買収先の探し方|買い手企業の案件入手経路とロングリストの作り方

最終更新: 2026-11-05・M&Aバリュークラウド(株式会社ベルシャンス)・ 編集方針

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結論から言うと、事業会社が買収先を探すときは、案件を集める前に「何のために、どんな会社を、いくらまでなら買うか」という買収基準を文書にしておくことが出発点です。基準があれば、仲介会社やM&Aマッチングサイトから届くノンネーム(ティザー)を短時間でふるい分けられ、自社からの直接アプローチの候補も機械的に洗い出せます。そのうえで、ロングリストを点数づけしてショートリストに絞り、案件の入手経路は「情報の量がほしいのか、質がほしいのか、費用を抑えたいのか」で使い分けます。ノンネームを受け取った段階で倍率と年買法の年数を粗く計算し、価格目線を早めに持っておくと、社内の検討が空回りしにくくなります。

この記事は、買収を検討している事業会社の経営企画・M&A担当者の方に向けて、買収戦略の立て方から、ロングリストの作り方、案件の入手経路ごとの費用構造と注意点、ノンネーム受領から意向表明までの社内の進め方、初期の価格目線の持ち方、自社から声をかけるときの作法、よくある失敗までを、買い手の立場に絞って整理したものです。

この記事の役割:買い手(事業会社)が「買収先をどう探し、どう絞り、社内でどう進めるか」を扱います。売り手のオーナーが買い手を探す方法はM&Aの買い手の探し方、売り手側や仲介会社が買い手候補リストを作る方法は買い手候補リストの作り方をご覧ください。経路ごとの詳細は、M&Aマッチングサイトの選び方、M&A仲介とFAの違い、事業承継・引継ぎ支援センターの使い方で解説しています。

最初に決めること:買収戦略と買収基準

買収先探しがうまくいかない会社に共通するのは、「良い案件があれば検討したい」という受け身の姿勢です。この状態で仲介会社に声をかけると、あらゆる業種・規模のノンネームが届き、担当者は1件ごとに「これはうちに合うのか」をゼロから考えることになります。判断の軸がないため、社内で回覧しても意見が割れ、結局どれも見送る、という結果になりがちです。

中小企業白書2021年版(第2部第3章第2節)によると、民間調査会社のアンケートを基にした分析で、買い手としてM&Aを実施する際の障壁の上位は「期待する効果が得られるかよく分からない」「判断材料としての情報が不足している」「相手先従業員等の理解が得られるか不安がある」でした(第2-3-72図)。とくに過去にM&Aを実施したことのない企業ほど、「期待する効果が分からない」「情報が不足している」を障壁に挙げる傾向が強いとされています(第2-3-73図)。効果の見通しと判断材料の不足は、買収基準を先に決めておくことでかなりの部分を手当てできます。

買収の目的を1行で書く

まず「この買収で何を手に入れたいのか」を1行で書きます。同じ白書では、買い手としてM&Aを検討したきっかけや目的として「売上・市場シェアの拡大」が最も多く、次いで「新事業展開・異業種への参入」が挙がっています(第2-3-68図)。目的によって、探す相手の姿はまったく変わります。

買収の目的探す相手の典型重視する点
シェア拡大(水平統合)同業・同業態で、自社が手薄な地域や顧客層を持つ会社直近の売上・利益、顧客の重なり、統合後のコスト削減余地
商流の確保(垂直統合)仕入先・外注先・販売先など、商流の川上・川下の会社既存事業とのシナジー、取引の安定性、技術の内製化
新事業・異業種への参入参入したい市場で既に顧客と実績を持つ会社事業の成長性、経営陣の残留、自社が支えられる範囲か
人材・技術の獲得有資格者・技術者・特定のノウハウを持つ会社キーパーソンの在籍と残留意向、属人性の度合い
許認可・拠点の取得参入に許認可や拠点が必要な業種の既存事業者許認可の承継可否、拠点の権利関係

白書では、水平統合を希望する企業は「直近の売上、利益」や「借入等の負債状況」など財務面を、垂直統合を希望する企業は「既存事業とのシナジー」や「事業の成長性や持続性」など事業そのものを重視する傾向があるとも分析されています(第2-3-71図)。目的を決めることは、そのまま「どこを見て判断するか」を決めることでもあります。シナジーの種類と見積もり方はM&Aのシナジーとはで整理しています。

