会社売却シミュレーション|自社の売却価格と手取りを自分で試算する手順
最終更新: 2026-10-01
「自分の会社を売ったら、いくらになるのだろう」「手元にはどのくらい残るのだろう」——会社売却を考え始めた経営者の方が、最初に知りたいのはこの2つではないでしょうか。仲介会社に相談すれば概算は出してもらえますが、その前に自分の手元で試算しておくと、提示された金額が妥当かどうかを自分の物差しで判断できるようになります。
本稿では、決算書を手元に置いた状態から、自社の売却価格と売却後の手取りを自分で試算するための手順を、5つのステップに分けて解説します。必要な数字のチェックリスト、正常収益力と時価純資産の求め方、年買法・EV/EBITDA倍率法・DCF法という3つの方法による価格の出し方、そして仲介手数料と税金を差し引いた手取りの計算まで、ひとつの会社の数字を通しで追いながら進めます。各ステップでは無料の計算ツールも紹介しますので、記事を読みながら自社の数字を入れてみてください。
シミュレーションでできること・できないこと
最初に、期待値をそろえておきます。会社売却のシミュレーションは万能ではありません。何がわかって、何がわからないのかを理解しておくことが、試算結果を正しく使うための出発点になります。
| できること | できないこと |
|---|---|
| 自社の価格帯のおおまかなレンジ(下限と上限)をつかむ | 実際に成立する1つの金額を言い当てること |
| 複数の評価手法で計算し、どの手法だと高く/低く出るかを知る | 買い手が感じる相乗効果(シナジー)の大きさを織り込むこと |
| 仲介手数料や税金を引いた後の、手元に残る金額の目安を出す | デューデリジェンスで発見される問題による減額幅を予測すること |
| どの数字を改善すれば価格が上がるかの感覚をつかむ | 買い手が何社現れるか、競争が起きるかを見通すこと |
会社の値段は、最終的には買い手との交渉で決まります。同じ会社でも、事業の相乗効果を強く感じる同業の買い手と、投資リターンを厳密に計算する投資ファンドとでは、提示される金額が変わります。買い手が1社しかいない状況と、複数社が競合する状況でも変わります。ですからシミュレーションの結果は「この辺りが議論の土俵になりそうだ」というレンジとして受け止め、1円単位の正確さを求めないことが大切です。会社売却全般の相場観は会社売却の相場はいくらかで整理しています。
準備:シミュレーションに必要な数字のチェックリスト
試算を始める前に、手元にそろえておく数字を確認します。用意するのは直近3期分の決算書一式(貸借対照表・損益計算書・販売費及び一般管理費の内訳・勘定科目内訳明細書)です。3期分をそろえるのは、単年度の特殊要因に振り回されないためです。次の表の「どこを見るか」を頼りに、必要な項目を書き出してください。
| 必要な数字 | 決算書のどこを見るか | 使う場面 |
|---|---|---|
| 売上高(直近3期) | 損益計算書の一番上 | 規模感の把握、推移の確認 |
| 営業利益(直近3期) | 損益計算書 | 正常収益力の出発点 |
| 減価償却費(直近3期) | 販管費の内訳、または製造原価報告書。キャッシュフロー計算書がある場合はそこでも確認 | EBITDAの計算 |
| 役員報酬(役員全員分) | 販管費の内訳。役員賞与や役員保険料も別に確認 | 正常収益力の調整 |
| 純資産(自己資本) | 貸借対照表の純資産の部合計 | 時価純資産の出発点 |
| 現預金 | 貸借対照表の流動資産(現金及び預金) | 株式価値への調整 |
| 有利子負債 | 短期借入金・長期借入金・社債・リース債務。勘定科目内訳明細書の借入金明細が便利 | 株式価値への調整 |
| 退職給付(退職金)の状況 | 退職給付引当金の残高と、退職金規程にもとづく要支給額、外部積立の残高 | 時価純資産の調整 |
| 含み損益のある資産 | 土地(取得時期と固定資産税評価額)、保険積立金(解約返戻金の額)、有価証券、ゴルフ会員権 | 時価純資産の調整 |
| 売掛金・在庫の中身 | 勘定科目内訳明細書の売掛金明細・棚卸資産明細。滞留しているものがないか | 時価純資産の調整 |
| 地代家賃・支払利息 | 販管費の内訳、営業外費用 | オーナー関連取引の調整 |
「有利子負債」は、借入金明細を見ながら短期・長期の借入金、社債、リース債務を合計します。役員からの借入金がある場合は、返済するのか資本に振り替えるのかで扱いが変わるため、別枠で控えておきましょう。保険積立金は、貸借対照表の帳簿価額ではなくいま解約したらいくら戻るか(解約返戻金)が重要です。保険会社に問い合わせれば教えてもらえます。評価に必要な資料の全体像は企業価値評価に必要なデータにまとめています。
ステップ1:正常収益力(実質的な利益)を出す
決算書の営業利益をそのまま使ってはいけません。中小企業の決算書は、税負担の調整やオーナー個人の事情が反映されていることが多く、「その事業が本来どれだけ稼ぐ力を持っているか」を素直には表していないからです。買い手も同じ調整をしたうえで価格を考えるため、売り手側も同じ土俵に立っておく必要があります。この調整後の利益を正常収益力と呼びます。考え方の詳細は正常収益力とはで解説しています。
主な調整項目
- 役員報酬:オーナー社長の報酬は、実務上の貢献に見合った水準を超えていることも、逆に抑えられていることもあります。買収後に同じ職務を担う人に払うであろう水準に置き換え、その差額を利益に加減します。オーナーの親族が実態のない形で役員になっている場合、その報酬は原則として全額を加算します。
