。株式価値と時価純資産の差が、実質的に営業権に相当するためです。一方、会計・税務の扱いは異なり、買い手の単体決算にのれんという資産は計上されず、税務上の償却も原則として生じません。連結財務諸表を作る買い手の場合は、連結上ののれんが認識されます。価格の議論と、買い手の会計・税務の議論は分けて考えるのが混乱しないコツです。
Q. のれんの償却は節税になりますか?
A. 一概には言えません。事業譲渡で資産調整勘定が生じた場合、一般に5年で均等に損金算入されるとされており、買い手の課税所得を減らす効果が期待できます。一方、株式譲渡では買い手の単体でのれんが計上されないため、そうした効果は原則として生じません。また会計上の償却費と税務上の損金は一致しないのが通常です。スキームによって結論が変わる論点なので、必ず税理士に確認してください。
Q. 許認可や資格は営業権に含まれますか?
A. 実務上、許認可や有資格者の存在は「営業権を支える中身」として評価に織り込まれるのが一般的です。取得に時間と要件を要する許認可を持っていること自体が、買い手にとって時間を買う価値になるためです。ただし、許認可がスキームによって引き継げるかどうかは別問題です。株式譲渡なら会社ごと引き継げることが多い一方、事業譲渡では個別の手続きや再取得が必要になる場合があります。引き継げないなら価値も認められにくいため、事前確認が欠かせません。
Q. 営業権だけを売ることはできますか?
A. 概念としては事業譲渡の一形態として、資産をほとんど伴わず営業権を中心に譲渡する取引も考えられます。実際、顧客基盤や店舗の営業を引き継ぐケースでは、対価の大部分が営業権となることがあります。ただし、営業権は顧客・従業員・取引契約・ノウハウといった実体があってこそ価値を持つため、それらを伴わずに営業権だけを切り出しても、買い手が価値を認めにくいのが実情です。また、競業避止義務など、売り手が価値を毀損しないための取り決めが不可欠になります。
まとめ
営業権(のれん)の計算方法は、①正常営業利益に年数を掛ける年買法、②投下資本が生んで当然の利益を超えた部分を積み上げる超過収益法、③DCF法や類似会社比較法で出した株式価値から時価純資産を引く差額方式、の3つに整理できます。同じ会社の同じ決算書から出発しても、方法と前提によって金額には大きな幅が出ます。だからこそ、1つの数字に固執するのではなく、複数の方法でレンジを出し、それぞれの前提を説明できる状態を作ることが交渉での強みになります。
そして、掛ける年数以上に効いてくるのが、掛けられる利益——正常収益力の作り方です。役員報酬・私的経費・一時損益・地代家賃の調整を、プラスもマイナスも含めて誠実に整理しておくことが、結果的に営業権を高く評価してもらう近道になります。税務については、事業譲渡での資産調整勘定と5年均等償却、株式譲渡でのれんが立たないこと、営業権が消費税の課税対象になることなど、金額インパクトの大きい論点が並びます。本稿は執筆時点の一般論ですので、具体的な判断は必ず税理士にご確認ください。
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