買収基準を5つの軸で決める

目的が決まったら、買収基準を次の5つの軸で書き出します。「必須条件(満たさなければ検討しない)」と「歓迎条件(満たせば加点する)」に分けておくのがコツです。

軸必須条件の書き方の例歓迎条件の書き方の例
業種自社の主力事業と同じ日本標準産業分類の中分類、またはその川上・川下自社の既存顧客にも販売できる商材を持つ
地域自社拠点から車で2時間以内、または未進出の特定県主要顧客の所在地に拠点がある
規模売上高3億〜20億円、従業員20〜150名管理部門が一定程度整っている
価格帯株式価値で10億円以下(自己資金と借入の調達余力の範囲)借入金が少なく、運転資本が軽い
求める機能特定の許認可、特定工程の設備、有資格者の在籍など自社にない営業チャネルや技術

価格帯は、取締役会や金融機関と事前に握っておくべき項目です。「いくらまで出せるか」が決まっていないと、魅力的な案件ほど検討が長引き、他の買い手に先を越されます。自社の財務余力から逆算した上限を目安として置き、個別案件の上限価格は買収価格の決め方の手順で案件ごとに詰めていく、という二段構えにしておくと整理しやすくなります。

なお、同じ白書では、買い手として意向のある企業は相手先の規模として「自社より小規模」、業種として「同業種」(54.2%)や「異業種・業種関連あり」(37.6%)を希望する割合が高く、地域も比較的近隣で検討している傾向が示されています(第2-3-57図〜第2-3-59図)。多くの買い手が同じような相手を探しているということは、条件の良い同業・近隣の案件ほど競争になりやすい、ということでもあります。

買収基準は1枚の文書にして社内で承認を取る

買収基準は担当者の頭の中に置かず、A4で1〜2枚の文書にして経営会議などで承認を取っておくことをおすすめします。目的、5つの軸の必須・歓迎条件、価格帯の目安、検討体制(誰が一次判断し、誰が最終判断するか)、外部に開示してよい範囲を書いておけば、仲介会社やFAに渡す「買い手としての希望条件」もこの文書から作れます。担当者が替わっても判断の軸がぶれず、後で稟議を書くときにも「当社の買収方針に合致する」と根拠を示せます。

ロングリストからショートリストへ:スクリーニングと点数づけ

買収基準ができたら、条件に合いそうな会社を幅広く洗い出したロングリストを作り、そこから優先的に検討・接触するショートリストへ絞り込みます。仲介会社から案件が届くのを待つだけでなく、自社でリストを持っておくと、①直接アプローチの候補になる、②届いたノンネームの相対的な良し悪しが分かる、③仲介会社やFAに「この領域でこういう会社を探している」と具体的に伝えられる、という効果があります。

ロングリストの作り方

ロングリストの元になる情報は、社内に意外と多くあります。営業部門の競合・取引先リスト、購買部門の仕入先・外注先リスト、業界団体の会員名簿、展示会の出展者一覧、許認可を公表している業種なら行政の公表名簿、公的な調達の入札参加者名簿、民間の企業データベースなどです。ここでは網羅性を優先し、数十社から数百社規模で構いません。

この段階では各社について、所在地・主な事業・おおよその売上規模や従業員数・代表者の年齢(分かる範囲)・自社との取引関係の有無を押さえておけば十分です。代表者の年齢や後継者の有無は、売却の可能性を推し量る手がかりになりますが、推測にとどまる情報なので扱いには注意します。

第1段階:必須条件で足切りする

ロングリストには、まず買収基準の必須条件をそのまま当てはめて足切りします。業種・地域・規模の範囲外、価格帯を明らかに超える規模、必須の許認可を持っていない、といった会社はここで外します。点数づけをする前に足切りをしておくのは、点数の高い項目が他の致命的な欠点を覆い隠してしまうのを防ぐためです。

第2段階:歓迎条件で点数づけする

足切りを通過した会社を、評価項目ごとに重みをつけて点数化します。次の表は配点の一例です。各項目を1〜5点で評価し、「重み×点数÷5」で項目の得点にして合計します(満点100点)。