- 私的経費:事業と直接関係のない交際費、社用車、別荘や会員権の維持費、家族名義の保険料など。買収後には発生しない費用なので、利益に加算します。
- 一時的な損益:保険の解約返戻金、固定資産の売却損益、災害による損失、補助金収入、コロナ禍のような特殊期の増減。毎期は起きないものとして取り除きます。
- 地代家賃:オーナー個人が所有する不動産を会社が借りている場合、賃料が相場とずれていることがよくあります。相場が高いのに安く借りていれば、その差額は費用として上乗せ(利益から減算)します。逆に高く払っていれば加算します。
- その他:本来必要な修繕や設備投資を先送りしている、退職金の引当を計上していない、といった「計上すべきなのにされていない費用」があれば、減算します。
調整表の例(想定の会社)
ここから、ひとつの会社を想定して通しで計算していきます。売上高5億円、決算書上の営業利益4,000万円、減価償却費1,500万円、簿価純資産1.2億円、現預金6,000万円、有利子負債8,000万円の会社です。調整表は次のようになりました。
| 項目 | 金額 | 内容 |
|---|---|---|
| 決算書の営業利益 | 4,000万円 | 直近期の損益計算書の数字 |
| + 役員報酬の調整 | +1,500万円 | 社長・配偶者の報酬合計3,500万円。後任に払う想定を2,000万円として差額を加算 |
| + 私的経費の調整 | +200万円 | 社用車2台、交際費の一部、家族名義の保険料 |
| − 一時的な利益 | −300万円 | 生命保険の解約返戻金による益。毎期は発生しない |
| − 地代家賃の調整 | −100万円 | 社長所有の倉庫を相場より年100万円安く借りている分を費用計上 |
| = 正常営業利益 | 5,300万円 | 調整後の実質的な稼ぐ力 |
| + 減価償却費 | +1,500万円 | 現金の支出を伴わない費用を戻す |
| = 正常EBITDA | 6,800万円 | 倍率法で使う利益指標 |
決算書の4,000万円と、調整後の5,300万円。この1,300万円の差が、後の価格計算で数倍に増幅されます。だからこそ、調整の根拠を説明できる形で整理しておくことが重要です。EBITDAという指標の意味はEBITDAとはを参照してください。3期分の調整表を並べると、利益のブレ幅も見えて説得力が増します。
ステップ2:時価純資産を出す
次に、貸借対照表を時価に引き直します。帳簿の数字と実際の価値がずれている資産・負債を洗い出し、純資産を修正するのがこのステップです。買い手は必ずこの作業を行うため、先回りしておくと交渉の見通しが立てやすくなります。手法としての位置づけは時価純資産法とはで詳しく解説しています。
| 調整項目 | 確認のしかた | 想定の会社での金額 |
|---|---|---|
| 土地の含み損益 | 取得価額と現在の相場(固定資産税評価額や路線価、近隣の取引事例)を比較 | +2,000万円(バブル前に取得した本社土地) |
| 保険積立金 | 帳簿価額と解約返戻金の差額。保険会社に照会する | +500万円 |
| 回収不能の債権 | 売掛金明細で1年以上動いていない先、倒産・休眠先への債権 | −400万円 |
| 在庫の評価減 | 棚卸資産明細で滞留・陳腐化しているもの、実地棚卸との差 | −300万円 |
| 退職給付債務の積立不足 | 退職金規程にもとづく要支給額と、引当金・外部積立の合計との差 | −800万円 |
| 簿価純資産 | 貸借対照表の純資産の部 | 1億2,000万円 |
| = 時価純資産 | 上記の調整を反映 | 1億3,000万円 |
ここで注意したいのが含み益に対する税金です。土地の含み益2,000万円は、実際に売却すれば法人税等がかかります。買い手によっては、含み益から想定税額を差し引いた金額で評価することもあります。厳密に見たい場合は税理士に相談してください。また、事業に使っていない資産(遊休不動産、投資目的の有価証券など)は、事業価値とは切り離して別枠で評価するのが一般的です。
ステップ3:3つの方法で価格を試算する
ステップ1・2で出した数字を使って、いよいよ価格を計算します。中小企業のM&Aでは、次の3つの方法を並べてレンジをつかむのが実務的です。1つの方法だけに頼らないのは、それぞれ得意・不得意があるためです。評価手法の全体像は非上場株式の評価方法、3つのアプローチの比較は株式評価の3つのアプローチにまとめています。
方法1:年買法(時価純資産+営業利益×年数)
中小企業のM&Aで最もよく使われる、シンプルな方法です。時価純資産に、正常営業利益の数年分を上乗せします。上乗せする年数は2〜5年で議論されることが多く、収益の安定性や事業の将来性によって上下します。計算の考え方は年買法とはで解説しており、年買法の無料計算ツールに数字を入れればすぐに結果が出ます。
想定の会社では、時価純資産1億3,000万円+正常営業利益5,300万円×2〜4年=約2億3,600万円〜3億4,200万円となります。
方法2:EV/EBITDA倍率法
EBITDAに倍率を掛けて事業価値(EV)を求め、そこから現預金を足し、有利子負債を引いて株式価値にする方法です。上場している同業他社の倍率を参考にしますが、非上場の中小企業では規模や流動性を考慮して低めの倍率を使うのが通例で、3〜6倍程度で議論されることが多くなります。手法の詳細は類似会社比較法(EV/EBITDA倍率)、計算はEV/EBITDA倍率の無料計算ツールで試せます。
想定の会社では、正常EBITDA6,800万円×3〜5倍=事業価値2億400万円〜3億4,000万円。ここに現預金6,000万円を加え、有利子負債8,000万円を差し引くと、株式価値は約1億8,400万円〜3億2,000万円です。事業価値と株式価値の関係は企業価値と株式価値の違いで整理しています。
方法3:DCF法
将来生み出すキャッシュフローを予測し、現在価値に割り引いて価値を求める方法です。理論的には最も精緻ですが、事業計画の前提しだいで結果が大きく変わるため、計画の根拠が説明できることが前提になります。考え方はDCF法とは、計算はDCF法の無料計算ツールで行えます。
想定の会社で、正常営業利益5,300万円に実効税率30%を適用した税引後利益3,710万円に、減価償却費1,500万円を加え、設備投資1,500万円と運転資本の増加300万円を差し引くと、フリーキャッシュフローは年3,410万円程度になります。中小企業向けに割引率(WACC)を12〜15%、成長率を0%と置いて永続価値を求めると、事業価値は約2億2,700万円〜2億8,400万円。現預金と有利子負債を調整して、株式価値は約2億700万円〜2億6,400万円です。
3手法を並べる
| 手法 | 計算の内容 | 株式価値の目安 |
|---|---|---|
| 年買法(2〜4年) | 時価純資産1.3億円+正常営業利益5,300万円×2〜4年 | 約2.4億〜3.4億円 |
| EV/EBITDA倍率法(3〜5倍) | EBITDA6,800万円×3〜5倍=EV2.0億〜3.4億円、+現預金6,000万円−有利子負債8,000万円 | 約1.8億〜3.2億円 |
| DCF法(WACC12〜15%) | FCF3,410万円÷割引率=EV2.3億〜2.8億円、+現預金6,000万円−有利子負債8,000万円 | 約2.1億〜2.6億円 |
| 時価純資産法(下限の確認) | 時価純資産のみ | 約1.3億円 |
| 3手法の重なる帯 | 3つの手法がいずれも収まる範囲 | おおむね2.4億〜2.6億円が中心 |
前提を動かすと価格はどう変わるか(感度の確認)
レンジが出たら、次に「どの前提が結果を大きく動かしているか」を確かめます。試算に入れた数字のうち、自信のあるものと、あいまいなまま置いたものが混ざっているはずです。影響の大きい前提から順に根拠を固めていくと、限られた時間で試算の精度を上げられます。想定の会社で、前提を1つずつ動かしたときの株式価値の変化は次のとおりです。
| 動かす前提 | 動かす幅 | 株式価値への影響(目安) |
|---|---|---|
| 正常営業利益(年買法・3年の場合) | ±1,000万円 | ±3,000万円(2億5,900万円〜3億1,900万円) |
| 年買法の年数(正常営業利益5,300万円) | ±1年 | ±5,300万円 |
| 正常EBITDA(倍率4倍の場合) | ±1,000万円 | ±4,000万円(2億1,200万円〜2億9,200万円) |
| EBITDA倍率(正常EBITDA6,800万円) | ±1倍 | ±6,800万円 |
| DCF法の割引率 | 12%から15%へ | 約5,700万円の減少 |
| 有利子負債(倍率法・DCF法) | ±1,000万円 | 反対方向に1,000万円 |
| 時価純資産の調整(年買法) | ±1,000万円 | ±1,000万円 |
この表から読み取れるのは、利益と倍率(年数)の前提は数倍に増幅され、資産・負債の前提はほぼ同額で効くということです。役員報酬の調整額を500万円見誤れば、年買法3年で1,500万円、倍率4倍で2,000万円のずれになります。一方、保険積立金の解約返戻金が100万円違っていても、影響は100万円にとどまります。時間をかけるべきは、ステップ1の調整項目の根拠づけと、自社の規模・業種で使われやすい倍率や年数の見当をつける作業です。
倍率や年数は自分では決めにくい前提ですので、1つの値に絞らず、低め・中間・高めの3通りで計算しておくのが現実的です。そのうえで「利益が1割下がり、倍率も低めだった場合」という悲観ケースを1つ作っておくと、その価格でも売却に踏み切れるかどうかを事前に考えられます。
試算でよくあるつまずき
自分で計算すると、手法ごとの約束事の違いでつまずくことがあります。結果が極端に高い、または低いと感じたら、次の点を確認してください。
- 現預金と借入金を二重に数える:年買法の時価純資産には、現預金も借入金もすでに含まれています。ここからさらに現預金を足したり借入金を引いたりすると二重計上です。現預金と有利子負債の調整が必要なのは、事業価値(EV)を先に求めるEV/EBITDA倍率法とDCF法だけです。
- 現預金を全額上乗せする:日々の支払いに必要な運転資金まで余剰として足すと、株式価値が高く出ます。月商の1〜2か月分など事業に必要な水準を残し、それを超える部分を余剰とみる考え方もあります。どこまでを余剰とするかは買い手との論点になるため、全額を足した場合と控えめに見た場合の両方を持っておくと安心です。
- 役員報酬を戻しすぎる:社長の報酬を全額利益に加えてしまう例です。売却後も誰かが経営を担う以上、後任の報酬は費用として残ります。加算できるのは、後任に支払う想定額を上回る部分だけです。
- 最も良かった年の利益だけを使う:直近期が過去最高益だった場合、その数字だけで計算するとレンジ全体が上振れします。3期平均でも計算し、差が大きければ、直近の水準が続くと言える理由を説明できるか確認します。