評価項目重み5点の目安1点の目安
事業の適合(シナジー)30買収目的にそのまま合致し、統合効果が具体的に描ける関連は薄く、効果が抽象的
規模・価格帯20価格帯の中心に収まり、資金調達に無理がない価格帯の上限付近で、調達に不安がある
地域15狙っている地域そのもの既存拠点と重なり、地域面の効果が小さい
財務の健全性15黒字が続き、借入が少ない赤字や債務超過の懸念がある
人材・キーパーソン10幹部層が厚く、属人性が低い社長個人に事業が依存している
売却の可能性10後継者不在が公知、または仲介経由で売却意向が確認済み後継者が既に決まっている様子

3社に当てはめた計算例(仮の数字)は次のとおりです。

評価項目(重み)A社B社C社
事業の適合(30)5点→304点→243点→18
規模・価格帯(20)4点→165点→203点→12
地域(15)3点→95点→154点→12
財務の健全性(15)4点→123点→95点→15
人材・キーパーソン(10)3点→64点→82点→4
売却の可能性(10)2点→44点→85点→10
合計(100点満点)77点84点71点

この例では、事業の適合が最も高いのはA社ですが、売却の可能性が低いため合計ではB社が上回ります。点数はあくまで優先順位を決めるための道具で、合計点の高い順に機械的に決めるものではありません。A社のように「適合は抜群だが今は売る気配がない」会社は、直接アプローチで長期的に関係を作る候補として別枠で管理する、といった使い方ができます。

配点・重みは説明のための一例です。買収目的によって重みは変わります。たとえば人材獲得が目的なら「人材・キーパーソン」の重みを大きくします。

ショートリストの運用

ショートリストは10〜20社程度を目安に、優先順位とアプローチの方法(仲介・FA経由か、直接か、まずは取引関係から入るか)を決めて管理します。リストは一度作って終わりではなく、四半期ごとなどに見直し、届いたノンネームや業界の動きを反映させます。候補先に関する情報(とくに売却意向の推測)は社内でも閲覧者を限定し、外部に漏れないよう管理してください。

案件の入手経路:7つの経路と費用・情報の量と質

買い手が案件を手に入れる経路は、大きく次の7つに分けられます。費用の構造、届く情報の量と質、向いている使い方がそれぞれ異なるため、1つに絞らず、目的に応じて組み合わせるのが一般的です。表の内容は一般的な傾向で、実際の条件は相手先ごとに確認が必要です。

経路買い手側の費用の考え方情報の量と質注意点
M&A仲介会社着手金・中間金・成功報酬などの組み合わせ。成功報酬はレーマン方式が多い案件数は多い。情報は定型化されているが、売り手寄りの記載もある売り手と買い手の双方から報酬を受ける立場。直接交渉の制限やテール条項を確認
FA(買い手側)月額報酬(リテイナー)+成功報酬など自社の戦略に沿って候補を探し、条件交渉も自社側で担う費用は相対的に高くなりやすい。一定規模以上の案件向き
M&Aマッチングサイトサイトにより、買い手側に利用料や成約時の手数料がかかる型と、かからない型がある小規模案件が多く量は多い。情報の精度はばらつく売り手の本気度や数字の裏付けを自社で確かめる必要がある
金融機関M&A支援の報酬体系は仲介会社と同様の構造のことが多い取引先の事業承継ニーズに近い。地域の案件に強い買収資金の融資と一体で相談できる一方、取引関係への配慮が必要
事業承継・引継ぎ支援センター相談は無料。民間の支援機関を紹介された場合はその機関の費用地域の小規模案件が中心譲受け希望として登録・相談できる。民間の専任契約との関係に注意
取引先・同業からの直接打診紹介自体は無料が多い。契約実務の専門家費用は別途相手を深く知っている分、質は高い。量は限られる断られたときの関係悪化、情報の広がりに注意
M&A支援機関登録制度の検索検索は無料。依頼した支援機関の費用は別途支援機関を探す入口。登録機関の手数料体系も公表されている登録は支援の質を保証するものではない

M&A仲介会社:案件の量を確保する経路

最も多くの案件に触れられるのが仲介会社です。買い手として登録し、買収基準を伝えておくと、条件に合いそうなノンネームが届きます。案件の量を確保しやすい一方、仲介会社は売り手・買い手の双方と契約して双方から報酬を受ける立場であり、どちらか一方の利益だけを代弁するわけではありません。価格交渉で自社の側に立って助言してくれる存在ではない、という前提で付き合うのが基本です。立場の違いはM&A仲介とFAの違いで詳しく解説しています。