- 設備投資を見ずにEBITDAだけで考える:減価償却費の大きい業種では、EBITDAが大きく見えても、設備の更新に毎年まとまった支出が必要です。更新投資が重い会社は倍率が低めに見られやすいため、DCF法の結果と見比べてください。
- 役員借入金・役員貸付金を放置する:オーナーからの借入金は、譲渡時に返済するのか、債権放棄するのかで株式価値も手取りも変わります。会社からオーナーへの貸付金は、譲渡までに精算を求められるのが通常です。税務上の扱いが絡むため、処理方法は税理士に確認してください。
- 事業に使っていない資産を利益の倍率に混ぜる:遊休不動産や投資有価証券は、収益力とは別に時価で加算します。賃料収入などを営業利益に含めたまま、資産も別に足すと二重計上になります。
ステップ4:手取り(税引後の受取額)を出す
価格のレンジが見えたら、次は「手元にいくら残るか」です。株式譲渡の場合、譲渡価額からそのまま受け取れるわけではなく、仲介手数料と税金が差し引かれます。この計算は売却手取りの無料計算ツールでまとめて行えます。
差し引かれるもの
- M&A仲介・FAの手数料:多くは成約時に譲渡価額などを基準としたレーマン方式で計算されます。5億円以下の部分に5%といった料率が一般的で、最低手数料が設定されていることも多くあります。着手金・中間金がある場合はそれも含めて考えます。料金体系の違いはM&A仲介手数料の相場、計算はレーマン方式の無料計算ツールで確認できます。
- 譲渡益への課税:個人が非上場株式を譲渡した場合、譲渡所得に対して所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて20.315%が申告分離課税でかかるのが原則です。譲渡所得は「譲渡価額 −(株式の取得費 + 譲渡費用)」で計算します。
- その他の費用:弁護士・税理士などの専門家費用、契約書の印紙代など。
計算例の続き
想定の会社が2億5,000万円で譲渡でき、株式の取得費(設立時の出資額など)が1,000万円だったとします。
| 項目 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| 譲渡価額 | 交渉の結果 | 2億5,000万円 |
| − 仲介手数料 | 2億5,000万円×5%(5億円以下の部分の料率) | −1,250万円 |
| 課税対象となる譲渡所得 | 2億5,000万円 −(取得費1,000万円+譲渡費用1,250万円) | 2億2,750万円 |
| − 譲渡益への課税 | 2億2,750万円×20.315% | −約4,622万円 |
| = 手取りの目安 | 2億5,000万円 −1,250万円 −4,622万円 | 約1億9,128万円 |
譲渡価額の約76%が手元に残る計算です。この比率は取得費の大きさや手数料体系によって変わりますが、おおむね7〜8割という感覚を持っておくと、目標額から逆算しやすくなります。なお、退職金と譲渡対価の組み合わせ方によって全体の税負担が変わることもあります。税務の取り扱いは個別事情で異なるため、具体的な判断は必ず税理士にご確認ください。中小企業のM&Aに関わる税制の考え方は中小企業M&Aの税制で整理しています。
経営者保証や個人資産の担保提供がある場合は、譲渡と同時に解除されるかどうかも手取りに影響します。解除の条件が整わず、一定期間保証が残るケースもあるため、早い段階で金融機関と相談しておきましょう。
譲渡価額ごとの手取りの早見表
ステップ3で出たレンジの下限・中心・上限それぞれで、手取りがいくらになるかを並べておくと、交渉中に提示額が動いたときにすぐ判断できます。想定の会社と同じ条件(取得費1,000万円、手数料は譲渡価額の5%、消費税・最低手数料・その他の専門家費用は考慮しない)で計算した目安です。
| 譲渡価額 | 仲介手数料 | 譲渡益への課税 | 手取りの目安 | 手取りの割合 |
|---|---|---|---|---|
| 2億円 | 1,000万円 | 約3,657万円 | 約1億5,343万円 | 約77% |
| 2億5,000万円 | 1,250万円 | 約4,622万円 | 約1億9,128万円 | 約77% |
| 3億円 | 1,500万円 | 約5,587万円 | 約2億2,913万円 | 約76% |
| 3億5,000万円 | 1,750万円 | 約6,552万円 | 約2億6,698万円 | 約76% |
この条件では、譲渡価額が5,000万円上がるごとに手取りは約3,785万円増えます。言い換えると、価格交渉で1,000万円上積みできたときに手元に増えるのは約757万円です。実際の手数料は消費税が加わるほか、料率が価額帯ごとに変わる体系や最低手数料がある契約も多いため、契約書の計算方法で置き直してください。
目標の手取りから必要な譲渡価額を逆算する
「引退後の生活資金として手取りで2億円は確保したい」というように、目標が手取りの側にある場合は逆算が役立ちます。上と同じ条件では、手取りは「譲渡価額×約0.757+約203万円」で近似できるため、手取り2億円に必要な譲渡価額は(2億円−203万円)÷0.757で、約2億6,150万円が目安になります。想定の会社では、3手法が重なる帯(約2.4億〜2.6億円)のやや上にあたる水準です。目標に届くかどうかが微妙な位置にあると分かれば、売却時期を遅らせて利益を積み上げる、複数の買い手候補に当たる、といった次の打ち手を具体的に考えられます。
取得費が分からないとき
手取りの計算では、株式の取得費が税額を左右します。創業者であれば設立時や増資時の払込額が基本ですが、相続や贈与で引き継いだ株式、古い時期に買い取った株式では、資料が残っていないことがあります。国税庁タックスアンサーNo.1464「譲渡した株式等の取得費」(令和8年4月1日現在法令等)によれば、取得費が分からない場合には、売却代金の5パーセント相当額を取得費とすることも認められています。2億5,000万円で譲渡する場合なら1,250万円です。実際の取得費のほうが大きいなら、払込みの記録や過去の売買契約書を探す価値があります。どの金額を使えるかは個別の事情によるため、申告前に税理士に確認してください。
役員退職金を組み合わせる場合の考え方
オーナー経営者が譲渡と同時に退任する場合、対価の一部を役員退職金として受け取る設計が検討されることがあります。会社が退職金を支払うと、その分だけ会社の純資産が減り、株式の譲渡価額も下がるのが通常ですので、受け取る総額が増えるわけではありません。変わるのは税金の計算方法です。
退職金は退職所得として、株式の譲渡益とは別の方法で課税されます。国税庁タックスアンサーNo.1420「退職金を受け取ったとき(退職所得)」(令和8年4月1日現在法令等)によれば、退職所得控除額は勤続年数20年以下なら40万円×勤続年数(80万円に満たない場合は80万円)、20年超なら800万円+70万円×(勤続年数−20年)で、勤続30年なら1,500万円です。原則として、退職金から控除額を引いた残りの2分の1が課税の対象になります。ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の場合はこの2分の1計算が適用されないなどの例外があります。
退職所得には所得が大きいほど税率が上がる累進税率がかかるため、退職金を増やせば増やすほど有利になるとは限らず、どこかで株式譲渡の20.315%のほうが軽くなります。また、会社側で費用として認められる退職金の額には、在任年数や職務内容に照らした相当性の制約があります。配分を変えたときの手取りの違いは譲渡対価と役員退職金の配分シミュレーターで試算でき、考え方は役員退職金と自社株の記事で整理しています。最終的な金額の設計は、必ず税理士に確認して決めてください。
ステップ5:出てきたレンジをどう読むか
3つの手法を並べると、たいていは幅のある結果になります。この幅の読み方が、交渉の準備そのものです。
| レンジの位置 | 意味 | 交渉での使い方 |
|---|---|---|
| 下限(時価純資産の水準) | 事業をたたんでも残る価値。ここを下回る提示には応じにくい | 「純資産割れの提示は受けられない」という最低ラインの根拠にする |
| 中心(複数手法が重なる帯) | 収益力を素直に評価した水準。交渉の着地点になりやすい | 自社の希望額をこの帯の上側に置き、根拠として調整表を示す |
| 上限(収益還元の高倍率・シナジー込み) | 買い手が相乗効果を強く見込む場合に届く水準 | 自社の強みが相手のどの事業に効くかを説明し、上振れを狙う |
実務では、下限を守りながら中心より上を狙う、というのが基本の構えになります。そのために効くのが、ステップ1の調整表とステップ2の時価純資産表です。「なぜこの利益水準なのか」「なぜこの純資産なのか」を数字で説明できれば、買い手が保守的に見積もる余地が減ります。反対に、根拠を示せないまま希望額だけを主張すると、交渉が長期化しやすくなります。相乗効果の考え方はM&Aのシナジーとは、提示価格の妥当性を検証する視点は買収価格の妥当性の検証を参考にしてください。
また、複数の買い手候補に打診できる状況をつくること自体が、レンジの上側に近づく最も確実な方法です。1社としか話していない状態では、比較対象がないため上限を確かめようがありません。売却プロセスの進め方はM&A・会社売却の流れで解説しています。
会社の状況別:試算の組み立てが変わる3つのケース
ここまでの計算例は、黒字で、借入も資産も標準的な会社を想定していました。実際には、会社の状況によって「どの手法を軸に読むか」「どこで数字が大きく動くか」が変わります。自社に近いケースがあれば、通しの計算例に加えて次の組み立ても試してください。数値はいずれも説明用の仮の想定で、目安です。
ケース1:利益は出ているが借入が多い会社
正常EBITDA3,000万円、現預金2,000万円、有利子負債1億6,000万円の会社を考えます。EV/EBITDA倍率法で3〜5倍を当てはめると、事業価値は9,000万円〜1億5,000万円です。ここに現預金を足し、有利子負債を引くと、株式価値はマイナス5,000万円〜プラス1,000万円になります。事業には値段が付いていても、借入を差し引くと株式の値段はほとんど残らない、という結果です。
このタイプの会社では、手取りの金額だけを見ると売却の意味が見えにくくなります。試算に加えたいのは、売却によって外れる負担のほうです。経営者保証が付いた借入の残高、個人資産の担保、オーナーから会社への貸付金がいくら戻るか、を並べて書き出します。株式の対価が小さくても、保証が外れ、貸付金が返済されるなら、オーナー個人の財産の状況は大きく変わるためです。調整後も赤字、あるいは時価純資産がマイナスになる会社も、考え方は同じです。値段の付き方は赤字・債務超過の会社の売却で整理しています。貸付金の放棄や保証の扱いは税務・法務の判断が絡むため、税理士や弁護士に確認してください。
ケース2:不動産を多く持つ会社