費用面では、中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(M&A支援機関登録制度/2022〜2024年度に最終契約に至った株式譲渡案件)によると、譲受側の報酬3,280件のうち、最終契約時に成功報酬のみを受け取った案件は35.7%、着手金・中間金等を最終契約前に一部受け取った案件は64.3%でした。買い手も成約前から費用が発生するケースが少なくないということです。成功報酬の計算の仕組みはレーマン方式の計算方法、水準の全体像はM&A仲介手数料の相場、概算はレーマン方式の手数料計算ツールで確かめられます。

中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)は、手数料を比べるときに報酬率だけでなく、報酬基準額(譲渡額・純資産・移動総資産など)、最低手数料、報酬の発生時期を確認し、成立する譲渡額に応じて最終的に支払う報酬の絶対額を確認することが重要だとしています。買い手側で契約する場合も、同じ観点で比べるとよいでしょう。また同ガイドラインは、買い手の予算という上限のなかで「譲渡額」と「買い手が仲介者に払う手数料」が決まる構造を図解しています。買い手から見れば、手数料は買収の総コストの一部であり、価格と合わせて上限の内側に収める必要があります。ガイドラインの全体像は中小M&Aガイドラインの要点を参照してください。

FA:戦略的に探し、交渉も任せたい場合

買い手側のFAは、自社だけと契約して自社の利益のために動く助言者です。買収基準に沿ってロングリストを作り、売却を表明していない会社にも打診し、価格や条件の交渉を自社側で担います。費用は月額報酬と成功報酬の組み合わせが多く、相対的に高くなりやすいため、一定規模以上の案件や、狙う相手が明確で交渉力を重視する場合に向いています。依頼先の比べ方はM&A仲介会社の選び方の観点が買い手側にも応用できます。

M&Aマッチングサイト:小規模案件を幅広く見る

インターネット上で匿名の案件情報を閲覧し、気になる案件に買い手から申し込む仕組みです。小規模な案件が多く、事業譲渡や個人事業の案件も含まれます。手数料の仕組みはサイトの類型によって異なり、買い手側に月額の利用料や成約時の手数料がかかる型もあれば、かからない型もあります。掲載情報は売り手自身が書いていることも多く、数字の定義(営業利益が役員報酬の調整前か後か、など)がそろっていないことがあるため、初期検討で確認する項目を決めておくと効率的です。類型別の比べ方はM&Aマッチングサイトの選び方、小規模案件の進め方はスモールM&Aとはで解説しています。

金融機関:地域の案件と資金調達をあわせて相談する

取引のある銀行や地域金融機関は、融資先の事業承継の悩みを把握していることが多く、地域に根ざした案件に出会える経路です。買収資金の融資とあわせて相談できるのも利点です。白書2021年版でも、金融機関は他の支援機関との差別化の要素として「話しやすさや相談者への経営理解」や「接触頻度」を挙げる割合が高いと分析されています(第2-3-91図)。一方で、紹介を受けたあとに見送る場合の伝え方など、取引関係への配慮は必要です。

事業承継・引継ぎ支援センター:小規模・地域の案件

事業承継・引継ぎ支援センターは国が全国47都道府県に設置している公的な相談窓口で、譲渡を希望する事業者だけでなく、他社から事業を譲り受けたい事業者の相談も受け付けています。譲受けの希望を登録しておくと、条件の合う譲渡案件の紹介を受けられる場合があります。相談は無料です。

中小機構「令和7年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績について」(2026年5月公表)によると、令和7年度(2025年度)の第三者承継の成約は2,265件で、成約した譲渡企業のうち売上1億円以下が68.5%を占めています。小規模な案件が中心なので、売上数億円以上の会社を探している場合は主な経路にはなりにくい一方、地域の小規模事業を積み重ねて取得したい買い手には有力な経路です。なお、センターの後継者人材バンクは、後継者のいない小規模事業者と、創業を目指す個人をつなぐ仕組みで、事業会社が案件を探す経路とは性格が異なります。使い方の詳細は事業承継・引継ぎ支援センターの使い方をご覧ください。

取引先・同業からの直接打診

取引先や同業の経営者から「実は後継者がいなくて」と相談される形で案件が生まれることもあります。相手の事業を深く知っている分、情報の質は高く、仲介手数料がかからない場合もあります。ただし、条件交渉や契約書の作成、デューデリジェンスは当事者だけでは難しいため、どこかの段階で専門家を入れることになります。また、相手と近い関係にあるほど、価格や条件の話が率直にしにくい面もあります。自社から声をかける場合の作法は後述します。