正常営業利益2,000万円(うち600万円は事業に使っていない賃貸不動産の利益)、時価純資産4億円(うち賃貸不動産が時価2億5,000万円、含み益1億5,000万円)の会社を考えます。年買法3年でそのまま計算すると、4億円+2,000万円×3年=4億6,000万円です。ただし、賃貸不動産はすでに時価純資産に入っているため、その利益まで年数倍すると二重計上になります。本業の利益1,400万円だけを使うと、4億円+1,400万円×3年=4億4,200万円です。
さらに、買い手が含み益にかかる将来の税金を差し引いて見る場合を考えます。含み益1億5,000万円に仮の税率30%を掛けた4,500万円を引くと、3億9,700万円です。このケースでは、価格の9割前後を純資産が占めます。倍率や年数を動かしても結果はあまり変わらず、不動産の時価をいくらと見るかでほぼ決まります。固定資産税評価額からの概算で済ませず、不動産会社の査定や鑑定評価で裏づけを取る価値が大きいケースです。
もう1つの論点は、買い手が不動産まで欲しいとは限らないことです。事業だけを求める買い手にとって、数億円の不動産は買収資金を膨らませる要因になります。不動産を会社に残したまま売る場合と、事業と切り分けて売る場合とで、買い手の数も手取りも変わります。切り分けの方法と税負担は個別性が高いため、早い段階で税理士に相談してください。
ケース3:オーナーへの依存が大きい会社
通しの計算例の会社で、主要な取引先との関係を社長個人が握っているとします。買い手は「社長が退いた後に利益がいくら残るか」で考えます。引き継ぎ後に営業利益が1,000万円減ると見られた場合、年買法3年では1億3,000万円+4,300万円×3年=2億5,900万円で、減額前の2億8,900万円から3,000万円下がります。不確実さを理由に年数も2年に下げられると、1億3,000万円+4,300万円×2年=2億1,600万円となり、差は7,300万円に広がります。利益と年数の両方に効くのが、属人性の怖いところです。
この差を埋める方法として、譲渡後の業績に応じて追加の対価を支払う条件(アーンアウト)が提案されることがあります。たとえば「譲渡時に2億2,000万円、2年間の業績が目標に届けば追加で最大5,000万円」という条件です。追加対価にも同じ手数料と税金の計算が当てはまると仮定すると、手取りは追加なしで約1億6,857万円、満額で約2億642万円です。一括で2億5,000万円を受け取る場合の約1億9,128万円と比べると、満額なら上回り、追加なしなら約2,270万円下回ります。
条件付きの対価は、受け取れなかった場合の金額で生活設計が成り立つかを先に確かめるのが基本です。目標の決め方や支払方式による違いはアーンアウト・シミュレーターで試せます。追加対価の税務上の扱いや手数料の計算は契約の内容によって変わるため、税理士と契約書で確認してください。
買い手の側から検算する:その価格は回収できるか
売り手の試算は「いくらの価値があるか」から組み立てますが、買い手は「払った金額を何年で回収できるか」からも見ています。自分の希望額を買い手の物差しに当てはめておくと、通りやすい金額かどうかの見当がつきます。通しの計算例の会社(正常EBITDA6,800万円、フリーキャッシュフロー年3,410万円、現預金6,000万円、有利子負債8,000万円)で、株式の譲渡価額ごとに計算すると次のとおりです。
| 株式の譲渡価額 | 買い手から見た事業価値 | EBITDA倍率 | 回収年数の目安 |
|---|---|---|---|
| 2億円 | 2億2,000万円 | 約3.2倍 | 約6.5年 |
| 2億5,000万円 | 2億7,000万円 | 約4.0倍 | 約7.9年 |
| 3億円 | 3億2,000万円 | 約4.7倍 | 約9.4年 |
| 3億5,000万円 | 3億7,000万円 | 約5.4倍 | 約10.9年 |
事業価値は「譲渡価額+有利子負債−現預金」、回収年数は事業価値をフリーキャッシュフローで割った単純な年数です。利益の成長や相乗効果を見込まない、最も保守的な見方にあたります。買い手ごとに基準は異なりますが、回収年数が長くなるほど、買い手は成長や相乗効果の裏づけを必要とします。希望額が表の下のほうにあたる場合は、その根拠を売り手の側から示せるかが問われます。
買い手が買収資金を借入でまかなう場合は、返済できるかどうかも上限として働きます。譲渡価額の7割を借り、7年で均等に返すと仮定すると、年間の元金返済は2億5,000万円のとき2,500万円、3億円で3,000万円、3億5,000万円で3,500万円です。フリーキャッシュフロー3,410万円に対して、順に約73%、約88%、100%超となります。ここに利息と既存の借入の返済が加わるため、上の価格帯ほど資金繰りの余裕は小さくなります。同業の事業会社のように手元資金や相乗効果を持つ買い手であれば、この制約は緩みます。買い手側の計算は買収の投資回収シミュレーションで、条件を変えながら確かめられます。
シミュレーションと実際の価格がずれる要因
試算どおりに決まらないのが会社売却です。ずれが生じる主な要因を知っておくと、結果を過信せずに済みます。
- 買い手の事情:同じ会社でも、その事業領域を強化したい買い手と、単に投資対象を探している買い手とでは評価が違います。買い手が予算枠や社内の投資基準を持っている場合、それが上限として働くこともあります。
- 簿外債務・未計上の負担:未払残業代、社会保険の未加入分、係争中の案件、保証債務、リース契約の残債など、決算書に表れない負担は価格から差し引かれます。試算段階では見落としやすい部分です。
- デューデリジェンスでの減額:基本合意の後の調査で、想定より低い利益水準や追加の負債が判明すると、価格の見直しが提案されます。事前に自社で問題を洗い出しておけば、この減額幅は抑えられます。売り手側の準備はセルサイドDDと売却前の磨き上げ、調査の全体像はデューデリジェンスとはをご覧ください。
- 時期:業績が伸びている局面と落ち込んでいる局面では、同じ会社でも評価が変わります。業界の再編が進んでいる時期は買い手が多く、条件が良くなりやすい傾向があります。動き出す時期の考え方は会社を売却するタイミングにまとめています。
- 属人性:売上や技術が経営者個人に強く依存している場合、引き継ぎのリスクとして価格が抑えられたり、一定期間の残留や業績連動の対価が条件になったりします。
- 取引の条件:支払いが一括か分割か、表明保証の範囲、競業避止の期間などの条件も、実質的な価値に影響します。金額だけを比べても全体像はつかめません。
試算結果から次の一手を決める
シミュレーションの目的は、数字を出すことではなく、次にどう動くかを決めることです。結果の出方によって、取るべき行動は変わります。判断の分かれ目を整理しました。
| 試算結果の出方 | 読み取れること | 次の一手の例 |
|---|---|---|
| 悲観ケースの手取りでも目標を上回る | 価格面の条件は整っている可能性が高い | 相談先の選定、買い手候補の検討、概要資料の準備に進む |
| 中心の帯では届くが、下限では目標に届かない | 交渉の進め方と買い手の数で結果が分かれる | 調整表の根拠資料を整え、複数の候補に当たれる進め方を選ぶ |
| 上限でも目標の手取りに届かない | いまの収益力では目標と開きがある | 売却時期を見直し、利益の改善や不要資産の整理に1〜3年かける。目標額そのものも再検討する |
| 手法によって結果が大きく食い違う | 前提のどこかに無理があるか、資産と収益のバランスが偏っている | 倍率・年数・事業計画の前提を見直す。資産が厚い会社は純資産、収益が厚い会社は倍率法を軸に読む |
| 収益から出した価格が時価純資産を下回る | 事業の収益力より保有資産の価値のほうが大きい | 時価純資産を軸に交渉する。資産の切り出しや事業譲渡など進め方の選択肢を専門家と検討する |
どのケースでも共通して役に立つのは、試算に使った前提を1枚に書き出しておくことです。正常収益力の調整項目と金額、時価純資産の調整項目、使った倍率・年数・割引率、手数料と税金の前提を並べておけば、決算が確定するたびに数字を差し替えるだけで更新できますし、専門家に相談するときにも、どこに意見をもらいたいかを伝えやすくなります。
いつ、何を試算し直すか:検討開始から最終契約まで
試算は1回で終わりではありません。売却の検討から最終契約までのあいだに、手元の情報が増え、相手から数字が示され、会社の貸借対照表も動いていきます。段階ごとに、見直す対象を絞っておくと手間がかかりません。
| 段階 | 試算し直す内容 | 確認すること |
|---|---|---|
| 検討を始めた時点 | 本稿のステップ1〜4を一通り。低め・中間・高めの3通り | 悲観ケースの手取りで、売却後の生活や借入の整理が成り立つか |
| 仲介会社・専門家に相談する前 | 調整表の根拠資料をそろえ、契約予定の手数料体系で手取りを置き直す | 着手金・中間金・最低手数料の有無。手数料の計算の基準が譲渡価額か、負債を含む金額か |
| 買い手から金額の提示を受けた時点 | 提示額を、正常EBITDAに対する倍率と年買法の年数に逆算する | 自分のレンジのどこにあたるか。差がある場合は、利益の見方と倍率のどちらに原因があるか |
| 基本合意の後、調査を受けている期間 | 指摘された項目を調整表と時価純資産表に反映し、価格への影響を計算する | 指摘が利益に関するもの(数倍に効く)か、資産・負債に関するもの(ほぼ同額で効く)か |
| 最終契約の前 | 譲渡日時点の見込みの現預金・借入で株式価値と手取りを計算し直す | 価格を調整する条項の有無と計算方法。退職金・役員借入金の精算を含めた受取総額 |
見落としやすいのが、試算した日と譲渡する日のずれです。事業価値から株式価値を求める方法では、現預金と有利子負債の残高がそのまま価格に反映されます。たとえば決算日の残高で試算した後、納税や賞与の支払いで現預金が1,000万円減っていれば、同じ事業価値でも株式価値は1,000万円下がります。最終契約では、譲渡日の残高にもとづいて価格を調整する条項が置かれることもあります。提示額がどの時点の貸借対照表を前提にしているかを確認し、条項の読み方は弁護士に確認してください。
よくある質問(FAQ)
Q. 赤字の会社でもシミュレーションできますか?
A. できます。ただし、営業利益に倍率や年数を掛ける手法は使いにくくなるため、時価純資産を軸に考えることになります。役員報酬や一時的な損失を調整すると実質的には黒字だった、というケースも少なくないので、まずステップ1の調整表を作ってみてください。調整後も赤字であれば、時価純資産が価格の中心的な目安になります。技術者、許認可、顧客基盤、拠点などに価値がある場合は、赤字でも買い手が見つかることはあります。赤字企業の売却については赤字会社の売却相場で詳しく解説しています。
Q. 何期分の数字が必要ですか?
A. 最低1期でも概算は出せますが、3期分をおすすめします。単年度だけでは、大口案件による一時的な好調や、特殊要因による落ち込みを見分けられないためです。買い手も通常は3期分以上を確認し、平均や趨勢を見ながら評価します。3期の利益がばらついている場合は、平均値と直近値の両方で試算し、レンジの幅として把握しておくとよいでしょう。