M&A支援機関登録制度の検索:支援機関を選ぶ入口

中小企業庁のM&A支援機関登録制度は、中小M&Aガイドラインの遵守を宣言し、要件を満たしたFA・仲介業者を登録する仕組みで、制度の事務局ホームページで登録支援機関のデータベースを検索できます。登録機関の手数料体系も公表されているため、買い手側で支援機関と契約する前に、相場観の突き合わせや候補選びに使えます。案件そのものを探すデータベースではなく、「支援機関を探す入口」と考えてください。また、登録は支援の質を保証するものではありません。制度の詳細はM&A支援機関登録制度とはで解説しています。

経路の組み合わせ方

  • まず案件の量を見たい:仲介会社2〜3社に買い手登録し、マッチングサイトも並行して見る。届いた案件と自社のロングリストを突き合わせ、相場感をつかむ。
  • 狙う相手が決まっている:買い手側のFAに依頼するか、直接アプローチ。仲介会社には「この領域のこういう会社」と具体的に伝える。
  • 地域の小規模案件を積み上げたい:取引金融機関と事業承継・引継ぎ支援センターに譲受けの希望を伝え、地域の案件の情報を受け取る。

なお、中小M&Aガイドライン(第3版)は、広告・営業を受ける側がM&Aの意向がない旨や営業の停止を求めた場合、支援機関はこれを拒まず、ただちに停止しなければならないとしています。買い手として登録すると多くの営業連絡を受けるようになりますが、基準に合わない領域の案件は「この領域は検討しない」とはっきり伝えるほうが、双方にとって効率的です。

ノンネームを受け取ってから意向表明までの社内の進め方

仲介会社などからノンネーム(社名を伏せた1〜2枚の案件概要)が届いてから、意向表明書を出すまでの流れは、おおむね次のとおりです。各段階で「社内で何を決めるか」「誰が決めるか」を事前に決めておくと、判断が速くなり、売り手側からの信頼も得やすくなります。ノンネームとIMの中身はノンネームシートとIMとはで解説しています。

段階社内で決めること決める人の例主な成果物
①ノンネーム受領・初期検討買収基準に合うか、詳細を見る価値があるか経営企画の担当者・部長1枚の初期検討メモ(基準との照合、粗い価格目線)
②NDA締結・IM受領秘密保持契約の条件、社内の閲覧者の範囲担当役員(契約は法務と確認)締結済みNDA、閲覧者リスト
③IMの検討事業・財務の論点、シナジーの仮説、価格の初期レンジ経営企画+関係事業部論点リスト、初期の価値算定、質問リスト
④トップ面談経営者の考え、従業員・取引先への方針、譲れない条件の確認社長・担当役員面談記録、追加の質問への回答
⑤意向表明提示価格のレンジ、スキーム、スケジュール、前提条件取締役会または経営会議(社内規程による)意向表明書、社内の決裁書類

①初期検討:1枚のメモで素早く判断する

ノンネームは複数の買い手候補に同時に打診されていることが多く、返答が遅いと検討の機会そのものを失います。初期検討は、買収基準の5つの軸との照合と、後述する粗い価格目線の計算だけに絞り、1枚のメモにまとめて担当部長などが「詳細を見るか、見送るか」を判断できるようにしておくのが効率的です。見送る場合も、理由(規模が基準外、価格帯が合わない、など)を簡単に伝えておくと、次からより条件に合う案件が届きやすくなります。

②NDA:社内の情報管理まで決めておく

詳細を見ると決めたら、秘密保持契約(NDA)を結んでIM(企業概要書)を受け取ります。NDAは買い手側に義務が多く課される書式であることが一般的なので、目的外利用の禁止、開示してよい社内の範囲(役員・従業員・アドバイザー・金融機関)、有効期間、従業員の引き抜き禁止などの条項を確認します。条項の読み方はNDA(秘密保持契約)とは、M&A特有の実務はM&AのNDAの実務で解説しています。契約条件の判断は弁護士に確認してください。

あわせて、社内で誰がIMを見られるかを決め、閲覧者リストを作っておきます。とくに同業他社の買収では、価格・顧客・取引条件などの競争上重要な情報を営業部門が直接見ることについて、競争法上の留意が必要になる場合があります。扱いに迷う場合は、弁護士などの専門家に確認してください。

③IMの検討:論点を洗い出し、価格の初期レンジを持つ

IMを受け取ったら、事業・財務・人事・法務の観点で論点を洗い出し、売り手への質問リストを作ります。白書2021年版では、買い手がM&Aで重視する確認事項として「事業の成長性や持続性」が6割を超えて最も多く、「直近の売上、利益」「借入等の負債状況」が続いています(第2-3-70図)。IMの段階ではこの3点を軸に、正常収益力(オーナー関連費用や一時的な損益を除いた実力ベースの利益)を見積もり、DCF法と類似会社比較法で価格の初期レンジを出しておくと、意向表明の段階で根拠を示しやすくなります。正常収益力の考え方は正常収益力とは、手法は類似会社比較法(EV/EBITDA倍率)を参照してください。

④トップ面談:数字以外の確認

トップ面談では、売り手の経営者が会社を譲る理由、従業員や取引先への想い、譲れない条件(社名の存続、雇用の維持、経営者自身の処遇など)を確認します。買い手の側も、自社の経営方針や買収後の体制をどう考えているかを説明し、相手の不安に答える場です。白書で買い手の障壁として挙がっていた「相手先従業員等の理解が得られるか」も、この段階で売り手の経営者の話から見通しを立てます。買収後の統合の進め方はPMIとはが参考になります。

⑤意向表明:社内決裁の範囲を先に確認する

意向表明書では、提示価格(多くはレンジ)、想定するスキーム、スケジュール、デューデリジェンスの実施や価格調整などの前提条件を示します。法的拘束力を持たせない書式が一般的ですが、売り手は提示内容を基に交渉相手を絞り込むため、社内で決裁を取った範囲の内容にしておく必要があります。書き方は意向表明書・基本合意書の書き方で解説しています。

社内の決裁書類は、意向表明の段階から作り始めておくと、最終契約の前に慌てずに済みます。株式取得の稟議書と取締役会付議資料は、買い手向けの無料ひな形(Word)を下書きに使えます。取締役会で問われやすい論点はM&Aの取締役会決議、稟議に添える算定書の考え方は買収の稟議に使える株価算定書で整理しています。

初期段階で価格目線を持つ:ノンネームの数字で粗く見る

ノンネームに希望価格が書かれている場合、あるいは仲介会社から口頭で目線を聞いた場合は、その場で倍率と年数を計算して「高いのか、妥当な範囲なのか」を粗く見ておきます。この段階の計算は精密である必要はなく、「IMに進む価値があるか」「価格の論点がどこにありそうか」を見極めるためのものです。

使う指標は3つ

  • EV/EBITDA倍率:(希望価格+有利子負債-現預金)÷ EBITDA(営業利益+減価償却費)。事業そのものの価値が利益の何年分か、を見る指標です。考え方はEBITDAとはを参照してください。
  • 年買法の年数:(希望価格-時価純資産)÷ 正常営業利益。純資産に上乗せされた「のれん」部分が、利益の何年分にあたるかを見ます。中小企業のM&Aでは3〜5年程度が目安として語られることが多い指標です。詳しくは年買法とはで解説しています。
  • 純資産倍率:希望価格 ÷ 時価純資産。参考として見ます。

計算例(仮の数字)

ここからは説明のための仮の数字です。実在の会社や業界の水準を示すものではありません。ノンネームに次の情報が書かれていたとします。

  • 売上高:約8億円、営業利益:約5,000万円、減価償却費:約1,500万円
  • 純資産:約2.4億円(時価純資産もほぼ同額と仮定)
  • 有利子負債:約1.5億円、現預金:約1.0億円
  • 希望価格(株式価値):5.0億円
指標計算結果
EBITDA5,000万円+1,500万円6,500万円
純有利子負債1.5億円-1.0億円0.5億円
EV/EBITDA倍率(5.0億円+0.5億円)÷ 0.65億円約8.5倍
年買法の年数(5.0億円-2.4億円)÷ 0.5億円5.2年
純資産倍率5.0億円 ÷ 2.4億円約2.1倍