Q. 無料でどこまで分かりますか?
A. 本稿で紹介した4つの無料ツール(年買法・EV/EBITDA倍率・DCF法・手取り計算)を使えば、価格のレンジと手取りの目安までは無料で把握できます。自分で計算する手順は自分で企業価値を計算する方法にもまとめています。一方で、複数手法の結果を突き合わせて重み付けする、前提条件を文章で説明する、第三者に示せる形の書面にする、といった部分は無料ツールの範囲を超えます。ツールごとの向き不向きは株価算定ツールの比較を参考にしてください。
Q. シミュレーションと株価算定書は何が違いますか?
A. シミュレーションは、自分で数字を入れて目安をつかむためのものです。前提を自由に変えられる反面、第三者に対する説明力はありません。株価算定書は、算定を行う専門家が前提と手法を明示し、根拠を文書化したものです。株主間の売買、少数株主からの買い取り、取締役会での説明、税務上の説明など、第三者に示す必要がある場面では算定書が求められます。まずシミュレーションで感覚をつかみ、必要な場面で算定書を用意する、という順序が現実的です。報告書の読み方は評価報告書サンプルの見方で紹介しています。
Q. 具体的な数字を出さずに相談することはできますか?
A. 相談自体は可能ですが、数字がないと得られる回答も一般論にとどまります。売却を検討していることを社内外に知られたくない、という懸念であれば、まず自分の手元でシミュレーションを行い、レンジを把握したうえで動き出すのが安全です。外部に相談する段階では、秘密保持契約(NDA)を結んでから詳細な資料を出すのが実務の流れです。社名を伏せた概要資料から始める方法もあります。守秘の実務はNDA(秘密保持契約)とはをご覧ください。
Q. 事業譲渡で売る場合も、同じ手順で試算できますか?
A. 価格の考え方は共通ですが、手取りの計算は別物になります。事業譲渡では対価を受け取るのが会社であり、譲渡益には会社の所得として法人税等がかかります。そのお金をオーナー個人に移すには、配当や役員退職金、会社の清算といった手続きが必要で、その段階でも個人に税金がかかります。本稿のステップ4は株式譲渡を前提にしていますので、事業譲渡を検討する場合は株式譲渡と事業譲渡の手取り比較ツールで概算を並べたうえで、税理士に確認してください。
Q. 株主が複数いる場合、手取りはどう計算しますか?
A. 株式価値の総額を持株数で按分し、株主ごとに計算します。取得費は株主によって異なるため、創業者と、後から株式を取得した親族・役員とでは、同じ株数でも税額が変わります。本稿の計算例は、オーナーが全株式を保有している前提です。名義だけの株主がいる、所在の分からない株主がいるといった場合は、譲渡の手続きそのものに影響するため、早めに弁護士や税理士に相談しておきましょう。
Q. 試算はどのくらいの頻度でやり直せばよいですか?
A. 年1回、決算が確定した時点での更新が目安です。それ以外では、大口の取引先の増減、大きな設備投資や借入、役員報酬の改定、不動産の売買など、利益や純資産が大きく動く出来事があったときに見直します。毎年同じ様式で記録しておくと、自社の価格帯が上向いているのか下がっているのかが分かり、売却に動く時期を判断する材料になります。
Q. 提示された金額が自分の試算と大きく違うときは、どう考えればよいですか?
A. まず、比べている金額の種類をそろえます。提示額が負債を含む事業価値なのか、株式の対価なのか、退職金を含む総額なのかで、数千万円単位の差が出ます。種類をそろえても差が残る場合は、提示額を正常EBITDAで割って倍率に直し、利益の見方が違うのか、倍率が違うのかを切り分けます。利益の見方が違うなら、どの調整項目を認めていないのかを相手に尋ねれば、議論は具体的になります。提示額のほうが高い場合も、条件付きの対価や分割払いが含まれていないかを確認してください。
Q. 自分で作った試算を、仲介会社や買い手に見せてもよいですか?
A. 見せる相手と範囲を分けて考えます。正常収益力の調整表と時価純資産の調整表は、根拠資料とともに示すことで説明の助けになります。一方、自分の希望額の下限や、悲観ケースで受け入れられる金額は、交渉上の手の内にあたります。支援を依頼する専門家には共有し、買い手に直接渡す資料には含めない、という分け方が一般的です。資料の出し方は、依頼先の専門家と相談して決めてください。
まとめ
会社売却のシミュレーションは、次の5つのステップで進めます。第一に、直近3期の決算書から必要な数字を集めること。第二に、役員報酬・私的経費・一時損益・地代家賃を調整して正常収益力を出すこと。第三に、含み損益や退職給付債務を反映して時価純資産を出すこと。第四に、年買法・EV/EBITDA倍率法・DCF法の3つで価格のレンジを出すこと。第五に、仲介手数料と譲渡益課税を差し引いて手取りを確認すること。そのうえで、前提を動かしたときの振れ幅と、目標の手取りに必要な譲渡価額を確かめておくこと。ここまでを自分の手で通しておけば、仲介会社や買い手から提示された金額を、自分の物差しで受け止められるようになります。
大切なのは、出てきた数字を1つの正解として扱わないことです。下限は純資産、上限は収益還元とシナジー、その間のどこに着地するかは交渉次第——この構造を理解したうえで、調整表と時価純資産表という「根拠」を用意しておくことが、納得のいく条件につながります。
手計算より詳しく見るなら、Excelテンプレートに財務を入力すると、DCF法・類似会社比較法・純資産法によるレンジと前提条件をPDF報告書にまとめることができます(簡易版2,200円(税込)・詳細版5,500円(税込))。この報告書は第三者算定機関の意見書ではなく、入力された数字にもとづく試算結果をまとめたものです。完成イメージは報告書のサンプルで確認できます。登録・試算は無料です。無料で登録して試算する