次に、目安の幅から逆に価格のレンジを出してみます。EV/EBITDA倍率を3〜7倍と置くと、EVは0.65億円×3=1.95億円〜0.65億円×7=4.55億円、純有利子負債0.5億円を引いた株式価値は1.45億〜4.05億円です。年買法で3〜5年と置くと、2.4億円+0.5億円×3=3.9億円〜2.4億円+0.5億円×5=4.9億円になります。2つのレンジが重なるのは3.9億〜4.05億円付近です。

この例では、希望価格5.0億円はどちらのレンジの上限も上回っており、「粗い目安よりは高め」という見立てになります。ただし、これで見送りと決めるのは早計です。高い理由として、成長性が高い、営業利益がオーナーの役員報酬などで実力より低く出ている、不動産の含み益がある、自社にとって大きなシナジーがある、といった事情がありうるからです。初期検討メモには「希望価格は粗い目安より高め。IMで正常収益力の調整と成長の根拠を確認する」と論点として書き、進めるかどうかを判断します。

参考として、中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」では、2024年度の中小M&A(1,987件)のEV/EBITDA倍率(株式譲渡価額+純有利子負債を、営業利益+減価償却費で割ったもの)の中央値は7.3倍、第1四分位3.6倍、第3四分位15.5倍と、幅広く分布しています。統計の読み方は中小企業のM&A・事業承継の統計まとめで整理しています。分布の幅が大きいため、統計の中央値から個別の価格を決めることはできず、あくまで「極端に外れていないか」を見る程度の参考と考えてください。

この3つの指標は、買収価格の妥当性チェックに希望価格と数字を入れるだけで逆算でき、倍率法と年買法のレンジとその重なりも表示されます。倍率だけを個別に確かめたいときはEV/EBITDA倍率の計算ツール、年買法の計算は年買法の計算ツールが使えます。

ノンネームの数字は概数や「約」で書かれていることが多く、営業利益の定義もそろっていません。ここでの計算は検討の入口を決めるための粗い目安で、IM・デューデリジェンスを経て数字が変われば結果も変わります。

IM以降は「単独の価値」と「上限価格」に進む

IMを受け取ったら、粗い目安から一歩進めて、正常収益力と事業計画を買い手の目線で引き直し、シナジーを含まない単独の価値(スタンドアロン価値)を出します。そのうえで、確度の高いシナジーの一部だけを上乗せした上限価格を決めます。手順は買収価格の決め方、売り手から示された価格を社内で検証する観点は買収価格の妥当性を社内で検証する方法で解説しています。その価格で投資が回収できるかは、買収の投資回収シミュレーションで回収年数・NPV・IRRを確かめられます。

自社から声をかける直接アプローチの作法

ロングリストの上位に「売却を表明していないが、ぜひ一緒になりたい会社」がある場合、自社から声をかける直接アプローチという選択肢があります。競争相手が少ない状態で話を始められるのが最大の利点ですが、相手はM&Aを考えていないことも多く、進め方を誤ると取引関係や業界での評判を損ないます。次の点を押さえておきます。

誰が、どの順で声をかけるか

  • トップ同士で始める:オーナー企業では、会社の将来を決めるのは社長本人です。最初の接触は自社の社長(または担当役員)から相手の社長へ、が基本です。担当者レベルからの打診は、相手に本気度が伝わりにくく、社内で話が広がる原因にもなります。
  • 最初は手紙か面談の打診にとどめる:いきなり電話で「御社を買収したい」と伝えるのではなく、「事業の将来について意見交換をしたい」「資本提携を含めた協業の可能性を相談したい」と面談を打診するのが一般的です。
  • 紹介者を立てる場合:共通の取引先や金融機関に紹介してもらうと会いやすくなりますが、紹介者に話した内容が広がらないよう、伝える範囲を絞ります。

最初の面談で話すこと・話さないこと

最初の面談では、自社がなぜ相手の会社に関心を持っているのか(相手の強み、自社と組んだときに何ができるか)、自社の経営方針、相手の従業員や取引先を大切にする考えを伝えます。この段階で具体的な価格を口にするのは避けるのが無難です。根拠のない数字は、高すぎれば後で引き下げられず、低すぎれば話がそこで終わります。相手が関心を示したら、秘密保持契約を結んで情報交換に進み、どこかの段階でFAなどの専門家を入れて条件を詰めていきます。

断られたときの扱い

直接アプローチは、断られることのほうが多いと考えておくべきです。断られても「将来、事業承継を考える時期が来たら声をかけてほしい」と関係をつないでおき、取引関係があるなら通常の取引はこれまでどおり続けます。打診した事実や相手の反応は社内でも限られた人だけで管理し、「あの会社は売りに出ている」といった噂の元にならないよう注意します。

仲介会社から紹介された相手には直接接触しない

仲介会社やFAとの契約には、紹介された候補先と依頼者が直接交渉することを制限する条項や、契約終了後一定期間内に成約した場合にも報酬が発生するテール条項が含まれていることがあります。中小M&Aガイドライン(第3版)は、直接交渉の制限はその業者が紹介した候補先、M&Aの目的での交渉、契約終了までの期間に限定すべきとし、テール期間は最長でも2年〜3年以内を目安とすることが望ましい、対象は少なくともネームクリアが行われた候補先に限定すべき、としています。自社のロングリストに載っている会社が仲介経由で紹介された場合、その後に直接声をかけると契約上の問題になりうるため、契約書の条項を確認し、判断に迷う場合は弁護士に相談してください。

買収先探しでよくある失敗

最後に、買い手が買収先を探す段階で起こりがちな失敗をまとめます。多くは、買収基準と社内の進め方を先に決めておくことで避けられます。

  • 買収基準を決めずに案件を集める:届いたノンネームを1件ずつゼロから議論することになり、判断が遅れて機会を逃す。社内の意見も割れやすい。
  • 価格帯を決めていない:魅力的な案件ほど「いくらまで出せるか」で議論が止まる。財務余力から逆算した価格帯の目安を、取締役会や金融機関と先に共有しておく。
  • 仲介会社を自社の代理人だと思い込む:仲介会社は売り手・買い手の双方から報酬を受ける立場。価格の妥当性は自社で検証する。
  • ノンネームへの返答が遅い:社内の回覧に何週間もかけているうちに、他の買い手との話が進んでしまう。初期検討は1枚のメモと決裁者を決めて素早く回す。
  • 見送りの理由を伝えない:理由が伝わらないと、条件に合わない案件が届き続ける。見送る場合も、基準に照らした理由を簡単に返す。
  • 初期段階で価格を口にしてしまう:トップ面談や直接アプローチの場で根拠のない数字を言うと、その数字が交渉の出発点として残る。価格は意向表明で、根拠とともに示す。
  • 情報管理が甘い:IMを社内で広く回覧したり、打診先の情報が営業現場に流れたりすると、売り手の信頼を失い、場合によってはNDA違反になる。
  • 経路を1つに頼る:特定の仲介会社1社だけに頼ると、その会社のネットワーク内の案件しか見えない。複数の経路と自社のロングリストを組み合わせる。
  • 見つけた後の体制を決めていない:デューデリジェンスの担当、買収後に誰が経営を見るかを決めないまま意向表明まで進み、後で社内の調整に時間がかかる。デューデリジェンスの進め方はデューデリジェンスとはを参照。

まとめ:基準を先に決め、経路を組み合わせ、早く粗く価格を見る

事業会社が買収先を探すときは、①買収の目的を1行で書き、業種・地域・規模・価格帯・求める機能の5つの軸で買収基準を文書にして承認を取り、②自社でロングリストを作って必須条件で足切りし、重みづけした点数でショートリストに絞り、③仲介会社・FA・マッチングサイト・金融機関・事業承継・引継ぎ支援センター・直接打診を、情報の量と質・費用で使い分け、④ノンネーム受領から意向表明までの各段階で「誰が何を決めるか」を決めておき、⑤ノンネームの数字から倍率と年買法の年数で早めに価格目線を持つ、という順に進めるのが基本です。

数字はすべて前提次第で動くため、どの段階でも「目安」として扱い、契約条項や競争法、税務・会計の論点は弁護士・公認会計士・税理士などの専門家に確認しながら進めてください。

IMを受け取って価値算定に進む段階では、買い手向けのM&Aバリュークラウドで、対象会社の決算書3期分と事業計画から、DCF法と類似会社比較法の併用で株式価値のレンジを算定し、算定書にまとめられます。試算と評価レンジの表示は無料です。

対象会社の価値を、自社の前提で試算

対象会社の財務と事業計画を入力すれば、DCF法・類似会社比較法・純資産法による株式価値のレンジを最短数分で。詳細版レポート(5,500円・税込)はWACCの根拠・感応度分析まで収録したPDFで、稟議のたたき台に使えます。